表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

第3話 「悪役令嬢もの」


 三作目のジャンルを考えていた。


 領地経営、追放ざまぁ、ときた。クロードさんはどちらも絶賛してくれたけど、読者層を広げるなら次は女性向けを意識したい。


 ——悪役令嬢もの、いこうかな。


 貴族の令嬢が主人公で、宮廷の権力争いを知恵で切り抜けていく話。web小説では鉄板のジャンルだ。ただ、問題がある。


 私、貴族社会のことを何も知らない。


 前世で書いた悪役令嬢ものは、全部テンプレの継ぎ接ぎだった。「社交界」「派閥争い」「婚約破棄」——言葉は知ってるけど、リアルな描写ができない。だからいつも設定が薄いと言われた。


 でも今は違う。目の前に、本物の貴族がいる。


「クロードさん」


 執務室を訪ねると、クロードは書類から顔を上げた。


「どうした、澪」


「次回作の取材をお願いしたいんですけど」


「取材?」


「貴族の令嬢が主人公で、宮廷の権力争いを知恵で切り抜けていく話を書きたくて。社交界って、実際どんな感じなんですか?」


 クロードの表情が、一瞬だけ変わった。


 何かを考えている顔。計算している顔。でもすぐに、いつもの穏やかな表情に戻った。


「ああ、もちろん。何でも聞いてくれ」


  ◇ ◇ ◇


 取材が始まった。


 クロードさんは驚くほど詳しく教えてくれた。まるで、私が聞きたいことを先回りしているみたいに。


「宮廷に派閥ってあるんですか?」


「大きく分けて宰相派と軍務卿派がある。宰相派は文官中心で穏健路線、軍務卿派は武官が多く対外強硬——」


 メモを取る手が止まらない。


「おお、めっちゃリアル。これそのまま使えますね」


「社交界のパーティについても話そう。王都では季節ごとに大舞踏会がある。席順が派閥の力関係を表す。上座に近いほど王家との距離が近い」


「席順が権力の可視化! 最高じゃないですか。これ第二章の舞踏会シーンに使おう」


 私は興奮していた。異世界の貴族社会って、web小説の設定よりずっとリアルで面白い。


 クロードさんも、なぜか興奮しているように見えた。私のメモを覗き込みながら、目を輝かせている。


「他に知りたいことは?」


「えっと……派閥の切り崩し方とか。主人公が弱小令嬢だから、正面からぶつかっても勝てないんですよ。だから搦め手で——」


「なるほど。では、不満分子の見つけ方から話そう」


 クロードさんは語り始めた。派閥内で冷遇されている者の特徴。噂の流し方。第三勢力としての立ち回り。


 全部、私の小説に必要な情報だった。まるで、私の頭の中を読んでいるみたいに。


「すごい……クロードさん、詳しいですね」


「貴族として生きていれば、自然と身につく」


「取材協力、本当にありがとうございます。これで面白い話が書けそう」


 クロードさんは微笑んだ。


「君の作品が読めるなら、いくらでも協力しよう」


 ——この人、本当にいい読者だな。


 取材にここまで付き合ってくれるなんて。前世では考えられなかった。


  ◇ ◇ ◇


 取材を元に、気合いを入れて書いた。


 タイトルは「悪役令嬢に転生したので、破滅フラグを叩き折ります」。


 第一章は社交界での情報収集術。誰と組み、誰を切るか。お茶会での会話から相手の本音を引き出す技術。


 第二章は舞踏会を利用した派閥の分断工作。席順の操作、ダンスの相手の選び方、噂の流し方で勢力図を塗り替える。


 第三章は婚約破棄を逆手に取った同盟構築。「捨てられた」立場を利用し、同情票を集めながら複数家門と関係を結ぶ。


 第四章は二大派閥の対立を第三勢力として利用。どちらにも属さず、両方から求められる位置を取る。


 クロードさんの取材のおかげで、今までで一番リアルな貴族社会が書けた気がする。キャラの心理描写も、関係性の描写も、手応えがある。


「できた……」


 数日かけて書き上げた原稿を、クロードさんに渡しに行った。


「今回は女性読者を意識して書きました。感想、厳しめにお願いします」


 クロードさんは原稿を受け取りながら、目を細めた。


「……もちろんだ」


  ◇ ◇ ◇


 王都。王宮の大舞踏会。


 社交シーズンの幕開けを告げる夜会に、クロード・ヴァン・ヴェルムンドの姿があった。


 ヴェルムンド辺境伯家。かつての名門だが、先代の失政で衰えた家。これまでの社交シーズンでは、目立たない存在だった。


 だが——今夜は違う。


 クロードの礼服の内ポケットには、澪の小説から書き写したメモがある。第二章「舞踏会の席順操作」。そのまま実行する。


 開場直後、クロードは各テーブルを回って挨拶した。一見すると礼儀正しい社交辞令。だが小説第一章の「お茶会での本音の引き出し方」を応用し、各派閥の不満分子を正確に特定していく。


 ——軍務卿派のブレンハイム伯爵夫人。ご主人の冷遇に不満を持っている。


 ——宰相派のクライス子爵は昇進が止まって焦りがある。


 澪の小説の通りだ。不満のある人間は「聞いてほしい」というサインを出す。それを見逃さなければいい。


 舞踏会の中盤。クロードは巧みにダンスの相手を選び、宰相派と軍務卿派の中間にいる貴族たちに接触した。双方の派閥に「あちら側が貴方を軽視している」という情報を、自然な会話の中で流す。


