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ごく普通の高校生の非日常  作者: 瀬川しろう(サイキック)
第三章
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3  友達

僕が白瀬の家に来た理由は、大げさに言えば生存確認のためだ。

その目的は既に果たしたのだが、僕はが暮れてしまう時間帯まで白瀬の部屋に長居をしていた。

時計を見ればもう夕方の六時を回っている。もうこんな時間か。


「さて、そろそろ帰るとするか」

「お、もう帰るのか。せっかく久しぶりに二人きりになれたのにぃ」

「気持ち悪い声を出すな」


あいにくだけど僕にはそっちの気はないからね。

いや、だからって白瀬にそっちの気があっても困るけども。


「でも久々に二人で遊んだのは事実だろ? ガキの頃はよくうちで遊んでたんだけどな」

「そうだったな」


小学生だった頃はほとんど毎日と言ってもいいぐらい、夏菜と一緒にここへ遊びに来たな。もちろん二人だけで遊んだことも多かった。

そう考えると、互いに覚えていないだけでその時には既に美保とは会っていた可能性もあるかもしれないな。

あのころは華音が可愛くて可愛くて仕方がなかったものだが……時の流れとは残酷なものですね。はぁ。


「まあ場所が霧生ん家に移っただけで、やってることは大して何も変わってないんだけどな!」

「お前、いつもいつも僕が迷惑してるということを絶対に忘れるなよ」

「またまたぁ、本当はうれしいくせに」

「殴るぞ」


僕が大げさに拳を構えると、白瀬はやれやれと首を振った。


「冗談が通じないなぁ霧生くんは」

「言われた言葉をそのままに受け取ってしまうほどの純粋な心を持っている、ってことか?」

「…すっごいポジティブな捉え方だな」


白瀬は困ったように頭を掻く。

ちなみに今のはポジティブとかじゃなくて、遠まわしに『僕は傷つきやすい人間です』と言ったつもりだったのだが。どうも伝わらなかったようだ。


「さて、コントも済んだことだし僕は帰るよ」

「コントって…。…なあ、良かったら飯食っていかないか?」

「それはまた突然だな」

「だろ。遠慮はしなくていいぞ、食っていけって」


本当に今に始まったことじゃないが、こいつは突然ものを言い出す。

こうも突然すぎるともはや耐性すらできてしまっている。

しかし、食事のお誘いとは有り難い。


「まあ僕としては遠慮する理由がないけど、いいのか?」

「ああ。今夜は親の帰りが遅くなるらしいから、美保と二人だけじゃ寂しいなと思ってさ」


思えば白瀬と美保は、接した感じだと性格がまるで違うように思える。

そんな二人が二人きりになったらいったいどんな会話を繰り広げるのだろう。

そこにはもしかしたら僕の知らない白瀬、美保がいるのだろうか。


「それに―――」


白瀬は独り言のように、しかしはっきりと呟いた。


「最近、なんか悲しい顔してるしな」

「……」


主語が無いのがこいつの悪い癖だが、今のは話の流れからして美保のことだろう。


「俺さ、あいつのこと妹みたいに思ってるんだよ。お前も妹が悲しい顔してたら、やっぱ何かあったのかなって思うだろ?」

「……思うのかもしれないな」


僕は思ったことがない。

僕はあいつの悲しい顔なんか知らないから、見たことがないからだ。

そしてそれは華音が悲しい顔をしないからというわけじゃない。

僕が華音に目を向けようとしないからだと、その時に初めて気づいた。


「あいついい子だからさ、俺といるときは何にもないように、普段通りに振舞うんだよ。でも俺が目を離したときとかに、たまに美保の方を見るとな」

「悲しい顔…してるのか」

「…まあ、雰囲気だけなんだが」


それでもこいつの言いたいことは分かる。

美保はこいつに心配をかけたくないと思っているが、こいつもそれに負けないぐらいに美保のことを心配している。


「聞こうと思わないのか? 美保に何があったのか」


それは白瀬を責めているわけじゃなく、ただ疑問に思ったことを尋ねただけだった。

そこまで心配しているというのに、なぜ美保に聞かないのか。それがただ気になったのだ。

白瀬は考えることなく即答した。


「思わないな。あいつが俺に話そうとしないってことは、きっとその程度のことなんだよ。あいつはきっと自分で乗り越えられる」

「…」


それはどうだろう。もしそうなら僕に相談などするはずがない。美保は叫んでいる、助けを求めている。

だが白瀬に、兄貴に心配をかけたくないがために僕を頼った。

白瀬は美保が悩みを打ち明けない理由を少し勘違いしているな。

…だがそれでもこれだけは間違いないだろう。


「美保のことを、信じてるんだな?」

「ああ」


立ち上がった白瀬の表情は分からない。しかしそこには僕よりも立派な兄の姿があるだけだった。





 ・・・・





白瀬宅で夕飯をご馳走になることになった僕はリビングのソファに腰掛け、特に何をするでもなくぼーっとしていた。

すると突然、隣から声が聞こえる。


「あの、先輩。…いいですか?」

「え? …いいって?」

「あ、いえ! 隣に座っても…」

「あ、ああ。どうぞ」


少し右に移動し席を譲る。

…というか別に許可を求める必要もないんじゃないか。

