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異世界戦記  作者: 日本武尊
第四章
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第四十四話 蛮行




 バ号作戦開始から二ヶ月が過ぎようとしていた。




 村と思われる集落の前に車輌部隊が停車する。




「……またか」


「……」


 陸上自衛隊の『軽機動装甲車』に酷似した装甲車から降りた岩瀬大佐は苛立った声を漏らし、続いて降りた64式小銃をスリングで肩に掛けている倉吉准尉は息を呑む。


 彼女が率いる部隊は順調に帝国領を進んでいき、その中で目の前の光景に遭遇していた。



 目の前には帝国領にある小さな集落があったが、そこからは鼻を突く異臭が漂い、その発生源が地面に多く倒れていた。そして彼女達は帝国領度を進む度にその光景を何度も目撃している。



「ひでぇな」


「……」


 思わず声を漏らす兵士がいれば無言で目を背ける兵士と吐き気が襲い掛かって口を押さえる者と、その反応は様々だ。


 何度も同じ光景を見てきたとしても、慣れないものは慣れないのだ。


「総員ガスマスクの着用を。これより遺体処理作業に掛かる。迅速且つ周囲への警戒を厳にせよ」


 岩瀬大佐の指示で兵士達は準備に取り掛かり、遺体の片付け作業に入る。


 このまま放置すれば後続の部隊にも悪いし、士気の関係もある。何より腐敗した遺体からの疫病が一番恐ろしいので、見過ごすわけにはいかない。




「くそ。これじゃ気が滅入るぜ」


「全くだ」


 兵士達は愚痴をこぼしながら二人掛かりで遺体を次々と集落から運び出し、集落の外に工兵がスコップで掘った大人一人分ぐらいの穴へと下ろして供養を終えた所から火葬が行われ、遺体が燃え尽きたところで穴を埋めて木材で簡易的な墓標を立てる。


「大体、何であいつらは自分の領土の民を殺してんだ」


「この辺りは元々帝国の領土じゃなかったらしいですよ。この戦争の始め辺りで帝国領に取り込まれたみたいで、帝国に反感を抱く者が多かったようです」


「……だから殺すのも気兼ねなく行えるってか」


 ギリッと男性兵士は歯軋りを立てる。


「まぁ、この機に乗じて反乱されても困るだろうと思って反乱分子を排除する、って建前でやっているんだろうな」


「便利だよな。建前って言う言葉はな」


「……」



 すると破壊された家から赤ん坊の泣き声がして兵士達は思わず身構える。


 その家から泣き声を上げている赤ん坊を抱えあやしている女性兵士が出てくる。


「どうしたんだ?その赤ん坊は」


「家の中を捜索していたら、泣き声がして探したら見つけたのよ」


「そうか。それで、両親は?」


「……どっちとも死んでた。しかも母親の方には、やられた跡があった」


 女性兵士は首を左右にゆっくりと振るう。


「そうか」


「赤ん坊は父親の遺体が上から被さった状態で隠されていたから、身を挺して守ったんだろうね」


「……」


「しかし、酷い事をしやがる」


「あぁ。まだこんなに小さいって言うのに」


「……」


「それで、どうするんだ?」


「放っては置けないでしょう。補給部隊が来たら預かってもらうしかないわ」


「だな」


 女性兵士は泣いている赤ん坊をあやしながらその場を離れる。


「言い方は酷だろうが、あの子にとっては赤ん坊だったのが幸いかもしれないな」


「幸い、か」


「……だが、帝国のやつら、何を考えているんだ」


「狂っているんじゃねぇのか。最も、俺たちのせいで追い詰められて狂ったのかもしれないが」


「……」


「最も、戦争自体人を狂わせているんだろうがな」


「かもしれんな」





「……」


 岩瀬大佐は今も愛用している九九式小銃を撫でるように触れながら周囲を見渡していた。


「大佐」


「……准尉か」


 64式小銃を持って倉吉准尉が近付いてくるのを横目で見ながら小さく声を漏らす。


「あと少しで全作業が完了するとのことです」


「そうか。罠もなく、何とか無事に終われたな」


「はい」


 二人が警戒しているのは帝国軍が撤退の際に残した置き土産である。


 一回だけ集落の遺体を片付けていた時に突然遺体の一つが爆発して兵士5人が重傷を負う事故が起きている。原因は遺体に見えないように爆弾が仕掛けられ、遺体を動かした瞬間爆発するようになっていた。

