第四十二話 ニイタカヤマノボレ
あの日から更に一ヶ月半が過ぎた……
「……」
俺は物々しい雰囲気の司令室の中腕を組んで、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「聨合艦隊。まもなく目的海域に到着します。これより攻撃隊の発艦準備に取り掛かります」
「陸軍全部隊配置完了。後は攻撃命令を待つだけです」
「爆撃隊、攻撃目標に向かって飛行中」
次々と報告が入り、攻撃準備が着々と整いつつあった。
「そうか。品川」
「ハッ。回答期限時間まで、2時間を切りました」
品川の視線の先にある時計には、帝国に告げた回答期限時間12時に時計の針が迫りつつあった。
扶桑国は帝国に対して警告文を送り付け、回答期限時間である明日の0時を持ってして、扶桑国は貴国に対して総攻撃を開始すると上の者達のみならず帝都の民にもビラを使って伝えている。
これで帝国は警告文を隠蔽しようにも民にも知らされているので、そんな通達は受けてないと言う言い訳は出来ない。
ちなみに向こうでも回答期限時間が分かるように書類には記載されているので、読み間違いで分からなかったと言う言い訳も出来ない。
「帝国からの返答は?」
「いいえ。ありません」
品川は首を左右に振るう。
「ここまで来ると、もう帝国は答える気など無いのでしょうね」
「だろうな」
まぁここで降伏してくれれば楽であるが、そんな虫の良過ぎる話を帝国に期待する方が無理だと言うものだ。
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周囲が真っ暗の中、聨合艦隊の軍艦らは海面を掻き分けながら目的海域を目指していた。
「回答期限時間まで1時間。いよいよ、ですね」
「あぁ」
暗くても艦隊の中で一際目立つ紀伊の昼戦艦橋に立つ大石と参謀は月の日かで腕時計の時間を確認した後双眼鏡を覗き、甲板に薄い明かりが灯された各空母を順に見ていく。
暗い中薄く電灯が灯された飛行甲板では甲板要員が駐機されている艦載機を移動させ、慌ただしく最終確認を行っていた。
その様子を第一航空戦隊司令長官南雲中将は天城の艦橋より扉を開けて見張り所に出て、整備員によって飛行甲板に並べられた艦載機を眺める。
「いよいよ、ですな」
「うむ。これで赤城と加賀の乗員達の無念が晴らせるだろう」
参謀と南雲中将が会話を交わしている間に搭乗員達が飛行甲板に次々と出てきて自分の機体の元へと向かい、操縦席に着く。
この搭乗員達の多くは元空母赤城所属の者達で、土佐には元空母加賀所属の搭乗員が多く居る。その為搭乗員達は前回の戦闘の雪辱を晴らすべく闘志を燃やしている。
『総飛行機発動!』
しばらくしてブザーの音と共に旗が上げられ放送が流れると、各機の搭乗員は発動機の発動手順を踏み、轟音と共に発動機が発動し、プロペラが勢いよく回り出す。
『発艦準備完了!』
続けて放送が流れ、南雲中将は軽く縦に頷く。
「風上に立て!とーりかーじ!!」
『とーりかーじ!』
南雲中将の合図を見て参謀が指示を出し、航海長が伝声管に向かって叫び、航海士は復唱して舵を左に切って天城の船首を風上に向ける。
同時に発艦準備を整えた艦載機を甲板に上げた土佐、飛龍、蒼龍、雲龍、長鯨、翔鶴、瑞鶴も船首を風上に向ける。
『……』
甲板では搭乗員達が息を呑んでその時を真剣な面持ちで待っていると、ブザーが鳴る。
『発艦始めっ!!』
放送が流れると見張り所に立つ一人が手にしている青いライトを点滅させると、甲板要員の一人が各機の車輪止めに着いている甲板要員に退避するように指示を出すと、車輪止めを持って急ぎ隅に退避する。
