23 気になるあの子と仲を深める術
旅館へと向かうバスの中、ふと景色を見てみるといつのまにか辺りは山、山、山。
さすがに季節が季節だけに、緑一色といった景色を拝むことはできなかったが、木の葉の落ちてしまった木にもなかなか趣があるというものだ。
「やっぱ移動中は暇だな霧生」
白瀬が後ろを振り向き僕に言う。
僕のほかにもこれだけ話し相手がいながら、その中で僕が選ばれるとはなんという悪運。
いつもならそうだなと、適当に相槌を打っているところだったのだがそうはならなかった。
隣から優が割り込んできたのだ。
「まあまあ。この後が楽しいんだから、気にしないの」
「お前はテンション高いな、いつも」
「旅行なら普通はテンション上がるでしょ!」
優の言うことは分からんでもない、実際僕もなんだかわくわくしている。
やがて景色の向こう側に建物が見え始めた。
旅館、と言うよりは民間宿と言った方が近しいかもしれない。
「なあ霧生、霧生」
次に僕に話しかけて来たのは俊介だ。
なんなんだどいつもこいつも、なんで僕なんだよ。
いつもなら軽く無視してもおかしくなかったのだが、如何せん今日は機嫌が良い。
話を聞いてやることにした。
「なんだ、どうかしたか」
「決めたんだ。今回はやるぞ、オレ」
こいつの言うことは大体想像がつくんだけど。
「まあ一応念のため聞くが、何をやるんだよ」
「今回こそだ。今回こそ、オレは浅井との仲を深める」
「えっ」
思わず声が出てしまった。いやいや仲を深めるといっても…お前夏休みのときに見事玉砕しちゃったんじゃなかったっけ。
当たって砕けちゃったんじゃなかったっけ。
「…現実って残酷なんだぞ?」
「なんだよその諭すような目は。何と言われてもオレはやるぞ」
「それは別に良いけど。旅行を潰すようなことだけはやめてくれよ」
この旅行を楽しみにしていたのに、それを気まずくされたんじゃたまったもんじゃない。
まあ夏菜なら何かされても軽く受け流しそうだし、気にする必要はあまりないのかもしれないが。
・・・・
バスから降りて少し歩いたところに宿はあった。
しかし、僕の荷物はかなり少な目だというのに女子連中の荷物はかなり多目だな。
そのくせ重いだの疲れただの言うもんだから女ってのはよく分からん。
てかいったい何を入れてるんだろう。
「ほう『深緑荘』か、良い名だ」
腕組みをして白瀬が言う。お前一体何者なんだよ。
部屋の前まで案内された後、案内人が立ち去ると僕は疑問を優たちにぶつける。
「なんで部屋が三つもあるんだ?」
僕たちが案内された部屋はなぜか『四号室』『五号室』そして向かいの『一二号室』と、三つあったのだ。
男女三人ずつの旅行なら普通部屋は二つでいいと思うのだが。
何かの手違いかとも一瞬思ったが、優が不敵な笑みを浮かべているのを見てそのそれはないと確信した。
ああ、こいつが主犯か。
「ふっふっふ、何を隠そう。実はこの旅館、男女のカップルで来ると値段が一割引きになるのですよ」
「なるほどー、さすが優だね! 倹約家!」
「でしょー!!」
夏菜が優を褒めちぎるが、別に一割くらいなら僕は気にしなかったのに。
こういうのに金を出し惜しみはしないしそんな気を遣わなくても……。
いや、こいつただ気を遣っただけじゃないな…。
そんな優はまるで修学旅行のように全員に伝える。
「では今から各自で自由行動! 午後八時になったら広間に集合ね!」
そう言うと優は自分の部屋『一二号室』へと入って行った。
おいおい、マジで修学旅行じゃないか。
ここから僕たちの旅行が始まる…楽しい旅行になるといいけど。
・・・・
この五号室で、僕とみなみは二人きりになっていた。
正直部屋割りのうち一つはこうなるんじゃないかとは思っていた…というかこれが自然だろう。
これでも一応恋人同士、二人きりともなれば当然緊張感も生まれるわけで。
「すごーい。ねえ見て、山ばっかりだよ」
みなみは窓際で振り返り笑顔で言った。
あれ、緊張感が見られない。えっ、緊張してるの僕だけなんですか。
なんか余計恥ずかしいんですけど…。
「…霧生くん?」
「……お、おう。そうだないい天気だ」
「山の話してたんだけど…」
みなみは不思議そうにしながらも景色の方に顔の向きを戻す。
何も聞いていなかったとはとても言えない。
この温度差はいったい何なんだろう…僕か、僕が過剰反応してるだけなのか。
しかしこれではいかん。何か話をしないとみなみに失礼だ。
「あ、あー。ところでみなみ、宿題は終わらせたノカ」
「え? うん、まあ大体かな。……今、なんか言い方変だった?」
「いや、全然そんなことはナイ」
噛まないよう心掛けていたら半カタコトになってしまった。
駄目だやっぱり意識してしまっているようだな…。
「霧生くんは宿題やったの?」
「…まあ、少しだけ」
「そっか。……あ、今あるんなら教えよっか?」
パンと手を叩いてみなみが提案してくれた。
いや、旅行中に宿題なんか持ってくる奴いないだろうと言いたくはなった。
なったけど………実は持ってきている。
旅行中どうしても暇な時間はできるだろうと、一応宿題を持ってきてはいたが…まさかこんなところで役に立ってくれるとは。
「…教えてくれるなら、助かる」
「うん。どこからやろっか」
彼女と付き合い始めてからはまるで立場が逆転してしまったようにも感じる。
しかし僕は「そんな関係も悪くないと思い始めるようになっていた。
・・・・
side UZUKI
オレは今、浅井と四号室にて二人きり…。二人きりとは!
