13 余計な世話
植物は酸素だけでなく、マイナスイオンというものも排出していると聞いたことがある。
森林地帯にいるとそれだけで涼しげに感じられるのはそのせいだろう。
まあマイナスイオンが何なのか、僕はよく知らないが。
まあこの多少の涼しさの理由には、前回と少し時期が違うというのもあるだろう。
林の中でゆっくりと涼んでいる中、白瀬が話しかけてくる。
「霧生。何やってんだ、こんなところで」
「前回はバタバタだったし、ちょっと森林浴をな」
「なんだ黄昏てるんじゃないのか」
どうもこの男には趣というものが分からないらしいな。
「何だ? もう飯の準備なのか?」
「いや。俺が上手いことセットしてやったんだから、上手くやれよって言いに来ただけだ。余計な世話だったか?」
余計なお世話です。
「なあ、やっぱり今からやる必要は無いと思うんだが」
「今やらなくても、どうせそのうちやるんだからいいだろ。早めがいいんだ、こういうのは」
白瀬はそう言うが、どうだかねぇ。
そういう興味が決してないわけじゃない。
ただみなみの心境も分からないうちにそんなことはしてはいけないのではなかろうか。
一人そんな葛藤をしていた。
・・・・
「オレ、告ろうと思うんだ」
俊介からそう聞かされたのは、空が薄っすらと暗くなってきていた夕方のことだった。
いきなりそんなこと言われてもどう対応すればいいのか分からない。
「・・・あ、そう」
「なんだそれ! もうちょっと反応があっても良いだろ!」
「いや、そう言われても」
ていうか早いんじゃない?
お前夏菜に対してほぼ何のアクションも起こしてないだろ。
「で、何でわざわざ僕に言うんだよ」
別にお前なんかに幼馴染はやらん!みたいなことは一切無いから、全然報告とかいらないんだけど。
むしろ僕の許可よりも夏菜本人の許可を取る方が遥かに難しいんだけど。
「いや、白瀬から話は聞いてるぜ。告白のスペシャリストであるお前に、ぜひ意見を頂戴したくてな」
「白瀬のやつめ、何を吹き込んだんだ・・・」
「なあ霧生、どうすればいいか教えてくれよ」
目を輝かせて訊いてくる俊介。
まいったな、告白なんて生まれてこの方しようと思ったことがない。
この前のみなみに対するあれは、告白に対する返事だからちょっと違うだろうし。
もう暗くなるな・・早めに済ませよう。
「・・ま、こういうのは勢いなんじゃないか?」
「勢い?」
「ああ、勢いだよ。いいムードになったら・・あとは勢いで」
なんか別のことをレクチャーしているような気分にさせられたけど・・・まあ大丈夫だろう、たぶん。
俊介はうんうんと頷いた。
「なるほどな、勢いか! よし、それで行く!」
「ほい。じゃあ戻ろう、暗くなっちまう」
・・・・
テントの前では夕食の準備が行われようとしていた。
「では、恒例の夕食タイム!」
夏菜が元気な声で叫ぶ。長所は時に短所にもなりうるといういい例だな。
「今日も夕食を作る班を決めるのか? 全員で作ればいいんじゃないのか?」
今回はもう薪はその辺のペンションから借りるようだし、
料理の担当とかを決める必要はないはずなのだが。
優がそれを許さない。
「まあまあ、こういうのは雰囲気だよ雰囲気! 決め直そ!」
おー、とテンション高めな女子二人。
「もし料理が下手な奴が選出されたらどうする」
「それもそうだねぇ・・・じゃあこうしよ、夏菜は決定!」
「えっ・・・まあ別にいいけど」
夏菜すら呆れさせる優はとんでもないポテンシャルを秘めているのかもしれん。
だが夏菜もまんざらじゃなさそうだ。
私が指揮を執る!みたいな意思がやばいくらい伝わってきてやばい。
「で、あとの二人をクジで決めれば解決!」
その優の案に反対する者はいなかった。
即席のクジをそれぞれ引いた結果は、
「じゃ、料理担当は夏菜と霧生くんと白瀬くんで!」
「まかせなさいっ!」
元気よく返事する夏菜。白瀬も張り切っていたが、僕は何もするつもりはない。
何せ僕は料理ができない。・・・二人の闘いを後ろで観ているとしよう。
みんなの食の安全のために。
「霧生? 何してんだ」
「僕はここでのんびりしておく、邪魔になるだろうし」
「いやー、サボりは許さないよっ! はいこれ」
夏菜はそう言ってジャガイモと包丁を差し出す。
・・これは。
「切ればいいのか?」
「いや皮むきだよ。ほら早く」
ズンと手に持っているそれを僕に近付ける。
いや危ないから、それ刃物だから危ないから!
・・・・
ジャガイモを全面的に拒否した僕は、夏菜に「サラダくらいならできるでしょ」と、
かなり馬鹿にされた言い方でサラダ作りを頼まれた。
出来上がりを見た白瀬は言った。
「・・・まさかお前、サラダすらまともに作れないのか?」
「何・・いや、できてるだろ。ほら」
「いやでもお前、レタス積みすぎだろ。ホールケーキぐらいあると思うぞそれ・・・」
え、変かな。多い方が良いかと思ったんだけど・・。
サラダを見たみんなは、なぜかしばらく無言を貫いていた。
夕食を終えると、みんなで就寝のことについて話し合うこととなった。
今回は白瀬もテントを忘れるということもなく、安らかに眠れるだろうと思っていたのだがそんなことは無かった。
白瀬が僕に近づき小声で言う。
「霧生、このキャンプの目的、忘れてないだろうな」
「やれやれ、覚えてるさ、友情を深めるお泊り合宿だろ」
「いや違えよ。何だその小学生のお泊りみたいな名前は。
いいか霧生、今回はちゃんとテントを二つ用意した」
白瀬は僕の方を指差した。
おそらく僕の後ろにテントがあるのだろう、
そのことは察しがついたのであえて振り向かなかった。
「・・つまり、何が言いたいんだ?」
「みんなと話して、今夜はお前らを二人きりで過ごさせてやることになった。
一つのテントにお前と鮎川が入り、残りはもう一つのテントだ」
みんなに話しちゃったんですね。
いやまあ大体想像はついてたけど、こうなんじゃないかって。
「・・・えっ」
今あいつさらっと言ったけど、今晩は僕とみなみ、二人きりで過ごすってこと・・・?
・・・・
その晩。白瀬の言った通り、僕とみなみを一つのテントに残して他の四人はみんな退けてしまった。
別にそれ自体は構わないのだが、実を言うとこのキャンプで僕とみなみは全くと言っていいほど会話を交わしていない。
恋人同士としてはかなり不自然だと思うが、そんな状態でいきなり2人きりにされても困るというもの。
そんな気持ちで僕はその時を迎えた。