 それからはブービートラップに警戒しながらの作業となった。


「……」


「大佐?」


 ゆっくりと深いため息を付く彼女に倉吉准尉は首を傾げる


「……」


 倉吉准尉は岩瀬大佐の視線の先を見ると、ボロボロとなった集落があった。


「……惨いな」


「……はい」


「人間は、どこまで酷い事ができるのだろうか」


「……」



 すると近くの林の草木から音がして誰もが林に目を向けて警戒し、それぞれの武器の銃口を向ける。


「た、助けて……」


 と、林から赤ん坊を抱いたやけに着膨れした女性が現れた。


「っ!生存者だ!」


 兵士の一人が声をあげ、四式自動小銃や64式小銃、100式機関短銃を構えていた兵士たちは銃口を下げ女性の元へ駆け寄る。


「もう大丈夫ですよ」


「た、助けてください」


「我々が最後までお守りしますから、安心してください」


 兵士たちは不安がる女性を宥めるが、なぜか女性は同じ事ばかり口にしている。


「……」


 岩瀬大佐は九九式小銃の安全装置を外し、その女性を観察する。


 女性の顔には汚れが目立って痩せこけており、腕の中の赤ん坊も栄養が足りていないのか痩せている。しかし女性と赤ん坊は不自然に着膨れしており、特に胴回りが太い。しかも服装も上下でなぜか汚れの具合が違う。


 それにさっきから助けてとばかりしか喋っておらず、助けられても同じ言葉しか口にしていない。


「……」


 ふと、女性の着膨れた服がずれて岩瀬大佐は目を見開く。


 女性の腹には細長い物体が横繋ぎに並べられており、よく見れば赤ん坊にも同じものが巻き付けられている。


 その形状を見れば、一瞬でそれが何なのかは嫌でも分かる。


「そいつから離れろ!!早く!!」


 岩瀬が大声で女性の周りにいる兵士に言い放ち、兵士たちは思わず岩瀬を見る。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然女性が叫びを上げると、その直後に女性と赤ん坊は爆発を起こす。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」


「――――!?!?」


 血と肉片が飛び散り、周りにいた兵士達は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、重傷を負って悲鳴を上げる。


 辺り一面血の海と化し、悲痛な声を上げながら両目を押さえる者や耳から血を流す者、血を吐き出す者が続出し、中には女性と赤ん坊の頭や内蔵と思われる物体が一面に散らばっている。


「ブービートラップ……!」


 爆風で倒れた倉吉はギリッと歯軋りを立て、左手を握り締めて地面を叩く。


 爆発の影響を受けなかった兵士達は慌てて重傷を負った兵士の元へ駆け寄り、衛生兵を呼ぶ。




『ワァァァァァァァァァ!!!!』


 すると突然林から大声と共に武器を手にした多くの帝国軍兵士とぼろぼろの戦車もどきが出てきて、扶桑軍へと突撃する。


「っ!敵襲!!」


 扶桑陸軍兵士の一人が叫んで全員がとっさにこちらに向かって突撃する帝国軍兵士に向け、一斉に銃火器を放つ。


 米軍の『ハンヴィ』の様に四角い形状を持つ重装甲車の銃座についている兵士は三式重機関銃改を、その装甲車のボンネットに二脚を広げて立てて置いた『62式軽機関銃』を、四式自動小銃や100式機関短銃、64式小銃から放たれた銃弾は突撃する帝国軍兵士を次々と撃ち抜き絶命させる。


 戦車もどきは以前より装甲が強化されているのか、三式重機関銃改の銃弾は戦車もどきの正面装甲に阻まれて弾かれ、直後に戦車もどきが主砲を放ち軽装甲車に直撃して爆発を起こす。


