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番外~伯爵令嬢と手相占い~

久々に過去話と現在(直近)のいちゃバナ?です。

「レイチェルはその人のことをどう思っているの?」


伯爵家に来ていたダリアにある相談をした時のことだ。私はダリアの質問に絶句した。

正直な話、困惑していた。彼が何を考えているのか全くわからない。


「どうって…?」


頬を赤く染めて私は膝の上で拳を握りしめ、つと目を逸らした。


「だって、その人がレイチェルのことを好きなのははっきりしているじゃない?夜会に誘われて、ドレスまで用意して送迎まですると言われたのでしょう?他にもオペラに誘われたり、羨ましいったらないわ。……どこの王子様なの?」


ダリアには彼の素性は話していない。

確かに彼は王子様みたいな外見をしているが、王子様ではない。それに、意外に子供っぽいところがある。気まぐれな猫のような言動に私は内心で振り回されていた。


「お兄様の友人の方よ。私のことをからかうつもりなのかもしれないじゃない」


ダリアは呆れたように「ない」と否定した。


「そんな手間暇かけた嫌がらせは聞いたことがないわ。それで?満更でもないんでしょう?羨ましい限りだわ」


見透かされたように言われて、私は小さく肩を震わせた。


「……好き、なんだと思う。だけど、何というか落ち着かないの」


「好き」と言葉にすれば、今までの自分の挙動不審な言動がすとんと腑に落ちた。

まず直視できない。

最初は怖くて逃げていたのだが、最近は違う。彼にどう思われているか、周りからどう見られているか気になって仕方がない。

彼が退屈していないだろうかと不安になる。兄に聞いた話では彼は遠乗りや身体を動かすことが好きだと言う。体力がなくて鈍くさい私は今から鍛えても彼の趣味に合わせられそうにない。趣味も話も合わないから私から気のきいた話ができない。頭も良いらしい。

手足の長さも歩幅も大分違う。本気を出せば、私なんかあっという間に捕まえてしまうだろうに、最近は敢えて逃がしてくれている節がある。


「贅沢な悩みだわ。レイチェルは彼とどうなりたいの?」


「…笑っている顔を遠くから見たい」


私はぼーっとした顔で言った。きっと凄く素敵で幸せな気分になるだろう。


「…目標が低すぎるわ!もっと、ないの?」


「…じゃあ、ダンスを踊っている姿が遠くから見たい?」


王子様みたいな彼が踊っている姿は眼福に違いない、と私はうっとりした顔で頷いた。


「レイチェル。貴女は自分が彼と、とは思わないの?」


私は俯いた。


「だって、無理だもの」


今は良いかもしれないけど、と私は心の中でひとりごちた。ヴィッツ伯爵家の家系は代々小柄な人間が多い。私の身体も劇的な成長は期待できないだろう。彼の家は公爵だし、今の彼自身、魅力的で凄くモテる。実際、彼狙いの女の子は周りにも多く競争率が高い。

この恋は取り返しのつく内に諦めた方が良いとわかっていた。空の星に手を伸ばすようなものだ。


「そこまで無理な相手なの?どんな人か気になるところだわ」


ダリアに聞かれて、私は彼のことを素性は隠して話した。途中から何故かダリアはげんなりしたように言った。


「…もう良いわ。のろけ話でお腹いっぱい。そこまで親しいのに、恋人でも婚約者でもないのが不思議よ!」


「まだ半分も語ってないのだけど?恋人や婚約者はもっと親しいものでしょう?名前で呼んだり、お互い見つめあったり、手を繋いだり、抱きあったり。デートやキ…キスも」


想像して、ぼんっと頭が爆発しそうになった。絵本や恋愛小説には密かに憧れていた。


「お相手は貴女のことを名前で呼んでいるんでしょう?貴女が呼ばないだけじゃない。デートも何度も誘われているのに断っているのは貴女よ。ああ、もう!じれったい。本当は手を繋ぎたいんでしょう?」


