7 休みない夏休み
夏休みに至るまでには試験というとてつもなく大きな壁があった。
しかし、僕はその壁を乗り越えた・・つまり、
夏休みを得る権利を得た。なんかややこしい。
しかし期待とは裏腹に近づくにつれ夏休みの現実味は帯びていくばかりである。
何度も言うが、実際のところ夏休みなんて大したものではない。
午前中だけとはいえ、夏休みに毎日学校へ行く羽目になるのだ。
だったら別に終業式なんて必要ないようにも思えるが、建前上いるのだろう。
隣を歩く男にそう話した。
「お前の言うことももっともだ。でもな、俺には関係ないんだよ。
なぜなら夏休みという破壊力の前には何もかも無力だからだ!!」
「お前の底無しのポジティブにはもはや尊敬するよ」
「それにな、終業式があるから、よっしゃ休みだ、って気分にはなるだろ?
終業式なしに『夏休み』って言われても、どうもしっくりこないしな」
「ほう・・・」
面白い意見だ。確かに一理ある。
「いやぁ、でも夏休みだよっ。今から夏休み!」
「お前ははしゃぎすぎだ夏菜」
終業式のありがたいお話で、校長があまりはしゃぐなと言ってただろ。
「だって夏休みじゃんっ。これが普通だよ」
すごい元気にはしゃいでいるが、休みの量だけ宿題の量もいつもより割増になっていることをお忘れなく。
「霧生、お前は夏休みに何する予定なんだ?」
白瀬がベットボトルのお茶を飲みつつ質問してくる。
「そうだな・・・・・特に何も決めてない。お前はどうなんだ」
「俺か? 俺はもう決めてるぜ! まずはとっとと宿題を終わらせて、後は海やプールに行く!」
「とっととって・・宿題なんてそう簡単に終わるものか?」
「ふっ、素人はこれだから。『回答』を写せばいいんだよ・・丸写しさ・・」
素直に白状しやがったぞこいつ。
お前、下手に丸写しなんかするとすぐに見抜かれるからな、気を付けろよ。
「しかしなんで海とかプールなんだ? 体でも焼くのか?」
指を振りながら、白瀬は続けた。
「ちっちっち、そんなショボイ理由でプールに行くわけがないだろう。
プールにいる可愛い水着の女の子に話しかけて、その後にその女の子たちと遊ぶんだよ」
白瀬らしいショボイ理由だった。
夏休みの過ごし方がナンパとは、これは夏休みが泣いてるな。
かくいう僕も、何をどうするかは全く決めていないのだが。
「でもみんなでどこかに行きたいね!」
「いいなそれ! どっか行くか!」
「・・まあ、いいかもな。楽しそうだ」
・・・・
家に帰ると、さっそく宿題に手をつけた。
こういうのは早めに片付けておいた方が後から楽になるものだ。
「うーむ・・」
しかししょせん宿題だと侮っていたが・・案外難しいな。
というかこのレベルの宿題があと何個もあるのか?
これは回答を写すという手段に出ても仕方は無いような気はするな・・。
僕が悩んでいると、華音が話しかけてくる。
「あれ? お兄ちゃん、もう宿題やってんの? 夏休みのやつでしょ、それ」
「ああ、まあな。お前はやらないのか?」
「今日はしないよ。あ、私出かけてくるね」
「はいよ」
初日は遊ぶってか。それがダラダラと続いて最終日に終わってねえと騒ぎ立てるがいいぜ・・くくく。
「お兄ちゃーん、友達来てるけどー!」
友達って・・僕の?
しぶしぶ玄関へ行くと、白瀬が水泳道具を持って立っていた。
「よお霧生、プールいこうぜ」
「行くか馬鹿野郎、はり倒すぞ」
「いやぁ酷いな、お前」
酷いというか、宿題を終わらせてから遊ぶんじゃなかったのか?
まさか宿題が終わったわけはないだろうし。
「じゃ、私行くから。帰り遅くなるかもってお母さんに言っといて」
「はいはい、行ってらっしゃい」
妹を見送ると、白瀬に言った。
「お前、宿題してから遊ぶんじゃなかったのか」
「まあ聞いてくれよ。今日はとりあえず、とりあえず遊び倒すんだ。宿題は明日からやる」
まるで小学生の言い訳なんだけど。
その『明日から』っていうのが毎日続かないだろうな。
いやこういうやつは絶対続かない。反面教師にさせてもらいます!
