27 漫画侮るべからず
いつもとは違う目覚め。
こういった宿での目覚めはなんというか、家での目覚めと少し違う。
なぜか早めに目を覚ましてしまう、というのがよくある話だろう。
体を起こし、時計を見ると十一時過ぎ。
やはりそうだ、いつもよりも目覚めが早い。
……………。
「………ん?」
みなみの姿が見当たらなかった。
いや、まあ僕が起きるのが遅かったから先に行ったんだろう。
また僕を置いてみんなで朝食を食べているのだろうか…そう考えるとなんか虚しいな。
ちゃんと早起きすればよかった。
そんな後悔の念を浮かべながら布団を畳んでいると、引き戸が開いた。
「お、起きてたか霧生」
「まあな」
入ってきたのは白瀬。朝目覚めて最初に見る顔がこいつ、っていうのが多いな。
なんだそれ、嫌だな。せめて朝一番くらいはすっきりさせてほしいです。
「霧生、早く着替えた方がいいぞ。みんなもう出かける準備してるし」
「出かける? どこに?」
「ああ、漫画やらラノベやら、いろいろ置いてある店があるからそこに行くらしい」
「また急だな…」
しかも今回に至っては何がどうなってそこに行くという話になったのかまったく分からん。
というかいつもいつも僕のいないところで全部決めちゃうのはなんでなの?
新手のいじめなの? 新手のご褒美なの? いやご褒美じゃねえだろ。
「じゃあ霧生、そういうことだから」
「ああ、分かった…」
まだ少し怠い体に鞭を打ちつつ、布団を畳む作業を再開した、。
・・・・
白瀬が言っていた『漫画やらラノベやら、いろいろ置いてある店』というのは旅館から案外近い位置にあった。
「いやーついに来た! 来てみたかったんだここ!」
「いや俺もだ。来る機会なかったけど、ようやく来れた!」
会話内容から察するに夏菜と白瀬が行きたいと言い出したのか。
ところで夏菜は昨日何かあったのか? 何も変化無いように見えるな…。
ここ『リバティズーン』は今居る店…というかデパートの名前だ。
この大きなビルの中はほぼすべて遊具・玩具・本類の販売のみをしているという。
中ではアニメソングやらゲームの映像やらが大音量で流れている。
なるほど、買わないにしてもなかなか楽しそうな場所だ。
どこから周ろうかと考えていると、白瀬と俊介が近付いてくる。
「霧生、霧生」
「どうした。あ、そういやお前昨日どうだったんだ」
「いや……ダメだった」
項垂れて言う俊介。いや分かってたよ、むしろやれるなんて思ってなかったから。期待してなかったから。
「いやオレ、いろいろ考えてさ。一緒に風呂までは入ったんだけど…」
「ほうほう」
喰い気味に俊介の話を聞く白瀬。一緒に風呂に入る、というのが大したところだが…普通そんな思考は出てこないだろ。
しかし夏菜もすごいな。一度告白されてそれを濁した相手と風呂に入るなんて…僕の周りはやっぱり変なのばかりだ。
「言わなかったけど、ちゃんとアレも持って行ったし、準備も万端だったんだぜ。もう少しで胸触れるかもしれなかったのに…もったいないことをした…」
「お前やっぱり努力の方向を間違ってる気がするぞ…」
こいつはいったい何をしでかしたのだろう。
そしてこいつに胸を触れるかもしれないとまで思わせた夏菜も実は結構魔性の女なのかもしれん……。
二人に何があったのか気にはなったが…やめとこう。
聞いて何か得られるわけでもないと思うし、たぶん。
それにこの二人に関しては、何も口を挟まないほうがよさそうな気がしてならない。
よく分からないが、僕の勘がそう告げていた。
「これ何だ? 見たことないな」
見ると白瀬が一冊の本を持っていた。
いつのまにか漫画売り場まで来ていたのか。
「ふむ、確かに僕も見たことないな」
「霧生、お前はどの漫画も見たことないんじゃないのか?」
「な、失敬な事を言うな。これでもなかなか漫画は持ってると思うぞ」
コナンくんぐらいしか持ってないけども。
しかし白瀬も見たことがないとは、そんなに有名じゃない漫画なのか。
それとも有名すぎて白瀬独特の価値観に合っていないのか。
そこへ俊介が口を挟んでくる。
「それ同人誌だな。へぇ、こここんなのも売ってるのか」
「同人誌? 何だそれ」
「ま、すごく簡単に言えば素人の漫画家が描いた漫画だよ」
「素人が描いたにしちゃ良く描けてるが…」
「いや、素人って言ってもちゃんと勉強してるよ」
へぇ、すごいな。パラ読みしているだけだが、話がしっかりしているものもあるし、これでプロじゃないっていうのが不思議だ。
僕なんかじゃ理解できないレベルなのかもしれないが。
他にもいろいろ見てみると一際異彩を放つ表紙の本があった。
『服部菊雄・ザ・ベスト』……?
