7 ナオス
ちょっと前まではテレビにコードを繋がないと遊ぶことができなかったゲームという存在だが、今ではスマートフォンで遊ぶことができるほどにまでゲームは進化を遂げた。
かがくのちからってすげー。
だがそのゲームを作るのにはかなりの技術が必要なんじゃないかと僕は素人ながらに思う。
プログラムやらシナリオやらを一から考えているかと思うと尊敬できる。
耕也の案でゲームショップに来ていた僕はそんなことを考えながらゲームのパッケージを眺めていた。
「参考までにゲームを買いに来たが、果たして本当にこんなのに部費をつかっていいのかね」
ふと耕也が呟いた。言い方から察するに自腹でゲームを買うつもりだったのだろう。
だが心配には及ぶまい。ゲー研のように何かを製作する部活動に与えられている部費は、他の文系の部活と比べて多めに設定されているのだ。
まあその部費をどう使うかは部長の責任となってしまうが。
「ま、ちゃちゃっと決めちゃおうよ。一つしか買えないんだったよね」
「一つ? なんでだよ、もっと買っていけばいいじゃねえか」
耕也が首を傾げた。さっき部費をゲームに使っていいんか的なこと言ってなかったっけこいつ。
「夏菜が言ってただろ。買うのは一つまでだって」
「…そういえばそんなこと言ってたような」
「言ってたよ」
まあ夏菜がそれを言ったときにはこいつは外出準備に張り切っていたからな。
よほどゲームを買いたかったと見える。
「まあ時間も無いしとっとと決めてしまおう」
「よーし。では言い出しっぺの俺が選んでおくとするか。二人ともどっかで適当に休んでていいぞ」
偉そうに耕也が言う。気を遣っているつもりかもしれないが、それなら僕は一体何のためにわざわざ学校から出てきたのだろう。
別に僕はここでゲームを眺めてても良かったのだが、優はそうはいかないようで耕也の案にノリノリだった。
「やった! じゃ、竹内くんお願いね! よっし、では行こうか霧生殿」
「いったい誰だよ…」
半ば強引に僕の背中を押す優。
それを見て耕也も気合が入ったのか袖を捲りながら言った。
「じゃ、選び終わり次第連絡するから。一時解散!」
・・・・
店を出た後、僕たちは特に行く当てもなく並んで歩いていた。
制服で並んで歩いている男女を見れば、カップルだと思う人もいるかもなぁ…。
そんなどうでもいいことを考えながら隣を歩く優を見る。
「はーあ。どっかでこう…なんか事件とか起きないかなぁ」
すごい物騒なことを呟いていた。
「暇だよねー。特にどこへ行くわけでも無いしさ」
「だからって、事件なんかそうそう起こるわけないだろ」
「うーむ。ゲーム屋に残らなかったのは失敗だったかも…」
それは僕もちょっと思っている。
行く当てがない以上、ゲームショップでゲームを眺めてたほうがまだ暇つぶしになったと思う。
というか三人でゲーム選べばもっと早く帰れたんじゃなかろうか。
そのとき僕のわき腹が軽く突かれた。
「ん? どうした?」
「こんなとこに図書館なんかあったんだねー! ほら!」
優が元気よく指差した先には確かに図書館らしき建物があった。
しかし平日の昼間とあって人影は全然見られない。
ここならある程度暇つぶしできそうだし、入ってみるかと優に尋ねようとすると、
「ほらほら! 早く行くよ!」
「えっ…いやちょっと」
優はすでに駆け出していた。さながら少年のように…。
どうしてこう僕の周りの女子は元気いっぱいなのだろうか。
外の様子から感じていた通り、中にはほとんど人の気配はない。
図書館へ入るとすぐに優は「あ」と声をあげ、スマホを取り出した。
なるほど、マナーモードにするか電源を切っておかないといけないな。
青野優という女の子は意外とそういうところがしっかりしている。