 小説の第二章そのまま。「噂は断定ではなく疑問形で流す。"あら、○○様は宰相閣下にお会いになれなかったの?"——この一言で相手は自分で不安を膨らませる」


 社交シーズンの三週間で、クロードは宰相派でも軍務卿派でもない中立の小貴族たちを、次々とヴェルムンド家の影響下に引き入れていった。


 澪の小説の第四章。「二大勢力が拮抗している場では、第三勢力こそが最も有利。どちらからも求められ、どちらの敵にもならない位置取りが最強」


 一ヶ月後。


 ヴェルムンド辺境伯家は、王国の宮廷において「第三勢力の中心」として無視できない存在になっていた。


  ◇ ◇ ◇


 宰相の執務室。


 レオンハルト・グリューネヴァルト。三十八歳。この国の政治を二十年見てきた男が、報告書を読んでいた。


「宰相閣下。ヴェルムンド辺境伯家についての調査報告をまとめました」


 側近が差し出した書類に、レオンハルトは目を通す。表情が険しくなっていく。


「……読んだ。まとめると、こういうことだな?」


 彼は指を折った。


「一つ。ヴェルムンド領の農業生産力がここ半年で倍増している。周辺領が凶作の年にだ」


「はい」


「二つ。領地の行政機構が大幅に刷新された。無能な管理者が軒並み更迭され、無名の平民が要職についている。しかも——その人事が悉く当たっている」


「はい」


「三つ。クロード・ヴァン・ヴェルムンド。弱小辺境伯家の、政治経験のない若い当主が、この社交シーズンで宮廷の勢力図を塗り替えた。まるで——全員の手札が見えているかのように」


「……はい」


 レオンハルトは窓の外を見た。


「一つ一つなら説明がつく。天才的な当主が現れた、で済む話だ。だが三つ揃うと——話が違う」


 沈黙が落ちる。


「農政、人事、宮廷工作。全く異なる三つの分野で、同時に、革命的な変化が起きている。一人の人間の仕業だとしたら——それは天才というレベルではない」


「……辺境伯邸の離れに、正体不明の女が住んでいるという情報があります。クロード卿が個人的に囲っているとか」


「愛人か?」


「わかりません。ただ、時期が一致します。その女が辺境伯邸に入った時期と、全ての変化が始まった時期が」


 長い沈黙。


 レオンハルトは書類を閉じた。


「…………王に報告する」


  ◇ ◇ ◇


 同じ頃。辺境伯邸の離れ。


 私は机に向かって次回作の構想を練っていた。


「スローライフ系、いこうかな……飯テロ描写は得意だし……」


 扉を叩く音がして、クロードさんがお茶を持って入ってきた。いつもより少し疲れた顔をしている。


「あ、クロードさん。お疲れですね。最近忙しいんですか?」


「少し、社交の予定が立て込んでいてな。……澪、今回の作品の感想なのだが」


「あ、はい! どうでした?」


 クロードさんの目が、輝いた。


「最高傑作だ」


「マジですか!」


「特に第二章。舞踏会での心理描写——あの緊張感は、実際に体験したかのような臨場感だった。登場人物一人一人の思惑が絡み合う描写が見事で……」


「いやー、あの章は取材のおかげですよ。クロードさんが社交界の話してくれたじゃないですか。あれがめちゃくちゃ参考になって」


「……ふふ。お役に立てたなら嬉しい」


「次も取材お願いしていいですか?」


「もちろん。何でも話そう」


 ——いい読者だなあ。


 取材にも協力してくれるし、感想も毎回めちゃくちゃ丁寧だし。前世でこういうファンがいたら、私もっと早く上手くなれてたかもしれない。


 クロードさんは私が次回作の構想を練る様子を見ながら、満足そうに微笑んでいた。


「楽しい」が、国策のためなのか、純粋に物語が好きなのか——その境界線が、少しずつ曖昧になっていることに、クロード自身も気づき始めていた。


  ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 目が覚めると、机の上に温かい飲み物と軽食が置いてあった。


「……え?」


 扉の外から、クロードさんの声がした。


「起きたか。朝食だ。昨夜は遅くまで書いていただろう」


 扉を開けると、クロードさんが立っていた。自ら朝食を運んできたらしい。辺境伯が、使用人を使わずに。


「え、なんでわかったんですか?」


「君の部屋の灯りが消えたのは深夜二時だった」


「……見てたんですか?」


「……たまたま目に入っただけだ」


 たまたま? この人の部屋から私の部屋、見えないよね?


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 私が食べ始めると、クロードさんは満足そうに見ていた。


 ——この人、読者への気遣いがすごすぎる。


 朝食まで持ってきてくれるなんて。前世では考えられなかった。神読者どころか、もはや神様だ。


 クロードさんの視線は、私の顔にずっと向けられていた。その目は明らかに「読者」のそれではなかったが——私は気づいていなかった。


  ◇ ◇ ◇


 宰相の執務室。


 レオンハルトが国王への書簡を書いている。


「陛下。ヴェルムンド辺境伯家について、至急ご報告したき儀がございます——」


 ペンが走る。


「なお、この件は極秘裏に——」


 宰相が動いた。


 次に動くのは——王。


 私はまだ、何も知らない。


 スローライフ系の構想メモを書きながら、「次は飯テロ多めにしよう」と呑気に考えていた。

 作品数:3

 直接読者:3

 間接的に作品を入手した人物:1(宰相)

 感想:3件

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