20 友への究明
冬休みに限った話ではないが、長期休みになるとほとんどの者はどこかへ出かけようとする。
友達を誘って行くもよし、一人で出かけるもよしだ。
しかし肌寒い今日、外に出ようというのは愚の骨頂だと僕は思う。
家でただ何も考えずに過ごす、それこそ人間の本望ではなかろうか。
まあ僕が家でくつろいでいる理由は寒いだけではなく、特に用事がないというのもあるが。
チャイムが鳴ったのはテレビをみながらくつろいでいるときだった。
玄関の扉を開けた先に立っていたのは案の定白瀬だった。
「おっす霧生」
「またかよ」
こいつ、休みになる度うちに来るなんてよっぽど暇なんだな。
今冬休み中ってことは家に美保がいるはずだろ。相手してやれよ。
白瀬は苦笑しながら言う。
「またかって、酷いな霧生」
「お前僕の家しか来るところがないのか?」
「ふっ、まあな」
ニッと歯を見せて笑う。いや全然格好つけて言うようなことじゃないよ。
まあこいつが家でじっとしているっていうのも、想像がつかないが。
「今日は何の用なんだ」
「いやよくぞ聞いてくれた。温水プール行こうぜ」
「温水…プール?」
ふと腕時計を見ると、まだ午前十時過ぎだ。
こんな時間から出かけるのはちょっと早いんじゃないか?
と思ったのだが、白瀬は行く気満々である。
「ほら、もう準備はしてるんだぞ」
「いや、悪いがまだ早いだろ。もう少し後にまた来てくれ」
そう言って扉を閉めようとすると、白瀬はそれを制し、悪びれる様子もなく言った。
「いやそれは面倒臭い。お前の家でゆっくりしてることにする」
「待て待て、何勝手に決めてるんだよ」
「いやぁ、わざわざ帰るのはちょっと…」
白瀬がほんの少し申し訳なさそうに言うので、
まあ仕方なく部屋に招き入れることにした。
しかしなぜ温水プールなのか、目的が分かってしまうあたり僕もこいつに侵されているのかもしれない…。
・・・・
「暇だな霧生」
「いや別に」
白瀬の問いにそう答える。まあ宿題やってるからね。
家でのんびりしているつもりだったのだが、白瀬が来てしまってはそれもできないし、僕は宿題に取り掛かっていた。
白瀬は僕の家の本棚を見ながら言う。
「しかし、お前の家ってあれだな、漫画とか置いてないんだな」
「部屋にはな。リビングには何冊か置いてるが」
「お前の部屋、小説ばっかで面白みがねぇな。もっと他にあるだろ、何か。この本、全然挿し絵ないし」
僕の気に入っている小説にケチをつけるとは、こいつも言うようになったな。
残念ながらこの家にお前が期待しているようなものは無いよ。
…。
「お前はいつも楽しそうだよな」
「ああ、いつもやりたいことをやってるからな」
白瀬はぼそりと呟いた。
「ためらっているうちに、取り返しがつかなくなることもあるしな」
白瀬の表情は何も変わっていない。しかし今の言い方は…。
旧友の考えはよく分からないものだった。
・・・・
温水プールというものは冬でもプールが楽しめるように設置されているのだろう。
さすがに冬に冷水に漬かるとなると、それは別の種目になってしまう。
温水プールに着いて更衣を終えた僕たちは、とても大きな水たまり…もとい湯だまりのもとへ向かった。
「やっと来たな霧生!」
隣ではしゃぐ白瀬。相変わらず人目をはばからないでよく騒ぐ奴だ。
止めるのはもう半ば諦めてしまったが。
「だが霧生、これはまだ序章に過ぎん。本番はここから、中に入れば水着の女の子がいっぱいだ」
「ああ、そうだな」
「冬でも水着が拝めるなんて、素晴らしい施設だなぁ」
そして白瀬は一人走りだす。
プールサイドは走るなと小学生のとき先生に言われたはずなのに、もう忘れたか。
…小学生か。
そういや、僕は小学校のいつごろからあいつと仲が良かったかな。
まあ思い出すことはできないけど。
・・・・
「霧生、泳がないのか」
「うん」
僕は浮き輪に浮かんでいるのが性に合っている。
