15 Last Present
期末試験が終わると生徒は皆、怠けモードへと移行を完了している。
無論、僕もその例外ではない。
時期はもう冬へと向かっている、最近は暖かかったものの、だんだんと肌寒さが際立つようになる。
季節の流れには逆らえないから、それ自体は仕方のないこと。
こちらも切り替えて暖房モードに移行するしかあるまい。
「しかし冬休みっていうからにはもっと増やしてほしいもんだなー」
「宿題か?」
「んなわけないだろ。休みの日数だよ、もうちょっと増やしてほしいと思わないか?」
「思わないわけじゃないが」
確かに冬休みは特に夏休みと比べてしまうと圧倒的に日にちが少ない。
年末年始的な、学生にはよく分からない事情があるのだろうが、こうも短いとあまり休みという気がしない。
しかも正月はいろいろと駆り出されるから、少ない休日がさらにつぶれてしまう。
ほんと正月とかお年玉貰えなくなってからはただの地獄ですよ。
「それでもあと少しで休みになると思えば少しは気が楽になるだろ」
「うーん……それはねえな」
白瀬はきっぱりと断言した。ええ…前にお前が言ってたセリフなんですが…。
前々から思っていたがこいつその場の思い付きでしか会話してないんじゃないのか。
「あ、それより、今日部活あるなんて俺知らんかったぞ」
「この前夏菜が言ってただろ…。部長がもうすぐ引退しちまうから、夏菜も張り切ってんのかもしれんな」
「なるほどなぁ」
そうは言っているがこいつ絶対に理解していない。というか聞いていない。
本日は土曜日、特に登校日とかではないのだが僕たちは学校へ向かっていた。
三年生は文化祭終了後あたりで部活動を引退することとなっている。
ゲー研の三年生といっても部長の狩村先輩しかいないのだが、そんな部長の労をねぎらおうという夏菜の案で学校へ行くこととなったのだ。
…しかし気になる点は、集合場所がなぜか二年三組の教室だということ。
・・・・
「お、来た!」
教室の扉を開けると夏菜が駆け寄ってくる。
「まったく、遅いよ」
「そんなに遅かったか。というかなんで部室じゃなくてここなんだ?」
「いやそれがねぇ、水道工事とかで使えないんだって」
「ほう…それは大変だな」
しばらく部室を使う必要はないだろうから、たぶん困ったりはしないだろうが。
一通り教室を見渡すと夏菜は話を続ける。
「で、ここで部長の労をねぎらう会をやるんだよっ」
「ふむ、それは分かった。…肝心の部長の姿が無いが」
「まだ来てないみたい。さっきメッセージ来てたから」
夏菜はそう言って何やら鞄の中から取り出した。
何かと思えば、スマートフォンかそれ。
「お、スマホか! この前はまだガラケーだったのに! いいなー!」
「でしょー? 家族全員で変えたんだっ」
とても嬉しそうな笑顔で白瀬に自慢する夏菜。
…ふむ、なるほど。確かに分からんでもない、可愛いな。
夏菜を意識したことなど全くと言っていいほどに無いが、改めて意識してみるとやはり顔立ちは整っている。
さらに明るく優しいと来たら惚れ込んでしまうのも無理はないかもしれない。
いや、というかなんでこいつモテないのかな。すごい不思議になってきたんだけど。
「スマホの話は後にするとして。何をすればいいんだ、これから」
「そうだねー、とりあえず……」
少し考えてからの夏菜の一言。
「考えて無かったや」
「おいおい…」
いやまあ、考えだした時点でそうではないかとは思っていたが。
しかしねぎらう会といってもそこまで大がかりなものである必要は無いだろう。
というか先輩が来るまでにそんなもん準備できんし。
「…白瀬は何やってるんだ?」
「見ろよ霧生! 画質! 画質すごい良いぞ!」
「いやーすごいよね、私も感動しちゃった」
うんうんと頷く夏菜をよそに、白瀬は夏菜のスマホで教室中の写真を撮っていた。
なにこいつ。カメラというコンテンツに初めて触れた人みたいな反応してるんですが。
「ん?」
そのとき白瀬が動きを止める。
ついに自分の馬鹿具合を認めたかと思ったのだが、違ったらしい。
「何だこれ。こんなのあったっけ」
「どうしたのー?」
「いや変な紙が。こんなの昨日は貼ってなかった気がするんだけど」
シャッター音が鳴り響く。いや別に写真撮る必要は無かったでしょうよ…。
僕も夏菜も白瀬のもとに行き、その紙を見る。
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君たちに挑戦をしよう。
無事に謎を解けるかな?
