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ごく普通の高校生の非日常  作者: 瀬川しろう(サイキック)
第二章
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15 残る可能性は

この修学旅行に来る前に『必ず生徒手帳を持ってくるように』という忠告を何度も何度もされていた。

それは、入浴する際に係員に生徒手帳を見せて戸文高校の生徒か確かめるためだろう。

よその生徒がふざけて一緒に入ってくる、なんてことを避けるためだと思うが、それでもうちの生徒かどうかくらいは教師が確かめればいいとも思う。

教師側の事情は存じ上げないので特に何も言えないが。

そしてこの忠告はかなり前から言われており、忘れた者は激しい叱責を喰らうとのこと。

優が拾ったという生徒手帳の持ち主もきっと焦っているに違いない。


僕たちが泊まるホテル『ミュート』は見たところ七階建てくらい、規模の大きめのホテルだ。

思っていたよりも綺麗なホテルなんだな。

さすがは修学旅行…一年の合宿の時とはえらい違いだ。


「ここの旅館、あと二校くらい来てるらしいぜ霧生。もしかしたら良い子がいるかもしれないぞ」


ホテルのロビーにて、生徒会からの注意事項を聞いていると白瀬が隣から囁いてきた。

戸文高校も入れて三校も来ているのか…それはホテル側も大変なことだろう、食事やら寝床やら。


「聞いてるのか霧生」

「聞いてるよ。てか、良い子がいたとしてどうするつもりだよ」

「そりゃもちろん―――」

「白瀬! 私語は慎め!」


雅野から名指しで注意される白瀬。

レストランでの口論の仕返し、といったところか。こどもねぇ~。


「えーでは、各班ずつ移動を始めてください。五階が男子、六階が女子の部屋になっています」


篠原が全体に指示を出すと、全員が一斉に立ち上がる。

毎度毎度、みんな一斉に動くのが好きだな。

ここで僕も移動を始めてしまってはこの軍勢に巻き込まれてしまうだろうし、人があらかた片付くまで待とう。


「よっし、行こうぜ霧生」

「いや、僕はまだいい」

「そうか? じゃ先に行ってるぜ」


そう言うと白瀬は群衆の中に消えていった。

そのままぞろぞろと移動する群衆を眺めていると、


「やっ、霧生くん」


市橋まりが話しかけてきた。

先ほどの焦った様子は見られないが、ひょっとして手鏡は見つかったのか?


「手鏡、見つかったのか?」

「へ?」


へ?って。すごい府抜けた返事をされたな。

少し付け加えてもう一度言う。


「手鏡だよ。失くしたって言ってただろ」

「…あ、そういえばそうだったっけ」


…どうやら本当に忘れていたらしい。

いや確かに、失くしても困らないとは言ってたけど、そんな簡単に忘れられちゃ手鏡が可哀想よ?


「相田…先生に聞いてもらってたはずだろ」

「うん。まだ何も聞いてないんだ」

「なんだそうか」

「うん、今から聞きに行こうかな。霧生くん来てよ」

「…ん?」


僕も行くの?

なんで?

