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異世界戦記  作者: 日本武尊
第二章
24/79

第二十三話 偶の休日その2




「向かい側の席、よろしいでしょうか?」


 あれからしばらくして、声を掛けられてその方に視線をやると、無精髭を生やして肥えた男性が立っていた。


「えぇ。よろしいですよ。リアスもいいな?」


「はい」


「では、お言葉に甘えて」


 俺とリアスの許可を得て男性は一礼してから向かいの席に座る。



「いやぁそれにしても、この辺りはだいぶ平和になりましたな」


 3駅ほど通過した頃に向かい側の席に座った男性が俺に話し掛けて、それから世間話に移っていた。

 この男性はどうやら商人らしく、今日も商売品を運んでいるとの事


「ところで、男性の方はフソウの人間でしょうか?」


「えぇ。軍の関係者で、今日は休暇を取って列車の旅と言うやつです」


「なるほど。人間時には休む事が大事ですからね」


 男性は人懐っこい表情を浮かべる。しかし扶桑の軍関係者と言った途端、男性に違和感を覚える。


「ところで、先ほどからお二人は仲が良さそうですな」


「そ、そうですか?」


 リアスはドキッとして頬を赤くする。


「えぇ。もしかしてご夫婦でしょうか?」


 リアスは顔を赤くして俯く。


「いえ、まだそんな段階では」


「と言う事は、恋人ですか?」


「まぁ、そうですね」


「それはまた。いやはや初々しいですな」 


「ハッハッハッ!」と男性は豪快な笑い声を上げる。



「しかし、フソウには感謝ですよ。この列車でしたか?これのお陰で大助かりです」


「そうなんですか?」


「えぇ。荷物を収納する貨車ですが、それを借りるお金が兎に角安いんですよ」


「ほう。いつもは違うのですか?」


「馬車ですとかなりの額を取られる上に、遅いのですよ。それに比べればこの列車は行動範囲は限られますが、速いし、利用額もそれほど高くは無い。

 我々商人にとっては、大助かりです」


「なるほど」


 確かに馬車と比べるなら列車は何十倍も速いだろうな。


 貨車のレンタル料金も最大で4輌まで借りられ、金額も車輌数に変わらず金貨3枚で借りる事ができる。

 安く早く利用できる列車は決して安い出費ではないが、商人にとってはかなり大助かりになるのだろう。





 列車は森林内に敷いたレールを走っていると、突然汽笛が連続して鳴り響き、ゆっくりと速度を落としていく。


「な、何でしょうか?」


「……」


 男性や乗客たちがそわそわし始めて、リアスが俺に声を掛け、窓を開けて頭を外に出して前を見ると、線路の上には人影がおり、腕を振ってC56型の機関士に停車するように指示している。


「扶桑の憲兵隊の抜き打ち検査だな。手荷物と身体検査。それと貨物の積荷の検査をするんだろうな」


「憲兵隊、ですか……?」


「今は戦時下だからな。スパイ探しに躍起になっているのだろう」 


「……」


(そういえば、憲兵隊の仕事を見るのは初めてだったな)


 この際だ。その仕事っぷりをお忍びで視察といきますか。 




 しばらくして客車に憲兵隊の腕章をつけた軍服姿の男女が入ってくる。


「これより手荷物及び身体検査を行う!協力しない者はそれなりの対応をさせてもらう!」


 この憲兵隊の隊長と思われる男性が乗客に対して言うと、男女の部下に乗客の手荷物と身体検査を始める。



 手荷物及び身体検査は順調に進み、俺の番が来るとポケットに入れていた財布を取り出して本来のとは別の身分証明証を差し出して、カメラも異常が無いかを確認してもらい、身体検査をして異常が無いのを確認された。

