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17.痴話喧嘩は犬も食いません

本日二番目の更新ですm(_ _)m

今は社交シーズン真っ盛りである。

数日前、私宛に王宮から夜会の招待状が届いた時は首をひねった。通常は家宛に届くもので、個人指名で届くことはきわめて珍しい。兄に相談すれば、なんでも王弟殿下直々に「ヴァレンティノ公爵子息の婚約者が見たい。連れてこい」と駄々をこねられたとか。

ティルナード様がお仕えする王弟殿下は御年20歳になるが、ストロベリーブロンドに碧眼の大層麗しいご容姿をされており、有能で国王の右腕と目される存在である。そんな彼はどういうわけか、決まった相手もなく独身だった。当然ながら、年頃の若いお嬢様達は彼との結婚を夢見ている。そんな彼の生誕祭という名目の、婚活パーティーが今宵大々的に開かれるわけだ。

ティルナード様の婚約者として出席しなければならなくなった私の元には公爵家より前日にドレスが届けられていた。

今夜の夜会用のドレスは淡いピンクに銀糸で上品に刺繍が施され、腰の部分に大きなバックリボンがついた、可愛らしいものだった。デコルテから背中にかけて、いつもより大胆に開いていて、少し落ち着かない気分になる。白い花の髪飾りと真珠の首飾りをマリアにつけられながら、私は憂鬱な気分で深く溜め息をついた。今日はサイドに髪を緩く流す髪型のようだ。鏡の前にはやはり、別人が立っていた。


「レイチェル様、ティルナード様がお見えになりました」


侍女がティルナード様の来訪を告げた。紺色の近衛服に身を包んだ彼は私の姿を見て、「似合っています」と微笑んだ後、エスコートのために私の手をそっととり、空いた方の手は腰に回した。彼の手が触れた瞬間、心臓が跳ね上がった。耳が熱いのは久しぶりな接触のせいだと思う。

私の身体のこわばりを感じたのだろうか。ティルナード様が不思議そうな顔で覗きこんできた。

非常に近い、近すぎて心臓に悪い。


「レイチェル?」


彼の吐息が肌の無防備な部分にかかり、肌がぞくりと粟立った。時々、わざとやっているのではないかと疑いたくなる。


「あの、何でもありません。ただ、緊張してしまって」


「ああ。王弟殿下に会うのは初めてでしたね。気さくな方だから大丈夫ですよ」


違う。そういうことではないのだが、その方が都合が良いので、そういうことにしておこう。さっきから心臓が早鐘を打ってうるさい。

彼のエスコートを受けて公爵家の馬車に乗った。隣に彼が座るが、手は繋いだままだった。

暫くの間、沈黙が流れた。私は話題を振ろうと、彼を見上げて口を開きかけたが、彼と予想外に目があってしまい、すぐに唇を引き結んだ。彼は馬車に乗ってからも、私の方を見つめていたらしい。その事実に気づいて、頬が赤くなった。

ティルナード様の喉がごくりと上下した気がした。


「あの、何かついていますか?」


「ああ、いや、その。見とれてしまって。貴方の方こそ、何を言いかけたんですか?」


私は小首を傾げた。私を見ていたというのは勘違いだったのだろうか。窓の外に彼の気を引くものでもあったのだろうか、と目をやるが、何も見つけられなかった。

彼はそんな私の様子を見て、残念そうに溜め息をついた。

何となく納得いかないような、もやもやした気持ちになって、私はいじけた気持ちで前々から気になっていたことを彼に質問した。いつまでも先送りにするのはよろしくないし、いい加減にはっきりさせないといけない。


「あの、ティルナード様はなぜ、私と婚約しようと思ったのですか?」


貴方の目的は何?と暗に問いかけた。彼が私に何を望んでいるかわからない。

ティルナード様は完全に虚を突かれたのだろう。私の唐突な問いに、げほげほとむせこんだ。


「あなたはどう思ってるんです?」


狡い。瞬時に疑問を疑問で返された。

何となく、彼の瞳には期待するような熱がこもっていた。

私は考え込む。政略結婚の要素は薄く、ヴァレンティノ公爵家にはメリットどころか、評判の悪い娘を妻に迎え入れるというデメリットしかない。取り立てて取り柄もない地味な私が持つものは由緒ある伯爵家の娘ということだけだ。それさえ、公爵の前には霞んでしまうものだし、彼なら他に条件の良いご令嬢を選びたい放題だろう。


「名ばかりの妻、でしょうか?」


私がそう答えた瞬間、ティルナード様はあからさまに落胆した表情になった。


「あの、私は理解あるつもりですので、他に好きな方がいらしたとしても…」


愛妾を作ったとしても咎めない、と言おうとして、指で口を塞がれた。若干苛立ったような、焦ったような彼の表情はとても珍しい。


「どうして、そうなるんです?」


「ティルナード様は大変おもてになるでしょう?」


どこそこのご令嬢と懇意である、など彼の噂は婚約後も変わらなかった。レイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢との婚約は無理に推し進められた、とか、カモフラージュである、との見方が多い。

何より貴族の男性が妻以外に愛妾をつくるのは珍しいことではない。愛のない政略結婚は家同士の利害と正統な血統の子孫を創るために行われるのだ。ヴィッツ伯爵家やヴァレンティノ公爵家のように子供が生まれた後も夫婦仲が良好な例は少なく、最初から冷えきっている家の方が多い。


「あなたは他に意中の男性がいるんですか?」


低い声で彼に目を眇めて言われ、私は言葉を失った。無意識の内なのか、繋いだ手がぎゅっときつく握りしめられる。


「例えば、レイフォード侯爵子息とか?」


彼の口から突然グウェンダルの名前が出て、私は目を大きく見開いた。グウェンダルと私は兄妹のようなものだ。実際、水面下では婚約話もあったようだが、彼をそういう対象に見たことはない。

確かに、ティルナード様と婚約するまではあり得た未来ではあるが、私の両親も向こうの両親も血縁婚には消極的で、可能なら避けたかったはずだ。


「グウェンとは幼馴染みみたいなもので何もありません。どうして、そうなるんですか?」


私はだんだん腹が立ってきた。先程から彼は自分の事は棚に上げて、従弟との関係を言外に咎めるのだ。私は彼が他に好きな人を作るのは致し方ない、と一定の理解と歩み寄りを示したのにも関わらずだ。大事なことは一切口にしないばかりか、疑いの眼差しを向けてくる。


「実際、俺以上に親密ではないですか。疑いたくもなる」


「そんな風に邪推する方は嫌いです」


彼に握られた手をほどいて離した。ティルナード様は傷ついたような目で、唇を震わせた。

前にもこんなことがあったような気がするが、気のせいだろう。

私は気づかないふりをして、そっぽを向いて窓の外に目を向けた。

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