19 張り込みもどき
白瀬に付いてアダルトコーナーを詮索すること十数分。
ちょっと長くないかと思い始めた頃合いだが…白瀬には出て行く気配が無い。
どうでもいいけどちゃんと百円貸してくれるんだよね?
白瀬をよそに天井のポスターでも眺めていると、白瀬が唐突に声をかけて来た。
「霧生…ちょっといいか」
「なんだ。出る気になったか?」
「そうじゃないんだけど」
違うのか。じゃあ話しかけないでくれ、天井眺めてるといろいろと楽だ。
しかし白瀬は僕の意志を汲み取ってくれず、話を続ける。
「うちの生徒会に三ノ宮ってやつがいるだろ?」
「三ノ宮?」
いや、というか僕が戸文高校の生徒会のやつの名前を憶えているわけがない。
あの種島のことすら覚えてなかったんだぞ。誰だよ種島って。
「いや、知らん。というか分からん」
「同じ事だろ。…あの子なんだが」
「あの子?」
白瀬が指さした先を見ると、戸文高校の制服を着た女の子が一人立っていた。
白瀬の話の流れからするとあの子が三ノ宮って人なのか…?
まあ生徒会なら冬休みでも仕事があるだろうし、制服なのも頷けるが。
「あの子、三ノ宮だよな。間違いない」
「いや僕は知らないが。…仮にそうだとしても別にいいんじゃないのか」
生徒会のやつがそういうところに入っちゃいけないというルールがあるわけじゃないし、別に問題はないだろう。
そりゃ確かにちょっとそそられるけども。
馬鹿なことを考えていると白瀬が肩を叩いて来る……いや痛いんだけど。
「なんだよ」
「霧生霧生、見て見ろ。あの子なんかモゾモゾ動いてないか!」
「…周りの目を気にしてるだけなんじゃないか?」
「いや甘いな霧生」
甘いとか言われちゃったんだけど。なに、今僕たちストーキングでもしてるの?
STORKING!!って作品化したら売れるだろうか。
白瀬はますます強く僕の肩を叩いて……。
「痛いよ!」
「静かに! …霧生、朗報だ。あの子、俺にはスカートの上から手を押さえてるように見えるぞ」
「……」
白瀬のその発言で思わず会話を止めた。
その三ノ宮と思しき女の子を見ようとするが、棚が入り組んでいてよく見えない。
亜麻色の髪の毛だけはかろうじて視界に入ったが、あとは分からない。
「なあなあ、もう少しよく見えるところに行こうぜ霧生」
「行くならお前だけで行ってくれ。これ以上ストーキングはできん」
「人聞き悪いな…それでも俺は行くけど」
行くのかよ。白瀬は本当に三ノ宮の方へと近づいていく。
ねえこれもしバレたらいろいろと気まずいことになるんじゃないの?
もし同じクラスとかだったらもう教室であの子の顔見れない。顔知らないけど。
「…やっぱり、三ノ宮だ」
「いや、だからそう言われても、僕は顔を覚えてないんだが」
「やっぱ幻覚じゃない…確かにスカートの上から…いや、もう中に……」
ついには独り言まで始めてしまった。
しかしここまで来ると僕も気になる。
三ノ宮という子をよく見てみたいが、これ以上近づく気にもなれない。
「霧生。あの子、襲ってきても大丈夫かな」
「馬鹿かお前。死ぬぞ、社会的に」
「男はそういうときにこそ本領を発揮するものなんだぞ霧生」
そんなとこで発揮する本領なんかろくなもんじゃない、やめてくれよ本当に。
その後。実際、白瀬は三ノ宮に手を出すようなことは無かったが、動こうにも動けないこの状況はある意味で天国であり、そしてある意味では地獄のようだった。
・・・・
しばらくして、三ノ宮が出て行くと白瀬もようやく出て行く気になったらしく、僕たちはその場を後にした。
無事白瀬から百円を借りた僕は本を購入し、白瀬とともにそのまま出口へ向かう。
「しかし、驚いたぜ。生徒会にあんな淫らな子がいるとは…」
「お前、公共の場でそう言う言葉をあまり使うなよ」
へいへいと軽く返事をする白瀬。
白瀬と反省会をしていると、夏菜が急に現れた。
「あ、やっと見つけた。探したよー」
「悪かったな。待たせたか?」
「いやー全然。ついさっきゲーム買ったところだし」
満面の笑みで買い物袋を掲げ、答える夏菜。
まあ待たせたわけじゃないなら良かった。
待たせた理由なんてとても夏菜には答えられないからな…。
「で、二人は何してたの?」
「いやちょっと楽園に行っててな」
「楽園?」
白瀬が遠まわしに言うと、夏菜も何を言っているのか分からないようだった。
うん、それがいい、分かってもみんなが不幸になるだけだし。
「じゃあ帰ろっか。外も暗いよ」
夏菜に言われて窓の外を見ると、確かに暗くなっていた。
まあもともと本を買いに来ただけだし長居する理由は無い。
それに冬休みはまだまだ序盤だ、遊ぶならこれからどうとでもしようはある。
ただそれを存分に楽しめるかと言えば、それはそのときの僕でないとわからない。