「とにかく、僕は行かないぞ。宿題やるんだ」
「まあ話を聞けって。プールに行けば可愛い水着の女の子がいっぱいいるだろ? とりあえずは目の保養だよ、水着だぞ水着」
どんだけ水着推すんだこいつ。
そんなこと言って、僕が行くとでも思っているのか。
・・・・
僕はリビングで宿題を続けていた。
後ろから暇そうな声が聞こえてくる。
「きりゅー、まだかー?」
「まだだ」
「なんだよぉー、はやくしろよー。水着が帰っちゃうよー」
さすがにまだ帰らんだろ、昼過ぎだぞ。
いや、まあね、目の保養っていうのは大事なことだと思うんですよ。
「・・・・ああ、もう分からん。難すぎだろこれ」
「よし! これ以上はらちが明かないぞ霧生、行くぞ!」
白瀬が意気揚々と立ち上がる。
いや、ここで投げ出したらまさしくお前と一緒になっちゃう、それは嫌だ。
でも・・・・。
「まあ、頑張ったしな、休憩もいるよな・・行くか」
「おし! まだ間に合う! まだ水着はいっぱいいるぞ霧生!」
まあ目の保養というのは半分冗談として、休憩がてら涼みにいくのも悪くないな。
・・・・
外に出ると日差しが思ったより眩しい。やはり夏だな・・サンバイザーでも持ってくれば良かった。
こうして水の中に居られることが唯一の救いだ。おお水ありがてえ。
「おおぉっ、同い年くらいの水着の女の子がいっぱいだぞ、霧生!」
「そうだなー。あんまり騒ぐと目立つだろ、やめろ」
しかし、まだプール開きの直後という影響もあってかそこまで人が多いわけではない。
ありがたい、涼みに来ておいて人ごみの中に放り込まれるなんてたまったもんじゃないからな。
白瀬は同い年くらいと言っているが、主に中学生くらいの人が多いみたいだ。
・・・・いや、あくまでも身長から判断してるだけですよ?
「霧生あの子、スクール水着だ。レアだな」
「そうか? 見た感じ小学生っぽいから、別に変じゃないだろ」
「小学生か、なるほど納得。しかし最近の小学生は発育が良いな、良いことだ」
お前今どこ見て言ったんだ。
「高校生のお前がそういうこと言うのは犯罪になるからな」
「いやいや、俺はただあの女の子の体の評価をだな」
「だからそれが視姦罪って犯罪なんだよ・・」
「お、あれ・・・美保?」
「え?」
話をそらすかのように挿入してきたな。
美保だって?
「ほら、あのベンチの前のプールの淵に座ってる子」
「・・ああ、確かにそれっぽいな」
見ると確かにそれらしき女の子がちょこんと座っていた。
美保も来てたのか。美保を見ると真っ先に脚に目が行ってしまうのは僕が男の子だから?
さらに白瀬は指をさして言った。
「お、あれはお前の妹じゃないか?」
「は?」
「ほらほら、美保のちょっと右で遊んでる子」
「ちょっと・・・・右・・・うわぁ」
うわぁ、とか言っちゃったけど。本当に華音の姿があった。
美保の様子を伺いながらも別の友達と遊んでいる様子だった。
なるほど華音のやつ、出かけるとか言ってたけどプールに来ていたのか。
今思えばそれらしき荷物を持っていたような・・。
「まあ、これだけ離れてたら気付かれないだろうし、気にしなくても・・」
僕がそう言うと、白瀬が何かを思いついたように言った。
「そうだな霧生・・・気付かれないだろうし、もうちょっと近づけば水着
姿、よく見えると思うか?」
「見えるとは思うが、僕がお前の事を少し危ない奴だとも思う」
「いやいや誤解するな、俺が見たいのは美保じゃなくて美保の友達の・・」
「てめえ兄貴の目の前でよくそんなこと言えたな」
悪気はないんだろうけど・・・いや、なおさらたちが悪いか?
「おっけ、訂正する。美保と華音ちゃん以外の女の子の水着だ」
「それで僕が行って来いと言うと思う? ねえ、思う?」
「じゃ、俺行ってくる」
まるで聞く耳を持たねえな・・・、もう止めないけど。
僕が諦めたように首を振ると、白瀬は潜った。
あいつ、潜水で近づく気かよ・・。
・・・・
「ふぅ、楽しかったなー霧生」
「ああ」
僕は浮き輪に身を任せて浮かんでただけだったんだが・・・。
「いやぁ、良かったぞ霧生。やっぱり中学生は最高だぜ」
「そうか良かったな。途中で華音にバレかけたときは心臓止まりそうになったけどな」
「いやあれはビビった! でも最近の中学生の発育も良好だし、異常は無かった」
「異常なら僕の隣を歩いてるんだが・・」
だがこうやっていろいろ言い合えるのもまた一興だろう。
結果的には楽しかったし、たまにはこういうのも良いもんだな。
・・・・しかし、僕ももう少し近づいてみれば良かった。
・・・・
疲れていたせいか翌日目が覚めたのは12時46分だった・
我ながら起きるのが遅くなったと思う。
もう少しグダグダしていたいけど・・・宿題でもするか。早めに終わらせたいしな。
ピンポーン
そして鳴るチャイム。困ったな・・・寝着のままなんだけど。
・・・どうせ白瀬か夏菜あたりだろうか。
ならば着替えなくても、いいか。
ガチャ
「へい・・・あ」
「先輩、こんにちは」
「美保だったか・・」
僕の予想は裏切られた。くそ、着替えとけば良かった。
別にこんなものくらいで印象が変わるわけがないのは分かっているけど、着替えとけば良かった!
