4 篠原会長の憂鬱
生徒会執行部は基本的に学校のために動く。
生徒会が表立って仕切るのは学校行事くらいなもんだからその存在に気付く人間は少ないが、裏での積み重ねがあって初めてそれが成り立つのではないかと思う。
狩村さんに部費のことを聞いた翌日の放課後、僕たちは揃って生徒会室に向かっていた。
生徒会室は科学準備室からだいぶ離れており、階も違うので正直移動はしんどい。
「生徒会室なんて行くの初めてかもー」
「そうなんだー、私は割と行くこと多いよっ」
黙々と歩く僕の後ろで夏菜と、なぜか優がそんな会話を繰り広げていた。
聞けばゲー研のことが気になってついてきたらしいが、部費の話をしに行くのに部員以外の人間が居て大丈夫かね。
生徒会室に着くなり夏菜は力強くノックをする。
「すいませーん、誰かいませんかー」
強めのノックが効いたのか、生徒会室の扉はすぐに開いた。
「すみません、今ちょっと手が離せなくて、また今度に…」
出て来たのは眼鏡をかけた、知的な雰囲気を漂わせる女子生徒だった。
うむ、いかにも生徒会役員と言った感じだ。
しかし夏菜を見ると女子生徒のそれまでの堅苦しい態度が一気に消え去った。
「…夏菜?」
「やっほ、むっくん」
むっくん…あだ名か?
女の子にそういうあだ名付けるってのはちょっとどうなんですかね夏菜さん。
いや別に夏菜が付けたあだ名とは限らんけども。
夏菜は「あ」と声を上げると、僕たちの方に向き直る。
「えっとね、こちら椋本枝折ちゃん。隣のクラスの委員長だよ」
「どうも…」
椋本という女子は軽く会釈をする。
やはりどこか堅い…まあ初対面なんだから当たり前だが。
「むっくんは確か…書記だったっけ」
「うん。夏菜、今ちょっと忙しくてさ、用ならあとでいい?」
「なんかあったの?」
躊躇なく訊ねる夏菜。そう迂闊に訊くもんじゃない、もし大変なことだったらどうするんだ。
しかし椋本はさして気にする様子も見せず答えた。
「うちの会長がね、引き出しの鍵無くしちゃったの」
「鍵?」
「うん、会長はいつも大事なものは机の引き出しにしまってるんだけど…。その机の鍵が無くて」
「あらー、大変だね」
他人事のように言う夏菜だったが、これはひょっとしたら面倒なことになるかもしれないぞ。
生徒会長が鍵をかけてしまうような大事なものと言えば何があるか。
それは詳しくは分からないがそのうちの一つとして間違いなくアレがあるだろう。
初対面の人間にはめっぽう弱い僕だったが、それでも椋本に訊ねてみる。
「ちなみに、机の中にはどんなのが入ってるんだ?」
「……まあ、定例会議の書記と文化祭の計画表…他には部費の予算金額表とか―――」
「部費だって?」
光の速さで白瀬が喰いついた。
やはり部費関連の物も入ってたか…これはいささかまずい展開だ。
鍵が見つからない以上目的を達成することはできない、そんな状況でうちの部長が何を言い出すかは簡単に想像がついた。
「よし、じゃ私たちも一緒に探すよっ」
「え…でも悪いよ。部外者だし…」
「いやいや、俺たちも部費の件で話があったから、無関係ってわけでもないぜ」
耕也もノリ気である。これは鍵を探す羽目になりそうだな。
何より夏菜が手伝うと言った瞬間に椋本の目が輝いた。
…人手が足りてない証拠だ。手伝わないといつになるか分からん。
椋本の了承も得たところでさあ鍵を探そうとしたその時、一人の女子生徒がこちらへ駆けて来た。
「ごめーん、待たせて」
「あ、美砂。どう、あった?」
「ううん、教室にはなかった…」
みさ…。ふむ、さすがに僕でも分かるぞ。
この女子生徒は生徒会長の篠原美砂だ。
篠原が戻ると同時に、生徒会室中から男子生徒の声が聞こえた。
「篠原、やっぱりこの部屋にはないぞ」
「そっか……じゃあ校舎のあてがあるところを探すしかないか…」
篠原は落ち込んだ様子で言う。
大事なものをしまった鍵を失くしてしまったわけだし、それは当然だろう。
「あ、美砂。この人たち探すの手伝ってくれるって」