「くぅ!」


 女性兵士は爆風で顔を顰めるも、肩に担ぐ五式九糎噴進砲を戦車もどきに向け装填手が噴進弾を装填し終えた合図を確認すると同時に引き金を引き、砲尾から噴進炎が噴出して噴進弾が放たれ、戦車もどきの正面装甲から貫徹して内部でロケット弾頭が爆発を起こして戦車もどきは木っ端微塵に吹き飛ぶ。


「……」


 岩瀬大佐も九九式小銃の引き金を引いて兵士の頭を撃ち抜くとすぐさま排莢してボルトを元の位置に戻し、すぐさま構えて引き金を引く。


「くそっ!!」


 倉吉准尉も連射に切り替えた64式小銃で銃弾を連続して放ち、次々と武器を手にして向かって来る帝国軍兵士を撃ち殺していく。


 帝国軍兵士は奇襲に失敗して逆に返り討ちに遭い、戦意を喪失した生存者はすぐさま引き返して撤退する。


「逃がすか!追え!」


 と、一人の兵士が叫んで逃げる帝国軍を追いかけ、それに続いて多くの兵士達も雄叫びと共に追いかけていく。


「待て!お前達!!」


 岩瀬大佐は声を掛けるも誰も止まらずに帝国軍を追いかけて行く。



「おい!しっかりしろ!」


「衛生兵!!衛生兵!!」


「担架だ!早く!!」


 周りでは倒れた兵士に声を掛ける衛生兵の声が上がっている。


「……っ」


 声で後ろを振り返った彼女は追跡に入った兵士達も気になるが、すぐに負傷兵の元に向かう。


「た、隊長……」


「大丈夫だ。心配無い」


 身体中から血を流し虚ろな目となっている兵士の手を握り励まそうとするも、状態はお世辞に良いとは言えなかった。


「次期に良くなる。だから、気をしっかり持て」


「……」


 兵士は何かを言おうとしたがその瞬間血を吐き出し、そのまま力尽きる。


「……」


 岩瀬大佐は無言のまま、見開かれた目蓋を閉じて兵士を優しく地面に寝かせて両手を組ませて腹の上に置く。



「何でこんな惨い事を」


「ひでぇ事しやがる」


 血の海と化した爆発地点を見て男性兵士は怒りの篭った声を漏らす。


「母親のみならず、赤ん坊にまで爆弾を巻かせるとか……」


「狂っていやがる」


「いくらなんでも、ヒドイ」


「……」


「……」


 倉吉准尉は奥歯を噛み締めて、64式小銃のグリップを握り締める。




 すると林の方から銃声が鳴り響く。


「っ!」


 岩瀬大佐と倉吉准尉数名がすぐさま林へと走っていく。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 林では数人の帝国軍兵士が立たされて扶桑陸軍兵士の小銃の斉射で射殺される。


