おはぎ投げられる
俺は今、追われている。
何故だか解らないが追われている。
どちらかと言えば狙われていると言う方が近いだろう。
フードで顔が隠れている数人、体格から見てみても男女含めたグループだ。
男であろう者達のがたいは世辞でも逞しいとは言い難い。
しかし、なら何故俺はそんなヤツらから逃げているのだろうか?
……それは、ヤツらの気迫がハンパなく凄んでいたからだ。
それは言葉で言うなら、生命の危機のようなモノで、
例え百獣の王であっても畏れずにはいられない、そんな雰囲気だったのだ。
そのために俺は今絶賛逃走中なのだ。
しかし俺を追ってくるヤツらも(良くいえば)粘り強く俺を追ってきている。
俺、ナニカ悪イコトシマシタカ??
今となっては、彼らから殺意のようなものすら感じる始末。
俺の疑心暗鬼であって欲しい限りだ。
いや、捕まったら絶対コロサレルだろう。
百パーセントコロサレル……。
お、俺ホントに何か悪いコトでもしたんだろうか……?
心当たりは全くない。
もし何かあったとしても、絶対に俺は無実なハズだ。
しかし、だからといって足を止めてしまうと、すぐさま俺は永遠の旅路へ出発するハメになりそうなのだ。
だから俺は今死に物狂いで逃げるしかないのだ。
俺は今、発砲もされている。
何故だかは解らないが危ないコトだけは確かだろう。 でも発砲ではなく、どちらかと言えば投石に近いかもしれない。
石ではなさそうだが……。
うゎっ、危ねっ……!!
石でも銃弾でもなさそうな、あえて言うなら粘着弾っぽい物体が俺目掛けて飛来した。
それをなんとか紙一重でよける。
全くっ、当たったらどうすんだ、コンチクショウっ!
……あ、当たるのが目的なのか。
間違えちったぁ、てへぺろ☆
…………うん、自分でもイタいと思ってたから。 大丈夫至って正常だ、安心してくれい。
そして、また俺の顔スレスレで赤紫色の粘着弾が走っていった。
いや、若干頬にかすってしまった。 んぁっぶねぇ〜、
これが俗に言う、危機一髪ってやつかねぇ?
――んっ?甘い……?
逃走中、突如不意に香った俺の鼻をくすぐる甘い何か。
原因を探してみれば、頬にかすった粘着弾からほんわりいいかな香りがしている……。
こ、コレ、食べれるんだろうか……?
なんてコトを逃げながら考えていたら、もう気になってしょうがない。
おそるおそる付着した赤紫色の物質を指ですくってみるコトにした。
――や、柔らかい……?!
ふわっとしていながらも、しっとりとしていて、だけど何処か優しげな触感……。
た、食べられるんじゃねえのか、コレ…?
そっと口に運んでぇ……、、、いかんいかん。
いくら何でも危な過ぎるだろがっ!
一応、この甘〜い物体の正体は俺を現在進行形狙っているヤツらが放った怪しげなブツなのだ。
無防備にも程があるだろうが。
……しかし、気になるぅ〜、、、
逃走中にどうかと思うが、好奇心が止まらない。
な、舐めるだけなら……。
口に含むだけなら大丈夫なんじゃないか……? 、、、多分
うん、呑まなければ平気だろう!
そーいうコトにしよう!
そうと決まれば、……あーん、んむ、、、
口に入れた途端に広がったのは、幼少期よく訪れた田舎の風景……。
古臭く、だけれどもどことなく懐かしい味……。
――あ、コレぼたもちだわ。
砂糖が引き立てた小豆の甘さと風味と共にやってくるもち米の弾力ぅ〜。
ベストマッチとまではいかない両者だが、互いにケンカせずいい塩梅で譲り合っているぅ〜。
不完全だからこそ崩れないように、互いで妥協し合っているのだぁ〜。
まるで夫婦のようだなぁ〜♪
俺は久しい味を堪能しつつ、一つある異常に気がついた。
――あ、あれ……、何でぼたもち投げられとんの……?
単純で、かつ当たり前の疑問だ。
この状況でぼたもちってどう考えてもオカシくねえか?!
え、何? ぼたもちと俺に恨みでもあるんですか?
俺が何したんですか? ぼたもちが何したんですか? そもそもぼたもちとおはぎの違いって何なんですか?
そもそも違いってあるんですか? てゆーか食べ物粗末にするんじゃねえっ!
俺は未だ死ぬ気の逃走を続けている。
コロサレルという本能的恐怖心と、ぼたもちもしくはおはぎ(違いが判らなかった)を粗末にされた憤怒で、心がいっぱいになっていた。
そこには俺のスタミナが切れかかっていたコトも含まれているのだろうが、弱音など吐いてられない状況だ。
自分の体力の限界など考えていられない。
今はただ、逃げ走っているだけだ。
俺を追う何かは未だに、ぼたもち(もしくはおはぎ)を投げつけてくる。
一体何処にあんな量をしまっているんだ……!?
