10 ぼくらのたたかい ~油断大敵~
大抵の場合、何かしら行事ある日の前日というのは早めに終礼を迎えることが多い。次の日に備えてゆっくりと休めということなのだろうか。
いよいよ修学旅行の前日を迎えた本日、授業は午前中で終了することになっている。
「いやあ、今日は午前中だけだから楽勝だな霧生」
「あーそうだな」
白瀬の言葉を適当に受け流す。五時間目の体育が無くなることに関しては正直ありがたい。
それに明日から修学旅行である。それを考えれば今日はかなりいい日になりそうだ。むしろ修学旅行当日よりも今日の方が楽しい。
「あ、今日も部活あるからねっ」
「えっ」
一緒に登校している夏菜の発言に、白瀬が立ち止まった。
そしてうるうるした目で僕を見つめてきた……いやこっち見るなよ。
「えっ、じゃないよ。まだまだゲームはできてないんだから。このペースじゃどうなるか分からないよー?」
「いやいや、そうは言っても俺たちのエロゲーはだいたいできてるだろ? むしろ問題なのはミステリーの方だろ」
「それは言えてるな…」
あれ以降耕也からゲームの話を聞いた覚えがない。
忘れちゃったりしてないよねあいつ。
「とにかく今日もちゃんと部活はやるからね! サボりは駄目だよっ」
・・・・
終礼を終え、僕は部室の入り口前に一人で立っていた。
修学旅行の前日だけあって、本日最後は班ごとの各係の集会で終わることになっていた。
係というのは班長とか保健係とか、それ必要なのって感じの区分けのことだ。
そのため係ごとに終礼時間もずれてくるのだが、同じクラスなのに皆バラバラに部室へ向かうというのも不思議なものだ…。
中に人の気配がしないが、誰もいないのか。
扉に手をかけ、そして引いた。
「……開いてるのか」
鍵は開いていた。中を見回してみるが、やはり人の気配はない。ついでに電灯もついていない。
…誰かが来るまで待っているか。
・・・・
Side:TAKEUCHI
「そもそも廊下を走るとは何事だ!」
「いや、だって、急いでたし―――」
「だからといって廊下を走るな! 競歩で行け競歩!」
「それはちょっとキツくないか!?」
俺は部室へ走って向かっていた。だが、そこを運悪く雅野に見つかってしまい、生徒会室で叱られている。
しかしさっきからずっとこの調子なんだけどこいつ。疲れないのかね?
「まあまあ…その辺にしときなって」
同室していた生徒会長の篠原が雅野を宥めようと試みてくれた。
ありがたい、この状況でまさか味方ができるとは。篠原さんマジ天使。
「甘いぞ篠原。明日は大事な日だ。こういうところでマナーを守ってもらわないと困る」
「だからさ、頭が堅いの雅野くんは。えっと、確か竹内くん…ゲー研だったっけ?」
「え? ああ、おう」
急に話しかけられたので思わず戸惑ってしまう。
「部費、もう行ってると思うけど、大丈夫かな?」
「ああ、それならちょっと前に届いたって、浅井が言ってたよ」
「そっか。ならよかった」
そう言い、篠原は微笑んだ。その眩しい笑顔を一秒と見ることもなく、雅野に首の向きを変えられる。
「とにかく。以後気をつけるように。特に明日! 分かったな」
「へいへい」
「よし」
…走るのは注意するくせに返事は『へいへい』でもいいのか。なんか判断基準が読めないやつだな。
反省の意思が伝わった、ってことなのか。別に反省してないけど。
さっさと部室へ向かおうとすると、またしても雅野が口を出してきた。
「そういえばさっきゲー研と言ってたな? 君はゲーム研究会なのか?」
「違うぞ雅野。ゲーム研究『部』―――」
「そんなことはどうでもいい。ゲーム研究部なら、後で話がある」
「話?」
別に俺はお前と話したいことないんだけど…。
あ、できればその話、君の後ろにいる天使さんから聞いてもよろしいですかね? どうせ説教だろうし。
「さっき廊下を走っていたということは急いでいたんだろう。今は行かせてやるから、その用事がすんだら、もう一度ここへ来い」
