9 旅行は計画的に
高校生活における思い出には様々なものがある。
一年生のふれあいの為の合宿や、二年生の模試…、あるいはある特定の年度の文化祭や体育大会が印象的で思い出になった例もある。
しかし結局『修学旅行』を入れずして思い出は語れない。
これは高校生活における、いわば最大のイベントだ。
最大のイベントは最高の思い出と成り得る唯一の出来事である、と白瀬が隣で語っていた。
「やっぱり二年生最大のイベントはこれだよな霧生!」
「ああ、そうだな」
二年生というよりは学校生活全体でって感じだと思うが。
受験などによる都合から大半の高校は三年生ではなく、二年生の終盤に修学旅行へ行くこととなる。
ウチの高校でもそれは決定事項で、四泊五日の新潟スキーへの旅だ。
この四泊五日という日数がなんとも絶妙だ。長いのか短いのかを生徒に悟らせることのない絶妙な数字…。
「五日だぞ霧生! 五日! 長いぞ! やっほい!」
僕の持論はこの男のバカ騒ぎによって掻き消されてしまった。
いや、この持論は誰にも喋ってない。セーフだ、セーフ。
「お前騒ぎ過ぎだ、教室でみっともないだろ」
「いやあ中学の時は二泊三日だったし、一年の合宿もそうだったからさ。四泊五日ってのにだいぶ興奮しちまってな」
「まあ分からなくはないが」
修学旅行は学校一のイベント。それを学校側も承知しているのかやはり機関がほかの行事よりも長く設定されている。
白瀬を宥めはしたが、内心では僕もかなりワクワクしている。
大勢の同級生と長めの旅行へ行くわけだ、良い物になることを願うばかりだな。
・・・・
Side:SHIRASE
ついに修学旅行だ! 待っていたこの時を!
俺はこの時のために今まで生きてきたと言っても過言じゃないすみません嘘つきました。
修学旅行は二週間ほど先だが、準備あってこその修学旅行だと俺は思う。
クラスで話し合い、旅行時の役職等を決め、そしていよいよ行くとなった時のときのあの感動!
「それがどんなにいいものかお前に分かるか!?」
俺は霧生に熱弁していた。
しかし霧生はあっさり「分からん」と切り捨てた。
クソッタレ。血も涙もねぇぞこいつ。
「お前は修学旅行ソムリエか何かか。そんなに深く考えなくても楽いだろ修学旅行は」
「相も変わらず甘いな霧生。そんなんじゃいつまで経っても修学旅行初心者だぜ?」
「修学旅行の経験回数はお前と全く一緒だけどな」
「冷静だなお前。楽しみじゃないのかよ、修学旅行」
「いや楽しみだよ。僕が静かなんじゃなくてお前が異様にうるさいだけだ。見てみろみんな白瀬を見てる」
「…ま、俺に惹かれるのも無理はないな」
「いやどんだけポジティブだよ」
しかし普段は大人しい霧生というこの男が、今回はなんだかワクワクオーラを放っているようにも見える。オーラワクワクすっぞ。
修学旅行には友達の普段とは違う一面を見れる貴重なイベントでもある、ってことなのかもしれないな。
・・・・
Side:KIRYU
教室は依然として騒がしいままだった。
五時間目を終え、僕たちは次の六時間目でバスの席順やら部屋割りやらを決めることになっていた。
教室が騒がしいのはあらかたそれの前準備といったところだろう。
「やっほー晃平」
一人の女子生徒が後ろから背中を叩く。僕のことを晃平と呼ぶ女子生徒は一人しかいない。そいつに対して軽く手を挙げて応えた。
「なんだ夏菜、改まって」
「みんな張り切ってるよねぇ。晃平たちも何か決めたりしてるの?」
「いや何も」
まあ、特に僕たちが話し合うこともないだろう。
何もせずとも僕は白瀬と一緒になる。なんかそんな気がする。
そういう執念をこの男からは感じる。やだ怖い。
「はい、黙れお前ら」
教室の中にそんな声が響いた。担任教師の相田が教室へ入ってきたのだ。
毎度毎度、なんで教師になったの?という疑問が絶えない先生である。
「じゃあ六限目始めるぞ。あとは学級委員よろしく」
「分かりました」
食い気味に返事をする学級委員。将来は有能な社畜だね!