「……」
先頭の烈風の搭乗員は軽く頷くと額に掛けているゴーグルを下ろし、前を確認してからスロットルレバーを前に倒して発動機の出力を上げ、プロペラの回転速度が上がって機体が前に進む。
甲板要員達は声を上げ、帽子を手にして振るって見送られながら烈風は勢いよく天城から飛び立つが、一瞬機体は高度を落とす。
「……っ」
南雲中将と参謀達は思わず息を呑み、甲板要員達の声も一瞬途絶える。
しかし一瞬下降した烈風だったが、すぐに高度を上げて飛び上がり、その姿を見た甲板要員達は再び声を上げ、南雲中将と参謀たちは静かにホッと安堵の息を吐く。
続けて他の爆装を含む烈風が次々と飛び立ち、次に胴体の爆弾倉に50番を1発、翼の下に25番を1発ずつ計2発を搭載した彗星艦爆隊の編隊が飛び立ち、最後に魚雷や爆弾を抱えた流星艦攻隊が次々と飛び立つ。
同時に他の空母から飛び立った各艦載機はそれぞれの艦隊所属の機で編隊を組み、攻撃目標があるバーラット帝国海軍の最大拠点へ向かう。
「それにしてもこんな真っ暗な中、事故を起こさずに発艦出来るものだな」
双眼鏡越しに次々と空母から発艦する艦載機を見ながら大石は呟く。
「これも猛訓練の賜物でしょう」
「……しかし、うまく辿り付けれるかどうか、不安だな」
「心配は無いでしょう。事前に空撮して侵入ルートは把握して夜間偵察型の彩雲の先導があれば、無事に全機攻撃目標地点に辿り付けれるでしょう」
「うむ……」
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「第一次攻撃隊発艦。続けて第二次攻撃隊が発艦準備に入りました!」
「間も無く、回答期限時間です」
「うむ」
オペレーターから聨合艦隊の機動部隊より艦載機が発艦した報告を聞き、俺は頷く。
(いよいよ、か……)
俺は息を呑み、深呼吸をして気持ちを整理する。
それから少しして時計の針が回答期限時間である0時に達し、一定の電子音が鳴り続ける。
「総司令。時間です」
「あぁ」
俺は辻に視線を向けると、辻は首を左右に振るう。
「……」
深呼吸をして、間を置くと俺は瞑っていた目をゆっくりと開ける。
「これより、バ号作戦を開始する!全軍に攻撃命令を打電!!」
俺の命令でオペレーターたちが慌ただしく動き、陸海軍の各部隊に攻撃命令が下される。
バーラット帝国攻略作戦、略称『バ号作戦』
本作戦の目的は戦争を早期終結させる為、扶桑国の全戦力を駆使した大規模反抗作戦。
作戦の第一段階は聨合艦隊による帝国海軍の最大拠点の制圧と制海権の奪取、ならびに強制労働を強いられる奴隷の解放。陸軍による帝国領土への地上進撃。そしてその締めは帝国軍のとある兵器工場の破壊である。
第二、第三、第四段階を経て、最終目標の帝国に全面降伏をさせ、終戦を目指す。
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「長官!司令部より打電!『ニイタカヤマノボレ!0608』であります!」
「そうか」
司令部からの攻撃開始命令の暗号打電文が紀伊に届き、大石は軽く頷く。
「いよいよ、ですね」
「あぁ」
大石は目を瞑り、少しして目をカッと見開く。
「攻撃隊に打電!攻撃開始せよ!」
「ハッ!」
通信兵はすぐさま攻撃目標に向かっている攻撃隊に攻撃開始命令を打電する。
バーラット帝国海軍の最大拠点を真っ暗の中、夜間偵察型の彩雲の先導を受けながら飛行する攻撃隊は攻撃開始命令を受信し、搭乗員達は気を引き締める。