「へいへい」
「よし」
やはり返事はどうでもいいらしい。
雅野の変なこだわりに疑念を抱きながら俺は生徒会室を後にした。
・・・・
Side:KIRYU
体が揺らされているような気がした。
しかもめっちゃ強い力で。
うつ伏せになっている僕の体を思いっきり揺らしているやつがいる…。
「ああ! うっとおしいな!」
「お、ようやく起きたな晃平。起こし始めてから一分も経ったぞ」
そりゃ抵抗してましたからね。屈したけど。
まあ寝るのは誰かが来るまでの予定だったし、別に問題ないが。
しかし十分ほど寝てたな…若干頭も痛い。
頭を抑えていると夏菜たちがやってきた。
「おお、珍しい組み合わせだねっ」
「そうか?」
「何だお前ら、男二人でエロゲーでもしてたのか」
そう言ったのは白瀬。
こいつは一度、僕たちを見る目を改める必要がありそうだな。
「しかし、お前ら来るのえらく遅かったな」
「うん、お昼ごはん食べてから来たからね」
「よし、じゃあ部活始めようぜ」
「そだねっ」
全員が張り切って席に着いた。
…そういや僕、昼食まだだな。
そんなことをボーッと考えているうちに会議は始まってしまった。
「じゃ、俺たちは引き続きエロゲーの製作だな」
「早く完成させたいな!」
「そだねっ。今日明日で仕上げようか」
明日から修学旅行だというのにどうやって作る気だ。と心の中でツッコむ。
というか俊介はまだ諦めてないんだろうか。
あいつゲーム別に好きじゃないし、まだこの部にいるってことは諦めてないってことなんだろうが…。
そうだとすると修学旅行中にまた何かやらかしそうだな。用心しなきゃ。
「えっと、どこにしまったっけ?」
「そこの棚だったと思うよ。無い?」
「……むー、……無いけどな」
「うそー? じゃあ水道の下の棚は?」
「………いや、無い」
「うそ…」
何やらただならぬ雰囲気だが…。
「霧生、お前最初にここに来たんだよな。エロゲーがどこにあるか知らないか」
「…分からんな。来てすぐに寝たし」
「マジかよ……」
「まさか失くしたのか?」
一応白瀬にそう訊ねてみると、白瀬は小さく頷いた。
マジで?
「おっかしいな…確かにそこの棚に昨日しまったよね?」
「ああ。なんで無いんだ…?」
「とりあえず落ち着けよ」
白瀬を宥める。現物がここに無い以上焦っても仕方ない。
せっかく作ったゲームがいきなり無くなってはたまらないだろう、だが落ち着くことは大事だ。
「白瀬、昨日は何時まで残っていた?」
「…昨日はお前と一緒に帰っただろ」
「じゃあ六時くらいか。その時は確かにあったんだな?」
「…ああ、間違いない。浅井が棚にしまうのを見たし」
白瀬はゆっくりと思い出すように答えた。ほかに何も分からないし、ひとまずこいつの情報に頼るしかないな。ここで夏菜から付け加えが来た。
「部室の鍵なんだけど、私が昨日持ち帰って、今日の休み時間に生徒会室に返しに行ったよ」
「持ち帰った? 鍵をか?」
「うん。帰る頃には生徒会室がもう閉まってて、返せなかったんだよね」
「ちゃんと戸締りはしてたな?」
「うん。それは保証するよっ」
なぜか自信満々に言う夏菜。いや、ゲーム結果的にはなくなっちゃってますけど。
「ゲームに足が生えて逃げていったなんて考えられない。人を疑いたくはないが、誰かが盗んだと考えるのがやっぱり自然だと思う」
「やっぱりそうなっちゃうよねぇ……」
夏菜も浮かない様子だった。
盗まれたとなれば同じ学校に犯人がいるということになるし、それがやり切れないんだろう。
「まとめると、盗まれた時刻は今日の休み時間から、僕が起きるまでの時間ってことになるな」
「…」
するとみんなが一斉に僕を見た。
えっ、やめてよ、霧生が寝なければゲームは盗られなかったんじゃないの?みたいな視線やめてよ。
そんな中、俊介が言った。
「でもエロゲーを盗る奴って、やっぱエロいやつだよな」
「まあ否定はできないが…」
