◆02 小さな支配者
「勉強会だ!」
その日の放課後、並んで帰宅している最中の僕と白瀬と渦木の三人。白瀬がそう叫んだのは、ちょうど踏み切りに差し掛かった時だった。…相変わらず周りの目を気にしない男だな。
「勉強会を開こうぜ、霧生!」
「これまた、お前らしくない発言だな」
はっきり言って白瀬の成績は良くない。比較的簡単だった小学校のテストでさえ、50点台の点数を連発していたほどだ。そのメカニズムは実に簡単で、単にこいつは勉強するのが嫌いなのだ。授業こそサボったりはしないが、出された宿題を当日の朝まで放置するなんていうのはザラである。そんな白瀬が、渦木の恋を応援するためとはいえ、まさか勉強なんてワードを使う日が来るとは…。いやいや、驚きだ。
「ま…来年は受験生だしな、俺たち。今まで勉強なんてする気も起きなかったが、そう思うとなんだか俺、このままじゃマジで訳の分からん仕事に就くしか無さそうな気がしてな…」
若干、青ざめた顔で言う白瀬。ふむ、どうやらこの男、珍しくやる気を出しているらしい。と言ってもそれはほんの些細なものなんだろうが。
「…そうか。まあ、お前なりに色々と考えていることは伝わったよ」
「でも、結局誰が青野と鮎川を誘うんだ?霧生は無理なんだよな?」
渦木がそう呟く。そう、僕には到底無理だ。大して仲良くもない女子生徒に自分から話しかけるなんてことができるほど、僕は器用な男じゃない。いや、下手すれば大して仲良くない男子生徒が相手でも難しいか? そんな懸念を抱く僕と渦木だったが、
「いや、青野と鮎川は誘わねえ」
どんと、白瀬は自信有り気にそう言った。
「…なんだって?」
「聞こえなかったか?青野と鮎川は誘わねえ。というか誘えねえだろ、俺たちじゃ」
白瀬の言う通りだ。結局、僕たち三人の中の誰かが青野と鮎川を誘うことが出来たとしても、それは結局妙な噂を立てられてしまう可能性があるわけで…。それでは本末転倒だし、何より先方にも迷惑がかかるというものだ。だが、青野と鮎川を誘わずにどうやって夏菜を僕たち三人の中に引き込むと言うんだ?渦木も同じことを思ったのだろう、白瀬に問う。
「でも、青野と鮎川抜きじゃ浅井さんだって何か思うところあるんじゃないのか?」
「甘いな、お前らは。100%のオレンジジュースよりも甘いぜ」
「言うほど甘いか?それ」
僕の華麗なツッコミをよそに、白瀬は語り始めた。
「良いか?要は、俺たちが浅井一人を誘っても変じゃない状況を作り出せば良いんだろ?」
「ああ。でもそれ、そんなに簡単なことじゃないだろ」
「いや簡単なのさ。お前ら、浅井の特徴をいくつか挙げてみろよ」
肩をすくめながら白瀬は僕たちに問いかける。その動きはすごく腹が立つからやめて頂きたいものだが、夏菜の特徴と言われて真っ先に思いつくのは、やはりあの元気溌溂なところだろうか。
「可愛いところか?」
「お前…」
渦木の呟くような発言が、あの白瀬を軽く戦慄させる。日頃から奇行が目立つのは白瀬の方だが、夏菜絡みの話になると一番頭が空回りするのは渦木の方なのかもしれないな…。このままでは再び悲劇が起きてしまうと思った僕は、答えを急かす。
「良いから、教えてくれ。青野と鮎川を誘わなくて良い理由は何なんだ?」
「まったく、お前は答えを急ぎ過ぎるな霧生。今朝もお前が言ってただろ?浅井の取り柄と言えば」
「夏菜の取り柄?」
夏菜の取り柄と言えば、元気と成績ぐらいのもの―――。
「…なるほどな、それで勉強会ってわけか」
「そういうことだ」
「お、おい。二人で納得してないで、俺にも教えてくれよ」
自分だけが答えが分からないことで焦りを覚えたのか、渦木がまくしたてながら言う。
「つまりだ、僕たち三人で勉強会を開く。ここで、僕たち三人では決して解けない問題が現れるとする。そしたら、どうなると思う?」
「どうなるんだ?」
ほんの少しも考えようとせず、答えを急かす渦木。いや、お前…もう少し自分で考えてみたりしろよ。まあ、僕もさっき似たようなことを白瀬にやったから、何も言えないが。