声に出さなくても僕の想いは伝わったのだろう、市橋は続けた。


「一度こっちの領域に踏み入れて、あとは知らん顔なんて虫が良すぎると思わない?」

「それ完全に顔にデカい傷負ってる人が言うような台詞なんだけど…」

「まあまあまあ。行こ」


制服の裾を引っ張られ、ついていくしかなくなる。

……雅野がこの女に宥められる理由がなんとなく分かったような気がした。




 ・・・・




担任の相田を見つけるのはそう難しいことではなかった。

相田は基本的に動こうとしないから、まだバスの周辺にでもいるんだろうと踏んだのだ。

バスが停めてある場所まで向かうと案の定、相田は一服しながらバスにもたれかかっていた。


「公共の物にもたれかかるのはどうかと思いますよ、先生」

「気にするこたねぇ、誰も見てないだろ?」


僕の忠告とも嫌味ともとれる言葉を、相田はさらりと流した。

やれやれ、マイペースな人である。


「相田先生! さっき雅野くんが先生に聞いたと思うんですけど―――」

「雅野…? ああ、手鏡のことか。それなんだがよ」


相田は少し困った表情になった。

この人がこういう表情するのは、なんか珍しいな。

しかし困った表情になったということは、


「どうも、どこにも見当たらないらしい」

「えっ」


相田の言葉に驚く市橋。

やはりそういうことになってしまうな。

相田は説明を続ける。


「いやな、店の人にも探してもらったんだが、どこにも手鏡らしいものはないそうなんだよ。まだトイレとかは探してないらしいが」

「いえ、トイレには行ってないので、探さなくても大丈夫です」


そうは言うが、一応探しておいてもらった方がいいと思うのだが。

まあ市橋が言いきっている以上、探す必要もないかもしれないけど。


「そうか。まあ、まだ探してないどっかにあるかもしれねぇし、もしかしたら鞄の中とかからひょっこり出てくるかもしれねえ。とりあえず引き続き情報を待っといてくれ」

「はあ」


相田はタバコを携帯灰皿へ入れると、荷物を持ち、先生の軍団のもとへと駆けて行った。

慌ただしい人だなぁ。


「……手鏡見つからなかったって」


市橋が僕の方を見て言った。

いや聞いてたから。君の隣にいたから。


「でも私、鞄の中ずっと探してたんだよ。それでも無いなんて、ねぇ」


市橋は少ししゅんとしてしまう。

可能性があるとすればバスの中だが、バスの運転手が忘れ物の確認をしてくれているはずだ。

しかし運転手が手鏡を隠す理由など無い。

それでいて、忘れ物の連絡がないということは…。


「一応確認を取るが、本当にレストランのトイレには入ってないのか?」

「デリカシー無いなあ、霧生くんは。私以外の女の子に言っちゃ駄目だよ。怒られちゃうよ」

「あ、ああ。すみません」


いや、確かにデリカシー無いのは認めます。

でも重要な質問なんです。


「私はずっとテーブルにいたでしょ?」

「それもそうだったか。…じゃあ、手鏡を誰かに貸したりしなかったか」

「してないよ。そもそも家を出てからは、まだ手鏡は触ってない」


……ふむ。

となると考えられる可能性は。


「……盗まれたのかもしれないな」

「えっ?」


唖然とする市橋。

開いた口がふさがらないとはこのことなんだろうか。

とりあえず僕は話を続ける。


「消去法で考えた結果、その可能性が一番濃厚なんだよ。家を出るときにはあった手鏡が、理由もなく失くなっている。盗まれたとしか考えられんだろ」


単純なようで、これ以外の答えが見つからない。

誰が盗んだか、なんて当然分からないが。


「でも私、鞄はずっと持ってたよ。それなのに誰かが盗るなんて―――」

「本当にずっとか?」

「えっ。ずっと……じゃないの?」


市橋はその場で考え込んだ。ずっと持っている、なんてことはできない。

少なくともこの修学旅行中は、必ず一度は鞄を手放すことになる。


「……もしかして、鞄をバスに積んだとき?」

「だな。積み係の人に『忘れ物をした』とか言って市橋の鞄を取ってもらえれば、盗むのは簡単だ」

「そっか…」


市橋はあまり信じたくはないようだった。

普段の印象でしかないが、市橋は人を疑うようなことをしないように思える。

そんな市橋にとってこの状況は思ったよりも酷なのかもしれない。


「…でも、誰が何のために盗ったのかな?」

「さあな、そこまでは特定できない」


容疑者は二年生全員と二年生担当の教師、その他諸々。

一クラスにつき約四十人、先生を含めるとざっと130人にもなる。

その中から犯人を特定するなんて絶対に無理だ。

一人ずつ調べれば出てくるかもしれないが、おそらく市橋はそれを望まないだろう。


「……まあ、仕方ないね」

「手鏡、無いと困るんじゃないのか?」

「大丈夫だよ。百円ショップで買ったやつだし、被害は全然大したことないし。部屋に鏡もあるだろうしね」

「市橋が良いんなら良いんだが。なんにせよ、早めに部屋に向かった方がいいな。僕たち以外ほとんどいない」

「あ、本当だね」


見ると周りはガラリと人がいなくなっていた。

急いだ方がいいだろう。






 ・・・・




 Side:TAKEUCHI


しかしさすがに広いな、ここは。

俺たち以外にも他の高校や客が来てるんだろうし、これぐらいは無いと駄目なのかもしれないが。

少し見渡すだけでもいろいろな人間の姿が目に入る。スキーをしに来たであろう大学生らしき人に、見覚えのある制服の高校生。

そんな制服を着た女子生徒の一人にうちの生徒が駆け寄っていくのが視界の端に映った。


「やまっち!」

「えっ、夏菜!? 久しぶりー!」