「繋ぎたい…けど、そんなこと」


何度となく、屋敷で一緒の部屋にいる彼の大きな手を盗み見た。最近、彼は滅多に手を伸ばしては来ない。大変節度ある距離を保っている。私が言い出したことだ。物足りない私は我が儘ではしたないのだろう。

それに、彼はヴィッツ伯爵家が縁談を持ち込める相手ではない。両親にねだっても困らせるだけだ。色々足りない私にあちらから申し込まれることはまずないとわかっているのだから早めに気持ちを整理するべきだとわかっている。貴族の結婚は当人同士の気持ちだけでは成立しない。


「大好きなんでしょう?躊躇っている内にとられても知らないわよ?」


ダリアは何でもお見通しだ。私はうっと言葉を詰まらせ、本の栞に使っていた青いリボンに目を落とした。


※※※

気持ち良さそうに転た寝する彼を見て、随分不用心だと思った。

彼を狙う令嬢は多い。こんな風に寝ていて襲われでもしたら大変だ。

あまつさえ、かつて彼が散々悪戯を仕掛けた女と二人きりなのに寝るなんて、本当に危機感が足りないのではないか。私が復讐心をたぎらせて彼に襲いかかったら…と考えて、どうにもならない事実に気づいて自分で突っ込んだ。

私が何をしようが、彼は歯牙にもかけないだろう。何より、今の私は彼に復讐しようとは思っていないし、恨んでもない。悪戯のことはわだかまりはあっても、とうに許している。

しかし、と私は少しだけ傷ついた。寝てしまったのは私といるのがつまらないからに違いない。彼が無理をして私との関係修復を望むのは友人である兄との関係を良好に保ちたいからだろう。ダリアの言うように私に興味があるとか、好意を寄せているからでは断じてない。それが悲しくて、彼と素直に打ち解けられない理由の一つだ。関係を修復してしまったら、こんな風に会えないのではないか。


「……独り占めできたら、どんなに良いか」


私はそろそろと彼に近づいた。間近で彼の顔を覗きこんでぼーっと見とれた。例えば、彼に本気で求婚されたらどんなに幸せだろうか。そこで、いつかの上から目線のプロポーズを思い出して、「ないない」と首を振った。

何度か婚約を申し込まれているが、あれらは多分冗談だ。本気なら簡単に口に出さない。とはいえ、全く期待していないわけではない。

隣に腰を下ろして、そーっと髪に手を伸ばして撫でた。思った通り、猫っ毛でふわふわして手触りが良い。

起きている本人には恐ろしくてできないことだ。威圧感があるし、最近はましになったが、少し前まで睨むように見られて、びくびくしていた。

頬を突っついてみたが、起きる気配はない。ただ、心なしか顔が赤く、いつもより息が荒く感じたが、気のせいだろう。近くで彼の顔を見る機会などないどころか、目を合わすこともできない私にはわからない。

そのまま彼の手が目に入り、ごくりと唾を飲んだ。今なら繋げるかもしれない。

彼の手の甲に私の掌を重ねた。起きないのを確認してから私は彼の手を両手でとって、掌に目を落とした。観察すると剣ダコがあったり、まめができていた。繊細な容姿に似合わず男の子っぽいんだなとくすりと笑った。

それから、ふと、最近読んだ手相占いを思い出した。


「…レイチェル?何をやっている?」


後ろから呆れたような声でルーカスに呼ばれて私は硬直した。


「手…手相を見ようと思ったのです。生命線がどれだけ長いのかと気になって」


我ながら苦しい言い訳だ。そして、心なしか手が震えているような気がする。なぜか近くで地震が起きているようだ。


「……ついでにティルもだ。いつまで狸寝入りしているんだ?」


狸寝入り…。タヌキネイリだと?

