六十七話 昔話
その日弘樹はやるべき仕事を終わらせて、品川に留守を任せてトーマスの寄こした迎えの車に乗ってとある場所へ向かった。
「いやぁしかし、あれからもう何年も経つんだな」
「そうだな。もう結構経つんだよな」
グラスに注がれた茶色の酒を飲みながら二人は会話を楽しんでいた。
二人が居るのはトーマスの住んでいる家で、そこでリベリアン産のウイスキーを飲みながら昔の事を話していた。
「お互い軍事オタクでネット上で仮想国家を率いて争い、同盟を組んで周辺仮想国家と戦った。それがまさかリアルで国を率いる立場になっているんだからな」
「世の中分からんものだな」
コップに入ったウイスキーを口にして喉へと通しながら、俺は視線を下に下ろす。
「ところで、トーマス」
「なんだ?」
「さっきから気になっているんだが……」
「と~ま~」
と、タンクトップにホットパンツと言うラフスタイルで顔を赤くしたトーマスの秘書官のクリスが気だるい声を漏らしながら腕をトーマスの首の後ろに回して身体を密着させる。
「と~ま。今日の私頑張ったんですよ~。褒めて褒めて~」
「……そうだな。本当にクリスは優秀で助かるよ」
トーマスは頬ずりをするクリスの頭を優しく撫でると「ンフ~♪」と声を漏らし、尻尾を嬉しそうに左右に振るう。
「だけどな、クリス。扶桑国の総理が前に居るから、今日はちょっと」
「プライベートですから、問題ないですよ~」
そう言いながら自身のご立派な胸をトーマスの腕に押し当てる。
「それでも、少しは自重しろ」
「あ~ん!」
無理矢理顔を押して引き剥がされてクリスはトーマスに腕を伸ばす。
「……いつも、そんな感じなのか?」
「ま、まぁな。酔うといつもこんな感じになるんだよな」
顔を押さえられて距離を置かれながらも腕を伸ばしているクリスに横目を向けながらトーマスは弘樹に説明する。
「普段は真面目なんだけどなぁ。なんでか酔うとここまで変わっちまうんだよ」
「普段の真面目な分から来る反動から何じゃないのか?」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなんだろうな」
似たようなケースを見ている弘樹は断言する。最も向こうは限定的な状況でだが。
「やれやれ。やっとおとなしくなったか」
疲れた様子で自身の太股に静かな寝息を立てて眠っているクリスの頭を優しく撫でる。
「全く。人の目の前でイチャイチャしやがって」
「そう言うなよ。クリスだって、本当は普段から甘えたいのさ。でも、今は立場ってものがあるからな」
「今はってことは、いずれ?」
「その時が来ればな。まぁ、少なくとも今の戦いが終わるまでは無理だな」
頭を撫でながら耳を触るとクリスは気持ち良さそうに表情を緩める。
「って、お前も嫁さんとイチャついてんだろ」
「あのなぁ、俺はちゃんと目立たない所でやっているんだぞ」
「結局やってんじゃんか」
「目立ってはないだろ?」
「そうかい」
グラスを傾けてウイスキーを口の中へと流し込む。
「そういや、最近そっちの嫁さんとの面白いエピソードって無いのか」
「藪から棒に、何だよ」
「いやほらさ、俺たちが来る前に今の嫁さんと結婚したんだろ?」
「あぁ」
「だったら、何か面白いことでもあったんじゃないのか?」
「面白い事って、まぁ、結構あったな」
「ほぉ。色々と聞きたいが、まずは最近あったのを」
ニヤついてトーマスが問い掛ける。
「……」
弘樹は顔を赤くしつつグラスに入っているウイスキーを口にする。
「……深夜に、リアスとアレをしようとした時に、娘の未来が起きて部屋に入ってきたんだよ」
「おぉ、そいつはまたありそうなトラブルだことで。それで、どう乗り切った?」
「……未来が聞いてきたから、リアスが機転を利かせてか寝技の特訓だと言って誤魔化したよ。ちなみに俺が技を受ける側な」
「寝技って、お前もっとマシな言い訳は無かったのか」
「あのなぁ、もう秒読み段階の状態だったんだぞ。そこからマシな言い訳って他に思いつくと思うか」
「まぁ、そう簡単に思いつかないわなぁ」
