5 とある妹の策略
あの覗き事件の翌日、ゲーム研究部は僕の家にてゲームの設定資料を考えることになっていた。
しかし文化祭で展示する予定のゲームなのだが、どうも間に合いそうにない。
文化祭は9月、夏休みの直後だ。
もうあまり時間がないにもかかわらず、前にも言った通り設定の欠片もできていない。
夏菜が言うには
『いやー、そういう苦境を乗り越えて作ったゲームこそが
私たちの努力の証となり、いい思い出になるのだよっ!』
とのことなのだが、何が言いたいのか全く伝わらなかった。
白瀬たちは午後に来ることになっている、つまり午前中は華音、美保と一緒にいることになるのだ。
引き続き警戒態勢でいる僕に妹が声をかける。
「おはよお兄ちゃん、昨日はちょっとマズかったんじゃない?」
その直後、華音から笑みがこぼれる。
察するに、美保から聞いたみたいだな、昨日の事を。
「お前が風呂に行ってもいいんじゃないかって言ったんだろ・・。
ていうかお前、あの子がいるの知っててそう言ったな?」
僕がそう問うと、華音はさも開き直ったかのように答えた。
「いやー、私も驚いたよ。まさか鉢合わせしちゃうなんて」
「やはり知ってたんだな・・?」
「うん、まあ。てっきり美保はまだ浴室の中かなぁって思っててさ」
「いっけねみたいな顔してるけど、そういう問題じゃないよね?」
中学生の女の子というのは一番手のかかる時期なんだぞ!
もしタオルが巻かれてなかったらどうなってただろう・・恐ろしくて想像もできない。
というか想像することに罪悪感を感じる、タオル無しの姿とか。
・・・・
華音たちはすでに朝食を食べ終わったようで、
二人でいろいろと会話をしている。
そのすぐ隣でご飯を食べなければいけないというのも、また苦なり。
美保はあいかわらずの半袖にミニスカートという格好だ。
「ところでお兄ちゃん、午後はどこか行くの?」
「いや、何でだ?」
「別に。私たち、午後もここにいるからそっちはどうなのかなって」
え、お前ら、どこかに出かけるんじゃないのか。
てっきりそうだと思っていたのだが。
味噌汁を吸いながら考えるようなことでもない気がするけれど。
・・・・
「霧生、今日は本気でやるぞ」
「お前来るたびにそれ言ってるよな」
「まあまあ。今日は私が徹底的に面倒見てあげるから覚悟してね」
できるお姉さん、みたいな雰囲気を醸し出す夏菜。
でもこいつが頼りになると思ったこと、あんまりないんだよなぁ・・。
いつものように皆がテーブルを囲むように座る。
白瀬は『よいしょ』とあぐらをかいて座り、言った。
「さて、霧生。お前はどんなのにするんだ?」
「いや、実を言うと未だにまったく考えてない。お前らが来てから考えようと思ってたからな」
白瀬はわざとらしく目を見開いて言った。
「意外だな、お前の事だから寝ないで考えてるもんかと思ってたが。
俺は昨日、一晩考えたぜ。結果何も思いつかなかったけどな!」
「自信満々に言えるっていいことだよね」
皮肉だけど。
僕が寝ないで考えるなんてありえない、昨日は考える余裕などなかったしな。
二人で悩んでいると、これもまたいつも通り、夏菜が言いだす。
「まあまあ、悩んでても始まらないし、とりあえずゲームやろ!」
「待て、お前は出来上がってるからいいだろうけど―――」
「よし、リベンジだ!」
白瀬は立ち上がると夏菜を指さし、戦線布告する。
ねえ今日は本気でやるんじゃなかったの?
「霧生、飲み物くれ。ゲームは熱くなるからな」
「完全にやる気かお前・・」
「晃平、私も何かちょうだい!」
「お前・・」
この二人ほど有言実行って言葉が似合わない二人も珍しい。
何なのお前らの意気投合具合は。付き合ってんの?