退位
区間
K
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「確かにこんな紙は無かったな」
こんな変な紙が貼られてたら教室中の注目の的だ。
何だろう、この紙。見ててすごく悲しくなってくる。
「誰かのイタズラかな?」
「…この教室で部長を送る会を開こうと決めたのは夏菜なのか?」
「え? 違うよ。部長が二年三組でしようって言ってた」
…となると、間違いなさそうだ。
「じゃ、この紙はおそらく部長が仕掛けたものだな。Kってのは狩村のKだと思う」
「部長がこの紙を?」
夏菜がへぇと声を漏らす。しかしその顔は若干引きつっていた。
うん、気持ちは分かるよ。
こういうことやると、十年後くらいにふと思い出して身投げしたくなる。
しかし白瀬だけはなぜか憧れた視線でその紙を見つめていた。
「…白瀬?」
「…すげぇ、ゲームみたいだな霧生! この暗号を解いたらどうなるんだ?」
「解いてみないことには分からん…というかお前ノリノリだな」
そういやこいつはこういう企画は本気で楽しむような奴だったな。
童心に返れてるというかガキみたいな頭してるというか…。
ともあれこれは狩村先輩が仕掛けたもの、ということは仕掛ける理由があの人なりにあるのだろう。
夏菜もそれを汲み取ったのか考え始めていた。
「でも、これどういう意味だろ。全然分かんない」
「さあな、部長のことだし、難しいんじゃねえかな」
白瀬と夏菜は二人でそんな会話していた。
え、嘘、分かってないの? 僕だけか? 分かってるの。
いやなんか逆に不安になってきた…合ってんのだろうか。
「霧生、分かるか?」
「ああ、まあ。この退位と区間って言葉自体には意味がないと思う。共通点無いし、ヒントも無いからな」
「両方漢字だけど、それは?」
夏菜が首を傾げて訊ねてくる。
いやたったそんだけの共通点じゃコナンくんでも解けねえよ…。
そもそもコナンくんはこんな問題解かないけど。
「こういう感じのクイズを前に見たんだが、案外解き方は簡単なんだ」
「簡単、ねえ。平仮名に直すとかか?」
「ん、まあそれでもいいかもな、分かりやすくなる。この問題は退位と区間を続けて読んでみれば良いんだ」
「続けて? 退位区間…あ、もしかして体育館?」
夏菜、ご名答。
最初の文章の痛々しさはともかく、部長もなかなか粋なことをするな。
「つまり、体育館に行けばいいのか」
「だろうな。他に変な紙はこの教室には無いみたいだし」
「よし、じゃ早く行こうっ!」
夏菜はそう言うと早々に教室を出て行った。
なんだあいつ、結局ノリノリじゃないか。
これを予期してクイズにしたんなら、部長はやはり大したものだ。
・・・・
体育館は静かだ。おそらく今日はバスケ部は休みなのだろう。
体育館につくなり白瀬が悔しそうに言った。
「ちっ、バスケ部いないのか。桐原さんに会えると思ったのに」
「桐原さん? って誰だよ」
「桐原さんはバスケ部のマネージャーだろ。知らないのか?」
いや知らねえよ。すごいなお前、なんで女子関係の記憶はパーフェクトなんだ。
僕は女子どころか他クラスの人間の名前なんかまるっきり覚えていない。
「来てみたはいいけど、何かあるのかな?」
「たぶんここにも何か仕掛けられていると思うんだが…」
見当たらないな。おかしいな、さっきの答えは体育館で間違いないはずだし。
まさか狩村さんが仕掛け忘れたとか・・・それだったらもうどうしようもないが。
「二人とも、来て!」
夏菜の大声は体育館中に響き渡った。
すごい、こいつの声ってこんなにも響くのか。
オペラを聞いた後のような謎の感動に包まれながら、夏菜のもとへ向かう。
「ほら、紙あったよー」
そこにはさっきと同じテイストの紙が貼られていた。
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よくここまで来たな。
いや、簡単だったかな? 次の謎だ。
一列でできるものはどれ?