「僕たち三人では解けない。そうなったら、成績優秀な人間を一人、部屋に招き入れても何らおかしくはない状況になる」
「もしかして、それで浅井さんを部屋に呼ぶってことか?」
「そういうことだ!」
腕組みをし、白瀬はどや顔で渦木に言う。あ、電車が通り過ぎた。
「でも、浅井さんを呼ぶのだって、そう簡単じゃないんじゃないのか?」
「いや、夏菜の連絡先なら僕も白瀬も分かってる」
それに、夏菜とは所属している部活動も同じなのだ。僕や白瀬が夏菜に連絡を取ったことで、変な噂が起こることはまず無いだろう。
「でも、本当に大丈夫か?男三人が集まってる部屋に一人で行った、なんてのを浅井さんの友達が聞いたりしたら…」
「お前は心配性だな。ま、そうなっても大丈夫だろ。幼馴染が助けを求めてきたから助けに行った、それで済む話さ。なあ、霧生」
「ああ」
そう、重要なのは僕たち三人と夏菜が『最初から一緒に居た』のか『途中から合流した』のかの違いだ。いくら僕と白瀬が幼馴染とはいえ、男三人と一緒に勉強する約束を取り付けた、なんてことが第三者に知れたら、少なくともその第三者は夏菜に対して良い印象を受けないだろう。
しかし、もともと男三人のみで勉強していたところに途中から助っ人として参戦し、すぐに退散したということになれば第三者の印象はまるで変わって来る。つまり、重要なのは事実ではなく事実の受け取り方というわけだ。ここまで説明して、渦木は納得してくれたようだった。
「…それなら、浅井さんにも迷惑はかからないな!」
「ふっふっふ、そうだろう!」
ハイタッチしながら喜ぶ白瀬と渦木。しかし、そうとなれば次に決めるべきは―――。
「…で、誰の家で勉強するんだ?」
渦木から核心をついた質問が飛んでくる。こいつ、普段はそうでもないのに、夏菜のことになると抜け目が無くなるな。そんなこと考えていると、渦木がこんな提案をする。
「やっぱり、霧生の家が良いと思うんだ、俺」
「…いや、待て。どうしてそうなった?」
僕の家、白瀬の家、渦木の家。選択肢は三つあるのに、渦木は即座に僕の家が適していると言い切った。しかし、そう思ったのは渦木だけではないようで…。
「たしかにな、俺も霧生の家が良いと思うぜ」
うんうんと、白瀬も頷いていた。
「お前…また適当に渦木に合わせてるんじゃないだろうな」
「違うって。よく考えてみろ。浅井を家に呼ぶんだったら、こいつの家よりも幼馴染みの俺たちどちらかの家の方が浅井も気兼ねなく来やすい、それは分かるな?」
渦木を指さしながら白瀬は言う。それは理解できる。僕だって夏菜と青野や鮎川、誰の家に足を運びやすいかと言われれば即答で夏菜の家に決まっている。小学生の頃に遊びに行って以来だから、実際に夏菜の家に行くことはもう無いだろうが。
「それは分かる。だが、それでなんでお前の家じゃなくて僕の家なんだよ」
「…お前、小学生の頃、俺の家で何回遊んだか覚えてるか?」
「え?そりゃ、何回か遊んだことはあるだろうが…」
「ほう。じゃあ、お前の家で遊んだ回数は覚えてるか?」
「あの頃はほぼ毎日僕の家で遊んでたな。僕と白瀬と夏菜とよく…」
そこまで言ってから、自ら墓穴を掘ったことに気が付いた。
「…だろ?つまり、お前の家の方が、浅井も思い入れが深いってわけだ。俺の家よりも、適任だと思わないか?」
「……ぐ」
言い返し方はいくらでもあるだろうに、僕はそこで押し留められてしまった。思えば、久しぶりに夏菜を自分の部屋に招き入れて、昔みたいに遊びたかったという思いがわずかでもあったのかもしれない。
「……分かった。僕の家だな。頼むから荒らさないでくれよ」
「うおお、助かるよ霧生!ありがとな!」
わざとらしく握手を求めてくる渦木。やれやれ、現金なやつだな。だが、ここまで喜んでもらえるなら場所を提供する甲斐があるというものだ。
「じゃ、決まりだな。決行は明日、土曜日の午前十時だ!まずは俺たち三人だけで集合するぞ!」
「おう!」
気合いを入れる白瀬、そして渦木。僕も久々にちゃんと勉強するかと、気合を入れながら―――。
「…あいつ、明日は家に居るのかな」