「え…」
「どーも」
白瀬が軽い調子で会釈する。ふむ、あまり歓迎はされていないようだな、部外者だから仕方は無いか。
しかし早めに片を付けないと、もし変な奴に鍵を拾われでもしたらそれこそ戻ってくるか分からない。
ひとまず聞けることは篠原に聞いておくとするか…。
「えっと、篠原だったっけ。この件は先生に知らせたのか?」
「えっ、いや、大したことじゃないし、知らせてはないよ」
「そか。じゃ鍵は普段どうしてた?」
「普段……制服のブレザーのポケットの中かな、そこに入れてた。でも今日、帰ろうと思って鍵があるか確認したら無かったの。生徒会室を出るときは違う引出しに入れるようにしてたから…」
一応ちゃんと用心はしていたわけか…なのになくなった。
うーむ、篠原が超絶ドジっ娘キャラなんだったらあり得るかもしれないが、そうでなければ普通失くすことは無さそうだな。
「最後に鍵があったのはいつか、覚えてない?」
「…掃除時間のときには確かにあったかな」
とりあえず今はポケットから何かを取り出したときに落ちてしまったと考えるのが妥当だろう。
そして『掃除の時間』と『篠原がポケットの中を確認したとき』までの間にになくなった、ということか。
「とりあえず、生徒会室の外も探してみよ。大平くんに言っておくから、探してて」
椋本はそう言って生徒会室に入って行った。
大平…さっきの声の男子生徒か。
そしてその大平が生徒会室内には無いと言った以上、椋本の言う通り生徒会室外を探すべきだろう。
・・・・
僕は他の生徒会役員と共になじみのある場所で鍵を探していた。
科学準備室の前だ。どうも篠原の担当する掃除区域がここらしい。
しかしこんな何もない廊下に落ちていたらすぐに気づきそうなもんだが…。
「先輩、ここには無いみたいですね」
「…だな。戻るか、えっと……」
「あ、神谷康介です」
困った僕を見兼ねて自ら名乗ってくれた。さすが生徒会は気が利く。
しかし一年生まで駆り出すとは…よほど先生には知らせたくないらしい。
まあ確かに面倒だしね。
大騒ぎしたときに限って案外すぐに見つかって恥ずかしくなる経験なんかやっぱりしたくないもんね。
「しかし心配です、鍵が無いとどうなっちゃうんでしょう」
「さあ、僕は部外者だしな。…生徒会は普段どんな感じなんだ?」
「普段ですか? そうですねぇ」
突然の質問にもちゃんと考えて答えてくれる。
これは生徒会だからとかじゃなくて、単純に神谷くんの人柄がいいだけなのかもしれない
「僕、普段は同じ書記の大平先輩や椋本先輩と一緒にいることが多いですね。二人で交互に学校の掃除なんかもして、良い人たちですよ」
「へぇ、自主的にか?」
「はい、すごいですよね。あ、大平先輩はオタクだって有名らしいんですけど、そうなんですか」
「さあ…」
そもそも大平ってやつの顔すら知らんし…てか有名なんだ。
大丈夫かな、からかわれたりしてないかな大平ってやつ。
「いやー、あの人の影響で僕もアニメにハマっちゃいまして…お恥ずかしい限りです」
「…君はしっかりしてるよ」
爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。誰にとは言わないけど。
神谷くんの話から大平、そして椋本の人物像が軽く想像できる。
人徳はやはり積むべきものだなぁ。
「オタクってのは案外毛嫌いされがちだが…君は大丈夫なのか? 生徒会内で」
「ええ、皆良い人たちですから。大平先輩も全く気にしてませんし…それで学年の間で有名らしいんですけどね」
はははと笑う神谷青年。
仲睦まじいというのはいいものだなと、こういうのを見ていると少し思うことがある。
後輩がいれば僕もこんな感じになれるんだろうか。
否、僕はこんな風にはなれないかもしれんな…別に良い奴じゃないし。
「あー、でも……それよりも会長の方がちょっと、アレかもしれないですね」
「アレ? オタクってことか」