くるま そうこ とびら あける
HINT. 君たちが所持しているものがヒントだ
K
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咳払いをする。
前半の文章は完全無視するものとして、問題としてのレベルは上がっているようだ。
一列でできるって、どういう意味だ?
君たちが所持している・・・っていうのは、つまり僕たちの誰でも持っているものってことか。
「とりあえず、持ってるもの確認するか?」
「そうだな。僕たち三人が持っているもの…って何だ?」
「んー?」
鞄の中を調べてみるが、そもそも他二人がどんなものを持っているかも分からない。
筆記用具と連絡用の携帯電話くらいなら全員持っているかもしれないが。
そんなことを思っていると、夏菜が鞄から何かを取り出す。
「あ、こんなのあったけどっ」
「…電卓?」
夏菜が取り出したのは電卓だ。電卓を持ってくる女子高生…。
「これなら列とか関係ありそうじゃない?」
「いや…夏菜が電卓を持ってくるなんて部長は想定できないだろ。
というか、電卓を持ってくるならそのスマホの電卓機能を使った方がいいんじゃないのか」
「あ、それもそうだね」
へへとふやけた笑顔を見せる夏菜。
ちゃんと分かっているのかな、こいつ。
しかしこれで僕たち全員が持ってきている可能性のあるものは筆記用具か携帯電、ということになるが。
「白瀬、お前携帯電話持ってきてるな?」
「ああ、そりゃそうだ」
筆記用具だと白瀬が持ってきてない可能性も考えられただろうし、携帯電話の方が確実だろう。
ふむ。つまりこれに書いてある一列っていうのは携帯電話の…。
「分かった、たぶん」
間違えた時の予防線を張りつつそう言うと、二人同時にこちらを向く。
「マジか霧生!」
「ああ、ヒントにある『君たちが所持しているもの』っていうのはおそらく携帯電話のこと。この問題の答えは『そうこ』だな」
「え、なんで?」
「そうだな…この『そうこ』という言葉だけは携帯電話の一列目のキーのみで打つことができるんだ」
携帯電話のキーは
1列目 あ か さ
2列目 た な は
3列目 ま や ら
といった感じで並んでいる。
『そうこ』という言葉はあ行、か行、さ行のみ、つまり一列目の行にあるキーのみで作り出せるということだ。
そう説明すると二人は納得のいった様子で頷く。
「なるほどな、これは俺には難しすぎる」
「私も全然分かんなかった。…あ、じゃあ『倉庫』に行けばいいの?」
「この答えが合っているならそうなるな」
ここは体育館。そして何もない状態で倉庫に行けと言われても動ける範囲は限られている。
つまり、体育倉庫か。
・・・・
「晃平、何かあったー?」
「ああ」
入ってすぐ、ど真ん中に不自然なものがあった。
それを持って倉庫の外に出る。
「保健の教科書、Ⅲって書いてあるから3年生のだろうな」
「保健だと?」
白瀬が喰いついた。そんなことは気にせず会話を続ける。
「何より真ん中に思いきりKと書いてある。部長のだな」
「その教科書、何か書いたりしてないのか?」
「いや………どこにも何も書かれてないな」
パラパラとめくるが、何も仕掛けはないようだ。
深くまで読まないといけない仕掛けなんか仕掛けるとは思えないが…。
これまでの二問の答えは場所を表していたが…もしかしてこれも?
「保健室に行けばいいんじゃないのか」
さすがに白瀬も分かってきたか。
頷きを返すと僕たちは保健室へ向かった。
・・・・
案の定、保健室の向かいに紙が貼ってある。
さすがに先輩も保健室の扉に貼るのは避けたらしい。
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疲れたころだろう。
これでラストだ、よく考えてくれ。
ああウウに言う
kgkjbst
HINT. 親子とはすばらしいな
K
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「はは…」
夏菜も絶句の代物だった。そっとしておいてあげようよ。
それはさておきこの問題、まったく訳が分からない。
そもそもこのヒント、ちゃんとヒントになっているのか?
