01 春、隣の君が遠くなる
新しい連載です。
毎日更新して、6話くらいで終了予定です。
スカッと読める感じにしたいと思うので、
良かったら最後までお付き合いください(^^)
「……ミレナ」
名前を呼ばれる。
甘く。
熱っぽく。
昔と同じ声なのに、全然違って聞こえた。
「好きだ」
「……っ」
低い声と一緒に、唇が触れる。
優しく。
蕩けるみたいに甘く。
頭が真っ白になる。
「ル、ルーク……っ」
「可愛い」
「うるさ……ひゃっ!?」
腰を抱き寄せられて、悲鳴が漏れた。
待って。
近い近い近い。
というかなんでこの男こんなに距離感おかしいの!?
一年前までただの幼馴染だったのに、なんでこんな事になってるの!?
◇◇◇
一年前。
ルークが王都へ行く朝、村中の人間が浮かれていた。
「いやぁ、うちの村から王都騎士団養成科に受かるヤツが出るとはなぁ!」
「しかも首席入学だってよ!」
「将来は騎士の花形、近衛騎士かもしれんなぁ!」
酒場では朝も夜も酔っ払いが騒ぎ、パン屋のおばさんは会うたびに激励を送り、子供たちは木の棒を振り回して「ルーク隊長!」と囃し立てている。
本人だけが、いつも通り無表情だった。
「ルーク、もうちょっと嬉しそうにできないの?」
村外れの荷馬車の前で、私は呆れながら腕を組む。
ルーク・グランツはちらりと私を見た。
「嬉しいぞ」
「全然嬉しそうに見えない」
「昔からこうだから仕方ない」
「それを開き直るなって言ってるの」
すると彼は小さく息を吐いた。
その横顔が、悔しいくらい格好いい。
昔はもっと細くて、私の後ろを追いかけてばかりいたのに。
いつの間にか肩幅が広くなっていた。顔立ちも精悍になった。
剣を振るうたびに筋肉がついて、背も伸びて、村の女の子たちがきゃーきゃー騒ぐようになった。
――ちょっと前までは、私だけの幼馴染だったのに。
そんな考えが浮かんで、慌てて頭を振る。
最低だ。
ルークは私のものじゃない。
わかってる。
わかってるけど。
「ミレナ」
「……なによ」
「顔が怖い」
「誰のせいよ」
むすっとすると、ルークはほんの少しだけ目を細めた。
笑った。
ほんの一瞬だけ。
それだけで胸が苦しくなる。
ずるい。
この男、本当にずるい。
普段まったく笑わないくせに、たまにこんな顔をするから心臓に悪い。
それでも、ルークのわずかな表情の変化を読み取れるのは私だけだと、少しだけ優越感を覚えてしまう。
「手紙を書く」
不意に言われて、私はぱちりと瞬いた。
「……え?」
「王都に着いたら送る」
「律儀」
「お前がうるさいからな」
「はぁ!? 私が催促する前提なの!?」
「するだろ」
「……するけど」
即答してしまってから、しまったと思った。
ルークがまた少し笑う。
あ、駄目。
その顔、好き。
言えないけど。
絶対言えないけど。
「返事、ちゃんと書いてよね」
「ああ」
「忙しくても!」
「ああ」
「女の子に囲まれて浮かれて忘れたりしないでよ!」
「しない」
「本当に?」
「興味ない」
「……へぇ」
そこで胸の奥がちくりと痛んだ。
興味ない。
きっと本当にそうなのだろう。
ルークは昔から女の子に驚くほど無関心だった。
祭りで告白されても「そうか」としか返さない。
あまりに愛想がないので、一時期『氷の石像』なんてあだ名をつけられていたくらいだ。
……なのに。
どうして私は期待してしまうんだろう。
手紙を書いてくれるくらいだ。
きっとルークも私のことは嫌いじゃないはず。
だから、もしかしたらって。
少しくらい特別かもしれないって。
そんな都合のいい夢を見てしまう。
「行くぞ」
御者の声が響く。
荷馬車がゆっくり動き出した。
私は慌てて笑顔を作る。
「ちゃんと食べなさいよー!」
「ああ」
「怪我したら許さないからね!」
「ああ」
「あとモテても調子乗らないで!」
「興味ない」
「それさっき聞いた!」
最後に、ルークがこちらを見た。
春風が黒髪を揺らす。
無表情。
でもその目だけが、どうしようもなく優しかった。
「……行ってくる、ミレナ」
その瞬間。
泣きそうになった。
けれど私は歯を食いしばって、最後まで手を振った。
ちゃんと笑って送り出した。
偉い。
私、偉い。
――家に帰ってから三日泣いたけど。
◇◇◇
王都からの手紙は、一ヶ月に一度届いた。
『教官が鬼だ』
『同期が変人ばかりだ』
『貴族が怖い』
文章は短い。
びっくりするくらい短い。
なのに不思議とルークの声が聞こえる気がした。
何度も何度も読み返した。
返事を書く時間が好きだった。
今日あったこと。
畑のこと。
村の噂話。
パン屋のおばさんがまた腰を痛めたこと。
本当はもっと書きたかった。
『会いたい』
とか。
『寂しい』
とか。
でも、そんなの重い女みたいで無理だった。
だから代わりに、
『ちゃんとご飯食べてる?』
なんて書く。
祖母に見られて、「あんた、それもう嫁さんの手紙だよ」と笑われた時は死ぬほど恥ずかしかった。
でも。
幸せだった。
返事が届くまでは。
『しばらく忙しくなる』
それが最後だった。
一ヶ月待った。
二ヶ月待った。
三ヶ月待った。
返事は来ない。
それでも私は書き続けた。
季節が変わっても。
雪が降っても。
返事がなくても。
……だって。
諦めたら終わってしまう気がしたから。
でも。
季節が一年を巡ろうとしていた冬の終わり、私を育ててくれた祖父母が流行病で亡くなった。
もう手紙を書く気力は残っていなかった。
空っぽになった家。
静かすぎる食卓。
窓から見える景色全部に、思い出がこびりついている。
ルークと走った道。
一緒に昼寝した丘。
喧嘩して川に落ちたこと。
祖父母に怒られたこと。
笑ったこと。
泣いたこと。
全部。
全部、ここにある。
だから、どこに行っても何をしても思い出してしまって苦しかった。
「王都へ行こう」
ぽつりと呟く。
ルークに会ってどうしたいのかはわからない。
でも一度だけ。
一度だけでいいから、顔が見たかった。
――まだ、好きでいてもいいのか知りたかった。
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