 その後にリアスも女性憲兵に検査され、異常が無いのを確認された。


 向かい側の男性も検査され、異常がないのを確認されてやけに大げさに安堵の息を吐く。


「隊長!全ての客車の乗客を調べましたが、異常はありませんでした!」


「うむ。ごくろう」


 女性憲兵の報告を聞き、隊長は軽く頷く。


「ご迷惑を掛けましたが、協力に感謝します」


 隊長が頭を深々と下げた時だった。




「隊長!」


 と、貨物列車側から憲兵二人が少女を捕まえて連れて来た。


「貨物車輌を調べたら、この女が隠れていました」


「なに?」


「……」


 俺は憲兵二人に捕まった少女を見る。


 外見の特徴から猫族の獣人の少女で、まだ年は二十歳に行っていないところだろうが、痩せ細って着ている服もボロボロな上にかなり汚れている。



「この女の身体検査をしたところ、銀貨五枚を所持している以外、乗車切符を持っていません」


「何?貴様。無賃乗車の上に、なぜそのような場所にいた。まさか帝国のスパイか!」


「ち、違います!私はただ薬草を買いに――――」


「ならなぜ金を持っていながら賃金を払わず無断で乗り込んだ!」


 少女は怯えながら言おうとするも、隊長は少女の言葉を遮る。


「や、薬草を買うには、どうしてもこのお金が無いと。でも時間が無いから、どうしても」


「見え透いた嘘を」


「ほ、本当なんです!母が病気で、どうしてもバール村の薬草が必要――――」


「黙れ!」


 と、隊長は右拳を勢いよく突き出し、少女を殴り倒す。


「っ!」


 少女は床に倒れ、細かく震える。


 周りの乗客は見て見ぬフリに徹していた。この状態の憲兵に介入しようものなら、恐らく共犯として捕らえられるからだ。


「後でじっくりと吐かせてやる。おい!こいつを連行しろ!」


 隊長の指示で憲兵が少女を捕らえようとした――――




「その必要は無い」


 俺は憲兵隊隊長の右肩を持つと後ろを振り向かせ、思いっきり殴り飛ばす。


「っ!?」


 憲兵隊隊長は空いた席へと飛ばされ、背もたれに背中を強く叩きつけられる。


 右腕を突き出した反動で俺が被っていた帽子が落ちて顔が露になる。


「ぐっ!貴様!!誰に向かって――――」


 怒りの篭った目で睨むも、目の前に立つ人物を見た途端顔面蒼白になり、脂汗を大量に掻く。


 まぁ、目の前に無表情で怒りのオーラを纏った、扶桑の総司令が立っていれば、そうなるだろうな



「さ、西条総司令!?」


 俺の正体を知った途端憲兵隊隊長は立ち上がって姿勢を正すと同時に敬礼すると、他の憲兵はすぐさま姿勢を正して敬礼する。


「……貴様。所属を述べよ」


「は、ハッ!!自分は第5憲兵隊隊長!『倉吉正二』大尉であります!!」


「倉吉?貴様。倉吉太郎を知っているか」


「は、ハッ!!太郎は自分の弟であります!!」


 あの歩兵の兄か……全く……


「……時に聞くが大尉。憲兵第八条を述べよ」


 冷たく、鋭い声で倉吉大尉に問い掛ける。


「そ、それは」


「言うんだ」


 俺が怒りの篭った声で言うと倉吉大尉はビクッと体を震わせ、口を開く。


「……け、憲兵はいかなる場合があろうと、緊急時以外で民間人に暴力を振るう事を厳禁とする……です」


「そうだな。では、これはどういう事だ」


 俺は未だ倒れ、怯えている少女を見る。