彼を見れば、笑いを噛み殺しているらしく身体を揺らしているのがわかった。なるほど、震源地はすぐ傍にあったらしい。

理解した瞬間、脱兎の如く逃げようとしたところで、がっしりと手を握り返されて、私は固まった。


「自分から手を握ってきたんだろう?」


「……離して!」


私は涙目になりながら叫んだ。近い。近すぎて動悸が激しい。


「…ティルはその辺で離してやれ。レイチェルがお前のことが苦手なのは知っているはずだ」


そこで漸く離してもらった私はルーカスの陰に慌てて逃げ込んだ。離す寸前、彼は傷ついたような顔をしていたが、気のせいだろう。


「俺の生命線は結局長かった?」


ルーカスの陰にいる私に意地悪な質問を投げ掛けてくる彼に私は呻いた。


「長生きしますよ。結婚も二回…。不実だわ!」


なぜか彼が「二回も」と不機嫌になったのが声でわかった。しかし、それは私のせいではない。


「それは不実だな。やっぱり、あの話はなかったことにしてくれ」


「占いは占いだろう?あてになるもんか!俺は絶対に浮気はしないし、大事にする」


「…何の話ですか?」


私は兄の後ろで首を傾げた。何を大事にするのだろう?


「……お前は気にしなくて良い」


ルーカスは私の頭をぽんぽん叩いた。これ以上、話してくれる気はないらしい。

私は部屋から出るべく、のろのろと足を動かした。兄達の邪魔をする気はない。彼は私の兄に会いに来ているのだ。

彼の声が追いかけてきたが、恥ずかしかった私は気にせずに自室に逃げ込んだ。


※※※

ティルに片手をとられて掌を見つめられた私は首を傾げた。


「良かった。一本しかない」


意味がわからない。何が一本だけなのか。


「結婚線です」


苦笑いしながら答えたティルに私はますます意味がわからないと思った。現実主義者なティルは昔から迷信深い方ではなかったと記憶している。


「一本あっただけ奇跡です。でも、どうして?」


「レイチェルの予言は当たったから」


「はい?」


私は首を傾げた。私にはそんな記憶はない。


「昔、君に手相を見てもらった時に二回結婚すると言われたんだ」


そんなことがあっただろうか。そもそも、昔の私達は手相を見れるぐらい親密な距離感ではなかったような気がする。そう指摘すれば、ティルは項垂れた。


「あの時、俺は確かに寝ていたけど。君の方から近づいて手をとってくれたのはそう何回もないから忘れない」


「おかしいわ。寝ていたら記憶はないはずでしょう?」


私は不審な目でティルを見上げた。


「…実は途中から起きていたんだ」


「…それは騙し討ちというのでは?」


「起きているとわかったらレイチェルは逃げるじゃないか」


恨みがましそうに言われて唸った。当時の私なら確かにそうだろう。昔の記憶を辿れば、彼に積極的に近づいて行ったのは彼が弱っている時またはやむを得ない時に限っていた。

形勢が悪くなったのを感じた私は誤魔化すことにした。


「確認しなくても、私は何回も結婚しませんよ」


もう結婚しているのだし、先程も述べたように一回でも結婚できたのが奇跡だと言える。そして、今の会話の中で聞き逃せない情報があった。


「……ティルは私とは二度目の結婚なの?」


「そうじゃない!ただ、君との前に一度婚約しただろう?だから」


ああ、と私はフィリア様との婚約を思い出して頷いた。彼女ははっきりティルは好みではないのだと言っていた。その言葉に嘘はないのだろう。二人の空気には甘いものは欠片も混じっていなかった。


「えーと。ティルは二回結婚したいの?」


我が国の離婚手続きは複雑だ。しかし、彼が望むなら悲しいが、仕方があるまい。


「したくない!一回で…君とだけで十分だ。それと、離婚する気もない。もう二度と離すもんか」


必死な形相で肩をがしっと掴まれて私はこくこく頷いた。何となく、ぞくっと寒気がしたが、気のせいだと思う。


「何で私の結婚線が気になったの?」


「二回あって俺との結婚が一回目だったら嫌だからです」


子供っぽく拗ねたように言うティルを見て私はくすくすと笑った。


「あり得ない話だわ」


「絶対はないでしょう?」


「だって。結婚も離婚もお互いの同意が必要だもの。ティルが私を手離す気がないならあり得ないでしょう?」


私はティルの手をとった。


「実は従兄やカイルがまだ好きなんだと言われたらどうしようかと未だに不安になるんだ」


「……ないわ。カイルはともかくグウェンだけは絶対にない。断言できます」


あいつは最初から私を女だと思っていない。困った珍獣扱いである。

この間もリエラの結婚式で「レイチェルに餌を与え過ぎると見る影もないくらい太るからお勧めしない」とティルに本気で忠告していた。それを偶然聞いた私は「禿げろ」と久々に心の中で呪詛を吐いたわけだが。残念ながら、全くその兆候は見られない。