「えっと、華音と遊ぶ約束してたんですけど。華音は・・・」
「華音?」
家の中に気配はない。さらに靴もない、となると・・・出かけてるのか。
あいつ遊ぶ約束してるのに出かけるって一体どういうわけ?
「・・・今はちょっと出かけてるみたいだな」
「じゃあ、中で待っててもいいですか?」
「え? ああ、いいけど」
・・・・
美保をリビングに通し、適当な椅子に座らせる。
「えっと・・とりあえず麦茶でいいか?」
「はい、ありがとうございます。あ、私自分で本持って来てるので、先輩は
私に構わず、どうぞ」
美保は言いながら文庫本を掲げて見せる。
ええ子やなあ。
「悪いな。華音が迷惑かけてないか」
「いえ全然! それに私、華音の自由なところとかけっこう好きなんですよ」
・・ええ子やなあ。
本当にいい友達を持ったな・・やれやれ、大事にするんだぞ。
ともあれ、一応お客として来ているのに、家主である僕がこの場を離れるわけにはいかないだろう。
ひとまず向かいのソファーに座る。
だがしかし、そのことをすぐに悔やむ羽目になった。
それは、今日は前回以上に目のやり場に困ってしまうということ、である。
夏という季節もあってか、今日の美保は下着みたいなYシャツに、やはりミニスカートを穿いている。
この家に男がいるのは分かってるはずだよな、この子。
今、美保は本を読んでいて僕の視線には気付きにくいだろう。
だが、やはり目のやり場には困る。相手が見ているかどうかは関係ない。
自分が見ていて恥ずかしいかそうじゃないかが重要なのだ!
正面を向けば、開いた胸元や丸みを帯びた身体が目に入ってしまい、
それを避けようと下を向くと、今度は白い脚やその間から覗く白い下着が目に入ってしまうというこの状況。
かといって全く違う方を向けば変に思われるかもしれないし、
座ったばかりなのに立ち去ってしまうのもまた変に思われるかもしれない。
何なんですかこれ、新手の嫌がらせですか。それともご褒美ですか。
自分の中で葛藤を繰り広げていた中・・・
「たっだいまー!」
元気な声と共に華音が帰ってきた。手には買い物袋。
安堵の気持ちと少し惜しいような気持ちが同時に来る。
いや、まあ長く続かないで良かったといえば良かったか・・。
「あ、美保もう来てたんだ!」
「お前何してたんだ? 客を待たせて」
「あはは・・・けっこう急いでるつもりなんだけどね・・・・次からは気を付ける。ごめんね」
「ううん、私は全然!」
少なくとも華音から反省の様子は伺える。
新手の嫌がらせか何かだと思っていたんだが・・さすがに考えすぎだったか。
つまりこれはご褒美という認識でいいのだろうか。
いずれにせよ、そのような格好で男の前に出るのはやめた方がいいのではなかろうか・・・。
・・・・
すでに夏休みが始まってから一週間が経とうとしていた。
宿題はだいたい終わってるし、この調子なら最終日までには全部終わらせられるだろう。
しかし時間が経つのは思ったよリ速い・・。
気分としては一昨日くらいに終業式があったような感覚なのにな。
ピンポーン
僕の一日は主にこのチャイムによって始まる。
そのような認識になってしまっていた。
そしてその認識は間違っていなかったとこの後証明される。
ガチャ
扉を開いた途端に元気のいい声が聞こえてきた。
「霧生、キャンプ行こうぜ!」
「無理」
「お、おい、その一言はキツイぞ」
そりゃそうだ。自分でも引くぐらい冷酷に言ったからな。
大体キャンプって・・また今回は偉く話がデカくないか?