苦笑いを浮かべてグラスに入っているウイスキーを飲む。
「と言うか、素っ裸なのにその言い訳って、子供じゃなかったら絶対騙せないよな」
「……言うな」
しかめっ面を浮かべてグラスに入っているウイスキーを一気に胃の中へと流し込む。
「それにしても、随分と彼女から親しまれているな」
「まぁな」
あの後眠っているクリスを別のソファーへと移して毛布を掛けた後、会話を再開した弘樹とトーマスはソファーに横になって眠っているクリスを見る。
「一体どんな風に接すればあぁなるのかねぇ」
「どんな風に、か」
「……?」
トーマスの雰囲気が変わった事に弘樹は首を傾げる。
「実の所を言うと、当然ちゃ当然だが、クリスは最初はここまで無かったんだがな」
「そりゃそうだろ。最初からそんなに懐くなんて――――」
「懐くどころか、殺意を向けられていたよ」
「……」
「しかも、刃を向けて、俺を殺そうとした。いや、そうなってもおかしくない状況に俺が割り込んだ結果なんだがな」
「……」
驚いた様子で弘樹がトーマスとクリスを見比べる。
「それが、なんでここまで?」
「SNKTだった」
「何で略した」
「まぁ細かい事は気にするな」
「……」
「事の始まりは俺がこの世界に来て数ヶ月と言った所だな」
トーマスはグラスにウイスキーを注ぎながらその時の事を思い出す。
「転移当初は周辺海域や大陸調査と言ったことで忙しいくてな。リベリアン合衆国の隣にある大陸での調査を行わせていた。
俺はその中のある調査小隊に潜入同行したんだ」
「何で国のトップがそんな所に行っているんだよ。と言うか潜入同行って」
最も弘樹は人の事言えた義理ではないが。
「いやな。兵士達の普段からの仕事ぶりを見たくてな。まぁ大統領が視察となると気を使わせてしまうから、陸軍の技研から派遣された技術尉官と言う設定でとある小隊に潜入したことがあるんだ。もちろん変装してな」
「少し前にそんな感じで企業のトップが潜入する番組があったよな」
「まぁそんな感じだな。俺はその小隊と共に大陸調査へと向かったんだ」
「大胆な事で」
呆れた様子でウイスキーを飲む。
「で、兵士達はどうだったんだ?」
「よく働いているよ。健康も規律もどれも見劣りしない。自慢の兵士達だったよ」
「そうか」
「で、数日周囲を調査して、そこで村を発見したんだ」
「村か。その大陸に住む者達とのファーストコンタクトになったのか?」
「……まぁ、そうなれば、どれだけ良かったことか」
「……?」
さっきとは雰囲気が変わった友人に弘樹も雰囲気を変える。
「その村には、とても無残な光景が広がっていたんだ」
「……」
「血生臭い臭いが漂い、地面には殺された村人と思われる遺体が数多く倒れていた。中には吊るし上げられた遺体もあった」
「……っ!」
「遺体には、色んな動物の特徴を持つ、所謂獣人ばかりでな。恐らく獣人が多く暮らしていた村だったんだろうな」
不意に小尾丸より聞いた旧帝国軍が行ってきた残虐行為が脳裏を過ぎる。
「しかも、倒れてた遺体はどれも男性や老人、老婆、男の子の子供ばかりで、全く無かったわけじゃないが女性や女の子の子供の遺体は極端に数が少なかった」
「……」
なぜ、と理由を考えるまでもないか。
「その後の報告では、調査に向かっていた各小隊が発見した村は、どこも村人が虐殺されていたそうだ」
「……」
「しかも殺し方があまりにも惨かった。しかも、驚くべき事実もあってな」
「事実?」
「どの遺体にも、何かで撃ち抜かれた痕があった」
「っ! まさか!?」
「あぁ。どの遺体も射殺されていたんだ。中には見るも無残に粉々にされた遺体のもあった」
「……」
「遺体は恐らく殺した後何もせずに放置したんだろうな。何があったかを物語っていたよ」
「……」
弘樹は息を呑む。
「恐らく村人を一箇所に集めて一斉に銃撃を浴びせたか、もしくは爆発物を投げ込んで吹き飛ばしたか、炎を浴びせて焼き殺したか。色々あったそうだ。
他には井戸の中にバラバラになった複数の遺体があったそうだ。状況から見て井戸の中に村人を落として爆発物を放り込んだと思われる」
「……」
