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ごく普通の高校生の非日常  作者: 瀬川しろう(サイキック)
第三章
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7  もういいから

春休みも残り二日。そろそろ新学期の支度もしなければいけないなと思い始める頃である。

半ば散ってしまっている桜の木に囲まれ、僕は一人感傷に浸っていた。


「……変わらねえなぁ」


かつて通っていた臼有うすあり中学校校舎を眺めながら、僕は呟いた。この臼有中には現在、華音そして美保が在学している。

戸文高校の春休みはあと二日残っているが、臼有中は今日から新学期が始まる。

春休み終盤は毎年こんな感じだ。いつもならバタバタと登校準備をする華音をだらけながら眺めて馬鹿にしているところだっただろうが、今年はそうもいかない。

まだ登校している生徒がほとんど見当たらない中で女子生徒の姿が一人、目に入った。


「あっ、先輩。お待たせしてしまいましたか?」

「いや、ずっと校舎眺めてたし、そんなに待ってない」

「ふふ。思い出深いんですね」


神木美保はそう言って微笑みを見せる。思い出か……あんまり思い出せないのはなんでだろう。

白瀬に夏菜に俊介と、メンツがほぼ今と変わらんせいかもしれないな。

まあ今は僕の思い出とも呼べない思い出はどうでもいいのだ。

僕はこの人が少ない時間帯に美保と、そして華音を呼び出した。

というのもこの二人を春休み中に仲直りさせるのは難しいかもしれなかったからだ。華音は美保と会おうとしないし、美保をうちに連れて行ったとしても逆効果な気がした。しかし二人を気まずくさせたまま学校へ送り出すわけにもいかなかった。

そこで、美保も華音も確実に通るであろう臼有中の校門で待ち伏せしていたのだ。

まあ待ち伏せと言っても二人とも既に呼び出してあるんだけどねっ!


「華音のことで話があるって……、何かあったんですか?」

「ああ。華音が美保を避けてる原因なんだが…」

「…わ、分かったんですか?」


美保はハッとした表情で僕の目を見た。

ここから先は言い方に気を付けないとな、美保を傷つけてしまうことになるかもしれないし。


「おそらく、美保が口走ったことが原因だと、僕は思ってる」


美保は一瞬固まってしまう。


「え……でも、それは、私が無意識に華音のことを…って、ことですか…?」

「いやそうじゃない。美保が言ったこと自体が悪いんじゃなくて、全部華音の勘違いなんだ」

「…すみません、先輩。おっしゃってる意味がよく分からないです…」

「あー…そうだな。ちょっと待ってくれ」


ここに来るまでに頭の中でまとめたつもりだったんだが…それを実際に口に出すというのは難しいな。

息を整えて、もう一度口に出す。


「今回の件はそう難しい話じゃなかったんだ」

「難しくない…?」

「ああ。華音も美保も互いを嫌っていたわけじゃない…なのにすれ違いがあったとしたらそれはそこに何かしらの『勘違い』があったとしか考えられない」


これは分かっていたことだが、華音や美保が互いに悪口を言うことなどほぼ無いだろう。

ということはどちらかが放った一言を、もう一方が勘違いして受け取ってしまったと考える方が自然だ。


「でも、勘違いって…何を勘違いしてたんでしょう…」


美保が不安そうに尋ねる。勘違いとはいえ、自分の一言が原因だと言われているのだから不安なのも無理もない。

美保のどんな一言で勘違いをしたのか、それを考えたときまず分かるのは『華音に直接言った言葉ではない』ということ。

直接言った言葉で勘違いしたのなら、大体の場合その場で誤解は解ける。誤解が解けなかったとしても、直接悪口を言われて華音がそのまま引き下がるなんてことするはずがない。

やられたらやりかえす倍返しだがモットーの女ですよあいつは悪い女ですよ。

ここで重要なのは『華音に直接言った言葉ではない』一言で勘違いした、ってところだ。

それを美保に伝える。


「……つまり、私が陰口を言っちゃった、ってことですか?」

「あくまで結果的に、だけどな」


次に考えたのは『華音に直接言わない言葉』というものがいつ出てくるのかということ。これに関しては簡単だ、華音ではない別の友達と会話した時だろう。独り言という線も考えたが、それでも華音は美保に何かしら反発の意を伝えるはずだ。


