第七十三話 同盟軍の反応+α
所変わってゲルマニア公国。
「ほう。これは大戦果だな」
執務室で扶桑国の陸海空軍が関わった各戦線に関する報告書を読むアリアは口角を上げて思わず声を漏らす。
どの戦線も勝利した事が記されている。
(扶桑国の参戦でここまで変わるとは。やはり、やつを加えたのは正解だったな)
彼女は報告書を置いて机に置いているコップを手にして入っている水を飲む。
まぁ技術的な差があるのが一番の要因なのだろうが、何より扶桑軍の兵士達の練度の高さもあるだろう。
(技術交流もうまくいっている。これならば、あるいは――――)
彼女の脳裏にとある確信的な考えが過ぎり、ニヤリと口角を上げる。
アリアはコップを置いて別の報告書を手にする。
(それにしても、扶桑国から輸入した代物らは向こうでは旧式と言っても、どれも優秀だな)
研究用に五式中戦車と61式戦車を数輌と航空機を数機輸入したが、どれも性能が優秀だった。
戦車に関してはこちらの戦車の方が性能が良いが、一部性能は良かったので得られる物は得られた。
だが、航空機はこちらよりも優秀と言わざるを得なかった。
現在ゲルマニア公国は扶桑国側の許可を得て艦上攻撃機流星をライセンス生産して改良した『メテオール』を空軍でシュツーカの後継機として採用し、海軍では艦上攻撃機と艦上爆撃機として採用している。
一応海軍は彗星の採用を検討したが、総合性能は流星が勝り、尚且つ一機種で雷撃と急降下爆撃をこなせるとあって、結果的に不採用となった。
ちなみにリベリアンのアヴェンジャーとヘルダイバーは流星より性能が劣っていると判断されて選考から落ちている。しかし扶桑国製の航空機とは異なった構造をしているので、得られるものはあった。
そして研究用に連山改二を一機購入しており、それを基にした重爆撃機を開発、もとい一部仕様を変更したライセンス生産を予定している。ちなみに連山改二以外に富嶽やリベリアンから新型重爆の購入を検討したが、構造が複雑で尚且つその大きさから空軍では扱えそうに無かったので断念している。
後者の場合は最新鋭機なので向こうが購入を断ったからである。
重爆の配備はまだ掛かるが、空軍に配備されたばかりのメテオールはすぐに戦果を挙げていた。
(だが、このメテオールがまさかあんな事を起こすとは)
アリアは深くため息を付き、ある問題を思い出した。
それはゲルマニア公国内で一番有名な、ある男が原因であった。
とある空軍基地。
ゲルマニア空軍の最新鋭機として採用されたゲルマニア版流星ことメテオールが出撃の時を待って滑走路の脇に駐機されているこの基地に、その男はいた。
基地のスピーカーよりサイレンが発せられ、基地の人間は慌ただしく動いていた。
「回せ! 回せ!!」
慌ただしい声と共に整備員がメテオールのエンジンのエナーシャを回し、タイミングを見計らってパイロットがエンジンの始動スイッチを押すと、轟音と共にエンジンが始動してプロペラが勢いよく回りだす。
先に戦闘機のFW190が滑走路を走って飛び立つと、先に出撃準備を整えたメテオール各機が飛び立っていく。
「イワン共をやるには最高の天気だな!! 行くぞガーデルマン! 出撃だ!!」
「何でまた俺なんだよ……」
その中で自身の新しい愛機となった専用のメテオールに半ば諦めモードの男の首根っこを掴んで近付くのは、空軍でも有名な戦車キラー『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』大佐である。
で、その彼に引き摺られているのはルーデルの相棒である『エルンスト・ガーデルマン』だ。あっ、一応彼の本職は軍医である。決して後部機銃手ではない。
ルーデルとガーデルマンの二人は30mm機関砲を両翼の下に提げた専用のメテオールに乗り込むと、素早く出撃準備を整える。
「ガーデルマン! 後ろは任せるぞ!」
「くそっ。分かってるよ」
ルーデルが後部機銃に着くガーデルマンに声を掛けると、彼は返事を返しながら12.7mm重機関銃MG2のコッキングハンドルを手にして二回引く。