あまりの無残な話に弘樹はグラスをテーブルに置く。と言うかどこかで聞いたような状況な気が……。
「さすがに酷すぎて、耐え切れなかったな」
「……」
「俺が同行した部隊はその村を片付けて弔った後、調査を続けた。次に到着した村も、ほぼ同じ状況だったよ」
「ひでぇ事をしやがる」
先の戦争の旧帝国軍の残虐行為がまた脳裏を過ぎる。
「でも、その村を調査していると奇跡的に生存者が見つかったんだ」
「生存者が居たのか?」
「あぁ。家畜小屋に巧妙に隠されていた扉があってな。そこに居たんだ。まぁ、残っていたのは幼い獣人の子供8人と、年長だった一人の少女だ。で、その少女って言うのが――――」
「彼女ってわけか」
弘樹はソファーで眠っているクリスを見る。
「当時の彼女は殺気立って、後ろに居た幼い子供を守ろうと手にしていたナイフでいつ跳びかかるか分からない状態だった」
「まぁ、そうだろうな」
当時の彼女からすれば人間は誰も同じように見えていたんだろうな。村を襲った人間と、トーマス達を。
「誰もが銃を向けて彼女を牽制し、一触即発の雰囲気があった。もし彼女が動いていたら、今頃俺の秘書官として隣に居なかっただろうな」
「……」
「そんな中、俺は小隊長と相談して全員に銃を下ろさせて一切手を出さないようにさせてから、彼女と対話を試みようとしたんだ」
「よく許可が下りたな」
「一応今回の潜入同行は小隊長も知った上で行っていたからな。小隊長には俺の正体を教えている」
「そうだったのか。それで、どうなった?」
「まぁうまく行くはずも無く、彼女は俺に襲い掛かってきたんだ」
「まぁ、そうなるな。で、どうしたんだ?」
「もちろん、彼女に怪我をさせないように隙を窺って拘束したさ。まぁ、簡単じゃなかったけど」
トーマスは苦笑いを浮かべる。
「クリスと子供たちは擦り傷程度の外傷しかなく、若干痩せてはいたけど健康上に問題は無かった。まぁ、大人しく診察してくれるわけも無いんだけどな」
「大変だったんだな」
「まぁな。特にクリスが激しく抵抗して、衛生兵が何人も怪我して何度も脱走をしかけたんだよな。お陰で彼女だけは厳重に拘束せざるを得なかった」
(ホント今とは別人だな)
それがどうやってこうなったんだ?
「そんな中、俺は彼女から今起きている状況を聞こうと何度も話しかけたけど、口を聞いてもらえなかったよ」
「そうか」
「まぁ、諦めずに毎日毎日会いに来ては話しかけたよ。その努力が結んだのか、ある日俺がいつものように話しかけたらクリスは初めて口を聞いてくれたんだ」
「ふむ」
「それから更に毎日毎日話しかけて、ようやく話を聞けるまでに彼女は心を開いてくれた」
「それは大変だったな。でも、何日経っているんだ?」
「そうだな。調査開始してからもう2週間近く経っていたな」
「意外と時間は経ってないんだな」
「あぁ。色々ありすぎて結構時間が過ぎているような感覚だな」
「……」
「そして彼女から聞いた話は、胸糞の悪いものだった」
ウイスキーの入ったグラスを口につけて一気に飲み干し、険しい表情を浮かべる。
トーマスは言うには、上陸して調査していた大陸の村々のある『ベトナン共和国』と言う国は、人間種であろうが亜人種であろうが、誰もが平等を掲げた国家であった。だからそういった争いも無く、平和であったそうだ。クリスの居た村とその周辺も平和だった。
だが、そんなある日、突然彼女達が住んでいた村が人間達に襲われたそうだ。
人間達は見たことの無い武器を持っていて、大きな音がした直後には応戦しようとした村人の身体を貫いて命を刈り取った。そして村はあっという間に制圧され、村にあった物は全て持っていかれ、村人達は次々と殺され、女性や子供はどこかへと連れて行かれた。
クリスと子供達はその者達に見つからずに隠れていたので難を逃れた。そしてそこにあった覗き穴から村に起こった惨状を目の当たりにした。
同じく他の村の生存者達の証言によれば、ほぼ同じような状況だったらしい。
だが、そんな中共通して生存者達はその人間達がこう言っていたと証言した。
『俺達はフソウ軍だ』と……。




