第六十四話 決断
テロル諸島での戦闘が終結してから一週間半が経過した。
「――――以上が報告となります」
先の戦闘による被害報告を纏めた報告書の内容を品川が読み上げる。
「……予想以上の被害だな」
報告を聞いて俺は声を漏らす。
「王国軍側も少なくない被害を受けているとのことです」
「……」
全体的に見ると被害は大きいな。
だがむしろこれだけの規模の戦闘で被害を抑えられたと言う事を幸いと見るべきか……
現時点で把握できている扶桑国及びグラミアム王国の被害は以下の通り。
死傷者:扶桑、グラミアム両軍合わせて276名
それ以外は確認できるだけで1600名以上と推測される
重軽傷者:両軍合わせて468名
それ以外は2800名以上と推測される
車輌:戦闘車両、非戦闘車両を含め両軍合わせて49輌
航空機:グラミアム王国側で戦闘機8、攻撃機10、爆撃機6が未帰還
扶桑海軍は攻撃機4、爆撃機が2が未帰還
船舶:グラミアム王国側で大破3隻、中破3隻
扶桑海軍側は無し
捕虜:678名
ざっとではあるが、現時点で把握できるのはこれだけで、恐らくまだまだ増えていくだろう。
(やはり旧帝国軍との戦いとはわけが違うか)
浅く息を吐いて背もたれにもたれかかる。
俺達から見たら骨董品の武器兵器やファンタジーな要素のある旧帝国軍と違い、ほぼ同世代の武器兵器を有しているロヴィエア連邦国とでは戦いが違う。
(これで連中はこちらへの侵攻に本腰を入れてくるかもしれんな)
恐らく先の戦闘の倍、いや、軽くて見て3倍ぐらいの戦力を送り込んでくるだろう。
その戦力を防ぎ切れるか?
答えは、否だ。
(質が良くても、圧倒的物量を前にすれば必ず負ける)
例え相手がこちらから見れば旧式の兵器群だとしても、こちらが先に息切れを起こす。
(……やはり、やるしかないか)
出来れば戦争は避けたかったが、向こうから来てしまえば避けて通る道は無いだろう。
「では、総司令。行きましょう」
「あぁ」
品川が口を開くと俺は立ち上がり、共に執務室を出る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
移動した先の会議室では今後についての話し合いが陸海空軍で行われた。
今回の一件でロヴィエア連邦国がこちらにも魔の手を広げようとしている事は明白であり、このまま放って置けば再びこちらに攻め入り、テロル諸島の二の舞になるのは目に見えている。
俺はテロル諸島から大分離れた海域にある島々にやつらの中間基地がある事を潜水艦隊からの報告を皆に伝えて、そして俺は一つの決断を下す。
それはリベリアン合衆国からの軍の派遣要請を受ける事だ。
無論反対派の空軍の半数と海軍は反対の意見を言うが、俺は自身の権限を使って無理矢理軍の派遣を決定する。まぁ当然反対派がそれで納得するはずは無い。
俺は何とか派遣の重要性を品川と辻、木下と共に説明するも、反対派は根を曲げなかった。
だから俺はもしもの事があれば全ての責任を取り、総司令と総理の座を辞さないと言い、それでも足りないのなら切腹も辞さないと言って、反対派を何とか納得させる。
独裁者のような横暴なやり方で無理矢理決めた軍に派遣だが、俺は後悔しないし、するつもりはない。
そして話し合いの結果、陸海空軍共に大規模な数で派遣する事となった。
まず海軍だが、第一航空戦隊から第三航空戦隊はもちろん、紀伊型戦艦、大和を除く大和型戦艦、岩木型巡洋戦艦、新金剛型戦艦等の戦艦、新鋭の巡洋艦、駆逐艦の数十隻を派遣する予定だが、細かな調整で変わる可能性がある。
陸軍はまず機甲師団を6個師団を送り込み、状況に応じて増援を送る予定である。そして新鋭兵器の試作品も多くが投入される予定だ。
空軍は空母で運べるサイズの機体を除いて、攻撃機や爆撃機を一度バラして輸送船で運び込む等の作業があるので参戦は少し後になる。
そしてその後に決めたロヴィエア連邦国の中間基地の攻略だが、これは潜水艦隊に航空戦力を用いて殲滅するプランを立てた。
戦力は近々就役し第五航空戦隊に編入される翔鶴型原子力航空母艦『翔鶴』と『瑞鶴』を中核とし、信濃、大鳳、大峰を中核とする第四航空戦隊、新たに編成する予定の第六航空戦隊に近々竣工する翔鶴型原子力航空母艦の3番艦『蒼鶴』と4番艦『飛鶴』と、とある軍艦を戦力に加える予定だ。
まぁ蒼鶴と飛鶴とその軍艦こと『コードZ』の就役にはまだ時間が掛かるだろうが、少なくとも相手が動き出す前にこちらの準備は整うはず。
それらが加われば機動部隊3つ分の働きを見せてくれるだろう。
戦艦については派遣艦隊に加えていない扶桑型、伊勢型、天城型、長門型を導入する予定だ。
巡洋艦と駆逐艦は派遣に間に合わなかった新鋭艦を投入する予定だ。