浅井の声…迂闊なやつだな。移動中に他校の生徒に話しかけたりしたら―――


「む、浅井! 他校の生徒と会話をするな!」


思った通り雅野が浅井に注意を喰らわせた。

その注意が聞こえたのか聞こえなかったのか、浅井はその女子生徒と会話を続けていた。

話している様子からみると、どうやら知り合いのようだな。

ん、戻ってきた。


「ふぅ。いやぁ、懐かしかったぁ」


懐かしかったとか口に出すやつを俺は初めて見た。

思っててもなかなか言うことじゃないよな。


「知り合いだったのか?」

「やまっちのこと? 小学生のころから友達なんだ。…まあ、成績関係で高校は別々になっちゃったけどね」


どっちの成績が悪かったのか、俺にはそんなことは分からないがいろいろあったんだろうな。

今の言い方からすると、ひょっとしたら二人は同じ高校に進学するつもりだったのかもしれないな。


「後ろがつかえているぞ、早く行け!」

「やれやれ。雅野、お前頭の堅いやつだな」

「何! 僕と部屋が同じということを忘れているわけじゃあるまいな…」


何やら企んでいるかのような悪い笑顔。

そういやこいつさんざん白瀬に堅いって言われた後だったな…なんだ、結構気にしてるのか。

しかし後で変に報復されても困るし、早いところ先に進もう。






 ・・・・




 Side:KIRYU


歩き始めてからおよそ十五分、ようやく部屋にたどり着いた。

部屋に入ると皆、各ベッドの上で荷物の整理やら何やらをしていた。


「遅いぞ、霧生」


入って早速、学級委員から叱責を喰らう。

ここで言い訳をしても仕方ない、素直に謝った方が早く終わるか。


「悪かったな。以降気を付けるよ」

「今から六時までは自由行動だが、あまり羽目を外さないように頼むぞ」

「あいよ、了解」


適当に返事をして時計を見る。現在の時刻は、四時半ってところか…まだまだ時間はありそうだな。

しかしこの部屋、テレビもあるし思ったより暇つぶしには苦労しなさそうだな。

テレビの前を陣取り、リモコンを手に取ったその時だった。


「霧生、偵察に行こうぜ」

「…偵察?」


白瀬の発言に対し首を傾げていると、後ろから耕也が補足に入った。


「簡単に言えばほかの部屋に遊びに行こうってことだよ」

「ならそう言えよ」

「まあまあ。こういう時の醍醐味じゃねえか。行こうぜ!」

「……まあ、良いよ」


自分でも驚くほど素直にこいつの提案を受け入れた。

やっぱりいつもと違う雰囲気だと考えも変わるものなのかねぇ。

修学旅行の魔法の効果を実感しながら、僕は部屋を出た。





 ・・・・




 

白瀬に着いて来たところにあったのは、部屋を出て少し歩いたところにある501号室。



 ―――――――――――――――――――――

 

  501号室  部屋長:千葉寺せんようじ 


 ―――――――――――――――――――――



扉の前には部屋長を示す紙が貼られていた。

この紙は戸文高校関係者が利用しているすべての部屋に貼られているそうで、当然僕たちがいる504号室にも紙は貼られている。


「おっす、しま


部屋に入るなり白瀬がそう言って挨拶をした。

教師陣からの注意で、扉は常に鍵をかけずに開けっぱなしにしろとのことで、部屋に入るのは造作もないことだった。

確かに鍵を閉めさせたら中で何やってるかわかったもんじゃないからな。

白瀬の問いかけに対し、一人の男子生徒が返答を示した。


「白瀬か。…なるほど、お前も暇なんだな?」

「まあな!」


島と呼ばれる男子生徒は白瀬と親し気に話す。

それもそうだろう、501~504号室までは同じ三組の生徒のはずだからな。

だがクラスであまり関わりを持たない僕にはあまりこいつの印象は残っていない。

島は僕たちを見てから笑いながら言った。


「やれやれ、霧生も竹内もこいつに付き合わされたのか」

「まあな」

「よく分かってるじゃないか、えっと…島だっけ」


耕也もよく分からないで対応しているようだった。

島は後ろのルームメイト数人を見渡して言う。


「実を言うと俺たちも暇でさ。適当にぶらつこうと思ってた所なんだよ。どうだ白瀬、女子の部屋に行ってみないか!」

「行きたいな…行きたい。だがうちの部屋長がうるさいんだよな、残念ながらやめとくぜ」


文体上断ってはいるものの、こいつ本当に惜しそうに言っている。

部屋長が雅野じゃなけりゃ絶対行ってたな、間違いない。

女子部屋の中に入れてもらえるかどうかはまた別問題だけど行ってたな、間違いない。


「下手なことはしないほうがいい。見つかったら反省文は避けられないぞ」

「…そうだな。おとなしくしてろってことか…残念だ」


結局、島たちと適当に会話をするだけで部屋を出てしまった。

他の部屋に来たところで自由に動けるわけでもない。

部屋に置いてあるものが同じである以上、どこの部屋に行ったってできることは同じなのだ。


「よし、じゃあ次は502に行くか」

「いや、お前な」


この白瀬浩太という男はそれぐらいでめげるやつではなかった。


「いいだろ別に。どうせ部屋にいても暇なんだし、外の世界を見に行った方が暇を潰せる確率もぐっと上がるってもんだ」


いやでも、たった今下手に動かないほうがいいって言っていたよね、君。

完全にじっとしてる気ないよね。


「さ、行くぞ」

「…やれやれ」


そしてなんだかんだついて行ってしまう僕も、まだまだ甘いな。
















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