10.お茶会は波乱ずくめです
そんなわけで、両家顔合わせのお茶会の日がやってきた。
私達はヴァレンティノ公爵家令の案内を受けて、薔薇園に通された。見事に手入れされた庭園では様々な種類の色鮮やかな薔薇が咲き乱れ、かぐわしい香りを放っていた。
透き通るような快晴だが、それに反するかのように私達伯爵一家の足取りは重かった。
庭園に設置された白いアンティークのテーブルセットに既に公爵夫妻、サフィニア様、ティルナード様が着席していた。
父が伯爵家当主として挨拶する。
公爵様は爽やかに微笑み、私達に労いの言葉をかけた。
「いえいえ。こちらこそ、遠方よりご足労頂き、ありがとうございます。本来なら、こちらから出向くべきところでしたが、なかなか都合がつかず無理を申しあげて、すみません」
公爵御夫妻も例に漏れず、美形である。お二人とも、とても大きな子供がいるようには見えないほど若々しかった。
野心家という噂ではあったが、物腰が柔らかく、全く嫌味を感じさせない。
公爵夫人は反対にきつめの美女だ。サフィニア様にそっくりでアーモンド形の大きな瞳がややつり上がっている。全体的に不機嫌そうで、やや前のめりに座っている。恐らくは今回の婚約を心から喜ばれてはいないのだろう、と推測された。
私達は順番に自己紹介と挨拶をした。
「それで、いつ、お式はあげるのかしら?」
公爵夫人の言葉に一瞬、私と両親はポカンとした。婚約もまだなのに、結婚式の話とは気が早いにも程がある。
「こらこら。気が早いよ。レイチェル嬢が困っているじゃないか」
ははは、と公爵様が笑うと、公爵夫人は可愛らしく頬を軽く膨らませた。ギャップについていけず、私はどう反応したものか困ってしまった。両親も困惑しているが、兄だけはティルナード様のご家族と付き合いがあり、慣れているのか涼しい顔で茶菓子に手をつけている。
「あら?こういうのは早い方が良いの。用意もあるでしょう?早くお嫁に来てほしいわ。孫の顔も楽しみね」
私は気を落ち着かせようと口につけた紅茶で、今度は噎せた。驚きすぎてわけがわからない。結婚もまだなのに、孫とは気が早い。私にはティルナード様とそういう仲になる自分が想像できないというのにだ。うん、普通に考えて無理だ。
「私は信じられませんわ」
今まで黙っていたサフィニア様が口を開いた。私としては反対意見は大歓迎である。確かに、遠くから眺める分には眼福な公爵一家だが、その中に私が入るのは、できればご遠慮したい。
「お兄様の好みは大人っぽい女性だったはずです。それなのに、連れてきたのがこの、前と後ろの区別がつかない、芋くさい小娘だなんて信じられませんわ」
まな板で悪かったな。そして、反対すべきはそこなのか、と私は心の中で全力で突っ込みを入れた。先程から私の脳内突っ込みが留まることを知らないのはどういうことか。だんだん、頭が痛くなってきた。
「貴方はレイチェルを愚弄するのか?胸なんて、所詮は脂肪の塊だろう?年をとれば垂れてくるし、別になくても困らないのでは?というか、当人同士が気にしなければ問題ないだろう?」
それまで黙って茶菓子に手をつけていたルーカスが口を挟んだ。
鬼い様の女を敵にするような発言に、場の空気が一気に冷えた。サフィニア様の後ろから黒いオーラが立ち上る。怖いものしらずは身を滅ぼしますよ?
「ルーカスはもう少しデリカシーというものを、だね」
父がだらだら冷や汗をかきながら、兄を嗜める。ルーカスは基本、思ったことをはっきりいう性格だ。条件が悪くないのに独り身なのは相手の女性を口で負かして泣かせてしまうせいでもあった。勿論、他にも重大な欠点があるのだが…。
「そ…それにしても見事に手入れされた薔薇園ですね」
私は手っ取り早く、話を変えることにした。わざとらしく、薔薇を見ながらうっとりして見せた。多くは望まないから、一刻も早く伯爵領に帰って、ごろごろしたい。
「あら?お気に召して頂けて光栄だわ。私が手入れしているのよ。良ければ帰りに好きなものを摘ませるわ。これから姉妹になるのだし、遠慮することはないわ」
サフィニア様が満足げに口許を綻ばせた。
なんだか幻聴が聞こえたような気がする。触れてはいけないような、でも、触れないでおけば取り返しのつかないことになりそうなので、念のために聞いておこう。
「あの、サフィニア様は此度の婚約に反対ではありませんの?」
「どうして、私が反対するのかしら?」
きょとんとした顔でサフィニア様は私に尋ねた。
「しかし、先程は…」
「私はお兄様の好みが180度変わったのに驚いただけで、反対だとは一言も言ってはいないのだけど?」
おっふ。そう言えば、貶されはしたものの、婚約には反対されていない。これはつまり、ヴァレンティノ公爵一家満場一致で、ヴィッツ伯爵家の令嬢との婚姻を受け入れているということだ。
それにしても突然180度好みが変わるなんて、普通あるだろうか。私の真逆ということは長身のスタイルの良い、ボン、キュ、ボンな妖艶美女になる。私は発育が悪く、チビだが、逆立ちしても、セクシー美女にはならない。つまり、私に求められているのは当て馬、或いはお飾りの正妻か。いくら絶世の美女でも身分の低い女性は流石に正妻には据えられないだろう。なんか納得した。
「サフィー、君はまた…。反対しないと言いながら、破談にしたいのか?レイチェル様、妹の言うことはどうか真に受けないで下さいね」
ティルナード様が頭を押さえながら、焦ったように私とサフィニア様の会話に割り込んできた。私ごときに誤解されたところで困らないだろうに。
「そうよ、サフィー。そんな意地悪を言って、レイチェルちゃんがうちにお嫁に来てくれなくなったらどうするの?」
「事実ではありませんの。この間もお兄様のベッドの中に…」
「あれはサフィーの友達が…!俺だってびっくりしたさ」
「まぁ、あれは衝撃的だったわね。でも、あれはティルには不可抗力だったとお母様も思うわ。まさか、ベッドの中に人が潜んでいるとは思わないわよね。ああ、でも、レイチェルちゃん、何もなかったから安心してちょうだい。そういう不埒な子はうちのサロンに今後出入り禁止にしたわ。レイチェルちゃん?」
心配そうに覗きこんでくる公爵夫人の声で、私は正気に戻った。いかん、頭がトリップしていた。
今の話はサフィニア様の取り巻きのご令嬢がティルナード様に夜這いをかけた、ということだろうか。実際、そういうこともあるんだな、と感心する。貴族のご令嬢としては品位に欠ける行為だが、一夜限りの思い出づくりに…なんて話も聞かないわけではない。
「あぁ、いえ。少々驚いてしまっただけなのです。どうか気になさらないで下さい。情熱的な方もいらっしゃるのですね」
私は取り繕うように笑みを張り付けて言った。両親はそんな私を見て、ため息をついた。私が良からぬことを考えていたのを見抜いたのだろう。多分、瞳を爛々輝かせて鼻息を荒くしているところを見られたに違いなかった。
その後は他愛ない話をした後、正式に私とティルナード様は婚約を結んだ。帰る間際にサフィニア様から約束通りに薔薇の花束を渡された。遠慮したのだが、「私からの贈り物は受け取れませんの?」と言われ、最終的に断ることができなかったのだ。
こうして、私達は両家公認の正式な婚約者となったのだ。