ちなみに大和なのだが、現在とある新技術を使った兵器設備などの試験の為に新造に近い大規模な改装を施している最中で、現時点での参戦は難しい。
しかし改装完了が早ければ中間基地の攻略までには改装が完了するとのことだ。
ともあれ、扶桑国は再び戦火に身を投じる事になった。
しかも、それがかつて争った者達との戦なのだから……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふぅ」
俺は台所で浅く息を吐き、椅子に座り背もたれにもたれかかる。
(まさか、この世界であの時の続きをすることになるとはな)
世の中どんな形に流れていくか分からないものだな。
(兵器技術はあの時と違ってこっちが大きく前を行っているが、まだ分からんからな)
あいつはどう動くか分からんし、何よりブリタニアとメルティスが入るとなると油断できん。
(それに、支那国の行方が分からないのが不安だな)
恐らくアイツより厄介な存在なので、一段と警戒したほうが良さそうだ。
「おつかれさまです」
お茶の入った湯呑をお盆に載せて持ってきたリアスが俺の前に湯呑を置く。
「ありがとう」
湯呑を手にして程よい温かさのお茶を口にする。
「響と未来は?」
「先ほど寝ました。中々寝付いてくれなかったので、大変でした」
「そうか」
俺は立ち上がって襖を開け、静かに寝息を立てて眠っている二人の我が子を見る。
「よく眠っているな」
「はい」
俺の隣にリアスが来て、息子と娘を見る。
「ここにもう一人、増えるんだな」
「えぇ」
リアスはお腹に振れ、優しく擦る。
「……」
「やっぱり、戦いになるのですね」
少ししてリアスが話しかける。
「あぁ」
「……」
「五日後には準備が整って、その翌日には出陣式がある。俺も派遣に同行して、同盟軍の首脳と会いに行く」
「……」
「だから、一週間以上は国を空ける事になる。その間は、頼んだぞ」
「……はい」
「大丈夫だ」
不安な表情を浮かべるリアスに俺は彼女を優しく抱擁し、優しく頭を撫でる。
「以前より厳しい戦いになるだろうが、何とかなる」
「弘樹さん」
「一筋縄じゃいかない相手だと言うのは分かっている。だが、必ず勝つ」
「……」
(それに、これは決着でもあるんだ)
あの時出来なかった決着を付ける為にも、この戦いは負けられない。
「……」
「……」
俺達はしばらく見つめ合い、キスを交わす。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして六日と言う時間はあっと言う間に過ぎて、出発の日。
出陣式の後、用意された輸送船に陸軍の兵士達が家族や恋人に見送られながら乗り込んでいく。
「ついに、行くのね」
「あぁ。兵士である以上、命令は絶対だからな」
その中で大尉へと昇進した倉吉太郎と、エール王国の第二王女のアイラが会話を交わしている。
「今回の相手って、この間テロル諸島を襲ったところなんでしょ?」
「そうみたいだ。旧帝国軍とは比べ物にならない国が相手だから、無傷で帰ってこられる保障はないな」
「そう……」
その事でアイラの表情に影が差す。
「でも、例え手足を失っても、這ってでも帰って来るのよ」
「アイラ……」
「……あなたの帰りを待っているのは、私だけじゃないんだから」
と、彼女はお腹に手を当てる。
一年以上の交際を経て、二人は結婚へと至った。むろん結婚には種族とか地位等の様々な問題があったが、裏でアイラの両親と姉の暗躍もあってその問題を克服して二人は結ばれ、彼女のお腹には新しい命が宿っている。
「……分かっているさ。君と子を残して行くものか」
「タロウ」
「必ず、とは言えないが、帰って来れるように努力する。約束だ」
「……」
二人はしばらく抱き締め合い、倉吉はアイラに笑みを浮かべてから荷物を持って輸送船へと乗り込む。
「……」
しばらく滞在する為の荷物を持って、俺は辻と木下と話し合いの末に同行することになった品川と共に原子力航空母艦赤城に乗り込み、抜錨して港を離れていく戦艦や巡洋艦、駆逐艦、輸送船群を飛行甲板から見渡す。
港では音楽隊による軍艦行進曲が演奏され、それをバックに市民達が港を離れていく艦艇群を手や手旗を振って見送り、艦橋や甲板で乗員や乗り込んだ兵士たちが手を振って応える。
(新鋭の軍艦群の性能、はたしてどれほどのものか)
性能に問題はないだろうが、実戦でどこまで性能を出し切れるか
「総司令。まもなく出港いたします」
風で軍帽を飛ばされないように抑えながら品川が俺の元にやってくる。
「そうか」
次々と出港する艦隊を一瞥して、俺は品川と共に艦橋へと向かう。
少しして第一航空戦隊赤城と加賀、第二航空戦隊飛龍と蒼龍、第三航空戦隊天城と土佐がその堂々たる姿を見せ付け、護衛艦を引き連れて抜錨する。




