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閑話~ヴァレンティノ公爵一家の裏事情~

二月前、息子がある令嬢との縁談の相談を持ち込んだ時、私達夫婦は手放しで賛成できなかった。


息子はさる侯爵令嬢と六年もの間、婚約関係にあった。相手の家から是非にと強引に押しきられ、断ることができなかったのだ。かの侯爵家には黒い噂が付きまとっており、正直縁戚関係を結ぶことは躊躇われた。家の悪い噂に反するように、そのご令嬢はまともで非の打ち所のない娘だった。息子とも気が合うようで、とても仲も良かった。

かの侯爵家が不正を暴かれ、没落したのが二年前のこと。私達夫婦としては、二人が望むなら、そのまま添い遂げさせても良いと考えていた。意外にも、二人とも首を横に振った。


そのまま二年の間、浮いた話一つないまま、息子は年を重ねた。勿論、華やかな容姿の息子は度々噂に上ることはあったが、身内はそれが根も葉もないものだと知っていた。

息子は生真面目で、堅実な性格で女遊びをしない。昔から色々な女性に言い寄られていたせいか、女性を見る目はシビアだったし、あしらいも上手かった。

そんな息子が自分から初めて縁を結びたい、と言った女性…それがレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢だった。彼女は悪い意味で有名で、わざわざ彼女との縁を望む息子を俄には信じられなかった。

私達はすぐに彼女について調べさせた。

報告書を読んで、私達が彼女に抱いた印象は「不憫」の一言である。悪い噂は全てガセネタであり、彼女はただただ不器用なだけだった。

不器用で上手く笑えないことから悪事を企んでいると誤解され、その誤解から縁談は会う前に全て破談、好きになった相手は他の可愛らしい令嬢にとられ…などなど。サフィニアなどは報告書の後半を読むにつれ、涙を浮かべていた。自分と重なったのだろう。

悪い噂を取り除いてみれば、彼女はなかなかの掘り出し物だった。由緒正しい伯爵家令嬢、縁談がないことから従兄との結婚を視野に入れて幼い頃より、侯爵夫人教育を受けており、ダンス以外の成績はなかなかに優秀らしい。

両親、兄の執務の手伝いに携わり、領地経営にも明るかった。定期的に領地の現状視察を行い、適切な采配を振るため、貴族からの評判はさんざんな彼女だが、領民からの人気は高かった。三年前のヴィッツ領内での飢饉に対してとった采配が彼女の発案によるものだと知って、驚いた。

伯爵家自体が質素倹約を好む性質であり、彼女自身浪費癖があるという話は聞かない。茶会で見かけた彼女は実に芋臭かったとサフィニアが嘆いていた。一族揃って野心も全くないらしい。

華美を好み、贅沢な甘い暮らしを夢見て孔雀のように飾り立て、息子に群がる頭の緩い令嬢たちと比べれば、彼女ほどふさわしい人物はいない。

見るものが見れば、彼女の価値に気づくだろう。衆目を浴びる前に彼女に目をつけた息子を誉めてやりたい。

先程から誉めてばかりだが、彼女には重大な欠点がある。彼女は文学少女で将来的にその道の職業に就きたいと考えているらしい。その一環か、人間観察を趣味とし、時に不気味な笑みを浮かべているとか、いないとか。

だが、そんな欠点を可愛いと思えるぐらいには私達は彼女のことを気に入ってしまっていたので、問題はない。わが家は彼女の好奇心を満たせるだろう。公爵家は他人の噂に事欠かないし、息子も娘もあの通りの外見でしょっちゅう人の噂に上がるのだ。彼女を退屈させない自信はある。




「いくら二人の反応が面白いからといって、あれはやりすぎだろう?」


お茶会の後、私とサフィニアは夫であるヴァレンティノ公爵の書斎に呼び出された。彼はお茶会での私達のふるまいを嗜めた。


「あら?あんなに慌てふためくティルを初めて見たのだもの。面白くて、つい」


「あんなにお兄様が取り乱すのは初めてでしたわ。レイチェル様の百面相も面白かったわ」


「ヴィッツ伯爵夫妻なんて緊張のあまり生まれたての小鹿のように震えていたというのに。もし本当に破談になれば、ティルナードも泣いただろう。変な誤解をされていないといいが」


夫が懸念するのはベッドの下りだろう。女にだらしない男だとヴィッツ伯爵一家とレイチェル嬢に思われていないだろうか、と彼はぶつぶつ呟いている。


「お父様、その心配は要りませんわ。むしろ、喜んでいるようでした」


「そうねぇ。ずっと死んだお魚のような目をしていたのだけど、あの時だけは一気に生気が戻ったように目をキラキラ輝かせていたわね」


「まぁ、お兄様に心がないのだから、仕方ないのではないかしら?焼きもち一つ焼いてもらえないなんて可哀想なお兄様」


サフィニアは口では可哀想、と言いながらも笑っていた。

ティルナードは近衛騎士の仕事に出ていて、今は屋敷を開けている。この場に彼がいたら、本当に泣いていたかもしれなかった。自分が気になる女の子にそういう対象として、全く意識されていないというのは不憫である。母親としては面白い限りであるが。

お茶会の最中もレイチェル嬢は終始他人事だった。恐らく、本人は自分が本当に婚約者に望まれているなどとは夢にも思っていないのだろう。後ろ向きな彼女に気づかれれば、全力で回避されそうなので好都合ではある。気に入ってしまったので、こちらとしては逃がすつもりはない。


「サフィニアも…彼女に意地悪をするのは控えるように」


サフィニアは誰に似たのか気になる相手に絡むくせがあった。彼女から辛辣な態度をとられた相手は大概、怯えるか、逃げるかである。反対に、興味のない相手には無関心である。だから、彼女の自称取り巻きとやらが増長して、暴走の挙げ句、ティルナードが被害を被るのもしばしばのことであった。

度量は大きく、茶会の席でのルーカスの無礼な言動は実際は歯牙にもかけていない。先にサフィニアがレイチェル嬢に無礼な発言をしたので、おあいこではある。


「一重に愛ゆえですわ」


ふっと不敵に笑う娘を見て、夫は更に頭を抱え込んだ。誰に似たのかと言いながら私の方を見てくるが、心外だ。


「それはともかく、これから色々準備が必要ね。婚約御披露目もしなくては」


結納の品も揃える必要がある。彼女がいつ嫁いできても大丈夫なように、屋敷を改装したり、家具などもとり揃えなければ…。

外堀を埋めて囲いこんでしまえば、彼女に逃げ場はない、と私が黒い笑みを浮かべていると、夫は口許をひきつらせた。その顔にはヴィッツ伯爵令嬢に心底同情する、とありありと書いてあった。


「御披露目をするなら、ドレスの新調も必要ですわ。あの芋娘、時代錯誤の身体に合わないものしか、持っていないようなのです」


サフィニアに言われ、はたと茶会の席でのレイチェル嬢の装いを思い出した。クラシカルな、彼女の身体に合っていないドレスは恐らくは彼女のために作られた物ではないのだろう。伯爵家が困窮しているという話は聞かないので、恐らくは彼女自身がそういうものに興味がないように思われた。


「そうね。ああ、これから楽しみだわ」


私とサフィニアはにっこりと微笑んだ。


レイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢の受難はまだ始まったばかりである。

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