ふと、我が家に住まう妹のことを思い浮かべていた。
「ただいま」
誰にともなくそう言う。妹はもう帰ってきている時間だろうが、返事は返ってこない。まあ、それは分かってたことだから別に良いのだが。
霧生家は4人家族だ。しかし、両親が共働きということもあって、うちにいるのは僕と妹の二人きりになることが多い。妹は思春期真っ盛り。そのせいか、最近はあまり会話をした記憶が無い。昔は可愛げがあったものだが…思春期という暗黒期間を抜ければ、また可愛い妹が帰ってくるのかねえ。
そんなことを考えながら、自分の部屋へ向かうべく階段に足をかける。
「っ!?」
僕の右足が何かを踏みつけた。途端、視界が反転する。
いかん、これはまずい。直感的にそれを感じ取った僕は、咄嗟に手すりを左手で掴んだ。
「あっぶな…」
体勢を立て直して足元を見ると、ゴムボールのようなものが転がっていた。いや、実際にそれはゴムボールだった。なぜこんなものがこんなところに落ちているのか?そんなことは考えるまでもなかった。
「…やったな、華音」
背後に感じた気配に向かって、言った。
「えー?なんのこと?」
わざとらしくとぼける声。振り返ると僕の妹、霧生華音が立っていた。
そんなあの悪魔の名は霧生華音。
やつは何かあると暇つぶしがてら僕に嫌がらせをしてくる。
まあ嫌がらせといっても今みたいに足を引っかける程度のことだし、それに最近は嫌がらせの数も減ってきている。
このままゼロにならないかなぁと日々お祈りしております。
妹は中学二年生。
僕はそんな妹が少し苦手だ。
・・・・
その翌日は土曜日、高校生にとってはかなり気分の舞い上がる曜日の一つだ。
それ故に日頃の疲れを取るために遅くまで寝てしまうことは多く、そうなると頭が痛くなる。
そして、これだけ寝ておいてまだ眠いというのも恐ろしい。
目が覚めた数分後、自分のミスに気がついた。
「あー…」
思わず声が漏れる。結局昨日、華音に白瀬たちのことを聞いておくのを忘れた。
今からでも聞くだけ聞いてみるか…めちゃめちゃ睨まれそうだけど。
階段を降り、リビングの扉を開いて真っ先に目に入ったのはソファーでくつろいでいる華音の姿。
僕を一目見ると、
「おはよ、お兄ちゃん」
とだけ言い、再び手に持っている雑誌に視線を戻した。
「おはよ」
「あ、言い忘れてた。今日私の友達が来るからウチに誰か入れたりしないでね」
華音は雑誌に目を向けたまま言った。
この野郎、僕が本題に入ろうかといったところで言いやがった。
こうなってしまっては僕は妹にお願いをしても聞き入れてもらえる可能性は無い。
僕は素直に引くよりほかに仕方がなかった。
・・・・
「そういうわけで、今日は無理だ諦めろ」
昼ごろにやってきた二人にそう言った。
二人はあからさまに怪訝な表情になる。
「ダメだなー、何でガツンと言わなかったんだ」
「そういう質問に関しては一切合財受け付けない」
そう言って両耳を抑える仕草をする。
でもこれやっても結構聞こえるよね、あんまり意味ないよね。
「でも晃平の家がダメだったら、勉強どうするの?」
「そうだな、どっかいい場所ないかなぁ…」
わざとらしく頭に手を当てて考える白瀬。
あ、たぶん勉強とかしないんで解散でもいいんじゃないでしょうかね。
よほどそう言ってやろうかと思ったがやめておく。
「じゃ、俺の家でするか」
「白瀬くんの?」
「ああ。今ならもれなく親もいないし、割と近い」
何それ超お得。
今から準備をして、人の家にわざわざ赴くのは少しばかり面倒だが、
よくよく考えれば僕が家に居ても完全に邪魔者になるだけだろうな。
となれば、早めに準備をしてこの家から離れた方がいいか。
「まあ白瀬の家が問題ないなら、それでいこう」
「決まりだな。じゃ行くとするか」
「ああ。ちょっとだけ待っててくれ」
そう言って僕は扉を閉めた。
準備をしないと・・とはいっても着替えるだけで事足りそうだが。
うちから十五分ほど歩いた位置に白瀬家はあった。
それほど遠い距離ではないのにこの家に足を運んだことはほとんどない。
