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蚤の市にはお忍びで行くとのことで、私達は町人風の装いをした。

しかし、ティルナード様とサフィー様は何を着ても絵になる。それに比べて私は一言で言うと野暮ったい。

ほう、と美しい二人に見とれているとティルナード様は赤い顔でぼそりと「可愛い」と言った。兄妹でも褒め合うこともあるのだな、と私はうんうん頷いたらサフィー様が「不憫ですわ」と言うので私は首を捻った。


蚤の市までの道すがら私はティルナード様に手を引いてもらった。「はぐれると危ないから」と言われれば断ることはできない。サフィー様は手を繋いでいないので納得いかない部分がある。

私がむくれているのに気づいたのだろうか。ティルナード様は「サフィーは多少の心得があるから大丈夫」と笑った。


「心得がある、とはどういうことでしょう?」


「嗜みとして防犯対策の訓練を受けているんですよ。だから、余程屈強な輩に囲まれない限り危ないことはない」


自分で対処できるのだと聞いて、私は彼女に憧れの眼差しを送った。


「私も習った方がいいでしょうか?」


もし、このまま公爵夫人になる未来があるなら身につけておいた方がいいのかもしれない。


「…レイチェルには必要ない。俺が護りますから」


最後の方はもにょもにょと聞き取れなかったが、ティルナード様は私の手を握り返した。


「お姉さまには必要ありませんわ。お兄様はお姉さまには過保護ですので絶対に目の届かない場所にお姉さまを一人で行かせませんし、そうなるとしても万全の護衛をつけますもの」


サフィー様はジト目で私達を見た。

ここまでの道中、彼は私の体調を気遣う発言を何度もしている。顔に汗を少しかけばハンカチでそっと拭い足が痛まないか聞いてくる。理由は私が事故で足を怪我したせいだ。うっすらとしか傷は残っていないようなのだが、彼は責任を感じているみたいだ。ずきりと胸が痛んだ。


「サフィーの場合、護衛を巻くだろう?だから、いつも足に自信がある者しかつけられないんだ」


嘆くようにティルナード様は言った。


「ついてこれないのが悪いのですわ。一令嬢に足で負けるなんて鍛え方が足りません」


私が鍛えて差し上げているのです、とつんと顔を反らすサフィー様は可愛らしい。可愛らしいが色々間違っていると思う。


「サフィーについていけるのなんて、ロバートとドリーとマリアぐらいだろう?少しは控えた方がいい。そんなんだから、見合いで相手に逃げられるんだ」


ティルナード様は頭が痛そうに応酬した。

サフィー様はべっと舌を出した。


「そのような狭量な方、こちらから願い下げですわ」


「サフィーはだんだんフィリアに似てきたな」


悪影響だ、と彼はブツブツ言いながら心配そうに私を見た。


「ムカつくぐらい、お兄様の女性の理想が高いことだけはわかりましたわ。お姉さまみたいな純粋で無害な方はそうそういなくてよ?」


「従兄にはたくらみ顔だとからかわれたんですよ?レイチェルといると碌なことがないって」


純粋、という言葉は私こそ似合わないのではないかと思う。そう言えば、なぜかサフィー様もティルナード様も即座に否定した。


「社交場に蔓延る上面だけはお綺麗な妖怪たちに比べたらお姉さまなんて子猫みたいなものですわ」


ティルナード様もなぜか激しく頷いている。何かしら苦労した経験があるらしい。「レイチェルは癒し系だ」と言われて私は複雑な気持ちになった。癒し系だなんて言われたことがない。


