「冥土の土産に教えてやろう」これ一度言ってみたかったんですよね
「フィエルノ、お前との婚約は破棄させてもらう」
子爵令嬢フィエルノ・ナールは、伯爵令息グレオ・マーディから婚約破棄を言い渡される。
よりにもよって、婚約者が主催するパーティーの真っ只中に。
フィエルノは黒髪のショートボブ、ヘーゼルの瞳を持ち、ベージュのドレスを着た素朴な令嬢だった。
ショックを受けつつ、理由を問いただす。
「なぜ、でしょう……?」
「冥土の土産に教えてやろう。お前はメシを作るのは上手い。身の回りの世話もよくできる。けど、アクセサリーとしてはイマイチなんだよ。やっぱり妻にするには、こういう女じゃないと」
「あぁ~ら、嬉しい!」
見計らっていたかのように、ペルシェという子爵令嬢がグレオに抱きつく。
ペルシェは長いピンクブロンドの髪を持ち、ドレスは花柄をあしらった桃色。フィエルノとは対極にいるような令嬢だった。
「というわけだ。フィエルノ、お前とは今日限りだ」
「……!」
「ああ、つい冥土の土産なんて言っちゃったけど、首くくるのはやめてくれよ! 仮にも婚約者だった女に死なれたら、寝覚めが悪い! アッハッハッハッハッハ!」
高笑いするグレオとペルシェ。
たとえ、フィエルノが本当に自らの命を絶ったとしても、そのニュースを聞いたグレオはぐっすり眠るだろう。そうとしか思えない一幕だった。
***
元々大人しい性格だったフィエルノだが、この事件を機に、輪をかけて感情を表に出さなくなった。
しかし、フィエルノは人生が嫌になったわけではなかった。むしろその逆。
男なんてあんなもの。だったら自分一人で生きていこう。そう決めた。
自分の特技は、グレオが言っていたように料理や家事だ。
(だったらメイドになろう)
目指すべき道が固まった。
冥土の土産に教えてやろうと言われ、メイドになってしまう。まるで笑い話のようだが、フィエルノは真剣にメイドになることを志した。
フィエルノはアルシェント公爵家のメイドとなった。
アルシェント家は事業が順調で、執事やメイドを大量に雇用したのだ。フィエルノにとっては渡りに船だった。
フィエルノはめきめきと頭角をあらわした。
料理の腕も家事の腕も一流。どんな仕事を頼まれても黙々と淡々とこなす。並みのメイドの二倍、いや三倍は働いた。
そんな彼女はメイド長の目に留まる。
「あなたを一介のメイドにしておくのはもったいないわ。ぜひ、若様のお付きになってちょうだい」
「かしこまりました」
こうしてフィエルノは、アルシェント家嫡子であるノグレス・アルシェント直属のメイドになった。
ノグレスは灰色に近い銀髪と、黄金色の瞳の持ち主で、文武両道、眉目秀麗の男だった。家の内外で女性から熱い視線を送られるも、本人は色恋にはまるで興味がなかった。
そんな彼に、フィエルノは新鮮に映った。自分に対してもまるで笑顔を見せず、しかし仕事は完璧にこなすフィエルノに興味を抱いた。積極的にお茶や読書会に誘うようになる。
「どうかな? 異国から取り寄せた葉で淹れたティーは」
「甘く香ばしく、とろりとした舌触りが癖になりますね」
「この小説、いかがだったかな?」
「最終章で、今までの謎が全て明かされる構成が圧巻でしたね」
相変わらず淡々としているが、フィエルノはノグレスの文化レベルについていく。
ノグレスはそんなフィエルノをますます気に入り、ついには婚約者として指名してしまう。
当然、反対の声も上がる。が、
「フィエルノと結婚できないのなら、次期当主の座は辞退し、独身を貫くよ」
この言葉で周囲の声は止んだ。
ノグレスは幅広い人脈を持ち、異国とのパイプもあり、騎士としても一流。両親はもちろん弟妹からもアルシェント家の星と目される存在。メイドと婚約してしまうぐらいのことは許されて当然だった。
なお、フィエルノの態度は冷めたもので、婚約を淡々と受け入れる。
「そうおっしゃるのであれば、謹んでお受けいたします」
男なんてあんなもの。グレオとの一件で、フィエルノは異性に対する期待やときめきを完全に失っていた。
***
「私と君は晴れて婚約者同士となった。結婚前にしっかり清算しておきたい」
ノグレスは今や夫婦となったグレオ、ペルシェを標的に定めた。