「なんというか、お前はすぐ思いつきで行動するな」
「失礼だな、今回は思いつきじゃないぞ」
つまり普段は思いつきなのね、知ってたけども・・。
「いやな、昨日メスでたまたま俊介たちに会ってな」
メスというのは『メスバーガー』というファストフード店の略称だ。
値段が安い割に美味いと、学生からは評判高い。
「俊介たちっていうのは・・・」
「ああ、鮎川と青野が一緒にいたんだよ」
「なるほどね」
確かに、あいつらはよく一緒にいるもんな。
俊介も他の二人も、同じクラスの生徒である。
「で、その時にそいつらとでキャンプに行こうって話になったんだ」
「・・・急だな」
というか結局思い付きだろ、それも。
「まあ浅井も言ってただろ、皆でどっかいけたらいいなって」
「・・・まあ確かに。たまにはいいかもな、そういうのも」
というか電話か何かで言えばいいのに、わざわざ言いにくる辺りが何とも律儀だ。
「決まりだな! じゃ、明日迎えに来るから」
「迎えが来るのか。・・明日?」
「そう明日。鮎川のお父さんが送ってくれるらしいんだが、明日しか空いてないらしいんだ」
まあ、そういうことなら仕方ないか。
別に予定は無いし、明日でも問題は無い。
「じゃあな、霧生。ちゃんと準備しておいてくれよ、ゲームならいつでも相手するぞ」
「ああ、分かった分かった」
僕が全てを理解した旨を示すと、白瀬は満足した様子で帰って行った。
準備か・・・歯ブラシは持っていくべきだろうか。
・・・・
急とは言え、やはりキャンプというのはなかなか趣がある。
迎えの車窓から、景色を眺めながら。
「キャンプだキャンプだ!」
白瀬が大声で騒ぐ。そんなわざとらしい喜び方見たことないんだけど・・嬉しいんだよね?
「白瀬うるさい。ちょっとは静かにしてくれよー」
そう言うのは渦木俊介。
中学の頃から一緒のやつで、特に白瀬とは仲が良い。
僕が言うのも何だが、見た目などはなかなか平凡なやつじゃないかと思う。
いいや、平凡万歳。
「いいだろ、お前だってさっきはしゃいでたくせに」
「それはそれだろ、これはこれだ」
もう訳分かんねえよ。気付いてるかな、君たち二人ともうるさいよ?
それと騒がしくて気付かなかったが、キャンプ場はもう近いらしい。
さっき看板がちらっと見えたからな。
荷物を整えていると、鮎川みなみが皆に呼びかける。
「えっと・・、もうすぐキャンプ場に着くから、荷物を降ろす準備しててね」
呼びかけるが・・・真後ろの席にいる僕以外には届いていない。
みなみは大人しめの女の子だ、故に声も小さめ言動も控えめ。
夏菜とは対照的な存在とも言えるだろう。
「・・・・お前ら聞いてたか」
おそらく準備が終わっていないであろう白瀬たちにそう呼びかけたが、
二人はすでに降りる準備を万全に整えていた。準備だけは早いな、こいつら。
・・・・
「いやー、やっとついたね!」
夏菜がいつもの大声で言う。送ってもらった人の前でそういうこと言うのはちょっと・・。
「たーーまやーーー」
青野優が夏菜に続いて叫ぶ。
ねえそれ意味分かってて叫んでる?
優は性格としては夏菜に似ている。だが勉強面や体力面など、
そのあたりに置いてはすべて夏菜が優っている。
あえて悪く言うなら劣化版夏菜である。優って名前なのにね・・。
「あ、お父さんが明日に迎えにくるって」
みなみがそう言ったが、誰も答えないので、僕が答える。
「一泊二日か・・・短いな」
「・・お、お父さんが・・・それくらいしか空いてないって、言ってて・・」
みなみの声は自然と小さくなり、そして黙り込んでしまった。
え、なに、これなんか僕がいじめたみたいになってない?
「・・・・大丈夫か? 別に責めてるつもりは・・」
「う、うん、大丈夫・・」
みなみは少し弱気な部分がある。
・・・・
時刻は夕方、そろそろ夕食の準備をするころだろう。
通常なら早いくらいだが、野外だし早めに飯を作ったほうがいいだろう。
「よし、じゃあ早速作りますかね、飯!」
白瀬が仕切る。それに乗り、みんなも『おー!』と気合いを入れる。
「まずは準備だが・・白瀬、お前料理はできるのか?」
「カレーは作れる」
それはカレーしか作れないという風に受け取っていいのか?