なんとなく沈黙になるのも避けたいので適当に話を振ってみる。


「夕飯は白瀬が作ってるのか?」

「はい、私が来たときはいつも作ってくれるんです」


そう語る美保はなんだか嬉しそうだった。いつもか…それはすごいな。

感心して白瀬の方を見ると、やつはウインクをしていた。

なんであんな奴が良い兄貴やってんのかがさっぱり分からん。


「…ところで華音のことなんだが」


僕は唐突に切り出した。

僕なりに少し考えたことを美保に話してみるか。


「これはたとえばの話なんだが…美保が華音に対して、無意識のうちに華音が嫌がることをしていたって可能性はないか?」

「……それは、どういうことですか?」


美保が少し苦しい顔になる。

それを見て若干言葉を詰まらせるが、それでも言わないわけにはいかない。


「つまり、美保の何気ない言動が原因で華音が美保のことを避けるようになった…とか」

「…華音が嫌なことを私がしていたなら、私に言ってくると思うんです。そういう子ですし…」


それは僕もそう思う。華音は陰湿なタイプじゃないし、嫌ならはっきりとそう述べるだろう。


「それに華音が無視してしまうほどの嫌がることを、私が無意識のうちにしていたなんて……考えられないです」

「…そうだな」


そして、華音が嫌だとはっきり言えなくなってしまうほどの酷いことを美保が、しかも無意識でやるなんてことは無いだろう。

だが僕の質問に対してノータイムで答えられるとは…やはり美保はずっと前から悩んでいるんだな。

僕が問いかけるまでもなく美保は既にその考えに辿り着いている。

そしてその上で僕に助けを求めているのだ。


他の可能性を考えるしかないか…。

たとえば、華音が美保に関する嫌な噂を耳にしたとか?

無いな。やはり華音なら美保に直接聞きそうなものだ。

それにそんな噂、はなから信じない可能性だってあるしな。


ならば逆はどうだろうか、華音に関する嫌な噂が流れて、その噂を気にして美保を避けるようになったとか。

まあこれも無さそうだ。その噂が事実ではない限り華音が美保を避ける理由にはならない。

それに美保もそういう話を全然しないところを見ると、そんな噂は無いのだろう。


そもそも友情なんてものは滅多なことじゃ崩れそうにないよな。

冗談を言って、ふざけあって、もし否定をされても反論することができて…友達っていうのはそういうものなんじゃないだろうか。

それができないのならそれは友達じゃなく、知り合い以上の何かでしかないと僕は思う。

彼女たちの関係はまず知り合いなんて軽いものじゃないはずだ。

ならば二人の関係が悪化した原因なんて、部外者である僕に果たして考え付くことができるのか?


「…聞いてもいいか?」

「あ、はい」


突然話を振られて驚いたのか、美保は背筋を伸ばして姿勢を正す。

いや、そんなにかしこまらなくてもいいんだけど。


「白瀬に華音とのことを言わないのは分かる。心配させたくないんだよな」

「…はい。おにいは昔から私のことになると、目の色を変えてましたから」


それを本人から言われちゃってる白瀬の身になってやってほしいもんだ。

まあそれはさておき、話を続ける。


「でも、どうして僕に話したんだ? 学校の友達とか、先生とか…選択肢はいろいろあったと思うが」


僕はどんな答えを期待していたのだろう。

自分でもそれは分からないが、それでもこれは気になっていたことだった。

美保は首を傾げてこう答えた。


「……なんで、でしょうね?」


どうやらとぼけている、というわけではないようだが…。

なんだ、自分でも分かってないのか?

それともタイミングのいい時に僕が居たから、ってだけなのか?

そう思っていると美保は少し笑いながら続けた。


「…きっと、あれじゃないですかね。先輩と居るおにいが、いつも、とっても楽しそうだったから」

「楽しそう…ねえ。確かにあいつはいつもいつもふざけまくっているが…」


度を越したおふざけはNGですよ?


「あっ、先輩もですよ」

「えっ」

「おにいといると、表情には出てないけどすごく楽しそうです」

「そ、そうなのか?」


僕はいつもそんな風に見えているのか…気を付けないといけないな。

どうもあいつといると厄介事ばかり起きるな。


「…だから、じゃないでしょうか」

「…それ理由になってるか?」


僕の質問の答えとしては合ってないような…。

だが美保は微笑んで言う。


「なってるに決まってるじゃないですか」

「そう、か」


美保と華音の間に何があったのか、それは当人達すらも理解していない。

…もとい華音の方は何か知ってるかもしれないが、華音に尋ねることはできない。

どこまでできるかは分からないが…やれるだけのことはやってみよう。

夕飯の良い匂いが漂う中、白瀬が僕たちを呼ぶ声がした。



















耕也「春休みが終わる時ほど憂鬱になるもんはないよな」


晃平「なんだ急に」


耕也「他の休みと違って、春休みが終わる時には春休み前と全く違う状況に置かれることになるんだぞ」


晃平「確かにな。でもそれはそれで楽しみなんじゃないか」


耕也「じゃあ同じクラスに知り合いが一人もいない霧生くんも、春休み明けが楽しみなんだな?」


晃平「…新学期なんて永遠に来なければいい」


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