「私と誰かが、華音を勘違いさせるようなことを言ってしまった、ってことですか…」

「そういうことになるな」

「…でも、華音ならその時に何か言ってくると思います。あの子は―――」

「そう思うか? 相手が二人いる、っていうのは想像以上に怖いことなんだ。片方を言いくるめても、片方に言いくるめられてしまうかもしれない…ここで反発したらもっと人数が増えるかもしれない…そんな考えがよぎってしまうから」


そういやいつか白瀬が、アダルトコーナーに一人では入りづらいけど二人なら余裕だぜ!みたいなこと言ってた気がするな……。あれと一緒にしたくはないが、とにかく『二人』というのは『一人』に比べて一人多いというだけじゃ済まないレベルのものであることは確かだ。

数人ほど、臼有中の制服を着た生徒が何事かとこちらを見ながら校門を通っていく。

傍から見れば別れ話をしているカップルのように見えるのかもしれない。人が少ない時間帯を選んだのは正解だったな。

だが美保はそんなことを気にしている様子はなく、話の核心に触れる。


「先輩…分かるんだったら、教えてください。私は華音に、あの子に何を言っちゃったんですか…」


声はどんどん弱々しくなる。励ましてやりたいのは山々だが、この子を元気付けるのは僕の役目じゃない。僕はその手助けをするだけだ。


「この話をする上で重要なのは、華音が小説を書いていたということだ」

「…書いてたんですか? あの子、小説を」

「いや知らん」


キッパリと言ってのける。これはあくまで仮定、良く言って推測にすぎない。しかし、あれからそういう目で華音を観察していると、確かにそれらしき一面を見ることはできたのだ。

部屋に籠ることが多かったり、シャープペンシルやメモ帳を持って家中を歩き回ったりと。

そして何より―――


『きっと先輩に褒められて、それが嬉しかったんですね』


誰よりも華音を見ている美保のその言葉を信じるとするならば、華音が小説を書いているという仮定はごく自然と浮かんできたのだ。


「あくまでこれは仮定だ。でも、僕はそう確信してる」

「……分かりました。私も信じてます、先輩を」


美保はそう言って姿勢を整える。大事な場面で姿勢を正すのはこの子の癖なのだろうか。

そんなのんきなことを考えられるほどには気持ちは落ち着いていた。

さてそろそろ華音が来る頃だ…話を終わらせないとな。


「美保はこの前、友達と小説の話をしていたって言ってたな?」

「え、はい」

「その時に何て言ってたか、正確に思い出せるか?」

「え…っと」


この前美保が言っていた友達との会話…これが鍵になるんじゃないかと僕は思った。

美保は少し考えてから口を開いた。


「確か…『小説を書いてる人はすごい。私はその人のために身を引くかも』…みたいな、感じだったかと。すみません、春休みの前にした話なので…あんまり詳しくは思い出せなくて」

「いや、それだけ分かれば十分だよ」


最初に美保からその話を聞いた後、もしその時の会話を華音が勘違いして聞いてしまったとしたら…と考えた。そうすると一つの答えが浮かんだのだった。


「華音はおそらくその会話を聞いてたんじゃないか。時期も美保を避け始めた時期と重なる」

「…確かにそうかもしれないですけど……、その会話を聞いて、なんで華音は私を避けちゃうんでしょうか」

「最初に言ったように、その内容を華音は勘違いした。さっきの美保と友達の会話が、華音には『小説書いてるとかあり得なーい。私はそういう人引くわー』というニュアンスで伝わってしまったんだ」


僕がそう説明すると、美保は若干呆然として僕を見ていた。…あれ、今の真似似てなかったのかな? 華音特有の嫌味たらしさを最大限に発揮したつもりだったんだけど…。

とりあえず、普通の人間なら勘違いしないような言い方でも、華音なら納得がいかない話でもない。

『すごい』という言葉は嫌味のように聞こえる人だっているだろうし、『どん引き』なんて言葉を多用する華音にしてみれば『引く』というワードは距離を置くという意味にしか捉えられなかったのだろう。

