14 想いの行方
就寝のためテントに入ってからもうしばらくの時が流れた。
こちらの静寂とは裏腹に、隣のテントからは何やらいろいろと話している声が聞こえる。
静かになったり悲鳴をあげたりを繰り返しているところから考えると、おそらく怪談話でもしているんだろう。
みなみと二人きりにされ、何を話したらいいか分からないでいた僕はいつしか文庫本を読み始めていた。
とんでもねえチキン野郎だなとは自分でも思う、けど恥ずかしいもんは仕方ない。
…でも付き合ってるのに二人きりでいて沈黙っていうのもどうなんだろうか。
声をかけた方が良いんだろうか。
「…みなみ」
「…えっ。あ、何?」
いきなり話しかけられてみなみは驚いた様子だった。
どうしよう、話しかけたはいいけどここから何話せばいいか分からない。
鼓動が少しずつ早くなってくるのを感じた。
と、とりあえず適当に話を繋げよう、うん。
「…あー、いや…そろそろ冬休みだと思ってな」
「あ、そうだね。そんな時期なのにキャンプって、なんか変だね」
「…そうだな」
みなみのもっともらしい答えに思わず口元を緩める。
互いに真上を向いているためにみなみの表情は伺えない。
みなみは今何を考えているのだろう。
白瀬が言っていたようなことは考えているのだろうか?
それは無いと決めつけていたが、本当にそうなのか?
そして仮にそうだったとして僕はみなみに応えることができるのか?
そんなことを聞いてみたいと思ったが、聞きたくもなかった。
それを聞いてしまったらみなみとの関係が崩れてしまうのではないか。
そんな葛藤があったから。
だから当たり障りのない、どうでもいい内容を言葉にする。
「冬休みになっても、あいつら宿題とかやらないんだろうな」
「…そうだね。夏休みもそんな感じだったのかな」
「ああ。白瀬なんか宿題を無くしたとかも言っててな」
けれどもそんなどうでもいい内容ですら、心地よく感じる。
この心地よさこそが恋愛によって得られるものなんだろうか。
今までに感じたことのない感覚を身に沁み込ませながら、僕はその晩を過ごした。
・・・・
目を覚ました時、すでにテントの中にみなみの姿は見当たらなかった。
目を擦ったり体を伸ばしたりしてテントから出ると、日光が突き刺さる。
目を閉じていてもその明るさは十分に分かるほどに眩しかった。
「お、霧生。やっと起きたのか」
「ああ」
白瀬の受け答えを適当に済ませながら、クーラーボックスからオレンジジュースを取り出す。
「で、霧生、どうだった昨日は?」
「そうだな、まあ察してくれ」
「なるほどな。まあやらないだろうなとは思ってたけど」
曖昧な返事をしてヤキモキさせてやろうという魂胆だったのに、白瀬は僕のことをすべて見抜いている様子だった。
こいつここまでだと怖いな、千里眼でも持ってんじゃないの。
「やれやれ。次はしっかりやれよ」
「やらない。…白瀬だけなのか?」
今周りを見渡して気付いた、白瀬以外のやつがいない。
今日で帰る予定だから薪を集める必要もないはずだが。
「みんな川に遊びに行ったよ。まったくお子ちゃまだぜ」
「何でお前は行かなかったんだ、お前もお子ちゃまのはずだろ?」
「さすがにお前を一人きりにするのは悪いしな、俺が残ってやったのさ」
「…何か理由があるだろ、お前」
「お、気付いちゃうか?」
うん、まあさっきから目ぇキラッキラさせてるし。
そんなに僕のことを考えていたのだろうか、だとしたらどん引きしてしまう。
「な、なんで俺から目を背けるんだよ」
「…別に。何かあったのか?」
「ああ、さっきちょっと面白いことがあって、それを伝えようと思ってな」
さっき、ということは僕のことじゃないらしいな。
良かった、幼馴染相手にどん引きするとか僕の良心に反することをせずに済んだ。
白瀬はいかにもその話をしたそうに僕の目をじっと見つめる。
いや、別に聞いてもいいけど、どん引きだわお前。
「教えてくれよ」
「ああ。俊介の事なんだけど」
「俊介? …ああ、そういえばあいつ、昨日何か言っていたな」
「じゃあもう知ってんのか。あいつついに浅井に告ったんだよ」
「…おお」
昨日それっぽい話を聞かされてはいたが、まさか本当に告白するとは。
勇気出したな俊介。
大して会話もできてない女の子に告白するなんて僕には絶対できないけど。
しかし僕もいっぱしの高校生、告白したとなるとその話に興味が出てくる。
「ちなみにどんな感じだったか、あいつ言ってたか?」
「ああ、言ってたというか何というかだな。朝飯の時にあいつ、自分で恋愛話に持ち込んだんだけどさ。
で、自分が話す番になったら、思い切り勢いに任せて告ったんだよ」
白瀬はそう言うと大笑いする。いや、笑ってやるなよ…。
というか僕抜きで朝食食べてたんですか。
起こしてくれたっていいじゃないですか。
それはさておき、皆の前で公開告白って…勇気があると、さっきは言ったが違うな、馬鹿だ、
いや確かに昨日、勢いとで伝えろと言った、言ったよ。でもそれは少し違うんじゃないでしょうか?
「で、結果なんだけどな」
「どうなったんだ?」
あの夏菜がそれに対してどう反応したのかが気になる。
受け入れたのか突き放したのか。
どちらの夏菜も正直想像ができないのだが・・。
「浅井のやつ、少しはぐらかしてるみたいだったぜ」
「つまり、断られたってことか」
「いや、そんな感じでも無かったな。かといって別にOKって感じでも……まあ、曖昧にしちまってる感じだ」
「ふむ…夏菜ならそうかもな」
そもそもあいつが俊介のことをどう思っているのか分からないからな。
まったく漏らす気配もないし、何なら意識してすらないんじゃないかと思ってしまう。
だがこれはいい機会かもしれないな、これで夏菜は少なからず俊介を意識するようになるはずだ。
ここから何か進展があるかどうかは抜きにして。
「霧生、迎えそろそろ来るらしいから、準備とか始めとけよ」
「ああ」
影ながら、応援させてもらうこととしよう。
・・・・
「霧生、また今度から勉強会だな!」
いつもの変わらない登校中、笑いながら白瀬は言った。
夏菜もそれに合わせて笑う。あれから何か変化はあったのだろうか。
「いいか、言っとくが前に決めた『これからの学習計画』はちゃんと守ってもらうぞ」
あれを守ってもらわないと、こいつらはうちに入れなくなる。
いや、それ自体は構わないのだが…あれ、じゃあ別に守ってもらわなくてもよくね。
「分かってるよっ、土日に三時間だよね!」
「正確には三時間以上だが…」
絶対にお前ら三時間しかしないだろうなぁ。
四時間くらいにしてやれば良かったかもしれん。
夏菜も白瀬も相変わらず、こうして三人で笑っている。
その笑顔の中にどんな感情があるのかは分からないが。
夏菜はどういう思いで俊介の告白をはぐらかしたのか?
俊介の言葉をどういう気持ちで受け止めたのか?
少し前に告白というものを経験した僕にとって、こいつのとった行動はよく分からないものだった。