他の本がイラストまみれになっている中、この本には絵がない字だけの表紙だった。
はっとりきくお? これもプロじゃない人だろうか。
「俊介、これ何か分かるか」
「おお、霧生いいもん見つけたな。服部菊雄って言えば超有名なエロ同人の作者だぞ」
「エロいのか…」
なんでこんなとこにそんなの置いてんだ。
ちゃんとR-18のコーナーに置かないとダメでしょ、ろくなことしねえな。
そんなことを思いながらページをめくる。
ふむ、なるほど……。
・・・・
side SHIRASE
『服部菊雄・ザ・ベスト』……これはすごい、なぜ俺は今まで知らなかったのか。
俊介は超有名なエロ同人の作家だと言っていたが、確かに頷ける。
キャラの顔、ストーリー、女体の書き方など、かなりレベルが高い…これはいいものを見つけたぞ。
ふとページを捲り、出てきたページにはいわゆる『本番行為』を行っている男女の絵が描いてあった。
こういう本を立ち読みするとき、人は周りを意識してしまうらしい。
だが俺は周りなど気にしない。
エロ漫画といえど作者が一生懸命に書いた作品には変わりはない。
周りの目を気にしてちゃ漫画は楽しめないのだ。
「お、これ良さそうじゃないか。『★女の子の扱いかた★』だってさ」
俊介が一冊の本を手に取る。
表紙には下着姿の女の子が自らの泌部を押さえているイラストが載っていた。
しかし露骨だな、R-18コーナーが仕切られていないっていうのがこの店の凄いところだ。
そんなイラストを見て霧生が言う。
「やれやれ、お前らはそういうのしか見ないのか」
「いやお前さっきからその本見てたじゃねえか…」
俺は霧生が手に持っている『服部菊雄・ザ・ベスト』を指さす。
「まあまあ。これは一種の勉強だと思えばいい」
「お前ときどき変な理論を持ち出すよな」
しかし霧生にもやはりこういうのに興味が沸くということなんだろうな。
さすがは我が旧友よ、そうでなくちゃ面白くねえ。
この棚には他にも『妹☆えっち』、『セイヨク大爆発!』など、よくありがちなタイトルが並んでいる。
中にはまあ、俺でさえ直視ができないような内容もあるが。
「白瀬見てみろ。『小学四年生』ってのがあるぞ。これは買うしかないな」
「俊介、お前本気か」
霧生がやや冷ややかな目で俺と俊介を見ていた。
いや、俺は買わないよ? …一応読んではみるけど。
俊介はいつのまにかカゴまで持ってきていて完全にショッピング態勢に入っていた。
そして、『小学4年生』をカゴの中に加えた。
・・・・
それから数分後、俺たちは仲良くベンチに座っていた。
やはりデパート、こういうところにベンチがあるのはありがたいな。
ベンチに座った理由は無論、先ほど買った本を楽しむため。
まあ全部俊介が買ったやつなんだけど。
霧生が少し俺たちから離れたところから言う。
「お前ら…本当にこんなところで広げるつもりか、それ」
「まあまあ。今ならもれなく人少ないし」
「もれなくの使い方間違ってるけどな」
しかしなんだかんだ言いつつ霧生も本の中身を気にしているようだった。
ではでは、女子群が戻ってくる前に広げるとしますか。
「じゃ、何から読むとするかね」
「そうだな…じゃあこれだ。オレが一番惹かれたやつだぞ」
俊介はまず一冊、紙袋から取り出す。タイトルは『淫らな会長さん』。
内容としては、主人公(男)と生徒会長(女)がいろいろとやっていくという話…うん、タイトルから話を想像できるって素晴らしいことだよね。
表紙をめくるとすぐにカラーイラストが現れた。
「漫画じゃないのか、これ」
「ああ、こういうのはよくあるんだよ。ほら、ToLoveるとかもこんな感じだろ」
指を立てて語ってくれる俊介だが、なんでこんなに詳しいんだろうなこいつ。
どうでもいいけどこいつが喋る度に霧生の目が冷たくなっていくのは一体なんでなんだろう。
しかしまあ、カラーイラストとは有り難い。
さらにページを捲ると、下着姿の生徒会長が自分の胸を揉みながら寝転んでいるというイラストが描かれていた。
どうやらイラストがあと二,三ページ続くみたいだな。
「なあ俊介、本当に女のカラダみたいだなこれ、すごい」
「カラーだしな、より一層リアルに見えるんじゃないか」
「そんなもんなのか」
霧生が携帯をいじったりジュースを買いに行ったりしているうちにページが進み、いよいろ主人公と生徒会長さんがやるというメインシーンになった。
さすが『本番行為』ともなるとかなり力を入れてるな…。
全部脱ぐのではなく、制服を着たままというのがまたマニアポイントをついている。
この作者…できるな。
「あー、すごいな…買えばよかった」
「まあ後で買えばいい。そうだな、次は何にしようか、迷うな……」
しかし俊介のやつイキイキとしてやがるぜ。
相対的に霧生の視線がどんどんキツくなってきているが…あれ、俺も睨まれてない?
「お、これいいんじゃないか」
俊介が取り出したのは『妹☆えっち』。内容としては、タイトルそのまま、実妹とやるって話だった。
俊介がページをめくりながら語り出す。
「いいか白瀬、妹とやるなんて法律上実際にはできない。だからこそこういう漫画の中で実現させる、それが漫画のいいところなんだ」
「……なるほど、深いな俊介。確かにそうかもしれん」
もはやこれはエロを越えた芸術…そう言っても過言じゃないということだな。
決めたぜ、俺はこれからもエロ漫画をAVと同じくらいに愛する!
それが作品にとっても喜ばしいことのはずだ。
「いやぁ、霧生。お前もどうだ、いいぞこれすごい良い」
「………なんとなく分かってきたよ」
霧生がふと呟いたその言葉には、何か別の意味があるような気がした。