腕利きの間者を送り込み、入念に二人の身辺調査を行う。
すると、横領や収賄、使用人や領民への横暴など、膿が出るわ出るわという有様。
ノグレスはため息をつく。
「一事が万事というやつだな」
ノグレスがこの夫婦を攻撃したところでなんのメリットもないのだが、迷いはなかった。
「グレオとペルシェを徹底的に糾弾する。かつてフィエルノを侮辱した罪を償わせる」
まずは王都で最大の新聞社を動かし、夫婦の醜聞を大々的に報じさせる。
さらにはマーディ家に不正の証拠を送りつけ「この事態を放置すれば、家の存続も危ういだろう」と脅しをかける。
マーディ家当主は震え上がり、グレオとペルシェを逮捕し、さらには絶縁。グレオは過酷で知られる北の鉱山送りとなり、ペルシェも更生不可と見なされた女性のみが集められる辺境の修道院にて、食事と寝る時以外は刺繍などの労役を強いられることとなる。
ノグレスがこのことを報告するも、
「ありがとうございました」
フィエルノはこう述べるに留まった。
***
フィエルノとノグレスは夫婦になった。
夫婦仲は良好といえた。家督を継ぎ公爵となったノグレスは、領地経営に精を出し、騎士としても活躍、人脈も広げていく。
フィエルノはそんな夫をよく補佐し、社交をこなし、元メイドとしてメイドたちもきっちり統括する。しかし、笑顔を見せることはほとんどなかった。
周囲からはこんな風にささやかれる。
「アルシェント家はあの夫婦が台頭してからますます力をつけているな」
「だけど、アルシェント公爵夫人は幸せなのかしら? 笑ってるところを見たことがないけど……」
「なんというか、“妻”という役を台本通りに演じてるって感じなんだよな」
そんな声があろうと、フィエルノは淡々と夫人としての日常をこなす。
「あなた、お茶が入りました」
「ありがとう」
ノグレスも「もっと笑顔を見せてくれ」などと言うことはなく、妻の態度を受け入れた。
***
結婚から数年、王国が突如他国から攻め込まれた。
国境を突破され、辺境伯を中心とした諸侯連合軍が防戦するが、旗色は悪い。
王家は国中の諸侯に、侵略者の討伐を命じた。当然、公爵であり優れた騎士でもあるノグレスも出陣する。
「フィエルノ、必ず敵を追い払って戻ってくるよ」
「お帰りになられるまで留守はお任せください」
フィエルノは淡々と告げる。
死地に向かう夫に対して、冷淡な妻とも、覚悟を決めた妻とも取れる場面であった。
戦争は激化していく。
そんな中、ノグレス率いるアルシェント家騎士団はめざましい活躍をし、敵国軍を押しのけていく。天秤はこちらに傾きつつあった。
ところがそんな中、フィエルノの元に早馬が飛び込む。
「大変です! ノグレス卿が――」
ノグレスは自ら斬り込んで、王国軍の勝利をほぼ間違いないものにした。しかし、その代償は大きかった。
敵将の一人を討ち取ったものの、その際大きな傷を負い、重体といえる状態にあるという。
使者は「奥様に来ていただけないか」と訴え、フィエルノはやはり淡々と返事をした。
「分かりました。すぐに向かいましょう」
***
敵国との国境近くにある野戦病院に、ノグレスはいるという。
野戦病院は大きなテントであり、その中には数十人規模の兵士たちが横たわっていた。この戦争の厳しさが伝わってくる。
フィエルノは最奥にあるノグレスのいるベッドに向かう。
髯を生やした中年医師が容態を説明する。
「危篤といっていい状態です。看取りになることもお覚悟ください」
「分かりました」
フィエルノは医師の立ち会いの元、ベッドの上のノグレスと再会する。
「ノグレス様……」
ノグレスもわずかに反応する。
「フィエル、ノ……」
しばらくは言葉も交わさず、二人で見つめ合う。
やがて、息も絶え絶えにノグレスが言った。
「戦は……我々の勝利、だろう……。だが、私は……。最期に、何か……あるだろうか……?」
フィエルノは答える。
「冥土の土産に教えてやろう」
「……!」
「これ一度言ってみたかったんですよね」
フィエルノは続ける。
「かつての婚約者グレオ様に言われたフレーズです。あの言葉を言われて以来、私の心は死んでいた。同時に、この酷い言葉を一度でいいから誰かに言ってやりたい気持ちに駆られていた。そうしたら、こんな絶好の機会に恵まれてしまいました」