そう説明をすることで美保はようやく理解を示したようだった。


「勘違いとは言え、私の言葉を聞いて華音は…どう思ったでしょうね…」

「…華音を黙らせる程度には傷つけてしまっただろうな」


華音が小説を書こうとやる気になった時に、その自分を否定されるようなことを自分の居ないところで、しかも親友の口から聞かされたのだから。何に対しても一生懸命に取り組む華音にはかなりのショックになっただろう。しかし、どんなに悔やんでも言ってしまった言葉はもう取り消すことはできない。ならば悔やむのは時間の無駄だ。それよりも―――


「私、謝ります、華音に」


美保はそう呟く。

彼女はどうするべきか分かっているのだ、悔やむよりも先にするべきことを。


「たとえ勘違いでも、私の一言で華音が傷ついたことに変わりないですから」


その声は先ほどまでの弱々しいものとは違い、するべきことを見据えたしっかりとした声だった。

校門を通り抜ける生徒が少しずつ増え始める。時間的にはもう華音が来てもいい頃―――


「な、なんで一緒にいるの…」


臼有生徒のざわめきが強くなっていく中でもその声はハッキリと聞こえた。

振り向くと華音が目を見開いて立っていた。


「……」


しかし華音は鋭く僕だけを睨むと、僕たちをスルーしそのまま校門の方へ歩き始める。

だがそうはさせない。これではわざわざ示し合わせた意味がない。

華音と美保を仲直りさせること、それだけが今僕がここにいる理由だ。

僕は咄嗟に、通り過ぎようとする華音の腕を掴んでいた。


「待てよ」

「……分かったから放して、痛い」

「あ、ああ、悪い」


華音のしかめた顔を見てすぐに腕を放す。そんなに強く掴んでしまっていたとは…わざとじゃないとはいえ反省しないとな。

華音は美保を一瞥すると、僕に向かって言った。


「…聞いてないんだけど。なんでその子がいんの?」


いつもよりも威圧的な態度だな。だがその態度を美保だけでなく僕にしか向けていないあたりから察するに、やはり美保と仲良くし続けたい意思はあるのだろう。

だからといって示し合わせたことを華音に伝えるわけにもいかない。それが美保が一番初めに言っていた望みだから。

僕が動いたのは自分の意思だが、示し合わせたと伝えれば美保が僕を差し向けたと勘違いするかもしれない。

そうなっては仲直りから大幅に遠ざかってしまうだろう。ここは慎重に事を運ばせたいところだ。


「ちょっと話してただけだよ」

「ふぅん。えらく暗い雰囲気だったのはどういうわけなの?」

「それは…」


まずい、誤魔化しが効かなくなってきたぞ。いや華音相手に話を誤魔化せると思っていた僕の考えが甘かったか。

…こうなると残る手段は、一つしかないか。


「この間お前の部屋に入ったとき、お前えらくブチギレてただろ」

「…は、は? 何、急に」

「それで何かあるなと思ってな、美保をここで捕まえて無理やりいろいろ聞いてたんだよ」

「え、せんぱ―――」

「は?」


その瞬間、華音の雰囲気が一気に変化した。さっきまでの若干暗い感じは一切なく、ただ怒りに満ちているような様子だった。


「何? お兄ちゃんの勝手な妄想でその子を、美保を苦しめてたの?」

「人聞きが悪いな。僕はお前が何か困ってるならと思って―――」

「ふざけんな!」


腹に強い衝撃が走る。思い切り腹を殴られたのだ。

てか、なんだこの威力…強すぎだろ…。


「…絶対許さない」


腹を押さえていたために、華音の顔は見えなかった。

きっとひどく怒り狂った顔をしていることだろう。


「…か、華音」

「ごめんね、美保」


ごめんねと、華音は確かにそう言った。


「…初めから全部言えば良かったんだよね。私たち親友だったんだから。…ちょっと陰口言われたぐらいで、めげちゃったからこうなっちゃったのかな」


腹の痛みも緩和されてきた頃、顔を上げると今度は華音の顔がよく見えた。