しばらくして攻撃隊は攻撃目標が目と鼻の先までに近付き、彩雲は翼を左右に振って攻撃隊から離脱する。
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バーラット帝国の海軍が持つ最大拠点は本国にある海軍の軍港よりも規模が大きく、そこには未だに多くの戦列艦や装甲艦、新型の装甲艦が多く停泊している。
その敷地内には竜騎士とドラゴンが休む小屋と兵舎が多く点在して、戦車もどきも多く配備されており、地上における防衛戦力も充実している。
事前に辻に洗の……ゲフンゲフン……説得してこちらに着いた帝国側の美人スパイたちによって基地の全容は把握しており、基地の殲滅の他にやるべき事がある。
ちなみにその基地を上空から見れば、偶然にも地形の形状が真珠湾の米軍基地に酷似していた。
攻撃隊は基地の上空に侵入し、先導した烈風数十機は風防を開け右手に持つ信号銃を真上に向けて引き金を引き、信号弾は空高く舞い上がって破裂し、眩い光を放つ。続けて機体下部に下げていた吊光弾を投下し、ゆっくり落下しながら眩い光を放つ。
それによって基地上空にはいくつもの光が基地全体を真昼と錯覚させるような明るさで照らした。
その直後に後続の烈風数十機が一斉に地上施設に対して機銃掃射を行い、同時に翼の下に下げている噴進弾6発を間隔を開けて発射していく。
それにより地上にある物資や建造物が次々と撃ち抜かれては炎を上げて炎上し、噴進弾が着弾した箇所では爆発が置き、中には大砲の発射に使う火薬置き場に着弾して大爆発を起こす。
それに続いて彗星艦爆隊各機が胴体の50番1発と翼の25番2発を投下して停車されていた戦車もどきに直撃して次々と爆発を起こし、停泊中の戦列艦や装甲艦に直撃して爆発を起こして傾斜が生じて隣に停泊する装甲艦を巻き込む。
続けて急降下する彗星から投下された3発の爆弾が新型の装甲艦の甲板に着弾して貫通し、そのまま火薬庫を誘爆させて艦内で大爆発を起こして船体が真っ二つになる。
それに続き流星20機が爆弾倉を開けて60kg爆弾を10発ずつ投下して地上施設を破壊していく。
別の針路から基地に侵入した流星で構成された艦攻隊は海面すれすれを飛び、胴体に吊るしていた魚雷を投下し、他の機体も次々と魚雷を投下して上昇し、魚雷は停泊中の戦列艦と装甲艦、新型の装甲艦の舷側に直撃して水柱を高く上げ、船体が真っ二つになるか横転して浅い海底に着底する。
奇襲を受けた帝国軍はすぐさま迎撃に入ろうと兵士や魔法使い達が反撃を試みようとするも烈風や爆弾や魚雷を投下し終えた彗星と流星の機銃掃射によって粉砕され、竜騎士も兵舎から出る前に彗星と流星数機による爆撃を受けて建物諸共木っ端微塵に吹き飛ぶ。
乗り手を失ったドラゴンは爆音に驚いて暴れ出すが、烈風による機銃掃射と噴進弾による爆撃によって撃ち殺され、小屋諸共吹き飛ばされる。
第一次攻撃隊は基地を完膚なまでに破壊した後帰路に付き、交代するように第二次攻撃隊が基地を目指す。
その後第二次攻撃隊の攻撃後第三次攻撃隊が基地上空に辿り着き、無慈悲なまでの攻撃を行い、第三次攻撃隊の攻撃が終えた頃にはもはやそこに残ったのは基地があったと思われる残骸と様々な肉塊が転げていた。
攻撃隊が基地を爆撃している間に戦艦と重巡洋艦数十隻による沿岸部の防衛線に対して艦砲射撃が行われ、そのほとんどを壊滅させた後強襲揚陸艦より海軍陸戦隊を乗せた大発数十隻が島に向かい、一斉に上陸する。