医師は顔を引きつらせるが、ノグレスはわずかに笑む。
「そう、か……。何を教えて、くれる、のかな……?」
その瞬間、フィエルノの頬に熱いものがつたった。
「私は……私はあなたを愛していました」
「!」
「あの婚約破棄で、私の心は死にました。男などこんなものだと。それ以上に、私などこんなものだと。残りの人生は自分一人で生きていこうと、そう決めました」
ノグレスは黙って聞いている。
「でも、あなたがそんな私の心に一条の光を差してくれた。あなたお付きのメイドとなり、お茶をした時、本を読んだ時、本当に楽しかった。あなたがグレオ様たちを糾弾してくれた時は胸がすく思いでした。あなたと結婚できた時は……本当の本当に嬉しかった」
フィエルノの涙は止まらない。
「でも、私は愚かだから、子供だったから、拗ねていたから……自分の心はもう死んでいると、そういった感情は一切出しませんでした。ついにはあなたが国運を賭けた戦に赴く時すら、私は労いの言葉一つかけなかった」
言葉に嗚咽が混じり始める。
「でも……こうしてあなたの臨終に直面して、ようやく自分の心に気づきました。私はあなたを愛していた……! 今さら遅すぎるけど、お願いします……! どうか、どうか……死なないで……私を置いてきぼりにしないで……! ううっ、ごめんなさい……!」
フィエルノはベッドにしがみつくように泣き崩れてしまう。
医師の目にも涙が光る。
「私の力が及ばないばかりに……申し訳ございません……!」
すると、その時だった。
「遅すぎる……ことなど、あるものか」
ノグレスの言葉に力強さが宿っている。
「こんな冥土の土産を渡されたら……素直に冥土に行くわけにもいくまいよ……」
異変を察知し、医師が目を丸くする。
「ぬ……ぬおおおおおおおおっ!!!」
なんと、ノグレスが上体を起こした。しかも、両手を握り締め、拳にしている。
「あ、あなた……?」
「うおおおおおおおおおおっ! まだ死ねんっ! フィエルノ、今の冥土の土産、悪いが突っ返させてもらう!」
フィエルノも困惑しているが、それよりも遥かに喜びが勝った。
相手は重体患者だというのに、抱きついてしまう。
「ノグレス様ぁぁぁぁぁ……!」
「心配をかけたな、フィエルノ。私はもう大丈夫だ」
ノグレスの容態は、医師の目から見ても危機を脱したのは明らかだった。
蝋燭の最後の輝きなどではない。先ほどまであんなに短かった蝋燭が、すっかり長さを取り戻しており、炎の揺らぎも安定している。
医師は目を見開き、目の前の現象にただただ驚愕し、脱帽していた。
「こんなことが……! これ、論文にして発表できるだろうか……? さすがに無理かなぁ……」
***
戦争は王国の大勝利に終わった。
ノグレスは国王より論功行賞にて、第一功と評され、莫大な褒賞金を賜った。さらには国宝である宝剣を託され、王家との繋がりはより強固なものとなった。
しかし、本人はあくまで謙虚さを忘れず「戦場で不覚を取ったのは未熟の証。これからも領主として騎士として精進します」と言うと、国王は「貴公にはこの王冠を与えてしまいたいぐらいだよ」と最大級の賛辞を披露した。
フィエルノとノグレスの夫婦生活も元通りになった。
しかし、変わったこともある。フィエルノが笑顔を見せるようになったのだ。
ノグレスに全てを吐露したことで、彼女の心はすっかり回復した。もはや、かつてのように冷淡な振る舞いをする必要はない。
明るく笑うようになったフィエルノにはファンが増え、領民からも愛されるようになった。
そんな彼女は、ノグレスとある約束を交わしていた。
「もし再び、どちらかが臨終の際になったら、看取る側は冥土の土産に何かを教えることにしないか?」
「いいですね。そうしましょう!」
本気の誓いというより、野戦病院での一件もあり、こういう約束をしていた方がお互いに長生きできるのではという一種のまじないのようなものであった。
それでも、とフィエルノは思う。
(願わくは、私の方が、ノグレス様から冥土の土産を聞く側になりたい――)
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