「はいはい、持ってきますよ。麦茶でいいな」
「あ、私は緑茶の方が」
「あいよ・・」
あまり下に降りたくはないのだが・・・。
・・・・
リビングの扉を開けると、
「え・・・・・・」
「あ・・・・・・」
なんとも似たようなシチュエーションに遭遇してしまう。
リビングに居たのはなぜか下着姿の美保・・・・いや何で下着なの、着替え?
なんでこんなところで美保が着替えてるんだ!?
いくらなんでも不自然すぎる・・・・・華音か!
「と、とりあえず隠してくれないか」
「・・・・あ、す、すみません!」
美保はすぐに服を取り下着を隠す。
できればその対応、僕が部屋に入った直後にやって欲しかった。
おかげで身体のラインがくっきり頭に残っちゃってるんだけど・・・。
「あー・・・なんで、着替えを?」
「え、えっと、華音が買い物に行くからここで着替えててって言ってたので・・。
あ・・・えっと、その、すみません」
「・・・いや、こちらこそすまん」
深いため息をつく。やはり華音の仕業だったか。
こんなとこで着替えるとか、常識的におかしいし。
華音め、昨日あんなことになったの分かってて面白がってるな。
なんという妹だ・・。
麦茶のボトルとコップだけ取ると、僕は逃げるようにその場を立ち去った。
もう少し見ていたかった、と思ったことは否定しない。
・・・・
「・・・持って来たぞ」
「おう悪いな。・・ん? なんか、疲れてんのか霧生」
「あ、ああ・・・そう見えるか?」
「まあ・・一応」
いかん。白瀬にあんなことバレてはさすがに何言われるか分からん。
「あれ晃平、緑茶はー?」
「悪い、無かった」
「そっかー、じゃあ仕方ないね」
というか見てなかった。見る暇がなかった。
「さて、ゲームは終わったのか?」
「ああ。今日もボロ負けだったよ」
「いぇーい」
Vサインをしてくる夏菜。君はホントに強いですねゲームが。
「じゃやるか」
「だな。単刀直入に聞くが霧生、どんなのにするつもりなんだ?」
そう言いながら、コップをテーブルに置く白瀬。
「さっきも言ったが、まだ何とも言えないな。白瀬はどうするんだ?」
「俺か? 俺は・・そうだな。やっぱり野球のゲームだな。自分で選手とかチームとか作れるヤツ」
結局、前回言ってたやつか。
いや悪くないと思う。僕自身、そういう育成ゲームは好きだし。
そして白瀬は一言付け加えた。
「できれば、エロ要素も盛り込みたい」
「企画に無理がないかそれ」
・・・・
しばらく二人で考えているうち、どんな内容にするかはざっくりと決まった。
目的達成と言ったところか。
まだまだ企画段階だが、だいぶ進めることはできただろう。
「ふぅー、疲れたな」
白瀬は背伸びをし、ゴロンと横になった。
「でも、ちゃんとできたからいいんじゃないか?」
「そうだな」
・・・ま、こんなものだろう。
問題はこれを作れるかどうかだな。
「じゃ、そろそろおいとましよっか」
「そうだな」
見ればもう夕方だ。
二人は設定資料をもって、帰る支度を始める。
・・・・
「おじゃましましたーっ」
「おう、じゃあな」
元気よく立ち去った二人を見送ると、
「あんなのが友達だと大変だね」
背後からそう言われた。声で誰かはすぐにわかる。
「まあな」
お前の相手するのも大概だけどな。
「美保は帰ったのか?」
「あの二人が帰るずっと前に帰ったよ」
「そうか・・」
「・・何? お兄ちゃん、美保と何かあったの?」
「え? 美保から聞いてないのか?」
「何を?」
美保のヤツ、華音に話してないのか、覗きのこと。
どのみち華音が仕掛けたことなんだから、別に話されても構わないのだが。
「さては何かあったね? 何? 何やったの? 美保と!」
「なんでもない、何もやってない、気にすんな」
「えー」
明らかに何があったか知っている顔で詰め寄る華音。
この女・・いつか仕返ししてやる。