「昔から運は悪いみたいだけど」


ティルナード様はぼそっと呟いたのを聞き逃さなかった。


「そんなことは…!」


反論しようとして思い当たることがありすぎて、私は押し黙った。


「正直、そういう意味でもレイチェルは俺から離れない方がいいと思う。うちの家族は強運の持ち主が多いらしいから」


「お兄様、それは卑怯ですわよ」


半眼を閉じてサフィー様が指摘した。


「これぐらい良いだろう?パートナーにいかに向いてるかアピールするぐらい」


「運なんて信じてないくせに」


白々しい、とサフィー様は言った。


「まぁね。確かに偶然というのはあるかもしれないけど、一個人だけに不運が続くならそれは必然だろう?誰かが必然にしていることだって考えられる」


ティルナード様は一瞬険しい顔になった。


「あら。そういうことですの?」


サフィー様は思い当たることがあったようだ。頭の悪い私には二人の会話はちんぷんかんぷんだ。


「ああ、着いた」


いつのまにか市が開かれている広場にたどり着いていたらしい。


「わぁ」


私が感嘆の声を上げるとティルナード様はなぜか赤い顔でごくりと喉を鳴らした。


「お兄様、お姉さまに飢えすぎているのはわかりますが自重くださいまし。私も我慢しているのですよ?」


「う。わかっているけど仕方ないだろう?」


「お気持ちはわかりますので少しは大目に見て差し上げますわ」


私はもう二人のやりとりは耳に入っておらず市に夢中になった。糸と布売っているお店の前で立ち止まる。


「欲しいものがあれば言ってくださいね?」


言われてお金を持っていないことに気づいて俯いた。ちょうど刺繍をするのに丁度いいな、と思ったのだが。

ティルナード様は私の目線を追って見ていたものを購入してしまったので困った。


「あの…」


「冷たい氷菓子も向こうで売っているみたいですよ?」


氷菓子、という言葉に私は目を輝かせた。聞いたことはあるが食べたことがないものだ。

ティルナード様はくすくす笑いながら二個買って一つは私にもう一つはサフィー様に渡した。


「ティルナード様は?」


良かったのか、とこてんと見上げれば「じゃあ、レイチェルの分を少し貰おうかな」と氷菓子をぺろっと舐めたものだから私はまた赤くなった。


「お兄様?お姉さまが困ってらしてよ?」


「このぐらいの悪戯はいいだろう?」


「お姉さまも。早く食べないと溶けてしまいましてよ?気になるなら私のものと交換しましょうか?」


私は首をぶんぶん左右に振って、思い切って氷菓子に口をつけた。

冷たくて甘くて美味しい。なんとも筆舌しがたい美味である。

無言でしゃくしゃくと私は氷菓子を食べることに夢中になりティルナード様達の生暖かい視線に食べ終わってから気づいた。子供っぽいと思われただろうか。なんだか居た堪れない。

ティルナード様の態度は婚約者というより、まるで子供に接するようだと思っていて気にしていただけに恥ずかしくなる。


「お姉さま、あちらにガラス細工の店もありますわ」


目を向けると、色とりどりのガラス細工が飾ってあって目に楽しい。


「これなんか、お姉さまに似合いそう」


サフィー様は飴色の髪留めをとって、私に言った。


「綺麗ですね。これなんかサフィー様に似合いそうですよ」


薄青の花のブローチを指して私は言った。


「悪くはなくてよ。今日の記念に買いましょうか」


サフィー様が言って私ははたとまた、お金がないことを思い出した。氷菓子もだが、ここまで全てティルナード様が払っている。

なんだか申し訳ない気持ちになる。とはいえ、返せるあてもない。


「お姉さま、気にする必要はありませんのよ?お兄様は嬉しそうですもの」


「でも」


女性の買い物に付き合わされることが楽しい男性なんて少数派だとグウェンが言っていたのを思い出した。彼は当時の恋人に高価な宝飾品をねだられていたようでうんざりしていた。


「なら、この中から俺にも選んでくれませんか?サフィーだけ狡い」


拗ねたように彼は言った。

私は彼を見上げて戸惑った。私のセンスで良いのだろうか。サフィー様は悪くない、と言ってくれたけれど。


「お兄様、本音がだだ漏れですわ」


「事実だろう?大体サフィーはレイチェルから手作りを色々貰ったらしいじゃないか。俺が知らないとでも?」


覚えていない。前の私の話だろうか。私とサフィー様は仲が良かったらしい。


「あら?お兄様も欲しいなら、そう言えばよろしいのではなくて?」


「う。言ったけど、もらえなかったんだ。いや、ハンカチに刺繍はしてもらったけど。なんでだろう?」


理由はなんとなくわかった。洗練されて大人っぽい美貌の彼に手作りは似合わない。例えば、手作りの手袋やマフラーを贈るにしても不恰好になってしまうので恐れ多いとしか言えない。


「お兄様は鈍すぎますわ」


私の心中を察したようにしみじみとサフィー様は言った。


「? とにかくサフィーばっかり狡いだろう?俺だってレイチェルが選んだものが欲しいしレイチェルに何か贈りたい」


ティルナード様が駄々をこねるように熱のこもった目を私に向けてきたので、私はたじろいだ。ティルナード様もサフィー様も見た目と中身のギャップが激しい。一見冷たそうに見えるが二人とも人懐こいというか、可愛らしいと思った。


「欲望に忠実すぎますわ」


「いいだろう?昔からの夢だったんだ。一緒に買い物に行ってレイチェルに何かをねだられたり選んでもらったりするのが」


結構な問題発言だと思う。例えば私が贅沢好きな悪女だったら、この人は破産するのではないだろうか。警戒心が薄いと思った。この人が騙されないか心配だ。


「お姉さまはお兄様に何もねだってませんわよ」


お兄様が勝手に買っているだけです、と言うサフィー様の冷静な指摘にティルナード様が唸った。

ティルナード様は口ではサフィー様に勝てないらしい。

私はティルナード様の背中をぽんぽんと叩いて、彼に似合いそうなものを選ぶ作業に取り掛かった。

男性に何かを選ぶ機会はあまりないので、どういったものが好まれるかわからない。

漠然と使えるものがいいな、と思いながら品々を眺めた。

深い青の、彼の瞳とよく似た色の蜻蛉玉に目を留めた。ネクタイピンになっているらしい。


「これはどうでしょうか?」


似合うと思うのだけど、と自信なさげにティルナード様に提案した。

ティルナード様は私が選んだネクタイピンをいたく気に入ったらしく、嬉しそうにしながら、さっさと会計してしまった。


「お姉さまは罪作りですわ」


サフィー様の言葉に私は首を傾げた。


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