「……」


「貴様。我が扶桑に泥を塗るつもりか」


「い、いえ!祖国に対して決してそのようなことは!」


 慌てた様子で違う事を俺に対して伝える


「仕事熱心なのは感心するが、それには限度と言う物がある。違うか?」


「……い、いえ」


 表情は完全に青ざめており、力なく返事を返す。


「倉吉大尉。君には本国に戻って、辻教官に一から憲兵の心を学び直させてもらえ。それまで階級は剥奪だ」


「っ!」


 倉吉大尉は絶望とも言える色が表情に浮かぶ。


 どんだけ恐れられているんだよ、辻ェ……


「憲兵。この男を連行しろ」


 俺の指示で他の憲兵が倉吉大尉を両側から抱えるようにして捕らえる。


「あぁそうだ。同じ部隊に居る者達も、連帯責任として本国に戻り、その男と共に辻教官に憲兵としての心を学び直せ」


 俺の言葉に憲兵たちは表情を青くする。


「隊長の過ちを報告せず黙認していたのだ。当然の判断だ」

「連れて行け!」


 倉吉大尉を含め、憲兵隊は表情を青くして客車を後にする。


「あぁそうだ、君」


 俺は憲兵隊の最後尾を歩く憲兵に声を掛け、ある事を伝える。



 後ろで怪しい動きを見せる男性を見ながら。




「君、大丈夫か?」


 俺は憲兵に用事を言ってから片膝を着いて、座り込んでビクビクと怯えている少女に声を掛ける。


「すまないな。うちの憲兵が失礼な事をして」


「い、いえ……お金も払わず、勝手に乗り込んだ、私が悪いんですから」


 まぁ、そういってしまえば終わりなんだろうが、こちらとしては先の無礼もあるので、このままで終わらせるわけには行かない。


「ここまでした理由を教えてくれないか?さっきの憲兵の様な事はしないから」


「は、はい……」


 少女は怯えながらも事のあらすじを語った。



 少女の母親が長らく病気で寝込み、症状がかなり重いものらしい。


 少女は必死に働いて薬草を買う為のお金を集めたが、母親の容態は悪くなりつつあり、すぐにも薬草が必要になった。


 しかし薬草が売っているバール村へは少なくとも歩いてでは二日以上掛かる。帰りや途中でのペースダウンを含むと五日以上掛かる。

 母親の容態は日々悪くなっていく一方で、それだけの余裕は無い。


 そこに少女が住む村の近くの町に扶桑が敷いた鉄道が通っており、次のハーベントの駅を中継してバール村へも繋がって、更に到着も一日と掛からない事を知った。

 一つの希望が得られたかと思ったが、薬草を買うだけのお金のみで、家には鉄道を乗るためのお金が無く、かと言って知り合いから借りれる金額でもなかった。

 

 そして少女は母親を助ける為に止む得ずこっそりと貨物車輌に忍び込んだのだが、途中で憲兵に見つかった、と言うわけだ


 母親思いな娘だなぁ



 俺は少し悩んで、さっきの無礼の謝罪として、何より危険を冒してまで母親の為に薬草を買いに行く母親想いの彼女に免じて、無断乗車を見逃し、代金も肩代わりする事にした。

 これでさっきの事は忘れてほしい、的な感じになるので複雑な気持ちだけど。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 バール村に着いた少女は目的の薬草を買う事ができて、帰りの賃金も俺が支払い、少女は俺に大いに感謝の言葉を口にして、無事村に帰る事が出来た。




