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閑話~公爵子息の懸念事案~

二回目の投稿です!

殿下には直接事情を説明した。


「むしろ、そうなることを期待していたんだがな。レイチェル嬢は高確率でジョーカーを引くだろう?」


アルマン殿下の言いように同席していたザクスは面白がるように目を細めた。


「他人の奥さんを実験の検証や餌に使わないで下さい!三年前の貸し借りはこの間の外出で帳消しになったはずです」


まとめて殴りたくなったが、何とか堪えた。腐っても王族な上にたちが悪いことに、ただでは起き上がらないのが王弟殿下だ。彼らは目的のためなら手段を選ばない人種なのは知っている。


「だが、今度は彼女に借りができたんだ。だから、お礼にツェリーエのコンサートに連れて行こうと思い立ったわけだ」


「貴方が知らないはずがないんだ」


「ああ、知ってるよ。ツェリーエの人喰いピアノは割と有名だな。兄上も痛く心を傷めていてな。調べてみたら失踪した女性にはある共通点があることがわかった」


「共通点?」


「婚約者がいて結婚を間近に控えていた」


あっけらかんとして問題発言をした王弟殿下を俺は睨んだ。奇遇なことに、レイチェルも同様の共通点を持っていた。


「ティルナード。落ち着け」


薄毛の侍従が王弟殿下を庇うように小鹿のように震えながら仁王立ちした。彼も厄介な主をもって苦労する。


「わかっていて、部下の妻を差し出そうとしたわけですか?」


「…万全は期す予定だった」


言い訳をするように王弟殿下は言った。


「殿下はわかっていない。万全を期しても高確率で不運な目に遇うのがレイチェルなんです。だから、極力そういう目に遭いそうな場所には連れて行かないようにしているのに貴方という人は」


「しかし、そうやって過保護に守り続けるにも限界があるんじゃないか?大体、彼女ばかりが危険な目に遭うということはどこかで糸を引いている者と縁があるということだ。アルマン殿は何とかして、そいつを捕まえたいらしい」


ザクスは何でもないことのように言った。


「わかっていますよ。ただ、それでも許容できないものはできないんです。次に彼女の身に何かがあれば俺は何をするかわからない」


考えて息が苦しくなった。もう、あんな思いは沢山だ。


「ティルナードにとっても悪い話ではないだろう?まさか、一生彼女を鳥籠の鳥にしておくつもりか?」


ザクスの問いに俺は拳を握り締めた。


「…手は打ってます」


「だが、有効ではない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」


「だからといって、それがレイチェルである必要はないでしょう?」


「誰も彼女の代わりにはならないさ」


俺はふう、と息をついた。殿下達の言うことはわからないでもない。効率を考えればそうなのかもしれない。


「マリアが今、ツェリーエを調べています。何かわかるはずです。それに、他にも頭が痛い問題があって、それどころではないんです」


「まさか、レイチェル嬢に何かあったのか?」


王弟殿下が目を見開いて言った。この人を憎みきれないのはこういうところだ。彼は囮にしようとしても、本気でレイチェルを犠牲にしようとはしていない。


「ヴィッツ伯爵家の商談がまた滞っているらしいんです。他にも、変な手紙が届きましてね」


ザクスが何故か呆気に取られたような顔をしていた。


「…君の愛しのレイチェルは本当に不幸体質なようだな」


「商談についてはこれから同席するつもりです。手紙の件もその時にルーカスに聞くつもりです。俺に届いたものと似たものがレイチェル宛に届いているかもしれません」


「怪奇文書か、嫌がらせか?レイチェル嬢はつくづく嫌われものだな」


「嫌がらせには違いありませんが、レイチェルではなく俺宛です。…俺が彼女を脅して不当に結婚しようとしていて、彼女を俺の魔の手から必ず救いだしてやる…という内容ですね」


王弟殿下は一瞬瞬きをした後、大笑いし始めた。ひとしきり笑った後で殿下は口を開いた。


「それはもしかしてダニエル=ヤーバンからか?」


「いいえ?ヤーバン侯爵家とは大分前にもう話はつけています。婚約者がいる女性に婚約を申し込むのはマナー違反です。先日届いた文書のように俺が彼女を不当に扱っているならともかく、そのような事実はないわけですから」


結婚の同意を得るに当たり、レイチェルの気持ちは確認している。それに、彼女を乱暴に扱ったり、貶めるようなことはしていない。レイチェルが何故か割とよく怪我をしてしまうのは不可抗力で、不本意なこととさえ思っているぐらいだ。彼女に傷一つつけたくはないのに上手くいかないものだ。