青野のやつ良い気を利かせてくれたぜ!!
八時までは自由行動可…ならば、この時間を利用して仲を深めるべきではないだろうか。
オレは一度、浅井に告ったもののはぐらかせれたまま終わってしまった。
返事は聞いていない。だがしかし、今この瞬間、これは天が恵んでくれたチャンスじゃないか。
何か声をかけよう、どうしようかな、えっと。
「あー、暇だな浅井」
「ん? そうでもないよっ」
思ってもみない答えが返ってきた。マジですか。うん、みたいな返事が来ると思ってたんだけど。
そういやゲームしてるな、じゃあ暇じゃないか。
あれ、二人きりの空間でゲームしてるってそれ、『渦木俊介<<ゲーム』ということじゃないの?
え、嘘。嘘だよね。
「俊介くん暇なの? どこか行く?」
「えっと……ど、どこに?」
自分で暇だなと言い出しておいてこれはないだろうなと自分で思う。
しかし浅井を前にすると会話内容が浮かんだ瞬間飛んで行ってしまう。
そんなオレの想いはよそに、浅井はいつも通りのテンションで言う。
「他の部屋かな。晃平のとことか」
いや、オレとしてはこのまま二人きりでいくとこまでいきたい。
しかしそのためにはどうしたら良いだろう……うーむ………。
オレがしばらく黙っていたので、浅井はそれを肯定の意だと受け取ったのだろう。
口を開いた。
「よし。じゃ、行こっか」
「えっ行くの」
「うん。暇なんでしょ」
浅井はゲームを置き、立ち上がる。
優しさゆえの行動なのか…この調子では仲良くなんてなれはしないかもしれない。
半ば心が折れ気味になりながら、オレたちは部屋を出た。
・・・・
side KIRYU
みなみの説明は丁寧で分かりやすいものだった。
先生に向いているんじゃなかろうか、とも思ったがそれにしちゃ声が小さいか。
「短い間に結構やったねー……少し休む?」
「…ああ、そうしてくれ」
みなみは意識していなかったかもしれないが、教わっている間ずっと距離が近かった。
鼓動は速まるばかり…休まないとぶっ倒れそうだ。
「…あ、お菓子持ってきたよ。食べる?」
「貰う」
寝そべりながら答える。この体勢が休憩には一番向いている。
一通り休んだらまた再開するか…。
みなみからスナック菓子を受け取ったその時、急に引き戸が開いた。
仲居さんが急に開けるわけないし、例のごとく白瀬だろうと思っていたのだが。
「やっ」
声の主はVサインを作って額に掲げた。夏菜流の挨拶なのか…なに、流行らせるつもりなの?
後ろから俊介が顔を覗かせる。
てか何やってんだよ、仲深めるんじゃなかったのか。
「…何してるんだお前ら」
「いやまあ、ちょっと様子見をねっ」
何を様子見するというんだ。
俊介は部屋に入ってくるなり僕のもとへ来て、耳元で言った。
「おい何してんだ霧生!」
「宿題をしてたのは悪かったよ」
確かに風情も何もないだろうし、旅行先で宿題なんて空気が読めないと感じられても仕方ない。
そう思って謝罪をしたのだが…。
「お前、男女が密室の中で二人きりになったらやることは一つだろ?」
「………」
こいつの考えは白瀬とほぼ一緒だったようだ。
やべぇよ…グループの半分が白瀬とかそれ何の罰ゲームだよ。
大体男女が密室って、僕たち全員に言えることだろうが。
「…お前の方こそ、さっそく部屋飛び出してんじゃねえか」
「いや、それはオレが暇だって言ったら浅井がさ…」
好きな子と居る時に暇とか言うなよ…。
そういうとき女の子が、私と居たくないのかなとか勘違いしかねないぞ。
……ってテレビで言ってたよ!