「これ、全然分かんないや」
「英語に関してはお手上げだな」
と言って本当に手を上げる白瀬。
しかしこの人、僕たちが解かなかったときの保険とかちゃんとかけてるんだろうか。
まさか解けないと、部長を一人残すこととなってしまうなんてことは避けたいんですけど。
「このkgkとかって、何かの頭文字かな?」
「頭文字? なんでそう思うんだ?」
「いやまあ何となくなんだけどね。ほら、母音が全くないのも変かなって」
夏菜の言うことは確かにそうだ。
母音がないと英単語にもなりようがない、子音だけじゃどうしようもないのだ。
しかし、これが何かの頭文字とは考え難いが。
…それよりもヒントを解いた方が早いのかもしれない。
『親子とはすばらしい』、狩村さんの個人的感想じゃないよね?
「親子ねえ。さっきの母音とか子音とか関係無いのかね」
「…? どういうことだ白瀬」
「いや。単純に、母と子だからそうかもなって思っただけだよ」
……………。いや、それかもしれないぞ。
「白瀬、それだ」
「え? 分かったのか」
「ああ、一応。この『ああウウに言う』って言葉をローマ字に書き起こしてみるとどうなる?」
「ローマ字? えっと…」
夏菜は自慢のスマホをを取り出し、打ち込み始める。
…入力早いな。これがフリック入力というやつの力か。
かがくのちからってすげー。
aauuniiu
「こう、かな?」
「ああ。そしてヒントにある『親子』、これは白瀬の言う通り母音と子音のことだよ。
つまり、『aauuniiu』とその下に書いてある『kgkjbst』の二つを組み合わせることで答えが出る」
「組み合わせるの? で、答えは?」
「いや、まだやってないから何とも。夏菜、スマホ貸してくれ」
「うん、はいっ」
スマホを受け取ると、さっきのローマ字の下に子音組を打ち込む。
実際にやってみると難しいなこれ…。
aauuniiu
kgkjbst
「これの母音と子音を組み合わせる。たとえばaとkで『か』、次のaとgで『が』になるだろ。
途中にあるnとbを合わせても何も生まれないからそこはnだけ取って『ん』にすれば、全部で『かがくじゅんびしつ』になる」
「おー! じゃ、最後の部屋は科学準備室ってことだね! …あれ。でも、水道工事中のはずだから、誰も入れないと思うけど」
「いや、夏菜。それは確か部長にそう言われただけだったよな?」
「…あ、そうだね。じゃあもしかしてそこに部長居るの?」
「たぶんな」
まあ水道工事中という紙でも貼っておけば、誰も近付かんだろうし。
何かをする気ならその間に準備はできるだろう。
さて先輩の出したクイズは全て解けた…あとはホストを迎えに行くのみだ。
・・・・
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ご名答
K
-----------------
科学準備室の扉にはこんな紙が貼ってあった。
「いやー…最後までこういうノリだったね」
「お前…仮にも先輩なんだから言い方を…」
「じゃ開けよー!」
人の話を聞かず、夏菜は扉を勢いよく開けた。
中には案の定、部長がいた。部長は僕たちに気付くと立ち上がった。
「おお、やっと来たな」
「おかげさまで」
「やー部長…あの文はどうかと思いますよ…なんて」
冗談めかしていう夏菜だったが、全然誤魔化せてないからな。
むしろ黒歴史を痛烈に突きつけちゃってるからな。
「でも部長、なんでまたこんなことをしたんすか」
「いやなに、最後にインパクトのあることをしてみたかっただけだよ」
そして最後に笑う。
確かにインパクトはすごかった。初見の悪寒にも似た衝撃は凄まじかった。
「まあまあ、とりあえず教室に戻りましょうっ、ここじゃ暑いですし」
「いや、もうこの部屋でいろいろと準備してるから。ここでいいぞ」
「えっ、鍵開けっぱなし…」
夏菜はそう呟くと黙って科学準備室を出て行った。
施錠しに行くのだろう、律儀な奴だ。
しかし自分の送別会の準備を行うとは、なんだかんだで最後まで世話になりっぱなしだったな…。
この人が引退しても、多少は関わることがあるだろう。
それでも、何もできなかった僕たちは後輩として何ができるだろうか。
一つできるとすれば、それは狩村センパイの伝統を次へと繋いでいくことではないかと僕は思った。