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16.自分の気持ちはわからないものです

お待たせしましたm(_ _)m待ってる方がいると信じて…な感じで間空きましたが、更新です。

我が国では婚約の後、日をおいて結納の品を花婿から花嫁の家に贈るという伝統がある。

サフィニア様主導の下、目の前にごとごとと見慣れない大量の高額商品が次々にヴィッツ伯爵邸に運び込まれていくのを私と両親は口をあんぐり開けて、眺めていた。

ティルナード様が来るはずだったが、都合がつかずサフィニア様が指揮をとることになったらしい。

数日前にヴァレンティノ公爵家からの結納品が本日我が家に届けられるため、準備をしておくようにという連絡は受けていた。私と両親は準備だなんて大袈裟だと軽く考えていた。


「お姉さま、間抜けなお顔はおやめなさいな。芋臭く見えてよ?」


サフィニア様が呆れたような顔で、私のだらしなく開いた口許を扇子で指した。


「すみません。魂的な何かが抜けていました」


全部売れば一体いくらになるのだろう、という私の邪な考えを見抜いた両親に脇腹をつっつかれた。「口は災いの元だから思っても言わないように」と視線で釘を刺される。

私達のやり取りをよそに、あっという間に運び込まれた結納品の数々を眺めて、サフィニア様は満足げに微笑んだ。

一段落した後、サフィニア様と私室に戻れば、見慣れないクローゼットがあった。上品な白い猫脚のそれは私の殺風景な部屋の中で一際浮いて、異彩を放っていた。中には新品のドレスや普段着、装飾品に靴などがぎっしり詰まっていた。

思わず言葉を失い、一回ばたん、と扉を閉じて、二度見したが、現実は変わらなかった。


「お披露目のドレスを作った時に作らせましたの。お気に召して頂けたかしら?私も選んだのよ」


顎が外れそうになった。これが普通なのかとも思うが、比較対照がないので、よくわからなかった。ただ、そら恐ろしくも思う。これで、もし婚約破棄となった場合はどうなるのだろう?


「あの、ハーレー侯爵令嬢の時もこのような…?」


つい口を突いて出たのは、私の前のティルナード様の婚約者の名前だった。口に出して失敗したと思ったが、既にサフィニア様の柳眉はぴくりとつり上がった後だった。


「あの方とお兄様は結納まではしなかったわ。それなりに折に触れて贈り物はしたようには思うけど」


ハーレー侯爵令嬢とティルナード様の婚約が解消された理由が最近は凄く気になっている。ハーレー侯爵令嬢がどんな人物だったか知りたかった。私は会ったこともない彼女に多分、嫉妬している。

しかしながら、それをサフィニア様に聞くのはマナー違反である。だから、私は話題を変えることにした。


「そういえば、この間、ティルナード様が来られた時に…」


この間の一件について、サフィニア様に話すと、歯切れの悪い返答が返ってきた。


「お兄様がお姉さまにつまり、その…無体を働いたのではないかと家令は心配したのでしょうね」


「無体?」


私の中で聞き慣れないそれは、すぐに言語変換されなかったが、暫くして男女の交わりのことを指していることに気づき、頭が瞬間的に沸騰した。ぼん、という音と共に顔から火が出た。


「いやいやいやいや!あり得ませんから」


動揺のあまり声がひっくり返る。実際に想像しようとしたが、無理だった。相手が自分でなければ、容易かったかもしれない。ティルナード様は大層おもてになるから、そういう相手には困らないはずだ。


「男女が密室で長時間二人きりなら不思議なことではないわ。実際、そういうことが起きて、婚約期間が短縮された例もあってよ?」


サフィニア様が涼しげな顔で具体例となる令嬢やご子息の話を持ち出した。顔見知りの人も数人いて、妙に生々しかった。

私が変な顔をしていたのが気になったのだろう。サフィニア様がずばりと聞いてきた。


「前々から疑問に思っておりましたの。お姉様はお兄様のことをどう思ってらっしゃるの?」


「どうって…?」


私は言葉に詰まる。

認めたくはないが、これは多分恋なんだろうと思う。だけど、口にするのは憚られた。今まで思うようにならないことばかりだったので、期待を裏切られることが怖い。何も知らないままの方が良いと思うのだ。

案外根が深い問題である。あの苦い初恋以来、私は自分の気持ちを自覚することにも、示すことにも臆病になってしまっている。

そもそも、貴族の結婚には義務がつきまとうだけで愛などないのが普通だ。自由がない中で、私は年頃の婚約者を得られただけでも恵まれている。だから、多くを望んではいけないのだと自分に言い聞かせる。


「自分でも、よくわかりません」


サフィニア様は眉をひそめただけで、それ以上は追及して来なかった。


実は私の過去の記憶は虫食いだらけである。カイルへの失恋以上にショックな出来事があったはずで、無意識の内に断片的にそれは浮かび上がってきては沈む。思い出そうとすれば小さな女の子が私に目隠しをして、邪魔をするのだ。気づかなければ優しく甘い夢に浸っていられるから。そうしていれば、古傷が広がって膿んで痛みを訴えるこどもない。

絵本の「ナイトメア」のお姫様と一緒で、私はまだ夢から醒めたくないのだ。絵本と決定的に違うのは、お姫様には王子様のお迎えが来たけれど、私は永遠に夢の世界に囚われたままだということだろう。

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