「それに、ティルが同意しても私が同意しなければ離婚できないわ」


勿論、私はそのつもりはない。面倒な女に捕まったと思って諦めて欲しい。彼の腕の中の暖かさを知った身としては他の人に譲る気などない。私は好きなものは独り占めしたい人間だ。


「ティルが浮気をしたら何をするかわからないけど」


「ドリーも言っていたようにしないし、できない。根本的な問題があるんだ」


「そういえば、ティルの愛人だという方が子連れでいらしていた時に誰も相手にしなかったような?」


相手に指名された私はサフィニア様と一緒に応対したのだが、フィリア様には及ばないものの、結構な美女だった。

しかし、誰も調べもせずに、サフィニア様に「この程度の器量でうちのお兄様をその気にさせられると思って?」と扇子を突きつけられて、さっさと役人につき出されたのだ。あっという間の出来事だった。

後から聞いた話だと、浮き名を流している貴族の家を限定して回って詐欺を繰り返していたらしい。貴族にしてみても、遊びすぎて記憶がない人が殆どだから要求されるままに金品を渡していたのだと言う。「うちに来たのが運のつき」とドリーなどはけらけらと笑ってワトソンに足を踏まれていた。


「ああ、うん。子供はまずないな。相手がレイチェルじゃないなら、まずあり得ない。できるはずがないんだ」


公爵一家も使用人も皆、口を揃えて「うちのティルナード様に限ってありえない」と一笑に付していた。


「…凄い信頼ですね」


「俺の体質が少々特殊だからですよ。極端な話、一人しか受け付けない。だから、その一人以外に誘惑されても全くその気にならないし、何もしたいとは思わないんだ」


「それは…大変では?」


ごくりと唾を飲んだ。男色疑惑は眉唾物ではなかったらしい。

ワトソンが私との婚約が決まるまでは公爵家断絶の危機だったと大袈裟にぼやいていた時は冗談だと笑ったのだが、そうではなかったらしい。


「レイチェルが相手をしてくれたら問題はない。奥さん相手にその気になるのは自然だし、不実ではない」


「その気にならないかもしれませんよ?」


どんな美女相手でもその気にならないなら、私ではまず無理だと思う。悲しいぐらいにツルペタなのだ。


「いいや?その点は大丈夫です。女の子に全く興味がないわけではなく、要するに好きな子にしか興味がないだけだから」


それならば、と和やかに頷きかけて私は大問題だと気づいた。勘違いでなければ、彼の興味の対象は私一人ということになる。


「つまり、私と?」


「ええ。式を挙げたら、思いきり仲良くしましょうね?」


ティルはにっこりと微笑んだ。

仲良く、の意味をいかがわしい方に想像しかけた私は真っ赤になって叫んでいた。


「これ以上はありません!」


体がもたない、とふらついた。


「領地の…海が近くにある街で町歩きしたり、遠乗りしたり。他にもレイチェルと二人でしたいことが沢山あるんだ。レイチェル?」


しっかりと、いかがわしい想像をしていたことを気付かれたくなくて、私は咳払いして誤魔化した。


「た…楽しみですね」


声が裏返った。


「ああ、でも。レイチェルが期待しているなら裏切らないように精一杯頑張りますよ?ただ、そうなると、予定を大分変えないと」


にっこり冗談めかして笑う彼は昔から変わらず意地悪だ。


「か…変えなくて良いです!」


残念ながら昔のように、私を助けてくれるお兄様はここにはいない。私はその後、どんな想像をしたのか追求してくる彼からしどろもどろになりながら質問をかわすので精一杯になった。

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