「さて、ついたぞ」
「・・・ここか。見覚えあるような無いような」
ポストに貼ってある『SHIRASE』の表札、確かに白瀬の家のようだ。
二階建てなのはウチと同じだ。ただ、庭に一本大きな木がある。
何の木なのかは聞いていないが、僕を二人重ねてもその木の高さは越えられないだろう。
庭にデカい木がある家ってあんまり見かけないな・・。
家に入ると階段の手前まできたところで、階段を上らずに左へ曲がった。
どうもその部屋はリビングらしい。僕は白瀬に訊ねる。
「ここで勉強するのか?」
「いや。勉強はもうちょっとしてからだ。まずはこの新しく買ったゲームを!」
そう言って男はテレビの下からケースを取り出す。
予想通りこの男、勉強する気があまり無さ気だ。
「白瀬、今日は勉強をするって―――」
「いいじゃん、ちょっとくらい。やろやろっ」
僕の言葉を遮り、夏菜が白瀬の案を後押しした。
夏菜がゲーム関係でやる気になってしまうと、最後まで止められない。
諦めた僕はカバンから筆記用具と課題のプリントを取り出す。
こうなることはある程度予測できていた。
終わるまで何もせず待つのは時間の無駄だろう。
ひとまずは宿題をやっておくのが先決だ。
・・・・
「くそっ、またやられた!」
「甘いねぇ、私に勝つなんてまだまだ早いよっ」
白瀬の唸り声が聞こえてきたかと思えば、もうこんな時間か。
どうやら終わったみたいだが、お前らどんだけゲームするんだ?
一時間はしてるよな。
「・・終わったのか?」
「いいやまだだ霧生、まだ終わってねえ! 浅井もう一戦だ!」
なんでそんな格好良さげに言うの?
まだ終わってねえどころかそこで折れて欲しかったんだけど。
まあいいか、どの道僕の家にいたところで結果は変わらなかっただろうし。
「白瀬、手洗いを借りたい」
「ああ、この部屋を出て、真正面のドアだ」
「どうも」
・・・・
部屋を出て真正面、という白瀬の説明は実にすばらしいものだった。
本当にそのまま、そこに扉があったのだ。
ご丁寧に「W.C.」という札までかけてある。
「?」
扉を開けようとすると、開く前に中に人がいる事に気づいた。
白瀬の親だろうか。中に人がいるなら仕方ない出直そう。
回れ右をしてリビングへ戻ろうとすると、背後から水の流れる音が聞こえてきた。
振り向くとちょうど扉が開くところで、出てきたのは女の子だった。
黒のショートヘア・・・いや、ショートというには長い。セミロング、とでも言おうものか。
背も低い、華音と同じ年齢か一つ違いかといったところだ。
などと考えていると、その子は僕に気づき、一言。
「あ、こんにちは」
「あ、ああ・・こんちは」
一言挨拶を交わすと、女の子はすぐ傍の階段を上って行った。
ふむ、スカートの中は見えなかった。白瀬の妹・・だろうか。
気にしながらも多少開いたままになっているその扉を開け、中に入った。
・・・・
リビングへ戻ると、白瀬と夏菜があいかわらずゲームを続けていた。
いや、いつまでやってるつもりだこいつら。
白瀬の負けず嫌いにも困ったものだ。
「くそっ、ダメだ勝てねえ」
「まあまあ、相手が悪かっただけだってー」
こいつ今さりげなく自分のこと『強い』って言ったよな。
「まだだ、俺はまだ終わってねえ・・」
「いい加減に終われ。本質を見失うどころの話じゃないぞ」
「まったく仕方ねえな。・・・じゃあそろそろ勉強しますかねぇ」
絶対に長続きしないな、間違いない。
「そういえば白瀬、お前妹いた?」
「妹? 何で急に」
「いや、さっきそこで女の子を見かけたもんで」
白瀬は『あー』と言い、答えた。
「いとこだよ、俺の」
「いとこ?」
「ああ、土日の間は時々遊びにくるんだよ。なかなか可愛いだろ?」
正直、顔はあまり見ていなかった。脚元あたりは見ていたけれど。
しかしなるほど、いとこか。
「ああ、あいつ確か中二だったから・・お前の妹さんと同い年なんじゃないか?」
「華音と・・」
同じ年頃の娘さんでああも対応が違うもんですかね。
爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいの想いだ
