16 同一犯
Side:SHIRASE
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502号室 部屋長:國枝
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501の真向かいにある502号室。
やっぱりこういうイベントにおいて、他のやつらがどんな風にしてるかとか気になるってもんだろ。
扉を開けようとすると、その瞬間に扉が開けられた。
「うぉっ……驚いた」
「俺も驚いたわ…」
開けようとしたタイミングで開けられることってあるよねー。
ていうか…こいつ誰だ?
三組にこんなやついた記憶がないんだが…。
「じゃあな頼田、教えてくれて助かったぜ」
そんなことを考えていると、部屋長の國枝が目の前の男子生徒にそう言った。
おそらく頼田ってのはこいつのことだろう。
頼田と思しき男は軽く手をかざしてから、その場を去って行った。
部屋長の國枝は同じクラスだし、一応面識もある。
さっきの男子生徒について尋ねてみることにした。
「おす國枝」
「白瀬、暇そうだな。霧生もシケた面してんな」
「ほっとけよ」
霧生は無愛想に答える。
まあこいつは俺が無理やり連れ出したようなもんだから、仕方ないことだが。
おっと、そうではない。
「ところでさっきのやつ、誰だ? うちのクラスじゃないよな」
「ああ、そうだけど。お前でも把握しきれてないやつがいるんだな。
あいつは一組の頼田だ」
一組か。どおりで知らないはずだな。
「さっき何か教えてもらったとか言ってたけど、何をだ?」
「ああ、それがな…」
國枝はみんなの鞄が置いてある場所を手で指した。
「あれだよ」
「…ずいぶん入り口に近くないか」
「万一泥棒が来た時に、あれで掻い潜れるんだとさ」
「あれで、か?」
俺が尋ねると國枝は自慢げに頷いた。
「ま、灯台もと暗しってやつだよ。まさか入口の所に荷物を置いてるなんて、泥棒も思わんだろうさ」
「はあ、大丈夫かね」
君たちちょっと泥棒さん舐めてるんじゃないの?
泥棒先輩舐めてっと痛い目見るよ?
霧生も冷たい目で見ているのがなんとなく分かった。
・・・・
Side:KIRYU
502号室を出て白瀬が言う。
「なんか、飽きてきたな」
「だなぁ」
耕也も続いて言った。
今のところ得られたもんは荷物を泥棒から守る方法(笑)だけだ。
しかしさっき白瀬が言っていたように部屋に居ても暇だったことには違いないし、得たものがあっただけでまだ良かったものだ。
「そろそろ部屋に戻ろう」
「…だな。スキーの準備でもするか」
そう言って、部屋に戻ることを意外にも白瀬はあっさりと承諾した。
偵察はもう終わりだ。
第一偵察って、何か事件でも起こるわけじゃなしに。
・・・・
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504号室 部屋長:雅野
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部屋番号を一瞥して、部屋に入る。
雅野は俊介と二人でテレビを見ていた。
…しかし何やら話している様子だ。
「これだと犯人の行動に説明がつかないだろ。犯人は見つかるのを恐れてわざと走らなかったんだよ」
「だがそれだとアリバイが崩れるリスクを背負うことになるぞ。アリバイを優先して走ったと仮定すれば、現場に凶器を落としてしまったことも頷ける」
「何の話をしてんのお前ら…」
白瀬が声をかけると俊介が振り向いた。
「おっ、早かったなお前ら」
「ああ、途中で暇になってな。切り上げてきた。てか何を言い争ってるんだよお前ら」
白瀬が尋ねると雅野はふんと鼻を鳴らした。
「言い争いじゃない。二人でドラマの事件を推測し合っていたんだ」
「ドラマ?」
「ああ、『相方』って刑事ドラマだよ。再放送やってるんだ」
ドラマってそんなに本気で推測しないといけないものなんだろうか。
いや、楽しみ方は人それぞれだけれども。
「とにかく犯人の心理状態から考えて君の考えは間違っている」
「いや、そのりくつはおかしい。走ってないからこそ犯人はあそこで――――」
また論議が始まるかと思いきや、それはそこで一旦止められた。
廊下が少しだけざわついている。
しかし別に気にすることではないだろう。
全員がそう思ったのか、再び論議が再開する。
僕はうるさい論議の声に耳を傾けないようにしながら、鞄から読みかけの本を取り出した。
・・・・
やがて午後六時になり、ロビーへ向かうとすでに大多数が集合していた。
この時間帯に集められるというのは、いわゆる集いというものだろう。
宿泊行事のもはや恒例事項ともいえる。
同時に『これ要る?』と何度も疑問を掲げてきた事項でもあるが…。
『―――ではそろそろ解散とします。この後の十八時半から入浴となっているので、このしおりに書いてある順番で各組入浴を済ませてください、以上』
集いの最後に学年主任がそう言い終わると、全員が一斉に立ち上がった。
なんでこう、生徒って生き物は一斉に動きたがるのかね。
そんなに早く風呂に入りたいのかい? 僕は入りたいです。
「晃平」
「耕也、行かないのか?」
「ああ。今は人が多いからな」
耕也も僕と同じ考えを持っているようだった。
見ればまだ入り口は混雑しているし、ここで待っていて正解だったな。
「そういえば、さっき面白い話題を仕入れたぜ」
「面白い話題?」
まだ人も減らないだろうし…まあ聞いてもいいだろう。
「話したいんなら、聞いてやらんこともない」
「なんだそれ。…島っているだろ?」
「ああ、さっきのやつか」
さすがにさっき会ったやつの名前くらい憶えているとも。
明日にはどうなっているか分からんが。
「で、島がどうかしたのか」
「いや島じゃなくて、そいつの部屋長の千葉寺から聞いた話なんだけど」
「……そんなやついたのか」
全く知らなかった。
変わった名前だし覚えていそうなもんだけど、覚えてないとはもう才能まである。
「ほら、俺『たけうち』だろ。『せんようじ』とは並ぶ時に前後なんだよ。さっき集いのときに聞いた話なんだ」
「いや、先生の話を聞けよ」
いや分かるよ? しおり見れば載ってる注意事項を読み上げるだけだったり、謎の体操やらされるだけだったり退屈だったのは分かるけど。
しかし僕の突っ込みは無視して耕也は話を続けた。
「千葉寺たち、集合がかかってから部屋を出て、少し経ってから財布を部屋に置いてきたことに気づいたんだと。それで急いで部屋に戻って財布を取りに行ったら―――」
「まさか、財布が盗まれてたのか?」
「いや、財布はあったらしい」
財布は、か。
どうも引っかかる言い方だな、何か別のものが盗られたことを示唆しているようだ。
「財布はあったらしいんだが、将棋が無くなってたらしい」
「将棋?」
将棋というと、あの将棋か?