「捕まえたぞこの野郎!!」


 そこへ更に多くの帝国軍兵士を捕らえた扶桑陸軍兵士がやって来て撃ち殺した兵士の上に叩き倒す。


「や、やめてくれ!!」


「うるせぇ!」


 抵抗しようとしている帝国軍兵士を扶桑陸軍兵士は蹴り飛ばして黙らせる。


「てめぇら!よくもあんな惨い事をしてくれたな!!虐殺した挙句に民間人に爆弾巻きつけて爆破するとはな!この外道がぁっ!!」


「ち、違う!俺たちは無理矢理やつらに命令されただけだ。あんなのやりたくなかったんだ!」


「黙れ!!どっちにしろお前達が関わった事に変わりは無い!」


 男性兵士は手にしていた64式小銃を一箇所に集められている帝国軍兵士に向ける。


「立ちやがれ!」


 男性兵士の一人が腰の抜けた帝国軍兵士を無理矢理立たせて集められた箇所に押し込む。


「や、やめてくれ!あんたたちフソウの人間なんだろ!?人の命を大事にしているって!?」


「……人の命?」


 ギリッと男性兵士は歯軋りを立てる。


「無抵抗の民間人を虐殺して、人間爆弾に仕立て上げたお前達など、人じゃねぇんだよ!!」


 安全装置を外し、周りの兵士も機関短銃や自動小銃を構える。



「っ!やめろ!!」


 そこへ岩瀬大佐が到着し大声で止めようとするも、一斉に射撃が始まって帝国軍兵士を蜂の巣にする。


「っ!」


 岩瀬大佐は息を呑み、続けて到着した倉吉准尉は唖然となる。


 山の様に積み重なった帝国軍兵士の死体の山から奇跡的に生きてた兵士の一人がユラユラと立ち上がるが、直後に男性兵士の64式小銃から連続して銃弾が放たれて蜂の巣にされ、そのまま後ろへと倒れる。


「……」


 男性兵士は空になったマガジンを外して新しいマガジンを差し込む。



「っ!」


 その直後に男性兵士は左頬に打撃を受けて右へと吹き飛ばされる。


「っ!っ!」


 さっきまで男性兵士がいた場所には、右拳を握り締め、顔を真っ赤にして息を荒げている岩瀬大佐の姿があった。


「た、大佐……」


 今まで見た以上に怒りを露にしている彼女に倉吉准尉は息を呑む。


「……貴様、一体自分が何をやったのか、分かっているのか」


「何を、ですか」


 男性兵士は血の混じった唾を吐き捨てて立ち上がる。


「決まっているじゃないですか。帝国の糞野郎共を一掃したんですよ」


「っ!貴様!」


 岩瀬大佐は怒りの形相で男性兵士の胸倉を掴む。


「自分が何をやったのか分かっているのか!もはやこれはただの虐殺だ!」


「っ!じゃぁ大佐はあいつらの蛮行を許せるというのですか!」


 男性兵士は岩瀬大佐の手を振り払い、帝国軍兵士の死体の山を指差す。


「民間人を虐殺し、爆弾を身体に巻きつけて不意を突くような連中を!そのせいでどれだけの仲間が犠牲になったと!」


「……」


「……そのせいで、吉田だって」


 男性兵士は手にしている認識票を握り締める。


「あいつ、最近本国にいる家族からの手紙で、赤ん坊が生まれたって喜んでいたんです。必ず生きて帰って赤ん坊を抱くって」


「なのに、さっきのブービートラップで……」


 男性兵士は涙を流し、周りにいる兵士達も表情に影が差す。


「それでも大佐はあいつらの事を許せるんですか!?」


「……」


 口を一文字に閉ざし、彼女はしばらくして口を開く。



「確かに、やつらの行為は人道を大きく踏み外している。決して許される行為ではない」


「だったら!」


「だが!だからと言って我々が無抵抗の敵兵を一方的に殺していい理由にはならない!それでは村人を虐殺した帝国軍と同じだ!」


「っ!」


『……』


「我々の目的は帝国の殲滅ではない。そこを履き違えるな」


「……」


『……』


 岩瀬大佐は一旦間を置き、口を開く。


「少尉。貴官には後方部隊に移動してもらう」


「……」


「そこで頭を冷やせ」


「……」


「解散!総員元の配置に戻れ!!」


 岩瀬大佐の一言で全員が戸惑いを残しながらも村へと戻っていく。




「……」


 少しして周囲を確認してその場を立ち去ろうとした時だった。



「――――」


 帝国軍の死体の山からくぐもった声がして岩瀬大佐は立ち止まる。


 振り返ると、血を吐きながら帝国軍兵士が死体の山から這いつくばって出てきた。


「た、助け、て……」


 兵士は誰に向けたわけではないが、掠れた声で漏らす。


「……」


 彼女はすぐに兵士の状態を察する。


 兵士の回りは血の海と化して、咳き込む度に血を吐き出している。もう長くは無い。


「……」


「た、たの、む……助け、て―――」





 ―――――!!





 その直後に銃声が林の中で発せられる。


 兵士の眉間には一つの穴が開き、兵士は状況を理解する前に絶命する。


「……」


 銃口から硝煙が漏れる九九式小銃を構える岩瀬大佐はただ無表情で、息絶えた兵士を見る。


 しばらくして後ろに振り返り、空薬莢を排出させながらその場を後にする。





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