11.豚に真珠です
10話以上かけて、全く恋愛していないことに気づき、今更焦りました(;´Д`)ハァハァ 本日三度目の更新です。書ける内に書いておきます。閑話で、矛盾が生じたので、前の話をちょこちょこ手直ししてます(^_^;)採寸の下りです。母のお下がりを着ているはずのレイチェルが採寸されている…と気づいて訂正しましたm(__)m
サフィニア様がヴィッツ伯爵家を訪れるという手紙を貰ったのはお茶会から数日も経たない日のことだった。
なぜ、彼女がヴィッツ伯爵家を訪問するのか、私には皆目見当がつかなかった。婚約者となったティルナード様のお誘いならまだしも、その妹のサフィニア様が私にご機嫌とりの訪問する理由など全くなかった。
家令のジェームスに案内されて、私の部屋に入ってきたサフィニア様は白い上品なワンピースを着用されていた。シンプルだけれども品があり、サフィニア様の美貌を引き立てている。綺麗に巻かれたプラチナブロンドにつり上がったアーモンド型の、サファイアブルーの気の強そうな瞳に射抜かれて、うっかり見とれてしまった。
「間抜け面はおやめなさい」
私が内心でハァハァしていたのを見抜いたのか、サフィニア様はぴしゃりと私を注意した。私は口の端に涎がついていないことを確認し、胸を撫で下ろした。
「あの…。本日はどのようなご用事で…?」
私は戸惑いながら、サフィニア様に尋ねた。彼女が私を訪ねるとすれば、ティルナード様絡みであろうが、はたしてどのような用件なのだろうか。まさか、わざわざ伯爵家に未来の義姉いびりに訪れたわけでもあるまいし、そんなに暇だとは思えなかった。
「義理の姉になる方を用がなければ訪ねてはいけなくて?」
ぴしゃりと言われて、私は機械的に左右に首を振った。
私の返事に満足したのか、サフィニア様は満足した様子で艶然と微笑まれた。私は赤面して見とれてしまう。美形に免疫がないのだから仕方ない。
サフィニア様は呆れたように私を一瞥した後、キョロキョロ部屋を見回した。
私の部屋はリエラほどではないが、本棚で殆どが埋め尽くされており、女性の好みそうな可愛らしいものは一切置いていなかった。本棚以外には文机とベッドがある程度だ。
「クローゼットはどちら?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。無理もない話だ。この部屋の大部分は本棚に占められていて、見たところ、衣裳箪笥のようなものは見当たらない。部屋の隅にあるにはあるのだけど。
私は震える指でそっと部屋の片隅のとても小さな衣裳箪笥を指した。彼女は申し訳程度に存在するそれを目にして、ぽかんと口を開けた。
「あり得ないわ」
ぷるぷると肩を震わせながら、彼女は感想を伸べた。確かに、年頃の若いご令嬢が持つものとしてはあり得ないほど小さいものだろう。実際、中身は必要最低限のものしか入っていない。それ以外のものは母の衣裳部屋の若い頃のコレクションから持ち出しているので、全く支障がないのである。
サフィニア様は中を開け一通りを検分した後、残念なものを見るような目で再びこちらを見た。ある程度予測はしていたけれど、予想以上だった、と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「あり得ないわ」
なぜか、二度も同じ台詞を言われてしまった。そんなにあり得ないのだろうか。いや、皆まで言うな。へこんで立ち直れなくなってしまう。
「今まではこれで支障がなかったのです!」
服なんて数着あれば事足りたし、そこそこの出自の自分は社交の度にドレスを新調するなど不経済極まりないと考えていた。大体、飾り立てるほどの美貌は持ち合わせていないし、そんなものにお金をかけるぐらいなら、同じくらい高価でも書物で知識を身に付けた方が良いと考えていたのだ。豚に真珠である。
「あなたが芋臭い理由がよくわかりました。けれど、あまりにみすぼらしい格好をしていては侮られる原因になりましてよ?仮にも、あなたは伯爵令嬢なのですから、せめて自分にあったものを身に付けないと」
サフィニア様はそう言うと、考え込むように長い睫毛を伏せた。
彼女は傍に控えていた侍女に何やら指示を出した。どうでもいいが、侍女も大変整った容姿をしており、レベルが高いと思った。洗練されたメイド服は私が今着ている野暮ったい服よりもお洒落である。
戻った侍女は公爵家御用達の仕立屋を連れてきた。有無を言わさぬまま、仕立屋は私の全身の採寸に取りかかる。
これは一体どういうことだろうか。
「みっともない格好の令嬢を連れていてはお兄様が馬鹿にされます」
「はぁ」
お飾りとはいえ、みすぼらしい格好をしていては公爵家に泥を塗ることになるということか。となると、これは公爵子息の婚約者の誰もが通る道というわけだ。
そこで私は気づいた。ティルナード様には確か、私の前にも婚約者がいた。彼女も同じように拵えてもらったのだとしたら、何着かは残っているはずだ。だったら、その令嬢のお下がりでも良いのではないか、と。
「でしたら、私、ティルナード様の元婚約者様のお下がりで結構です」