しかし、このぼたもち(もしくは…ry)案外美味しいのだ。
俺の舌の記憶が確かなら、バッチャンが作ってくれていたぼたもち(略)より数倍美味い。
きっと良い人材がいるのだろう……。
だとしたら、いや、だとしなくてもこんな用途で使用するとは許せない。
そして同時に勿体無さも感じた。
投げられる度にアスファルトにぶつかり無惨に散っていく彼らは、本来食べられるために生まれてきて、しかもその最高峰の味になれたというのに……。。。
なんだかんだで爆走している俺は、そろそろ自分の限界を感じ取った。
呼吸が乱れまくり、体内に酸素が全然巡ってこない。
頭がボーっとしてくる……、いかんいかん。
しかし幸いなことに疲れているのは俺だけじゃないようだ。
それはヤツらにとっても同じコトらしく、依然ついて(憑いて?)きてはいるが、若干距離が離れてきている。
(俺の方がはやぁ〜い、ざまみそ)
「今しかないっ……!」
チャンスだ、とばかりに俺は残り少ない力を出せる限りに搾り、全身全霊でスピードを上げ飛ばした。
既にカラッカラの俺の体力は、それでもまだ頑張って、そしてやっと何とかひとまずはマくコトが出来たのだ。
今、俺は公園の茂みの中で、消耗しきった身体を回復させている。
それに伴って冷静になっていく思考の中で、俺はヤツらと遭遇したときから今までの記憶を思い出そうとしていた。
――出会いは朝だった。
俺はいつもの日課のジョギングで、商店街を走っていた。
まだシャッターの閉まっている店だけが並ぶソコには、何故か今日だけは一つだけ開いている店があった。
俺は何屋なんだろう?、というちょっとした興味を抑えて店の前を横切った。
横切った、だけだったのだ。
俺が前を横切るのを視認したヤツらは、どういうワケだか店内から俺目掛けて勢いよく飛び出してきたのだ。
よくよく改めて考えてみると、何のためにヤツらはあの店にいたのだろう……?
俺を追いかけてくる理由も未だ不明だ。
ぼたもちを投げつけてくる理由も同様に不明だ。
俺とぼたもちに恨みでもあるのだr……、いや逆なのかもしれない……?
もしアレが悪意ではない行動だとしたら?
善意とは考えにくいが、……例えばアレが何かの勧誘だとしたら?
もし仮にそうだとするならば、一体何の?
大体何故あの店にヤツらは屯っていたんだ?
何かコソコソと動くのならば、普通シャッターなど開けてはいないハズだろう。
しかし、あそこは確か数日前まで売り出し中だったハズだ。 つまりヤツらが買ったということか?!
だが、人から見られやすい大通りにそんな拠点を置くとも考えられない。
人通りの多い道にあるもの……店か!?
もしかしたらヤツらは何かを営んでいるのか……?!
――っ!
ヤツらが俺を追ってきたのは、じゃあ商品の宣伝……?!
……さすがにムリがあり過ぎるな、、、
第一、ヤツらは一体俺に何を売り出そうとしていたというんだ?
――ぼたもち!!
ぼたもちの販売だ!
ヤツらは俺にぼたもちを買わせようとしていたんだっ!
いや、しかしあんな押し売りのようなマネ、普通はするだろうkッ……、ぼたもちのあの完成度……!
あの味は常人にはなかなか出せない至上の味。
俺はずっと、あの味は良い人材を使っているのだろう、と思っていた。
だが投げつけるのが目的だとしたら、わざわざ良い人材など使うだろうか?
もしかしたら、あのぼたもちは試食品だったんじゃないだろうか?
店の前を通りがかった俺におはぎのしつこい勧誘販売の挙げ句、試食品であるぼたもちを俺に渡そうとしていたとするなら……!?
全ての疑問が解消される!
そうか、そういうコトだったのか……。
その考えに至ったそのときだった。
――ガサガサっ!
見つかったかっ
俺の二メートル先に立っていたのは、先ほどの追っ手の一人だった。
両手は背中で隠されているが、たぶんぼたもちなのだろう。
ぼたもち如きで、そんなにしつこく追いかけ回されても、俺にとってはいい迷惑だ。
ここは一つ二つ購入して、黙らせた方が得策だろう。
「すいませーん、ぼたもち二つくだs……ッ!」
俺はいたって明るく声をかけた。
すると、追っ手の一人は無表情に両手を前に回してみせた。
しかし、その手の上にあったのは、俺が想像していたモノではなかった。
――――!
「ほ、回鍋肉……ッ?!」
その手の上にはアツアツの回鍋肉がのった皿があった。
な、何故に回鍋肉?!
彼らはぼたもちを売っているのではなかったのか?!
――ッ! ま、まさかそれを投げるとかじゃ、ないよな…!? や、やめ…、ヤメロォォォオオ――――!!
……そして男は不敵に微笑んだ。