「いえ……たまたまですよ。たまたま、生徒会の女子が話してるのが聞こえたんですけど―――」
『ねえ知ってる? 会長ってちょーエロいらしいよ』
『えっ、会長って篠原先輩だよね!? マジで―!』
『マジマジー! なんかこっそりエロ小説書いてるとか!』
『えー! いがーい!!』
「―――みたいな感じで…」
「デリカシーの欠片も無い連中だな…」
結構大きめの声でしゃべってただろ、たまたま神谷くんに聞こえるくらいに。
まあ本当にたまたま聞こえたんならの話だけど。
てか何だよあの出だし。豆しばかよ。
「まあでも、ただの噂なんだったら気にすることないと思うが」
「あ、いえ、実は僕もちょっと見えちゃったんです。会長がそういうの書いてるのを」
神谷くんは多少照れつつも話を続けようとする。
ふむ…篠原に何かしらの感情を抱いている可能性もあるかもしれんな。
どうでもいいけどちょっと見えちゃったって表現、何か卑猥な感じがするのは僕だけですか。
「……あ、でも日頃から周りの生徒の信頼も厚くてですね、前の生徒会長からも『次の会長はお前だな』って言われてたんですよ。あとは意外と怖がりで、結構暑がりなところがあります」
「ほう…」
怖がりと暑がりに関しては完全に要らない情報なんだけどね。
しかし篠原に信頼があるのは何となく想像はできる、でなきゃ生徒会長なんて務まらんだろうしな。
「…話を鍵に戻すが、鍵にはストラップか何かついていたか?」
「いえ、特に……あ、紐が付いてました、紐」
「…紐? だけ?」
「はい、紐だけ」
紐だけを鍵につけてたって、なんか変わってるな。
紐をつけて一体何のつもりなんだろうか。
・・・・
次に僕が探しに向かったのは視聴覚室。
神谷くんは一旦生徒会室まで戻るらしい。
僕がそこへ行くと、椋本が一人で鍵を探していた。
「どうだ、調子は」
「あ、霧生くん…だっけ。やっぱないみたい」
まあ探してるってことは、無いんだろうな。
というか僕、名乗った覚えがないんだけど…夏菜から聞いたか。
しかしこんだけ探して無いってことは、誰かが盗んだ可能性も考慮すべきなんじゃなかろうか…。
「…ところで、なんでこんなところを探してるんだ? 今日視聴覚室を使う授業は無かったと思うが」
「今日の放課後に生徒会室に来てすぐに美砂が、『視聴覚室に呼ばれてるの忘れてた』って、カバンなり何なり全部置いて走って行っちゃったんだよね。その時に落としたんじゃないかな、と思って探してるの」
「なるほど、でもやっぱり無いみたいだな」
見渡してみたが、床には埃一つすら無かった。
・・・・
あらかた探し終えたところで、僕はもう一度生徒会室へ向かっていた。
鍵は見つかっていないが、もし盗られたと仮定して考えるんなら……考えが少しまとまってきたぞ。
「お、霧生じゃねえか」
「え、ああ、先輩ですか」
声のした方を向くと、狩村先輩が居た。
何やってんだと思ったら、そうか、三年の教室と生徒会室は同じ階なのか。
「何やってんだ、こんなとこで。あ、生徒会に掛け合うためか」
「ああ、それなんですけど…」
「俺がわざわざ昨日言っておいてやったんだから、その辺感謝しとけよ」
「…?」
わざわざ昨日言っておいたって、誰に? 何を?
僕が理解していないような話をしていたので先輩は一から話してくれた。
「おいおい、聞いてないのかよ。昨日帰る途中に生徒会のやつ見かけたから、ゲー研の奴らが部費について聞きに行くからヨロシクって言っておいたんだが」
「はぁ…聞いてないですね。誰に言ったんですか?」
「誰って……大平? だったかな」
「…そうですか」
大平からそんな話は聞いていないな…。
生徒会室にいたなら僕たちと椋本のやり取りは聞こえていたはず、なぜ何も言ってこなかったのか?
単純に鍵を探すのに夢中になっていただけなのか…。
「じゃな霧生。ゲームできたらやらせろよ」
「はは…まあ、そっちは期待なさらず」
先輩は手を振りながら階段を下りて行った。
さてと、そのゲームを作るためにも、鍵を見つけないといけないな…。