真似るように僕も携帯電話を取り出し、マナーモードに設定した。
というかこいつもスマホかよ。普及してきてんなぁ。
「さてと。何読もっかなー」
「まあなんだ、適当に気になるやつを読めばいいんじゃないか」
「うーん…でも続きが気になるところで竹内くんから連絡来ちゃったらと思うと…」
「いや借りればいいだろ。図書館だぞここ」
「そっか、それもそうだね。じゃ早いとこ本探そう!」
言うと優は本棚を物色し始めた。
まあせっかく図書館に来たわけだし、普段は読まないような本をここで探すのも悪くはないだろう。
・・・・
図書館に来てから20分ほどが経った。
ふと優の方を見ると借りてきたであろう本を熱心に読んでいる。
『歴史に残る殺人犯たち Part3』というタイトルの本だった。
なにそれ、ちょっと読んでみたいんだけど。
すると僕の視線に気が付いたのか、優が顔を上げ僕の方を向いた。
「いいよ、これ! 世界中の面白犯人や凶悪犯の手口とか、すっごいわくわくするよ!」
「お、おう」
すっごい目をキラキラさせて語ってくるんだけどこの子。
大丈夫? 感化されたりしてないよね? 凶悪犯の手口真似しちゃったりしないよね?
「ところで霧生くんは何読んでるの?」
「僕か。僕はこの『関西バッテリー』って本を」
僕が読んでいたこの本は名前の通り、関西にある架空の高校野球のバッテリーを描いた話である。
ぶっちゃけた話野球はよく分からないが、それでもなかなか面白い。
まあ野球をする描写は少ないし、野球を知らない人でも楽しめるように書かれているのだろう。
しかしそんな僕の感想はどうでもいいらしく、優はすでに目線を犯罪者バイブルへと戻していた。
かと思えば、
「あ。そういえばさ、今日ちょっと気になることあったんだー。聞いてかない?」
優は僕のほうに身を乗り出してそう聞いてきた。
自由奔放とはこういう人間のことを言うんだなと、なんか納得した。
正直本の続きを読みたいところだが、だいたいこの手のやつは話を聞くまでしつこく粘ってくるというのが定石だ。
まあ本は借りて帰って読めるし…しつこい邪魔を受けながら本を読むよりはまだ話を聞いてやったほうがよかろう。
「じゃあ聞かせてもらうよ」
「よしよし。今日の掃除時間のときなんだけど、私サボって遊んでてさ」
「当たり前のようにサボるって言ったな」
ちなみに掃除はサボると後が厄介だ。
塵埃は溜まる一方だし、何よりサボったことがバレたら怒られる(先生に)。
だから僕は決して掃除はサボらないと心に決めてあるのだ。
「まあまあ、サボるのも大事な教養だし。でね、他のクラスの子と違う教室でおしゃべりしてたの」
「違う教室?」
「うん、習熟教室。でもそれは突然のことだった……先生がやってきたんだ!」
「いやわざわざ仰々しく言うんじゃねえよ」
「だから皆、慌てて掃除道具を手に持って掃除してるフリをしたんだよ」
「……というか。この話全く面白くないんだが、まだ続きあるの?」
「まあまあ、これからだからさっ。んで、先生が行った後またしゃべってたんだけど―――」
どうでもいいけど、ちゃんと掃除をするという選択肢はもはや無いんですね優さん。
「先生はもう来なかったけどチャイムが鳴っちゃって、終礼の時間だってことでお開きになったんだよ。急いでみんな習熟教室を出たんだけど、最後に出た子が変なこと言ってたんだよね」
「変なことって?」
「うん。『治さなくていいのかな』って」
「治す?」
「治す」
なぜか復唱する優。しかし治すって、治療するとかいう意味の治すだよな。
いや、修理するとかいう意味の『直す』かもしれない。
「お前ら何か壊したりしたんじゃないのか。それで直さなくていいのかって注意されたとか」
「やぁれやれ、考察が甘いな霧生くんは」
「くっ、小馬鹿にしたような言い方が腹立つな…」