「さてと、そろそろ勉強しちゃいましょうか」
「おい普通に仕切りなおしてるけど、誰のせいで今までできなかったと思ってるんだ?」
「まあまあ、そこは気にしないところだぞ霧生」
軽く流そうとする白瀬。
まったく悪びれないその精神力は正直羨ましい部分もある。
・・・・
「いやー、今日はちゃんと勉強できて良かったよ」
「ああ、そうだな」
あれから三時間近くは勉強をした。とはいっても大半は宿題を片付けるだけだったが。
しかし有言実行できるって素晴らしいことですね。
帰り道でそんなことを考えます。
「じゃあね晃平っ、また」
「ああ、じゃあな」
十字路で夏菜と分かれる。分かれて数秒後、ふぅと息を吐く。
この時間ならそろそろ華音の友達は帰っているころだろう。
ふと目の前に見える人影に気づく。
近づくたびにそのシルエットに既視感を覚える。特に脚元とか見覚えある。
あれは・・・・ああ、なるほど。
正体が分かると、僕はすっと右手を挙げた。
「・・あ、さっきはどうも」
シルエットの正体は白瀬の家ですれ違った女の子だった。
「どうも。えっと・・君、白瀬のいとこらしいな」
「はい。あ、神木美保と言います」
名乗られてしまった。名乗られたら名乗り返すのが礼儀というものだろう。
「霧生晃平だ。とりあえず、よろしく」
「霧生ですか。珍しい名字ですよね」
「ああ、それは確かにそうかもな」
今まで生きてきて、霧生なんて苗字のやつは見たことがない。
テレビや本の登場人物でも一度も見たことがない。
レアな名字だなぁとは小学生の頃から思っている。
「あ! でも私の友達に一人『霧生』って名前の子がいますよ」
「ふぅん・・」
なんでこう、女子ってすごくどうでもいいことに関してすごく嬉しそうに語れるんだろう。
いつもすごく不思議に思っている。
そういえばこの子、華音と同じ学年らしいな・・・。
「もしかしてとは思うが、そいつの名前『華音』じゃないか?」
「え、はい。どうして・・・あ、もしかしてご兄妹なんですか?」
「ああ、まあな」
つまりこの美保って子は華音の友達の一人だと。
ますます分からん、なぜああも性格が違うものかね。
「・・・あまり似てないんですね」
「ははは、まあな」
顔は似ていない、とはよく言われる。
でなければうちの妹を可愛いと思うことは僕自身不可能だろう。
それに対して美保は、どこか白瀬の面影が感じられる。目元とか脚元とか。
パッと見た感じなら、この二人の方がよっぽど兄妹に見えるな。
・・・・
玄関の扉を開くや否や、顔面に衝撃が走った。
あまりに一瞬のことで、その痛みに気づくのに数秒遅れてしまった。
「痛っ!!?」
何だ!? 今何か飛んできたか!?
落ち着け落ち着け・・、落ち着いて下を見てみる。
「・・・紙?」
落ちていたのは紙。何重にも折られている紙だ。
「はっはっは、首取ったり!」
「撃たれたのは首じゃなく額なんだが」
「つまんないこと言うなぁ、お兄ちゃんも」
お前の嫌がらせもよっぽどつまらんがな。
何だこの紙は。
「すごいでしょその弾。この特製パチンコのね」
「パチンコって・・」
華音はじゃーんと、何か棒のようなものを取り出した。
よく見ると、Y字になっており、両端に輪ゴムが取り付けられている。
一般的に知られているパチンコの形だ。これ作ったの?
地味にすごい才能を兄の嫌がらせのためだけに使うとか、逆に愛されてるのかな。
額を押さえながら質問する。
「ずっとそこで待ってたのか?」
「なわけないでしょ。部屋にいたらお兄ちゃんが帰ってくるのが見えて、それでばーん!」
言動だけ見ると非常に可愛らしいのだが、現状が現状なので素直にそう思えない。
「お帰りお兄ちゃんざまあみろ」
「接続の仕方がおかしいぞ、お前」
「まあまあ。次はどんな嫌がらせしよっかなー、どんなのがいいと思う?」
僕が思うに、それは僕に聞くべき質問ではない。
妹のこういうところ、すごく惜しい。
こういう無邪気なところは、人に危害さえ加えなければ素直に可愛いと思えるのに。