ならなんで自信満々なのこいつ。
「さ、誰か俺の手伝いをしてくれる人おらんかね」
「何で上から語ってんだよおめえは」
俊介が白瀬につっこみを入れた直後、間髪入れず夏菜が言った。
「ん、じゃあ私料理するよ。これでも腕には自信あるよ」
「夏菜、料理できるのか」
「まあねっ」
すごいな。こういうやつって大体元気だけがとりえって感じなのが多いのに、夏菜にはスキルが多すぎるな。
素直に感心するよ。
「・・じゃあオレ―――」
「あ、じゃああたしも料理する! 夏菜に教わりたいし!」
「いいよー」
夏菜が軽く了承し、料理担当の三人が決まる。
そして同時に薪集めなどは残りの三人が行うことに決まった。
「じゃあ料理の方は任せたぞ」
「おうよ! 任せとけ!」
僕の言葉に白瀬が元気よく返事をした。
いや、お前に言ったんじゃないんだけど・・・まあいいや。
「じゃ行くか」
そう言ってゆっくりと林の中へ踏み込んだ。
・・・・
なぜ薪など集めないといけないのか。
それは紙だとすぐに燃え尽きてしまうから火種にならない、という理由からだ。
でもここキャンプ場だし、管理者とかに聞けば薪くらい用意してもらえるんじゃなかろうか、
と今更になって思い始める。だがもう遅い。
もう結構奥の方まで来てしまったし、今から手ぶらで戻る方が時間を無駄にすることになりそうだ。
やるしかないのだ。
「あの、霧生くん・・」
「・・? あ、みなみか」
声が小さくてよく分からんかった。
夏菜たちは声がうるさいと日頃から思っているが、この子はこの子で声が小さすぎる気もするな。
何事もバランスが大事ですよバランス。
「えと・・これで足りると思う?」
見るとみなみはすでにバケツいっぱいに木の枝を集めていた。
「・・・すごいな、もうそんなに集めたのか」
「うん・・まあこういう作業とか、得意だから」
僕はまだその半分も集められてないが・・・これは負けてられないな。
集めた薪の量が女の子よりも少ないなんて、絶対白瀬に笑われる。
やれやれ、それを考えるだけで腹が立ってくる、何なんだあいつ調子に乗りやがってなめんじゃねえぞ。
「霧生!」
「・・・俊介か? なんだー?」
遠くにいる俊介の呼びかけに答える。
「悪いなー、ちょっと来てくれ! あ、霧生だけなー!」
僕だけ?
まあ別にみなみを連れて行っても何もないだろうし、構わないとは思うが。
「呼ばれたから行く。それぐらいあれば大丈夫だろ、夏菜たちのとこに戻ってていいぞ」
「う、うん・・ありがとう。じゃあ・・」
みなみは小さく手を振ると、夏菜たちのところへと向かった。
それを見送ってから俊介の元へ向かう。
「何だ、どうかしたのか?」
「・・・・いや、どのくらい集まったかな、と思って」
「・・・え、それだけ?」
それを聞くためにわざわざ大声で僕を呼んだのか?
・・・・いやそんなはずないだろう。それならみなみを拒む理由は無いし。
「いや、まあ、それだけじゃないんだけどな」
「早めに頼むぞ。日が暮れる前に集めきらないと面倒なことになる」
だが俊介はいつまでたってもなかなか話を切り出さない。
なんだろう。相手がもし女子だったら告白されるのかなとか期待してしまうような雰囲気だ。
さすがに告白とかじゃないだろうが・・・・。違うよね?
やがて俊介は切り出した。
「・・お前さ、鮎川のこと好きなのか?」
「・・・は?」
それは全く予想していなかった質問だった。
僕がみなみのことをって・・・。
「あー・・・、なんで?」
なんでそんなことを聞くのかという意味を込めて問う。
案外、俊介はそこはあっさりと答えた。
「いや、結構仲良さそうに見えたからな。・・・で、どうなんだ?」
詰め寄られる。ていうか何この剣幕の凄さ・・。
もしかするとこいつ、みなみのことが好きなのだろうか。
それなら大体合点がいくが・・・、何と答えればいいやら。
「いや、まあ、良い子だとは思うけど。別に好きって程じゃ・・」
「ほう・・・・。つまり好きか嫌いかで言えば好きだと」
なんで二択なの。
この手の質問ってなんでいつも好きか嫌いかで言わせようとするのだろうか。
「まあ、そうなるな・・その二択なら」
「・・そうかそうか。なるほどな」
何がなるほどなのかさっぱり分からないでやんすねぇ・・・。
オイラにも教えてほしいでやんす!