「私もそれは考えたんだよ。でも修理も何も私たち別に何かを壊したりしてないんだ」
不思議そうに言う優。
「知らず知らずのうちに壊してたとかじゃないのか、何かを」
「違うと思う。だって私たち、立っておしゃべりしてただけだし」
それが本当なら何かが壊れるなんてことは、まあないだろうな。
「やー、不思議だよねぇ」
「何も壊してないっていうなら、まあ不思議だな。そもそも誰としゃべってたんだ?」
「んーとね、一組の山野瀬紫ちゃんでしょ、二組の植山加奈里ちゃんでしょ、あと幡山美菜ちゃん。あと……何組か忘れちゃったけど暮沢さん……だったかな?」
「よく覚えてるな…。ところでなんで暮沢さんって人だけ『さん付け』なんだ? 他はみんな『ちゃん』だっただろ」
「私も暮沢さんのことはあんまりよく知らなくてさ。転校してきたばっかりなんだって」
「なるほど、それでクラスも覚えてないのか」
転校生でなくても名前を覚えられない僕からすればその記憶力は大したもんだとは思うが。
しかしこの時期の転校生なんて一人だけでも珍しいのに、耕也以外にもいたとはな。
とりあえず話を戻そう。
「で、優は結局何が気になるんだ」
「んー、まあさっきの台詞を誰が言ったかってことかな。もし何か壊してたんならちゃんと直さないとだし…」
「しかし誰がそう言ったくらいは覚えてそうなもんだがな」
「私が一番初めに部屋を出たからねぇ。声質もみんな似てるし」
一番初め、というあたりが優のそそっかしさを表しているな。
別にそこまで急がなくても良かっただろうに。
「ちなみに、おしゃべりの内容はなんだったんだ?」
「おっ? もしや貴殿、ガールズトークに興味が?」
「ないない」
ていうかどの立場の人間だよお前。
「もしかしたら『直す』って単語は、お前らの直前の会話から来ているかもしれないだろ? どんな内容か分かれば案外すぐ答えは出るんじゃないかと思ってな」
「なるほど…。でもごめんねぇ、内容は良く覚えてないな。あーでも、暮沢さんについての話はしてたよ。やっぱ転校生だしね」
「暮沢さんの話か。…その子どこから転校してきたんだ?」
「さあ? そこまでは」
いやお前ら暮沢さんについての話してたんじゃないのかよ。
どんだけ適当に会話してるんだよ。
もはや今話しているこの話題ですら優の妄想なんじゃないかと心配になるまである。
「でも語尾が曖昧だったのは印象強かったね。『やん』とか『と』とかなんか変な感じだった」
「方言がまだ残ってるんだな。それで語尾が『やん』に『と』か」
言いながら僕は手に持っていた本を見る。
半ば確信していたが本を開いてもう一度よく読んでみた。
「あれ、私の話やっぱつまんなかった?」
「いやそういうわけじゃ…。ふむ、暮沢さんはもしかして関西の方からきたんじゃないか」
「関西弁って感じじゃなかったと思うけど」
キョトンとした顔で優が僕を見つめる。
いや関西といっても色々あるだろ。
「九州のあたりとか…その辺なら話が通るな」
「九州? でも九州の人って『なんとかですたい』とかそんな喋り方じゃないっけ?」
「詳しいことは僕にも分からんが、それは主に熊本県寄りの九州人の話し方だろう。九州寄りの方の人は語尾に『と』とかつくらしい」
「へぇ、そんなのよく知ってるね」
「ああ。こいつに載ってた」
僕は『関西バッテリー』を握った右手を軽く掲げる。
「ちなみにさっきの情報は、キャッチャーの片岡が実は九州の人間だとカミングアウトした際に、ピッチャーの無田が九州の人間とはバッテリーを組めないと言い出し、キャッチャー片岡が自分は九州寄りの人間だから実質セーフだといって説得する際の台詞だ」
「…なんでそんなに九州の人邪険にされてるの?」
訝しげな眼で僕を見る優。えっ、僕?