彼女はうっすらと目頭を熱くさせているようだった。


「…でも怖かった。私が小説書いてること美保が知ってて、それで悪口言ってるんだって思うと、怖くて美保に話しかける勇気が出なかったんだ」

「…華音、私の方こそごめんね。勘違いさせるようなこと言って…」

「…勘違いって」

「うん…あの時言ったのは華音の悪口なんかじゃなくて、小説書いてる人は大変そうだから、だから―――」

「そっかー」


美保の言葉を遮って、華音があははと笑った。

目に涙を浮かべてはいたが、僕の妹はすっきりした表情になっていた。


「…勘違いか。早とちりだね私。よくよく考えたら美保が、誰かの陰口なんて言うはず無いのに」

「そんなこと…。それに、私の言葉で華音が傷ついちゃったのは事実で…」

「もういいから」


華音はそう言って美保の肩に手のひらを置いた。


「美保は何も悪くないよ。一瞬でも美保のことを疑った、私の負け」

「…ま、負け?」

「そ。私の負け」


華音が微笑むと、釣られるようにして美保も笑った。

一体いつから勝ち負けの話になったんだ…? やはり女子という存在は謎が多いな。


「…私、もう勘違いさせるようなこと、言わないから」

「台詞だけ抜き取ると意味合い変わっちゃいそうだね…。…じゃあ私も、美保のことは何があっても信じるよ。…親友だから」

「うん!」


華音も美保も笑っていた。この二人が笑い合う姿を見たのは本当に久しぶりだな。

ふと華音と目が合うと、華音は僕を侮蔑したような目で見た。


「そこのゴミ」

「ゴミ…?」

「とっとと帰りなよ。どうせ宿題終わってないんでしょ。てか他の人の通学の邪魔だから早く帰って」

「…ち、分かったよ」


…やれやれ、ここまで嫌われるとは。だがあの場を収めるにはこうするしか無かっただろう。

これで華音には本当に嫌われてしまっただろうが…まあ別にそれでもいい。兄貴なんかいらない、あいつにはもう親友がいるからな。


「行こ! チャイム鳴っちゃうから!」

「あ、待って!」


先に校舎へと駆けていく華音。美保は振り返り、僕に深く一礼してから華音の後を追った。


「…終わったか」


春休みも残り二日、そろそろ新学期の支度もしなければならない頃。

半ば散ってしまっている桜の木に囲まれ僕は一人、二人の駆けていった校舎を眺めていた。





















「ごめんね」

「? 何のこと?」

「お兄ちゃんのこと。美保もあんな朝早くからお兄ちゃんに呼び出されたんでしょ?」

「あ、うん、私は全然問題ないよ。でも先輩は別に、私に無理やり聞いてきたとかじゃなくて…」

「それは分かってるよ。あの男が女の子に対してそんなことする度胸持ってるわけないし」

「え…だったらなんであの時…」

「…なんか、お兄ちゃんにそこまでさせてる自分に、腹が立ってさ。力任せに殴っちゃった、はは」

「…華音は先輩のこと、どう思ってるの?」

「えっ…。まあ、いちいちうるさいし、面倒くさがりだし、すぐいたずらに引っかかるし、あんまいいとこないよね」

「そうなんだ?」

「…まあ、それでもいつも私のこと見てくれてるのは分かるし、好きかな、お兄ちゃんのこと」

「……ふふっ」

「あっ、笑ったな! ていうかこんなの美保にしか言わないんだから! 絶対内緒だからね!」


















この話で第三章は終了という形にさせてもらいます。

第三章一話からかなりの間が空いてしまったことお許しください。


第四章からは晃平の新たなクラスを舞台に話を展開していこうと考えています!

新しい登場人物も考えてあるのでご期待頂けると幸いです。

再び不定期更新となってしまいますが今後ともよろしくお願いします!



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