8 本日も晴天
本日もまた晴天なり。
夏休みが終わったとはいえまだ八月の下旬、こうも晴れが続くと暑いのも当然だ。
かといって雨が降ったところで涼しくはならない。
夏の暑さは湿気を帯び、『蒸し暑さ』という地獄に姿を変える。
湿気で蒸れるのは本当に深いだ、あれはなんとかならないものだろうか。
ムレムレします。
くだらないことを五時間目が終わった後の休み時間に考えていた。
「いやぁ、にしても暑いな霧生」
「確かに外は暑いが、今この部屋は冷房が効いてるぞ」
「ノリの悪いやつだなー、暑いって言っとけよー」
暑苦しい奴。
「で、霧生。お前は何がいいと思う?」
「何がって・・何が」
「文化祭のことだよ。クラスでの出し物があるだろ」
「ああ、それか」
戸文高校では勉学・部活動などには特に力は入れていない。
しかし、なぜか体育大会やら文化祭やら、学校行事にはやたらと力を入れている。
規模の割には二日という日数は合わないとは思うが、
その二日間のために出し物の練習・準備を一生懸命重ねる者も当然いる。
次の時間のHRで文化祭の出し物を決めるクラス会議を行うらしい。
文化祭ではクラスでの出し物・部活動での出し物に分かれているのだが、
僕はゲーム研究部の方でいっぱいいっぱいなため、クラスでの出し物に深く関わるつもりはなかった。
「まあ、何でもいいんじゃないか」
「やれやれ。お前はいっつも、クラスに関心が無いな」
そんな僕がクラスでぼっちみたいな感じのことを言うのはやめろ。別にぼっちではない。
ちょっと人の顔と名前を覚えるのが苦手でうまく人と関われてないだけだ。
あれ? それってぼっちじゃね?
「俺は毎年こう思ってる! メイド喫茶がいい!」
「お前もそこまでいってしまったか・・」
「さっき聞いて回ったが、メイド喫茶派の男子は八割くらいいたぞ」
本当かようちのクラス。強要してない? それ。
でもうちのクラスって女子の方が多いから、たぶんメイド喫茶にはならないと思うんだけど。
「な、霧生。お前もメイド喫茶に投票してくれよ」
「・・いや、別に構わないが」
どうせ僕はクラスの出し物にはあまり関わらないしねっ。
・・・・
HRが始まる。
今日に限って学級委員が欠席のため、代理の者が司会となった。
「じゃあ文化祭で何をするかを決めたいと思いまーす!」
夏菜はいつもの大声で言った。大丈夫かな夏菜で。
不安はあったものの、よく考えれば僕は深く関わるつもりはないので気にしなくていいや。
「えー、では、何がしたいですか!」
次々と手が挙がる。みんなやりたいことがそれぞれあるんだな・・これは票が割れそうだ。
「はい、では白瀬くん!」
「あい!」
指されるや否や、白瀬はすぐに立ち上がった。
「メイド喫茶を強く希望します!」
強く希望しちゃったか。まわりから拍手も聞こえる、ほとんど、いや全部男子だ。
同時に同じくらいのブーイングが女子から巻き起こる。
そう簡単にメイド喫茶は実現しなさそうだ。
・・・・
結論。文化祭のクラス出し物は喫茶店となった。英語で言えばカフェ。
メイドは居なくなったが、喫茶部分は残った。
良かったな白瀬、完全ではないがメイド喫茶は実現したぞ。
帰り道、白瀬に言ってやった。
「ダメだよ! メイドが重要だったのに!