なんか僕が九州の人を邪険に扱っている感じになってんのこれ?
いやそんなことは決して無いんだけど。
「…まあ話を戻して。その『直す云々』って台詞を暮沢さんが言ったものだと考えてみよう」
「九州の方言に何か関係あるのかな?」
「実はそれもこいつに載ってたんだ」
そう言い僕は『関西バッテリー』を取り出す。
それを見た優は「えぇ…」と低い声を上げた。
「その本私の状況的確に突っ込んでくるね、なんか怖いよ」
「まあ暮沢さんが九州出身だと分かったら簡単なことだったけどな。暮沢さんは『片付けなくていいのか』って言ってたんだよ」
「片付け…?」
「これを見てみろ」
僕は『関西バッテリー』のある一ページを優に見せる。
このページにヒントがあった。
「『ボールは俺がなおしとくわ』って台詞があるだろ。たぶん九州に限らず関西の人は『元の場所に片付ける』という意味の『しまう』って言葉を『なおす』という風に言うんだと思う」
「そうなの?」
「さあな、僕は関西の人間じゃないから分からん。でもそう考えれば暮沢さんがそう言った理由が付くだろ」
「でも片付けるって、何を?」
「先生が来た時に掃除道具を取り出したんだろ。そのまま出しっぱなしになってたとかじゃないのか?」
「んー、そういえばそうだったような…」
肝心なところの記憶は無いんだなこいつは…。
「まあまあ、でもこれですっきりしたよ。また今度暮沢さんとお話しないとだね」
「いや掃除時間以外にしとけよ」
ふぅとため息をつく。思えば優の話を聞き始めて結構経った気がする。
今は何時だろうと、時間を確認するべく携帯電話を開く。
すると、
「…着信が二件」
「竹内くん?」
「だろうな。そろそろ出るか」
優の言う通り着信は二件とも耕也だった。
僕としたことが着信に気が付かないとは…割と優の話に夢中になっていたらしい。
僕たちは図書館を出て電話をかけ直した。
耕也はワンコールで出た。よほど待ちかねていたんだろう。
「悪かったな耕也、マナーモードにしてて気付かなかった」
『悪かったな、じゃねえよ。結構待ってたんだぞ、…まあいいけど。とりあえずゲームは買い終わったからさっきのゲーム屋で合流しようぜ』
「ゲームショップで合流するのか」
それならやはり僕たちが分かれて行動する意味は無かったのではないかと思うが…。
ゲームショップに着くと耕也が腕を組んで待っていた。
「まったく、しっかりしてよね!」
「なんでちょっと女言葉なんだよ、マナーモードで気付かなかったんだって」
「ところで竹内くん、何のゲームを買ったの?」
「ふっ、それは後のお楽しみさ…」
耕也はそう言うと髪を掻き揚げポーズを取った。
ああ、これは僕たちがいない間に何かに感化されたな。
そんなことを思いながら僕は二人とともに学校へと戻った。
晃平「話の内容としてはだいたい夏あたりの話だな。季節感を統一しようと作者も試みているらしい」
耕也「なるほどな。やれやれ、早く冬にならないもんかねぇ」
晃平「意外だな。てっきり女が薄着になるとかいう理由で夏のほうが好きなのかと思ってたが」
耕也「一体いつから俺がエロいキャラになったんだよ…。まあ確かに女もいいが、あれだよ。冬はサンタからプレゼントもらえるのがでかいよな」
晃平「ほー、耕也のくせにメルヘンなこと言うんだな」
耕也「…メルヘン? サンタは来るだろ、普通に」
晃平「……マジかお前」