僕が問うと白瀬は説明してくれた。
「ああ、暇つぶし用に百円ショップで買ったらしいから別に問題無いとは言ってたが」
「持ってくるのを忘れたとか、そんなんじゃないのか?」
「いや、バスの中で遊んで、ちゃんと鞄にしまったらしいぞ。…不思議な話だろ?」
「そうだな」
何が不思議って、暇つぶし用に持ってきた将棋を部屋の中で使わないで暇そうにしてたところが不思議。
さっき訪れた時点では無くなってなかっただろうし。ほんと不思議。
「変な話だよな。将棋なんて盗るやついんのかな、借りりゃいいのに」
「まったくだな」
そこでふと考える。……そんな感じのことを言った覚えがあるな。
借りればいいようなものをわざわざ盗る…っていうのは、妙に既視感を覚える話だった。
市橋の手鏡。
偶然なのか? そもそも手鏡と将棋じゃ繋がりが薄いし。
それに千葉寺が嘘をついてない可能性も無いわけじゃないだろう。
「お、いつの間にかだな」
耕也がそう言って出口を見る。
釣られて僕も見ると、もう誰もいなかった。
「じゃ、行くか」
・・・・
Side:SHIRASE
一足早く部屋に戻ってきたは良いものの、結局のところ暇だ。
刑事ドラマももう終わってるっぽいし…やはりあれだ。
俺には偵察しかない!
そう思って戻ってきたばかりの部屋を出る。
部屋を出てすぐに見覚えのあるやつと目が合った。
確か…頼田とかいうやつだったか。
「おっす。さっきはどうも」
「……ああ! さっき國枝の部屋にいたやつか。俺は―――」
「頼田だろ、さっき國枝に聞いたよ。俺は白瀬だ」
しかし二年間一緒なのに、まだ名前を覚えていないやつがこの俺にいたとはな。ちゃんと覚えておかなくては。
見れば頼田は着替えやら洗面具やらを持っている、どうやら風呂に向かっている様子だ。
そういえば初日の入浴は一組からだった…てことはこいつ一組か。
「お前の教えた方法、大丈夫なのか?」
「ん? ああ、あれね。全く情けないよ。教えた本人がやられちゃってんだから」
「やられた? …って何を?」
訊ねると頼田は少し苦笑いをしながら言った。
「さっき部屋に戻って入浴準備をしてたら、生徒手帳がないことに気づいたんだ」
「生徒手帳?」
「ああ、すぐに思ったよ。盗られたなって」
すぐそう思っちゃうのか。なんだか物騒なやつだ。
「鞄に入れ忘れたんじゃないか?」
俺がそう指摘してやると、頼田はここぞとばかりに反論してきた。
「いや確かに入れたんだよ、間違いない。それにだ、これは同一犯かもしれないぜ」
「同一犯? 何の話してんだお前?」
俺にはこいつが何の話をしているのかさっぱり分からない。
すると、俺の様子を察したのか、頼田は説明をしてくれた。
「知らないのか? ほら、集合がかかる三十分くらい前に、廊下が騒がしくなっただろ?」
「…確かにそんなことがあったような」
全然気にも留めてなかったが…あのとき何かあったのか!
「その時にお前たちと同じ二組の柴木口ってやつの鞄からいつのまにか、修学旅行のしおりが盗られてたらしい」
「どうして盗られたって言いきれるんだ?」
「ああ、そいつがトイレから戻ってきて無くなってたから気づいてたらしい。行く前は確かにあった、って言ってたぜ」
しおりに生徒手帳……。
なるほど、もし本当にこの二つが『盗られていた』とすればこれは事件の匂いがするな!
頼田が言う。
「ふっふ、気になってきたか。それっぽい感じ出してたからなぁお前」
「なんだよそれ」
「はは。…じゃあ、俺は行くな」
「ああ、いい情報をもらったぜ。サンキュな」
軽く手を振る。
この修学旅行中はゲームしかやることがないと思っていたものだったが…これはなかなか楽しくなってきたぞ!
いつのまにか俺の心は躍っている。
よし、さっそく聞き込みをするしかない!
俺はそう心に決め、霧生たちが戻って来るのを部屋で待った。