69.
「近くで蚤の市をやっているみたいなんですが、行ってみませんか?」
ティルナード様にそのように誘われて私はきょとんとした。気のせいでなければ、これは。
「ま。デートですの?」
サフィー様が歓声を上げたので私は耳を赤く染めた。
「…別にいいだろう?最近、引きこもらせてばかりだったから」
「そうですわね。考えてみれば、お姉さま、事故の後からほとんど外出されませんでしたものね」
二人の話だと私は事故が起きてから屋敷に引きこもっていたらしい。事故、というフレーズを聞いて不意に私の手を震えながら握る手を思い出した。
「楽しそう。ですが、また今度にしましょう?」
私は辞退を申し出た。
魅力的な提案だった。しかし、二人で出かけて不快な思いをさせてしまうのではないか。
私が今ひとつ、彼に心を許すことができないせいだろう。腰を寄せられたり顔を寄せられれば緊張のあまりカチコチになり、自分でも可愛くない態度をとってしまう。そのせいか最近は接触が減ったように思えた。
彼を好きなのは確かだ。けど、どうしたらいいかわからなくて戸惑うのだ。
彼と二人きりになると、より顕著になり息が詰まり言葉がうまく出なくなる。つまらない奴だと思われて呆れられてないかと思うと不安で涙が出そうになる。
昔の自分はどうだったのだろうか。
「なら、サフィーと三人で行きませんか?色々な店が出ていて退屈しないと思うんだけど」
ティルナード様が困ったように眉根を寄せて頰をかいた。
「あら、いいんですの?」
サフィー様はぱあっと顔を明るくした。蚤の市に行ったことがなく興味があるらしい。
「歩きになるけど構わないなら」
「問題ありませんわ!」
綺麗に胸を張るサフィー様に微笑ましい気持ちになって、声を上げてクスクスと笑えばティルナード様が赤い顔で見ているのが目に入って俯いた。見られていたと思うと顔に熱がこもる。
「そうと決まれば支度をしませんと」
張り切った様子で背中を押すサフィー様に押し切られるようにして各々準備に向かった。