しかしそれよりも転校してきたばかりの耕也は相田の方に興味があるようだった。
「おい晃平、どーなってんだあの教師」
「気にするな。ああいう先生なんだ。もうみんな慣れた」
「マジかよ。あんな先生、本当にいるもんなんだな」
本当にいるもんなんんです。
別に嫌いとかいうわけじゃないが、それでもなんかやる気なさそうというのが相田の印象だ。
そうこうしているうちに学級委員が前に立ち、指揮をとり始めた。
「静粛に! では今から班決めを行う。各自勝手な行動は慎むように」
声を張り上げるが、教室は一向に騒ぐのをやめない。
『静粛に』なんて言葉を学校生活で聞く機会があるとは思わなかった。
司会をしているのは雅野佐助、いかにもといった感じの真面目な学級委員だ。
生徒会長にでもなりそうな雰囲気持っているが、やつは立候補はしなかった。雅野曰く『僕はそれほど器の大きな人間ではない』とのことだ。
それにしてもクラスは一向に静まらない。
やがて、
「静粛に! 貴様ら! 真面目にやれ!」
荒っぽい口調になった。あの口調も、生徒会長に立候補しなかった…というかできなかった理由の一つだろう。
彼のことを大抵の人が『もったいない』という。優秀なやつだとは思うんだが…。
「まず班決めから行う。前に実施したアンケートでは『仲がいい人と同じ班がいい』という案が多かった。そこで判断は君たちに任せることにする。時間を与えるが、くれぐれも静かに行うように」
雅野は一見堅物にも見えるが、あれで周りのことを考えている人間だ。
雅野が発言を終えると、周りはやはり騒ぎ出した。
やつが「静かにしろ!」と言いまくっているのにはおかまいなしだ。
もはや雅野が一番うるさいまである。
「で、どうする?」
「何がだ?」
後ろから耕也が声をかけてきた。それを皮切りに、いつものメンバーが集まってきた。まるで図ったかのようだな…なんか怖い。
「班だよ。誰と一緒になるのかってことだ」
「ふむ。まあ正直、お前らと一緒がいいけどそもそも何人班なんだ?」
疑問に思っていたことを聞くと、その場にいた全員が黙る。
そういや雅野もそれについては何も言ってなかったな。抜けてるなぁ…惜しい人材だ。
「おーい雅野!」
「何だ竹内」
「修学旅行の班って何人なんだ?」
「…僕としたことがうっかりしていた、伝えていなかったな。静粛に! 人数は一班につき五人だ! 分かったら返事……聞いているのか貴様ら!」
雅野は周りに言うが、おそらくあれは何人かしか聞いていないだろう。
どこまでも可哀想なやつで、そしてどこまでももったいない。
それが雅野佐助という人間なのだろう。
しかし今ここに集まってるメンバーは僕を含めて、夏菜、白瀬、耕也、優、俊介、みなみの七人。つまり、五人で班を形成してしまうと二人外れる計算だ。
それなら三人と四人に分かれるとかすればいいかもしれないが、残りに入る一人ないし二人が班内で浮いてしまうかもしれない。
せっかくの修学旅行だ、気まずくなるような事態は避けたいな。
「じゃあ霧生と鮎川で一つ。あとは残りの五人で構成しようぜ」
白瀬がまたアホなことを言い始めた
ねえそのいじりいつまで続くんですか。
もう文化祭終わって結構経つんですけど。ねえ。
「まあまあ。じゃあ三・四で分かれよっか」
「だがそれだと残りのやつが浮いてしまうんじゃないかと思うが」
「何言ってんの! そんなこと絶対にさせないよっ」
僕が心配していたことに対して、そう笑顔で言ってのける夏菜。
すごいなこいつは…。なかなか言えることじゃないぞ、そんなの。
「よし、じゃ裏表で決めるか!」
「じゃあいくよ! いっせーの……!!」
結果はなんと一発で決まった。
運がいいのか悪いのか、僕はみなみとわかれてしまった。
『 裏: 霧生晃平・白瀬浩太・青野優
表: 竹内耕也・渦木俊介・浅井夏菜・鮎川みなみ 』
「ふむ、そろそろ決まった頃合いか。静粛に!」
「なあ雅野」
「何だ霧生」
「班を決めてたんだが三人ほど足りん。この場合はどうしたらいいんだ?」
「それならば問題はない。余ったところには僕たち学級委員が入る」
ああ、なるほど。確かに学級委員は司会してたから、班決めに参加していなかったからな。
というか班決めって修学旅行において結構重要だと思うけど…こいつら学級委員もなかなかすごいよな…。
最終的に、僕たち裏側の班に雅野佐助、そして女子学級委員の市橋まりがなかまになった!
一方表側の班は何も変わらず、そのまま四人だった。
「さて次はバスの席……ええい、いい加減にしろ貴様ら! 静かにしろと言っているだろう!」
「あ、キレた」
周りがあまりにもうるさいので、雅野もブチ切れる。
これもいつものことなので、特に誰も雅野を宥めたりしない。
「まあまあまあ、落ち着いて雅野くん」
「……ふー、もう疲れた。市橋、僕はしばらく黙るから進行は任せる」
「はいはいはーい」
雅野を宥めるのはこの市橋まりの役目であることはもはや定石である。
普段は雅野が仕切っているのであまりでしゃばらないが、こんな風に雅野が疲れると代わりに進行を務めることがある。
「はいっ。じゃあさくっと決めちゃいましょう」
ちなみに同じ学級委員でも市橋は雅野とは型がだいぶ違う。
「とりあえず、班別に並ぶか、好きな所に座るかの二択です。では多数決とりますね。班別に並びたい人ー」
これに対しては少数が手を挙げた。
「ふむふむふむ……いち、にぃ……はい。じゃあ好きな所に座るで決定します!」
市橋は常に『さくっと終わらせる』のがモットーのようで、あまり深い議論に持っていくことを良しとしない。
まあ、おかげで雅野のときより早く終わるからこっちとしては別に全然構わないのだが。
「はい、じゃあ好きな席に名前を書いていってくださーい」
全員が一気に立ち上がる。それを目で追うと時計が目に入った。
六時間目もそろそろ終わりか…。
修学旅行について考える時間はまだまだあるし、楽しみにしているとその日が来るのは遅く感じてしまうもの。
高校生活最大のイベントは実感的にはまだまだ先の話になりそうだ。
僕は耕也と白瀬の間に自分の名前を書きながら、旅行が良い物にならんことをただ祈っていた。
耕也「ついに…ついに来たな! 修学旅行の刻がよォ!」
晃平「なんでちょっと厨二っぽくなったんだよ…。確かにいろいろと楽しみではあるが」
耕也「しかし修学旅行でスキーとは…センスの欠片もねぇなァ」
晃平「そんなことはないだろ。なかなかできることじゃないし、満面雪景色とかきっと気持ちいいと思うぞ」
耕也「それはそうなんだがなァ」
晃平「いや、さっきから語尾が変なのはなんなんだよ」