「分かった。よーく分かった。悪かったなわざわざ呼んで」
「いや実際悪かったよ。もう空が赤くなってきてるし、薪集まってないし」
「ええ・・そこは『気にするな』的な答えを言うもんじゃないの・・?」
言わないよ。だって気にしてるし。
こういう質問とかされた後には、やはり相手のことを意識してしまうものだ。
無意識に相手を意識してしまう・・・言葉にすると矛盾が生じているように思えるがそれが事実。
そして何より薪も集まってないとなればこいつの犯した罪は大きい。
「おい霧生、俊介も。お前ら薪はどうなったんだ?」
背後から白瀬の声がした。
様子を見に来たのだろう。
「いや、悪い。まだこの通りだ」
バケツを掲げて見せる。
「おいおい・・半分もいってないんだけど・・・」
「またそうやって僕を馬鹿にするのか!」
「いや別に馬鹿にしては無いけど・・てか落ち着け」
先手を打てば白瀬も僕を馬鹿にする気力など残るまい。
どうやら今回は僕の作戦勝ちのようだな。
勝ち誇っていると後ろから俊介が言う。
「なあ、オレたちの薪を合わせたら、丁度いいぐらいの量じゃないか?」
「・・そうだな。バケツ一杯分にはなりそうだ・・・じゃこれでいいや。戻ろうぜ」
白瀬はうんうんと頷きそう言うと、林の外へと歩き出した。
・・・・
「あー、やっと追加の薪が来た!」
「待たせて悪かったな」
夏菜に一言詫びつつ薪の入ったバケツを手渡す。
キャンプイスに腰かけると、なぜか隣に白瀬も腰を降ろした。
「・・そういえばお前、料理は?」
僕がそう問うと、白瀬は『はは』と笑いながら答えた。
「いやそれが全然ダメでな。諦めて鮎川に代わってもらった」
「最初の威勢はどこへやらって感じだな・・」
「やっぱ俺にはカレーしかねえよ霧生。俺は決めた、カレー職人を目指すことをな」
愛想笑いしかできない。
こいつのカレーの腕前は知らないが、普段の様子を見るにおそらく長続きしないだろう。
「よ、お前ら」
そう言って僕の正面に座ったのは俊介だ。
僕が言えたことじゃないけど、誰も料理を手伝う気は無いんですね・・。
料理・・・今女子組はみんな料理の方に気が向いてるのか。
気になるし、俊介に聞いてみるなら今しかないだろうな。
「俊介、お前みなみのことが好きなのか?」
「・・・えっ」
目を見開く俊介。
「いや、さっきお前がみなみのことを聞いてきたから、もしかしたらそうなのかと」
「え、俊介が鮎川のことを? 霧生に?」
「まあな。で、実際のところどうなんだ」
正直興味本位で聞いているが、もし本当にそうならデリカシーの無い質問だったかもしれない。
もしそうだったら謝ろう。
いろいろと考えているといきなり白瀬が笑い出す。
「いやー、それはないな。な、俊介」
「なんでお前がそう言い切るんだ」
「いや、そりゃまあ・・・・こいつが好きなのは浅井だからな」
え・・・・。夏菜?
「な、俊介」
「いやまあ、そうなんだけど。何で言っちゃうんだよ」
「あれ、もう言ったもんかと・・・・いや、悪かった」
軽く頭を下げる白瀬。こいつでも人に頭を下げることがあるのか・・。
いや、そりゃそうなんだろうが、日頃の態度から考えてもそういう姿が想像できなかったからな・・。
日頃の行いって大事だな。
「まあ事情は分かったが、でもなんで僕にみなみが好きか聞いたんだ?」
「鈍いなお前・・。単にお前と浅井がいつも仲良くしてるから、こいつがジェラシー燃やしてるってだけの話だよ」
「・・・ああ、なるほど」
確かによく考えれば一緒にいることが多い気もするな。
僕としては夏菜を異性として意識したことはあまり無いが・・・。
・・・・いや、そりゃ小学校低学年の時とかだったら話は別ですよ。
やっぱり元気な子が良いって思うじゃないですか。
そりゃその頃は少し意識したことはあったけども、今はそういうの無いですね。
「いや、まあ良かった。お前らいつも一緒だから、いろいろと考えちゃってな」
「心配すんな俊介。俺から見ても霧生が浅井を好きなんて絶対ないと思うし」
さすが、幼馴染はよく僕のことを理解してくれている。
僕もお前が無類の女好きだということ、ちゃんと理解してるからな。
「どうだ霧生、俺と一緒に俊介のことを応援してやらないか」
「・・いや、どうかな。あまりそういうのは得意じゃないんだが」
「いや、話し相手が増えてだけでも気は楽になる。な、俊介」
さっきからずっと俊介のことを自分のことのように語ってるけど、
お前らいったい何なの? 付き合ってんの?