「…しかし、ティルに正面から挑戦状を叩きつけるとは。余程の自信家なんだな。どこの誰か、顔を見てみたいものだ」


ザクスが感嘆するように言った。


「殿下はレイモンド=バーグ伯爵子息はご存知ですか?」


「ああ。バーグ伯爵子息か。確か、バーグ伯爵の一人息子でなかなかに有能な人物だな。評判はなかなかだ。穏やかな気性に博識で、領民からの信頼も厚い。ティルほどではないが、婦女子からの人気も高い。好青年な上にそこそこ資産はあるし、結婚相手としても有望株らしい。レイチェル嬢とは同じ年くらいだったか」


「…その彼です」


俺は苦い顔で言った。話を聞く限りだと、俺よりもレイチェルの好みのタイプのど真ん中だったからだ。


「…妄想や虚言癖はなかったはずだが?それに、レイチェル嬢の知り合いという話は聞いたことがない。ヴィッツ伯爵家と懇意という話も聞かないな。何かの間違いではないのか?誰かが彼の名前を騙っているとか」


「それを確かめるんですよ。騙っているなら、バーグ伯爵子息本人にも教えないと駄目だし、レイチェルの周りに注意しないと」


「手紙の内容的にはティルの方が被害に遭いそうなわけだが?」


ザクスがにやりと笑って俺を見た。


「ティルナードに敵う奴がいるものか。賊の心配をした方が良い。こいつはこう見えて、国内最強の猛者だよ。武道会を五連覇して、現騎士団長の面子を潰して泣かせたぐらいなんだぞ。勝てるのはレイチェル嬢ぐらいだ」


「……レイチェルは最弱の名をほしいままにしてそうだが、意外に腕っぷしが強いのか?」


ザクスの想像のレイチェルのバックには仔猫が逆毛を立てている姿が浮かんでいるようだ。俺もその点は異論がない。


「そうじゃなくて、手も足も出ないからな。ティルナードはレイチェル嬢に怪我をさせたくないし、乱暴にはできない。彼女に負けはしないだろうけど、勝てないだろう?」


「しかし、意外だな。ティルなら花を持たせるぐらいはしそうなものだが?」


「勝負事で手を抜くような真似はしませんよ。それに、勝つ必要があったんです」


王弟殿下は気づいたらしい。


「…女神の祝福か。一度も観戦に来なかったらしいのに、どうやって貰うつもりだったんだか」


「女神の祝福?」


「ああ。武道大会の優勝者は勝利の女神を指名できるんだ。その者からキスをしてもらうのを女神の祝福と言う」


王弟殿下がザクスに解説した。


「妙なイベントがあるんだな」


「騎士団は男所帯だからな。やる気を出させるためだ。それに、こういうのがあると盛り上がるからな。ああ。ちなみに指名された方にも拒否権はある。無法地帯になっては良くないからな」


「ティルはレイチェルを?」


「毎年密かに指名していたらしいが、レイチェル嬢は一度も観戦に来なかったんだ。そのせいで、かなり盛り下がった上にティルナードに男色疑惑が浮上した」


「レイチェルはなぜ断ったんだ?」


「人違いだと思ったらしいんです。そんなはずがあるわけがない。書簡には住所も家名も間違いなく書いたし、中身も彼女宛に丁寧に書いたんだ」


「ほら。知らない人間からいきなりデートのお誘いの手紙が届いたら、人違いだと普通は思う。知らない人間からキスしてほしいと請われてもしないはずだ。レイチェル嬢の判断は間違っていない」


王弟殿下は愉快そうに笑った。


「ということは、ティル宛の手紙も間違いではない可能性が高いな。心当たりは?」


「ないんです。個人的な付き合いはありません。昔の記憶を遡ってもバーグ伯爵子息に該当する人物の姿が思い浮かばない」


「バーグ伯爵子息で思い出したんだが…」


「何ですか?」


「ああ、いやな。昔のバーグ伯爵子息と今のバーグ伯爵子息は別人のようだという話だ」


「…それが本当なら、我が国の貴族は入れ替わり率が高すぎるでしょう?」


元宰相の入れ替わり疑惑を思い出していた。


「入れ替わりではない。聞いた話だと、蛹が羽化して蝶になったというか。とにかく相当な努力をしたらしい。バーグ伯爵が息子自慢をしていた時に聞いたのだが、小さな頃の彼はとても伯爵家を継げるような器ではなかったとか」


何となく嫌な予感がした。今のところ、俺の方には心当たりはないが、俺の知らない間にレイチェルは親しくしていたのかもしれない。何せ、昔の俺とレイチェルはすれ違ってばかりだった。


「ルーカスに聞いてみます」


「手紙はどうするんだ?」


「レイチェル宛に届いているなら渡しますよ。俺に彼女の交遊関係を制限する権利はありませんからね」


口許をひきつらせながら強がるように俺は言った。

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