「じゃあ男じゃないか。女の子がエロゲー盗んでああああんとかマジアツい展開だけど現実じゃあり得ないだろうし」
ちゃんと現実と仮想を分けて考えきれてるあたりが逆に虚しいな今の発言。
それにそれだけじゃ犯人は断定できない。
可能性として低いだけで女が犯人の可能性だってあるわけだ。
「だがいろいろと情報はあると思うぞ」
そう言ったのは耕也だった。
そういやこいつ推理だなんだっていうの好きだったな。
「情報? たとえばどんな?」
「まず一つ。今日、早めに授業が終わるのは、明日修学旅行がある俺たちだけだ。そして社会人である先生が、生徒が作った同人物を盗むとは考えにくい」
「つまり犯人は二年生に絞られるってわけか!」
なるほど…確かにその通りかもしれない。
二年生に絞られたというだけでかなり前進したな。
「あと二つ目。あのゲームはパソコンでやるゲームなんだろ? だったパソコンを持ってるやつじゃないとプレイできないだろうし、盗るなんてことはないだろうな」
プレイするんじゃなく売るという可能性も若干考えていたが、素人が作ったゲームを売るなんて発想にまず至らないだろうし、至ったところで大した金にならないことは明白。何よりあのゲームは未完成品だしな。
「そして三つ目。そもそも盗んだものを持っていつまでも校舎内にいるはずがない。俺が犯人だったら、盗ったらすぐに学校外へ逃げる」
「確かに。その場にとどまる馬鹿はいないな」
耕也のまるでコナンくんのようなヒントの出し方にみんなが納得していた。
つまり犯人候補は、二年生でパソコン所有者、かつすでに帰宅している生徒ということか。
「とりあえず昇降口に行ってみよう。靴を見れば判断できると思うぜ」
・・・・
下駄箱を調べると、案外いろいろなことが判明した。やはり調べに来て正解だったようだ。
「一組は、まだ終礼が終わってないな」
「えっ? そうなの?」
「ああ。一組の生徒の外靴は、欠席と思われるやつの分を除けばすべてある」
「でもその欠席と思われるやつが実は犯人で、もう帰ったんじゃないのか?」
「それは僕もちょっと考えたが、よく考えたら皆残ってる中ですぐに帰るなんて、そんな怪しいこと犯人ならするわけない」
「確かに…」
そして、犯人は二組か三組のどちらかの生徒ということになる。こうなるとだいぶ搾れてきたと言えるだろう。
「ところで、なんで一組のやつらは帰ってないんだ?」
「一組の人でタバコを吸ってる人がいたらしくてさ、それで一組の人達は別で終礼するらしいよ。さっきまりちゃんが言ってたから、信憑性あるよっ!」
グッと親指を立てる。いやお前じゃなくて市橋の手柄だろそれ。
二組か三組かに絞られれば後は行動するのみ。
さらに調べていくと三組の帰宅者は僕たちを除けば34人中11人。
そして二組の帰宅者は39人中14人ということも分かった。
…調べるというか、下駄箱をね。
しかしここで手詰まりになってしまう。
「……これ以上はどうしようもないんじゃないか?」
「ああ、明日。一人一人に聞くしかないか」
一応、帰ったやつの名前も書き留めてあるし、正直にそいつが答えればよし、答えなければそいつが犯人ってことでいいだろう。
修学旅行の日にそんなことはしたくないが…。それにこれだと誤認逮捕もありそうだ。
「でもよりによってエロゲーの方が盗まれちゃうなんてね…」
「方が、とは言うけどミステリーの方は何もやってないだろ」
「てへ」
舌を出す耕也。やめてくれ。
「ま、そもそも晃平が寝て無けりゃ良かったんだけどな」
「冗談めかして言っても本心は隠せないぞ白瀬」
「人聞き悪いな、そりゃちょっとは思ってるけどさ。眠たかったんなら仕方ないだろうし、それに霧生が寝ている間に盗まれたとも限らないだろうしな」
思えば部室に入る前から眠かったな…で部室に入って寝てしまうと…。
確かに僕が寝なければという考えもあるが、ゲームが盗まれるなんて考えてもいなかったしな…。
………?
待てよ、そう言えばあの部屋………。