「あの・・・ごはん、できたよ」
気付くとみなみが僕たちの傍に立っていた。
どうやら僕たちが話しこんでいる間に夕食が出来たらしい。
みなみはそれだけいうと早々と立ち去ってしまった。
「まあ、この話はまた今度だな」
「ああ・・・まあ、よろしく頼むな」
と、俊介によろしく頼まれてしまった。
どうしたらいいのだろう、夏菜と関わるのをやめるとか? いやさすがにそれは・・。
「ちょっと何やってんのー? 早くしてー」
優が僕たちを呼ぶ。
あまり待たせても悪いし、とりあえず夕飯にしよう。
・・・・
もうすぐ10時になる・・・そろそろ寝た方が良い頃合いだな・・。
今日の行動の半分くらいが薪集めだっただけあって、僕はとても疲れていた。
早く寝たい。
「・・・・なんでテント一つしかないの?」
「いやー・・・忘れた。ついうっかりしてて」
「もうっ! あたしと白瀬くんで一つずつ持ってくる手筈だったじゃん!」
「いやー・・・申し訳ない」
平謝りする白瀬。たった半日でこんなに謝る人間も珍しい。
「寝袋とか無いのか? 僕とか白瀬は外でも平気だが」
「うーん・・テントに練る予定だったし、寝袋はないんだよね」
へへと笑いながら夏菜が言う。いや、笑いごとじゃないと思うよ。
「まあ仕方ないね。ちょっと狭いけど、六人並んで寝よっか」
「いいのかそれで。男子と並んで寝るってことになるが」
「うーん、まあ晃平たちだしね、ぶっちゃけあんまり気にしてないや」
それは信用されているという認識でいいんだよな・・・。
でもあいにくこっちはかなり気にしてるんです。
一人はお前のこと好きらしいし、一人は女大好きだし、もう一人はみなみのこと少しだけ意識し始めているし。
すると夏菜の発言に続くように優が言った。
「じゃあ、どうせ六人で並んで寝るんだったら、クジとかで順番決めよ、クジ!」
「え、順番って・・寝る時の並びの順ってこと・・?」
「まあ、そっちのほうが面白そうじゃん」
「いや別にいいだろ、そんなの。普通に男女で分かれて寝ればそれで・・・」
優を止めようとすると、白瀬が猛反論してくる。
「おい、霧生、分かってないな!」
「何がだよ・・」
「いいか、こういう機会におけるこういうイベントがどれだけ重要なのか、よく考えてみろ!」
「それっぽく聞こえるけど、抽象的すぎるだろ・・」
白瀬を押し切ろうとするが、優も乗っかってくる。
「そうそう! やっぱりこういうイベントがあったほうがいいじゃん! ねっ」
とりあえずお前ら、人を説得するのが下手すぎるぞ。
「まあまあ、せっかくのキャンプだし」
「・・・まあ別に夏菜やみなみが良いなら構わないんだが」
「よしっ、霧生もだいぶ物判りが良くなったな!」
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かな - うずきしゅんすけ - 優
白瀬浩太 - きりゅ - 鮎川
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優がクジの結果を記した紙をみんなに見せる。
よりにもよってみなみの隣か・・・、俊介が余計なこと言わなければ意識することなど無かっただろうに、あの野郎。
「じゃ、就寝のお時間ですよー。はい、みんな入ってー」
と言いながら、優がテントの中に入っていく。
その様子からとても機嫌が良いのが伺える・・・まあ楽しいならそれでいいんだがな。
・・・・
しかしこんな状況ですぐに眠れるはずがない。
それはみんな同じなのか、ひそひそ話が聞こえる。
みんなで寝てるんだからみんなで話せばいいと思うのだが、
そういうわけにもいかないらしいな。
「霧生、まだ起きてるだろ?」
白瀬が横から話しかけてくる。無論、小声で。
「いやー俊介のやつやったな・・・あいつは持ってるぜ」
運を、ということだろう。実際、今俊介は夏菜と話ができている。
さすがに何を話している釜では分からないが。
・・それとみんなで会話をしないところを見ると、どうやら夏菜以外の人間は俊介が夏菜を好きなことを知っているように思える。
気を遣っているのだろう。
「まったく、俺も女子の隣が良かったよ」
「・・・そうだな、おやすみ」
「いや待てよ、なんで話を切り上げようとするんだよ」
別にそんなことないよ。話が長くなりそうだなとは思ったけど・・・、
もしかしたら無意識に話を切ろうとしてしまったのかもしれないね。
「話なら明日たっぷり聞いてやるよ・・・おやすみ」
「・・・だな。俺も疲れてるし、今日は大人しく寝るよ。おやすみ」
「ん」
まだひそひそ声は聞こえるが、眠りにつくのを妨げるほどではない。
明日はもう帰るのみだ・・本当に短いキャンプだったが、
なんかいろいろと知らない一面を知ることができてよかった・・のかな。
隣から聞こえてくる白瀬のものではない寝息に気を取られつつも、僕は目を閉じ、眠りについた。
・・・・
すでに夏休み終了まであと数日とまでになっていた。
時が経つのは案外早い。このまま行くと卒業なんかすぐな気もするな。
大体の場合、ここで宿題のラストスパートをかけるところなのだが今回は違う。
キャンプ以降、僕はとにかく宿題に手を付けた。
キャンプのときに出た雑念を振り払うとかそういう目的があったわけではない、決して。
とにかく宿題は終わっているので夏休み終了までは特にやることは無い。
のんびり過ごすとしましょうかね。
ピンポーン
チャイムが鳴る。
ふむ、最近来客は無かったから珍しい。
まあ来客が無かったからこそ宿題を終えることができたのかもしれないが。
ガチャ
扉を開けるとそこに立っていたのは白瀬。
なんかうちの来客ってこいつと美保くらいな気がするんだけど。
もういいよとばかりにため息をついてから言った。
「何か用か?」
「な、なんでそんな嫌そうなんだよ」
「いや、別にそんなことは無い。で何の用だ」
白瀬はいつも通り軽いノリで言う。
「いや、ちょっと付き合ってもらおうかと思ってな」
・・・・
白瀬に連れられて、学校へと僕は足を運んでいた。
「まさか宿題無くすとは・・・早めにやらないからそうなるんだよ」
「いやー、俺としたことが。でもやった後無くなるよりマシだったよな」
そうかな。やった後なら同じものをもう一回解くだけなんだし、楽だと思うが。
・・いや、そういやこいつ回答を写すだけだったな、あまり関係ないか。
「私服で来ちまったけど・・・大丈夫だろうか」
「大丈夫だろ」
いや、まあ僕は最悪学校内に入らなければいいだけの話なんだが・・何でお前も私服なんだ?