「霧生、やっぱり浅井は良い奴なんだ」
「まあそれは僕もそう思ってるが」
「だからオレは今夜、浅井とやることに決めた」
「ちょっと待とうか」
何言ってんだこいつ。話の流れぶったぎって何てこと言いやがる…。
大体夏菜は良い奴だが、別に軽い女じゃないし、そんな風には絶対行かないと思うぞ。
大して仲良くも無い男に体を許す女なんかそうそういるはずがない。
……って小五郎のおじさんが言ってたよ!
「何だよ止めるな霧生。俺は決めたんだ」
「お前、だいぶ思考が犯罪者寄りだな…。やめとけ、信用なくすぞ」
「しかしこのままではオレも何も進展しないんだよ」
いや、お前の言った通りになるとしてそれはいろんな意味で後退してるよ。全然進展してないよ。
仲を深めるとか言ってたのに、どう道を間違えたらそんなことになるんだよ…。
まあ大体こういう時の反応は決まっている。
とりあえず流そう。
「がんばれ」
「お前応援してないだろ…。まあいい、オレはやるぞ、絶対」
一人で決心を固める俊介。夏菜のことだ、最悪の事態は免れるだろう。
俊介のやつ…知らないぞ空回りしても。
「何をやるの?」
「うお!?」
唐突に声をかけられ慌てる俊介。
どうも核心部分は夏菜には聞かれていないようだが…間一髪だな。
「…霧生、まさか聞かれちまったかな」
「いや、夏菜には聞こえてないみたいだ。安心しろ」
僕はそっと、うつむくみなみの方を見ながら俊介に言った。
・・・・
「はーい、全員集合!」
優が廊下で大声を出す。おそらくそれは全員集まってから言う台詞ではないな。
あと廊下で大声出してんじゃねえ。
「みんな集まったことだし、今から多数決を取ります!
お風呂が先か、ご飯が先か。それともわた―――」
「それ以上はやめとけ」
えらい簡単に言おうとしたあたり、意味をよく理解せずに言っているに違いないな。
ふむ。僕としては風呂に入ってさっぱりしたいな。
さっきまで緊張空間にいて汗をかいてしまったし。
「オレは風呂がいいかな、うん、断然風呂、絶対、今世紀最大にキテる」
今世紀最大に風呂がキテる俊介はさておき、続けて夏菜とみなみが答える。
「私はお風呂かなー。みなみどうする?」
「ん、私はどっちでも大丈夫だけど」
「俺は風呂がいいぞ、風呂。断然風呂! な、霧生!」
「あ、ああ。何なのお前らの風呂推し、怖いわ…」
女子風呂でも覗きかねん勢いだぞお前ら。
しかしこの時点で多数決の結果は風呂になっている。
優もそれを把握したのか決断を下した。
「ではお風呂です! 入浴準備を始めてください!」
優のその一言で一時解散となる。
何だろう…やはり修学旅行感が否めない。
・・・・
「さぁて、風呂だ風呂だ!」
はしゃいで脱衣所へ入る白瀬、と俊介。
そんな白瀬たちに忠告をする。
「ここは女子風呂覗けないようになってるぞ」
「お前俺を何だと思ってんだよ。そんなこと俺がすると思うのか」
むしろ思わないと思ってんの?
「まあまあ。早く入ろうぜ」
「…広いな」
宿の大きさから見ても、正直浴場の広さにはあまり期待はしていなかったのだが思ったより広い。
『男湯』でこんなに広いんだったら、『女湯』そして『混浴』の方もさぞ広いんだろうな…。
しかし本当に広いな…風呂場だけなら今までのどのホテルより広いんじゃ…。
「いやぁ、風呂ってのはいいもんですね」
浴槽に漬かり、白瀬が言う。
まったくだ、温泉に漬かるために旅行が存在しているといっても過言じゃない。
言えば旅行というイベントは温泉を楽しむためだけに存在してるんじゃなかろうかとまで考えてしまう。
いい気分だ…ぜひここの湯を全力で堪能させてもらおう。
そして深呼吸をし、体の力を思いきり抜いた。