そしてエンジンを起動させて滑走路に出ると、その重々しい外見とは裏腹に速度を出して身軽に機体は浮かび上がった。
(で、ルーデルと彼が率いる小隊が一度の戦闘に戦車、装甲車合わせて100輌以上撃破。しかもその四分の一がルーデル本人の戦果って、おかしいだろ)
報告書にあるルーデルの戦果にアリアは呆れてしまう。史実を知っているとは言えど、実際に目にするとその凄まじい戦果に現実感が湧かなかった。
前から戦果は凄かったが、メテオールにしてからまるで水を得た魚の如く戦果が上がっていく。
そして彼女の脳裏に『ヒャッハァァァァッ!! イワンの戦車は消毒だぁぁっ!!』と叫ぶルーデル大佐の姿が思い浮かぶ。
実際そう叫んでいたりしている。
「はぁ。またルーデルに勲章を与えないといけないな。これじゃいくらあっても足りないぞ」
既に両手で数えられる数以上の勲章を与えているって言うのに。最近だって与えたばかりだって言うのに。
(一層の事鉄十字章に階級を付けるか)
そんな事を考えながらも背もたれにもたれかかって、天井を見上げる。
(戦果で思い出したが、陸軍や海軍でも結構戦果を出す者も多くなったな)
今まではミハエル・ヴィットマンやオットー・カリウスと言った軍人が名を上げていたが、徐々に戦果を上げる軍人も多くなっている。
(最近ではヴェステン姉妹が戦果を上げていたな。さすがはヴェステン女史の娘達だ)
ヴェステン女史はゲルマニア公国陸軍の戦車隊創設に関わり、戦車兵の教導を行った人物で、実質彼女が今の名を上げている戦車兵を育て上げたと言っても過言ではない。
ディオティス荒野で戦果を上げたマオ・ヴェステンとミオ・ヴェステンはその娘だ。
海軍でも機動部隊の指揮官や戦艦の砲術長、水雷戦隊の指揮官、潜水艦の艦長でも腕の立つ人物が出てきた。
(我が軍も、猛者揃いになりだしてきたな)
良い傾向だと思いながら彼女は立ち上がって執務室を出る。
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所変わってリベリアン合衆国。
「うわぁ、こりゃ凄い」
ホワイトハウスの執務室でトーマスは報告書の内容を見て思わず声を漏らす。
報告書の内容は扶桑国の軍が参戦した戦線での戦果であった。
「たった一国の参入でここまで変わるとは」
一緒に報告書を読んでいたクリスもその内容に驚きを隠せなかった。
「技術的に抜き出ているのもあるんだろうが、それ以上に彼ら練度も高さがあるんだろうな」
「ですね。先日の合同演習でも、その練度の高さは驚かされました」
「あぁ。砲兵の練度なんかおかしいだろ。初弾で目標に命中させるって」
「海軍でも戦艦の砲撃精度は異常です。性能もあるんでしょうが、それでも初弾で夾狭はありえません」
「まぁそれもそうなんだが」
二人は合同演習で見せ付けられた扶桑軍の練度の高さを語り合う。
「まぁ、その話題はとりあえず置いておいてと」
トーマスは頭を切り替えて咳払いをすると、別の報告書を手にする。
「扶桑国から来た技術者のアドバイスで開発は順調のようだな」
「はい。ジェットエンジンの開発も扶桑国側の技術者のお陰で進むようになりました。うまく開発が進めば半年以内に試験機の飛行が可能になります」
「そうか。それは良い傾向だ。それで、例の件は?」
「扶桑国側から造船関係の技術者が来て、こちらの造船技術者にアドバイスをしています」
「ふむ」
「まだ時間は掛かりますが、当初と比べれば大分進んでいるようです」
「それならいい。形になっているのならな」
ニッとトーマスは笑みを浮かべる。
「しかし、今になって更に戦艦の建造を行う必要があるのですか? モンタナ級でも十分な気がしますが」
「確かにモンタナ級でも大和クラスに対抗できる性能はある。だが、それ以上の性能を持つ戦艦が多くなってきたからな。モンタナ級だけじゃ足りないんだ」
「……」
「計画しているこの戦艦はいずれこの国の象徴となりうるだろう」
「あえて時代を逆行する、と言う事ですか」
「そういう事だ」
トーマスは笑みを浮かべる。
「まぁ兎に角、戦力も揃いつつあるな」
「はい」
(ホント、あいつには感謝しきれないな)
