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65.思い出せないわけですが

微かな違和感と疑問があった。


例えば、広いお姫様のような部屋だ。見覚えはある。が、私の趣味とは離れたそれらは違和感しかない。何より、長らく生活していると言われても実感が湧かない。借り物のように感じていた。

例えば、天蓋付きのベッドだ。私一人で寝るにはおサイズがかなり大きすぎるそれは明らかに誰かと一緒に休むことを想定されたものだ。一人で転がってみたが、なにかが足りない気がして眠れなかった。

衣服もそうだ。肌触りの良い、意匠を凝らされたそれらを身に付ける度に落ち着かない気持ちになる。多分、私は元々違うものを身に付けていたのだろう。

極めつけは、私の家族だ。私だけちびっこで造形が違いすぎる。正直、血縁関係があるというには激しく無理がある。

家族だというなら恐らく私だけ貰われっ子なのだ。そうに違いない。


別の可能性が浮かんできたが、私は首を振った。

ティルナード様と私が実は婚約関係にあるというのがそれだ。であるなら、私の部屋の大きいベッドも説明がつく。

私の体のサイズに完全に合わせた場合、長身の彼の体がおさまらない。部屋についている間続きの扉もそうだ。サフィー様の部屋にそんなものはついていなかったし、兄妹の部屋をわざわざ間続きにする理由がない。

私は黙々と食事をする彼をこっそり盗み見た。それだけのことで顔が熱くなり心拍数が上がる。重症だ。

最初に兄妹だと肯定された時、安心すると同時にひどくがっかりしたのを思い出した。

一目惚れだったのかもしれない。兄だと言われなければ踏みとどまれずに手遅れだっただろう。禁断の恋に走る前で良かった。


「そういえば、カスタネ家で今夜、夜会が開かれるらしいね」


お父様?が何気なく口を開いた。

疑問符がついてしまうのは違和感があるからだ。最初にお父様をそう呼んだ時、熱烈に感動されたのも原因の一つだと思う。普通の親子でこの年になるまでに父親を「お父様」と呼ばないことがあるだろうか。疑惑が深まった瞬間だった。


「確か、婚約パーティーだったかしら?ティルはレイチェルちゃんと行くの?」


「…行くわけがないでしょう?」


渋い顔で私のお兄様は呻くように言った。

お兄様をお兄様と呼ぶと、渋い顔になるのでティルナード様と呼んでいる。それでも、渋い顔をされるのだが、どうすれば良いのかわからない。


「行ってはよいではありませんの?気分転換は大事ですわ」


「そういう気分じゃない。今の俺はとても誰かを祝福する気持ちになれない」


ティルナード様は苦しそうに言った。


「ま!ご自分がうまくいってないからと言って他人の幸せを妬むのは醜くてよ?」


面白がるように笑うサフィー様をティルナード様が睨んだ。


「うまくいってないわけじゃない!ほんの少し…すれ違っているだけなんだ」


ティルナード様には想いを寄せている方がいるらしい。手遅れになる前に早々に気づいて良かったと私は安堵した。

そういえば、と私は思い出した。


「何で、私と…?」


素朴な疑問だった。

想い人を誘って出席するならまだしも、お母様?は当然のように私と一緒に出席するのかとティルナード様に尋ねたからだ。相手がいるのに妹を誘って夜会に出るのも変な話だ。

ティルナード様は私を悩ましげに見つめて、がくっと肩を落とした。

それを見たお父様は苦笑いした。


「まあ。ティルは君のことが大好きだからね」


私は納得した。

私のうろ覚えの兄は確か、シスコン気味だった。その特徴と一致している。

そのせいで兄の想い人の不興を買い、うまくいっていないのかもしれない。


「ええ。大好きです。結婚したいくらいに」


そこでティルナード様は私をじっと見つめてきた。


「兄妹は結婚できませんよ?」


居心地の悪さに堪えかねて私はそう言った。冗談だとわかっていても心臓に悪い。


「…ええ。それはわかってます」


彼は言葉とは裏腹にがっかりしたようだった。


「…私は行きたいです」


「…レイチェルはそんなに夜会が好きでしたっけ?」


意外そうにティルナード様が首を傾げた。

以前のレイチェルは社交嫌いだったらしい。実際、それは今も変わらない。しかし。


「そうではなく。そろそろ、お相手を見つけないと」


私はもう十六歳である。一般的に相手がいないなら婚活が必要な年頃である。

家督は恐らくは兄が継ぐわけだが、いつまでも彼の手元にいて脛をかじるわけにはいかない。血が繋がっていないのかもしれないなら尚更だと思った。

夜会は出会いの場でもある。


「必要ない!」


慌てたように彼は叫んだ。


「でも、いつまでも独り身では」


困るでしょう、と続けようとしたが、途中で遮られた。


「とにかく!レイチェルには必要ないんだ」


「どうして?」


「それは…。その…つまり。貴女にはもう婚約者がいるからです」


しどろもどろになりながら、彼は歯切れが悪く言った。

初耳だった私は目を瞠った。


「あの…。では、どうして一度も顔を見に来て下さらないのでしょうか?」


婚約者が記憶喪失になれば、一度くらいは顔を見に来ても良いものだ。


「それは…。彼にも事情があるんだ。君を凄く心配していて…。と…とにかく、色々複雑なんだ」


歯切れ悪くティルナード様は私を見ながら言った。

まあ、そうかもしれないと私は納得した。記憶喪失とはいえ、婚約者の名前どころか存在すらも忘れてしまったのだから私も大概薄情者だ。

私は右手で左手の薬指をそっと撫でた。目を覚ました時にはそこにあったものだ。


「わかりました。では、諦めます」


外出すれば、少しは落ち込んだ気持ちも晴れるかもしれないと思ったが、残念だ。

私の心を読んだかのようにティルナード様は溜め息をついた。


「…結婚相手を探す以外の目的なら、まぁいいでしょう。ただし、俺から絶対に離れないこと。これは譲れない」


瞳を輝かせて頷けば、ティルナード様は僅かに頬を染めたように見えたが、きっと気のせいだと思う。

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