別に水着目当てで来たわけじゃないし、白瀬が満足するまでのんびりしているとしよう。
浮き輪を浮かべ、準備を始めると白瀬が熱く語りだした。
「よし霧生、俺はある作戦に出るぞ」
「作戦?」
「おう。まず女の子にぶつかるんだ、それでいろいろな子と接触する!」
手の平を上に向ける白瀬。何、そこから何か召喚するの。
よく分からないが、とりあえず拍手してやる。
「あえてお前がすることを止めはしないが、大丈夫なのか」
「まあな、こんなに人が多けりゃ気付かれまい」
「気付かれたらまずいことすんのかよ…」
「いやいや、俺はただぶつかったと見せかけて、お尻に手を―――」
「犯罪だぞ」
遮って僕がそう忠告すると、変質者もとい旧友は言った。
「人聞きの悪いことを。今から起こるのはすべて事故だ」
「いや、予言している時点で事故じゃないと思うが」
「いいから見てろ、うまくやってみせるさ」
親指を立てると、白瀬はさほど上手いとも言い難い泳ぎでどこかへ行ってしまった。
本当に行っちゃったなあいつ………僕は一応止めたからな。
・・・・
温水とはいっても感覚はぬるいといった感じだ。
冷静に考えればそれもそうか、熱くっちゃ泳げない。
もう三時近くだな…ここへ来てから二時間近く経ってるが、あの馬鹿まだやってんのか。
もしくは捕まったんじゃないか。
そんな心配をしながらのんびりと浮かんでいると、白瀬が近くの水面から顔を出した。
「おっす霧生」
「どこから出現してるんだよ」
白瀬は犬かきで近づいてくる。
ついさっき心配したことを後悔してしまいそうな馬鹿っぷりだな。
「そろそろ帰るか霧生」
「珍しいな、お前の方から帰る宣言なんて」
「いやぁ、可愛い子にはあらかた触れたから、もういいかなと」
おい、本当にやったのかこの男。
物的証拠があれば今すぐ警察に届け出してやりたいぜ!
ないので諦めるほかないが。
「お前のその勇気、いや勇気というか行動力。何か別のことに生かせないのか? 人助けとか」
「……人助けねぇ」
?
少し間があったような気がしたが、気のせいか?
まあいいか、どうせ深い意味もあるまい。
「ま、無理だな」
「よく考えもせずに言うなよ」
「いや考えた。ずっと前に考えたことあるんだよ、そのことは」
「ほう、自分に人助けの才があると?」
「ふん」
鼻で笑う白瀬。
しかしそれはいつものような笑いじゃなく、若干嘲笑気味の笑いだった。
「俺に人助けなんかできるわけがないね」
「? どうしてそう思うんだ?」
「……いいか霧生、人助けっていうのは、親切とは違うんだよ」
白瀬がそう言うと僕は思わず首をかしげた。
正直白瀬の言っていることの意味が分からなかったからだ。
人助けは…親切じゃないのか?
「お前が言ってる人助けってのは、いわゆる『親切』とかだろ」
「まあ、そうだな」
「人助けっていうのは、もっと人生に絶望したようなやつ、生きる気力を失ったやつ、金が無くて日常生活ができないようなやつ、そんなやつに希望の手を差し伸べてやることじゃないのか」
急にペラペラと語りだす白瀬に若干違和感を覚えながらも、僕は言う。
「格好つけたつもりか?」
「まあ…そう映ってるんなら、そうなんだろ。俺にはそんなことはできない。つまり人助けなんて俺にはできないんだ、それだけのことだよ」
「そうか」
何言ってるのかあんまり分からなかったけど、要するに本当の意味での人助けはできない、と。
そう言いたいのだろうか。
そんなことはないとは思うのだが…白瀬はそうじゃないらしいな。
「さて…帰るか霧生」
「ああ」
帰って何をするかは後で考えるとして、今日の収穫は大きいぞ。
プールの照明というのは結構暗めに設定されている、ということだ。
いやその情報をどこで生かすのかって話だけども。
しかしそれよりも強く残っているのは白瀬の話。
どこか重々しくもあったあの話に果たして意味はあるのか、それは今の僕にはやはり判断できないことだ。
今はまだ。