私の言葉にサフィニア様もその侍女も、信じられないと言わんがばかりに目を見開いた。言ってみて流石に無神経だったかな、と後悔した。嫌味のつもりはなかったが、そう聞こえてしまったかもしれない。
サフィニア様は退屈をまぎらわすためか、私のクローゼットにあった靴や小物を眺めている最中だった。「子供の靴みたい」と興味深げに眺める彼女は別に私を馬鹿にしているわけではない。私の足が小さすぎるのである。そんな彼女はぴたりと私の全身に視線を固定した後、ふーっとため息をついた。
なぜか、仕立屋の女性、侍女も一瞬、私の全身を見た後、可哀想なものを見るように、すっと目を反らした。
「あなたにハーレー元侯爵令嬢の服は着れないわ。サイズが違いすぎるもの」
サフィニア様からの重々しい宣告に私は姿見で自分の全身を確認して、うなだれた。
そういえばハーレー元侯爵令嬢はティルナード様とお似合いと言われた程のご令嬢である。彼と並んで引けをとらないということはナイスバディの魅惑の美女のはずだ。私が彼女の服を着ればあちこちが余りまくるであろうし、胸元はガバガバなはずである。そんな彼女のお下がりを着たいと言うなんて、無謀にも程があるぞ、私。
「大体、ハーレー元侯爵令嬢の服は飽くまでも彼女にあつらえた服なのです。人それぞれ、似合うものは違っていてよ?お姉様には私がお姉様にお似合いの物を仕立てさせますので、安心なさってね」
サフィニア様に慰められた。それよりも、私には引っ掛かることがあった。
「あの、サフィニア様。その、お姉様というのは…」
「あら?ゆくゆくはうちに嫁がれて私のお姉様になるのだから、別におかしくはないわ。あなたも私のことはサフィーとお呼びになってね?」
いきなり愛称呼びを要求されて、私が戸惑っている間に採寸は終わってしまった。仕立屋のマダム、リーリエは「創作意欲が湧いてきたわ」と鼻息を荒くして、帰っていった。
後で彼女の店をサフィニア様の侍女に聞いてみれば、王妃様も御用達の高級洋裁店「ルジェ」であることを知って、頭がくらくらした。少なからず、流行の波に乗り遅れているレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢には一生縁のない店である。常に時代を逆行する女、それが私である。
サフィニア様は何着かドレスや普段着、小物、宝飾類などをオーダーしたようだ。私がそれらの支払いをすることを彼女に伝えたが、「全て、お兄様もちですので、気にしなくて宜しくてよ」と素敵な笑顔で断られた。それでも、と食い下がる私に侍女が大体の費用を計算してみせた時、私は流石に食い下がるのをやめた。あまりの高額に目から星が飛び出そうになった。
「婚約者に貢ぐのは義務ですから、お姉様は気にすることなくってよ」
左様ですか。そして、その「お姉様」呼びは定着なのか、と私は心の中で乾いた笑いをこぼした。実際に笑えば、きっと「何が不服なのです」と突っ込まれるに違いなかったからだ。
何はともあれ、私はサフィニア様とお友だちをすっとばかして、いきなり姉妹から関係を始めることになったのである。何なんだ、この無茶ぶりは。
「そういえば、お姉様のクローゼットには一着だけ、素敵なドレスがありました」
気になりましたの、とサフィニア様が遠慮がちに私の前に差し出したのは、私が八歳の時に拵えた、あの花びらを模したドレスだった。色褪せてしまっているが、それは私の中では未だ褪せることのない失恋の記憶である。
私はそれを見た瞬間、ずきりとまた、胸を突き刺すような感覚に襲われた。
「お姉様?」
「サフィニア様、何でもありません。懐かしいわ。こんなところに眠っていたのね」
私は懐かしむように、それを見た。サフィニア様に気づかれてしまっただろうか。私は八歳のそのドレスを最期に自分用に華やかなドレスは拵えていない。勿論、靴などはサイズが合わないから仕方がないが、ドレスは母のお下がりを詰めればどうとでもなるのだ。
そのドレスを見たのはカイルとその婚約者の婚約発表がなされたお茶会の席である。私が拵えたものと全く同じドレスを身にまとった彼女はカイルの隣で可憐に笑った。私以上に似合っていた。だから、私は私の気持ちと一緒にドレスと髪飾りをクローゼットの奥に押し込んだのだ。
ドレスを目にした瞬間、私の中のどろどろした感情が蓋を開けて、私の頬に熱いものが伝った。あの時はただただ、悔しかったのだ。もう大丈夫だと思っていたのに、本当に情けないにも程がある。
「大丈夫ですの?」
サフィニア様が心配そうに私を覗きこんできて、私の頬の涙を優しく拭ってくれた。
「何でもないのです。私は大丈夫」
自分に言い聞かせるように繰り返す。私は大丈夫だ。もう間違えたりしないし、期待もしないのだ。もう、こんな醜い感情に身を焦がすなどまっぴらごめんだ。
泣き止まない私の背中をサフィニア様が優しくさすって、私は更に泣き出してしまった。八歳の私が耳元で悲鳴をあげていて、本当にうるさい。
サフィニア様が帰るまで、私はみっともなく泣き続けた。