「今日は中々大変な一日だったな」


「そうですね」


 俺とリアスは列車で全ての駅を回り、ハーベントに戻って来て夜の街を歩いていた。


「すまなかったな。見苦しい所を見せてしまって」


「いえ。私は気にしていません。と言っても、あの時のヒロキさんは……正直怖かったです」


「そ、そうか」


 そういやあそこまで怒ったのはこの世界に来て初めてかもしれないな


「で、でも、それだけ国を大切にしているからこそ、厳しく出来るんだと思っていますから」


「それ褒められているのか分からないな」


 俺は苦笑いを浮かべると、リアスも苦笑いを浮かべる。


「でも、本当にヒロキさんは優しいですね」


「そうか?普通だと思うが」


「扶桑の方々は普通でしょうけど、私達からすれば簡単に出来るようなものではありませんから」


「……」


「……あんまり言い方は良くないのですが、あの女の子を助けた所で、ヒロキさんやフソウに、得は無いと思います」


「得、か。まぁ、損得勘定じゃ、俺達には損しか残らないだろうな」


「では、なぜ?」


 リアスは怪訝な表情を浮かべる。


「なぜ、か。そりゃ目の前で助けられる者が居るのなら、俺は手を差し伸べたい。後で後悔したくないからな」


「……」


「まぁ、それをただの偽善と言うやつが多いだろうがな」


「……私は、そうは思いません」


「そうか」




「あの、ヒロキさん」


「なんだ?」


 要塞基地まで行く列車が停車する駅に着き、入る前にリアスが声を掛けてきた。


「今日は、お誘いをしてもらって、ありがとうございました。本当に、楽しかったです」


「そうか。ただ列車に乗って景色を眺めるだけだったけど、楽しめて良かったよ」


 少し心配だったけど、楽しめたのなら誘って正解だったな。

 

「……あ、あの」


「ん?」


「ヒロキさんは、まだ休暇がありますか?」


「あぁ。まだ4日ほどあるが、どうした?」


「は、はい。もしお暇がありましたら、明日お城にいらっしゃいませんか?」


「城にか?」


「そ、その、一緒にお食事をどうかと、思って……」


 頬を赤く染めながら、搾り出すように口を開く。


「食事か」


「だ、ダメでしょうか?」


「うーん。そうだな」


 まぁ特に個人的な予定は無いし、何か起こらない限りは大丈夫だろう。


「いいぞ。せっかくの誘いだからな」


「っ!ほ、本当ですか!」


「あぁ」


 それを聞いてリアスは嬉しそうに尻尾を左右に振るう姿にどこか癒される。



「じゃぁ、また明日な」


 俺はリアスと約束を交わして、駅に向かおうとした。


「……あ、あの!」


 リアスは搾り出すように声を出して俺を呼び止める。


「ん?どうした?」


 俺が振り返ると、リアスは俺に抱き付く。


「り、リアス!?」


 突然の行動に俺は目を見開く。


「――――さい」


「……?」


「……しばらく、こうさせてください」


「リアス……」


 俺はぎこちない感じで彼女の背中に手を回す。


「……温かい、ですね」


「あ、あぁ」


 お互いに抱き締める力を少し強くし、互いの温もりを感じながらしばらくそのままでいた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



 あの後リアスと別れて駅を乗り継いで扶桑に着き、駅で品川と辻の迎えを受けて司令部の執務室に入る。


「どうでしたか?休息を取ってみて?」


「そうだな。品川の言う通り、たまには休息が必要だな」


 俺はコートを辻に渡してクローゼットに掛けさせると、背伸びをする。


「それに、ここでは見れない事情も見れたことだし」


「……」


 コートをクローゼットに掛けて戸を閉めた辻は俺に向き直って深々と頭を下げる。


「申し訳ございません。自分の教育が滞っていなく、このような失態を招いてしまって。

 今回の事件を起こした者達へは、厳しく教育していくつもりです。そして、同じ事が起きないように教育を見直して徹底します」


「今回は大尉個人が行ったことだ。辻の責任じゃない。気にするな」


「……」


 しゅんとする辻に品川はどこか嘲笑うかのように鼻を鳴らす。


「それと、例の件については、頼んだぞ」


「ハッ!我が陸軍の優秀な諜報員を駆使して、必ずや」


 それは列車で俺の向かいの席に座った男性の調査だ。


 妙に怪しい言動や行動があったので、俺は憲兵の一人に尾行を依頼。その後諜報員と交代した後、正体を暴くつもりだ。


「あぁそうだ。明日王都グラムへ出掛けるからな」


「グラムに、ですか?」


「あぁ。リアスに食事を一緒にどうかって誘われてな」


「……そう、ですか」


「……」


 と、二人は気持ちが沈んでいく。


「さてと、今日はもう寝るか」


 俺は背伸びをしながら自室へと戻った。



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