その後上陸した歩兵部隊によって残存戦力は一掃され、その後陸戦隊はその基地で過酷な労働を強いられてきた奴隷達を解放する。
必要最低限の軍港としての機能以外を破壊された軍港はその後扶桑海軍によって占拠され、今後の活動拠点として使われる事となる。
―――――――――――――――――――――――――――――
第一次攻撃隊が帰路に着いた頃、帝国本土上空には空を覆いつくさんばかりに多くの重爆撃機が爆撃目標を目指している。
「これは壮大ですな」
「あぁ。何せ本国のみならず各基地の重爆撃機を総動員しているからな」
その爆撃隊の中に居る富嶽の機長は周囲を見渡すばかりに居る連山改や富嶽を見る。
「さて、攻撃命令も下った事だ。準備は出来ているな?」
「バッチリと。そうだろ?」
『応っ!』
副機長の言葉に全員が答える。
「頼もしい限りだ」
機長は口角を上げて軽く頷くと、前を見据える。
爆撃隊はしばらくしてそれぞれの爆撃目標がある地点へ向かい、富嶽を指揮官機とする爆撃隊は眼下に爆撃目標を捉える。
「爆弾倉開け!爆撃用意!」
機長の言葉で富嶽の爆弾倉が開き、そこに納められている細長く四枚の板を四方に持ち先端と中央が丸く膨らんだ独特な形状をした爆弾が姿を現す。
同じく連山改の爆弾倉も開き、富嶽と同じ爆弾が納められていた。
『ちょい左!ヨーソロー!』
爆撃手の指示で副機長は左に操縦桿を傾けて少し旋回する。
『針路そのまま!』
「ヨーソロー!」
『よーい、ってぇ!!』
爆撃手は爆撃目標を捉え、投下レバーを倒して爆弾一基が投下され、続けて投下レバーを倒して二基目が投下される。
同じく連山改も次々と積載している爆弾の半分を投下する。
投下された爆弾はまるで意思があるかのように落下針路を変えて正確に爆撃目標に向かう。
この爆撃隊の富嶽と連山改が搭載する爆弾は『ケ号爆弾』と『マ号爆弾』の二種である。
ケ号爆弾とは赤外線を探知してコンピューターが尾翼と操舵翼を調整して爆弾を熱が発せられている箇所へと調整する、誘導爆弾だ。
史実でも赤外線誘導爆弾として大日本帝国陸軍で開発されていたが、当時は技術面が圧倒的に未熟とあって、更に戦場では様々な熱が発せられるので誘導はほぼ不可能といわれていた
マ号爆弾はケ号爆弾と構造はほぼ同じだが、探知するのは魔力反応で、爆発には魔法系の爆発が起こる。先ほど投下したのはマ号爆弾の方である。
爆撃隊の爆撃目標は戦車もどきと飛行船の動力炉である魔力炉の製造工場で、長い諜報捜査の末に極秘裏にされていた製造工場の場所を特定した。そしてもう一つは戦車もどきの製造工場である。
工場はいくつかのポイントに分かれて設置されており、その全てに爆撃隊が向かっている。
マ号爆弾はコンピュータ制御で魔力反応が強い箇所へと操舵翼と制御翼でコントロールして向かい、空気を切り裂く音と共にマ号爆弾は魔力炉製造工場へと落下し、爆発を起こす。
直後に魔力炉の魔力が魔力爆発と反応し、次の瞬間眩い光と轟音と共に大爆発を起こす。
「これはすげぇ」
その大爆発を見た富嶽の機長と副機長は唖然となる。
「予想以上の爆発ですね」
「あぁ。これまで魔力炉の誘爆は報告に無かったからな。とは言えど、これほどとは」
すると他の製造工場がある地点でも大爆発が起き眩い光を放つと遅れて轟音が鳴り響く。
「まぁ、何であれ爆撃は成功だ。このまま次の目標も爆撃するぞ」
大爆発の光に目を奪われながらも爆撃隊はそのまま次の目標へ向かう。
そして戦車もどきの製造工場へケ号爆弾を投下し、熱に誘導された爆弾は狂い無く着弾し、製造工場を完膚なまでに破壊した。