畜生・・もうちょっと粘っていればメイド喫茶になっていたかもしれないのに!」
白瀬はわざとらしく拳を額に当てる。
まあ、相手がクラスの女子全員じゃなあ、心が折れても仕方はあるまい。
「・・まあいいか。喫茶店ってことはウェイトレスだよな・・・悪くねえ」
「お前女子のそういう格好が見たいだけなんだな・・」
しかし文化祭と言えば、まだ気になることがある。
それはゲー研のこと。
「夏菜、そういえばゲー研はどうするんだ?」
思えば夏休み中は全く手を付けていない。
夏菜はしばらく黙って考え込んでから言う。
「んー、夏休み中に何もしてなかったから、多分今年は何もできないね」
「でも、ゲームは作らないといけないんじゃないのか?」
「・・・今から作って文化祭までに間に合うと思う?」
あきれたような顔で夏菜が言った。
文化祭は九月の序盤、そして今は八月下旬だ。おそらく無理だろう。
まだ大雑把な構成しかできていない現状ではかなうはずもない。
「無理だな・・」
「でしょ? 大丈夫、私と部長のでなんとかなるからっ!」
次の部長はおそらく夏菜になるだろう。
それを本人も理解しているのか、最近はちょっとずつ頼りにできるようになってきた。
僕たちは影で部長次期部長を支えることしかできないのだろう。
それは少し悔しく思う。
・・・・
一度やってしまえば、それ以降行うのは簡単になってくる。
それは文化祭の準備においても同じで、二年目ともなると何をすればいいのかは大体分かる。
我が校では文化祭の前日は実質の準備期間となっている。
そのためこの日だけはいつもと雰囲気が違うのだ。
もっとも今年は文化祭が月曜に行われることになっており、その前日は土日を挟んで金曜日ということになっている。
金曜に準備をして二日も空けるというのには少しまいるが、学校側の方針らしい。
校門には『戸文高校 文化祭』という文字とともに、この文化祭に関係がありそうなものがいろいろと描かれているボードが飾ってある。
美術部がいい仕事をしていますね。
いつか白瀬がこの絵を見て『もう少しインパクトが欲しいな』と言っていたが、僕はこのままでも充分だと思う。
教室に入っても、普段とは違う雰囲気は続く。
余分な机や椅子はもうすでに別の教室に移されていて、
数人の生徒が飾り付けやら机の配置やらで忙しそうだった。
大体の準備はできているようだ。
今日ここにいない生徒はおそらく部活動生で、部活の方の飾りつけに行っているのだろう。
僕も部活動生ではあるが、夏菜の話を聞く限り僕は部室に行く必要はない。
行っても何もできないし、むしろ邪魔なだけだろう。
「おっすー!」
そんな声と共に背中をポンと叩かれる。
声の主、優は不思議そうに聞いてきた。
「あれ、霧生くん部活入ってたよね。ここに居ていいの?」
「ああ、行っても邪魔になるだけだろうし」
「ふぅん。結構大変だって夏菜が言ってたけど。・・行ってみたら?
もしかしたら何か役に立つかもしれないじゃん」
そう言って優はまた僕の背中を押す。
「ほら、ここにも霧生くんの居場所ないし。行った行った!」
「おお・・・そんなこと言われるともう行くしかなくなるんだけど」
どちらにせよ僕の居場所は無いってことなんでしょうか。
でも優の言うことももっともだ、教室で僕がやれることは本当に何もない。
行ってみるか・・様子を見に。
・・・・
「あれ、晃平?」
科学研究室の扉を開くと机を抱えている夏菜がいた。
部長も僕に気付き寄ってくる。
「おー霧生。浅井に聞いたぞ、結局ゲームできなかったらしいな」
「すみませんでした」
「いや気にすんな。俺のと浅井のでなんとかやっていけそうだ」
部長は笑って言いのける。やはりこの人はいい人なのだろう。
「部長、何か手伝えることって・・ありますか」
「そうだな。この部屋を展示部屋っぽくしたいんだが、いろいろ運ぶの手伝ってくれるか」
二つ返事で引き受けた。
文化祭はもうすぐ、クラスの出し物に深くは関わるつもりはないが僕も少し顔を出すことにはなるだろう。
一応クラスの一員だし、どんな感じになったのか見ておきたいしな。
天気予報によるとここ一週間は晴れ続き。文化祭日和になることでしょう。