せめて制服だろ、宿題無くしてるんだし。
しかしさすが夏休みだ、先生も少ない。
「えっと・・・職員室の、この辺にあるはずだな・・・」
「まだか」
「え、いや今探し始めたばかりなんすけど・・」
うるさい早くしろ。
他の生徒も少しは居るのに、僕たち私服だからすごく目立ってるぞ。
だがしらせのようすがおかしい。
「うーん・・・・あれ、無いぞ?」
「無い? 無いのか?」
「・・・ああ、確かにこのまえの課外授業で『提出棚のとこに置いとく』って先生言ってたのに」
なら何でそのとき取らなかったんだ。
「無いなら仕方ないな。ほら、帰るぞ」
「いや待てよ霧生」
「何だよ、無いんだろ?」
「まあまあ、もうちょっと待って」
そう言うと白瀬は捜索を再開した。
まあ帰ってもやることは無いし、別にいいか。
しかし先生が提出棚のところにあるって言ってたなら、必ずあると思うが。
「その先生、今日ここにいるか?」
「いやいない。てかいたら聞いてるよ」
それもそうか・・。
じゃあプリントが切れたのか・・いや、補充くらいはちゃんとやっているはずだ。
提出棚を見たところ、確かに棚の中にも、上にも何も置かれていない。
何も置かれていないというのも不思議な話だが。
「返却棚は探したか?」
「いや、今探してるけど見当たらない」
・・なら先生の配置ミスかもしれないな。
どこか違う場所に置いてしまっているのかもしれない。
「確かに棚に置いとくって言ってたのになぁ・・・」
棚に置いとく、ねぇ。ん? いや違うだろ。
ある事に気づき辺りを見渡す。
・・・あれか。
「白瀬、あったぞ。多分それじゃないか?」
「ん?」
僕は白瀬の頭上を指差した。白瀬は立ち上がって言う。
「これだ・・! こんなとこにあったのか」
壁に吊下げられているプリントの束を見て、白瀬が叫んだ。
白瀬は最初に『棚のとこに置いとく』と先生が言っていたと言った。
棚に直接配置するんだったら『棚のとこに』なんて表現は使わないだろう。
おそらく先生は棚の近くに吊って配置しておく、という意味で言ったんだろうな。
「よぉし、これでバッチリだ! 今日中に終わらせてやるぞ!」
と気合を入れる白瀬。
ほんと今日中に終わると良いもんだがな。
・・・・
ついに夏休みが終わる。いや、終わったというべきだろう。
今日から戸文高校の二学期が始まる・・・とはいっても特にいつもと変わらず、僕は白瀬と登校していた。
「霧生! 宿題を見せてはくれないか!」
「はぁ?」
訳が分からなかった。
「いやお前、宿題終わらせるって意気込んでたよな?」
「それがやってる途中に、ちょっと休憩って感じで本を読み始めたらさ、続きが気になって気になって・・・」
「ダメ人間の典型的な例だな、お前は」
照れる白瀬。あの、全く照れるところじゃないからね。
「気にするな霧生、夏休みなんてただの通過地点だ。真に目的とするものは、まだまだ先なんだよ」
「お前の真の目的っていうのが大体想像がついて悲しくなるよ・・」
だが一理はある。
夏休みが終わり、またいつもの日々が始まる。
しかしそうは言ってもそれは今までと大差ない日々だ。
やはり、それもただの通過地点なのだろうか。
まだまだ暑い日差しが肌を突き刺す中で、一人の女子生徒が手を振っているのが見えた。
「晃平! おはよっ!」