内心呟きながらトーマスは椅子の背もたれにもたれかかる。
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所変わって某所。
綺麗な街並みが並ぶここは現在連合軍と同盟軍とは中立の立場を取っている『ヴェネツェア王国』である。
国土面積はAnother World Warの他のランカーの国と比べると狭く、現在に至っても領土の拡張は行われていない。
しかし、中立の立場を取っているといっても、今も自国の領土へ侵入している連合軍に対して抵抗して追い払っている現状が続いていた。
「うーん。船の上で取る食事も悪くないね」
港の埠頭に止められている船の上で男性が食事を取っており、呟いた後コップを手にして水を飲む。
「普通の船なら、ですがね」
呆れた様子で隣に立つ男性は呟く。
彼らが乗っているのは普通の船ではなく、巨大な軍艦の上であった。
『カイオ・ドゥイリオ級戦艦』と呼ばれる、ヴェネツェア王国海軍の中で最も新しい戦艦である。と言っても、海軍内では旧式に部類されているが。
全長275.8m、全幅36.3m、基準排水量64.037tを誇る戦艦である。
武装は55口径43cm三連装砲3基9門、オート・メラーラ64口径127mm単装速射砲8基8門、CIWS6基、艦対艦ミサイル発射基を4基、艦対空ミサイル発射機を6基搭載している。電子機器も建造当初と比べて最新鋭の物が搭載されている。
隣には2番艦『アンドレア・ドリア』にヴィットリオ・ヴェネト級戦艦が4隻停泊しており、その威容を醸し出している。
ちなみにヴィットリオ・ヴェネト級戦艦は史実で建造された物よりも設計は拡大化されており、主砲は55口径40cm三連装砲3基9門となり、カイオ・ドゥイリオ級戦艦同様速射砲やCIWS、ミサイル発射装置を搭載しており、電子機器も最新鋭の物が搭載されている。
更に外洋航行を想定して中身は別物と化している。実質上構造はリベリアン合衆国のアイオワ級戦艦に酷似している。
もちろん、カイオ・ドゥイリオ級戦艦とヴィットリオ・ヴェネト級戦艦にはプリエーゼ式水中防御隔壁は搭載していない。
港には戦艦6隻の他に、最新鋭の駆逐艦や巡洋艦、空母3隻に近代化改修された重巡洋艦が停泊している。
「全く。何でこんな場所で」
「僕の気まぐれは今に始まった事じゃないだろう?」
「それ自分で言いますか」
「はぁ」と深くため息を付く。
戦艦の上で食事を取ると言う変わった事をしているのはヴェネツェア王国の首相『ノイマン・ロースン』。彼もまた西条弘樹達と同じAnother World Warのトップランカーである。
「それで、砂漠での戦闘はどうなっている?」
ノイマンはさっきと違い、真剣な表情を浮かべ、男性に問い掛ける。
「ロヴィエア連邦とブリタニア帝国の機甲師団は我が機甲大隊と砲兵師団、更にフォルゴーレ空挺師団によって撃退しました」
「かの部隊か。まぁ彼らなら撃退は難しい話じゃないか」
ノイマンは苦笑いを浮かべる。
「しかし、戦力を揃えば連中はまた来ますよ」
「分かっている。連中がまた来るのなら、空軍と海軍の動員も辞さないよ」
ちらりとノイマンは戦艦群を見る。
「それで、例の件はどうなっている?」
「はい。諜報員の調査の結果、同盟軍に扶桑国と呼ばれる国が新たに参入し、連合軍各国に宣戦を布告しました」
「扶桑国、か」
ノイマンは呟くと腕を組む。
(噂は聞いていたけど、やはり君もこの世界に国ごと来ていたんだね)
「フフフ……」とノイマンは小さく笑いを零す。
「扶桑国が参戦した事で、連合軍の攻勢が弱まっているようです。先日も扶桑国の海軍が連合軍の駐屯基地に対して攻撃を行ったと」
「ふむ。それで前回は若干攻勢が弱かったのか」
ノイマンは顎に手を当てる。
「どうしますか、首相?」
「これまで通りだ。僕たちはあくまでも中立の立場だ。そう、時が来るまでね」
彼は意味深な事を呟く。
「分かりました」
隣に立つ男性の返事を聞いてから、ノイマンは口元を拭いて立ち上がる。
「それじゃぁ、行くとしますか」
ノイマンはカイオ・ドゥリオを後にすると、仕事へと戻るのだった。




