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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宗盛記 二次創作SS置場

清盛、伊勢へ

作者: バカラ

常磐林蔵様が連載されている「宗盛記」の二次創SSです。

楽しむには「宗盛記」の知識が必須となります。

「読んでおいてほしい本編の話数」は下記となります。チェックいただければ幸いです。

宗盛記0065 平治元年十二月 平治の乱

宗盛記0088 永暦二年二月 から

宗盛記0091 永暦二年三月 相馬御厨 まで


誤字とストーリー破綻チェックにAIを使用しています。

三月末日 夕刻 六波羅 平清盛

伊豆より家人達と六波羅に帰ると、門前で重盛が真っ青な顔で待っておった。

「帰ったぞ。皆に変わりはないか。」

「父上。無事にご帰着おめでとうございます。皆に変わりはありませんが、お留守の間に大変なことが起きました。防ぐことができず誠に申し訳ありません。」

「分かった。話を聞こう。だが早馬が来なかったということは一刻を争うことではないのだろう。まずは風呂を使わせてくれ。その後、飯を食いながら話そう。」


三月末日 晩 六波羅 平清盛

風呂はやはり良いものだ。伊豆では温泉三昧であったが、帰りの道中では水で身体を拭くのがやっと。旅の埃も十分に落とすことができず不快であったが、さっぱりした。三郎のおかげか。

飯も美味いな。道中では精一杯に饗してもらったがやはり調味料の有無は大きいな。これも三郎のおかげだな。

しかし、伊豆の魚は美味かったな。マグロとか言ったか。なんとか手にいれられないものか。

「重盛、話というのは。」

「伊勢神宮への勅使の件です。父上が勅使となり神宝を納めることは年初に決まっておりましたが、この度、日程が伝えられました。四月二十二日に神宝御覧をいただいて出立。二十五日に参拝。二十八日に帰京と定められました。」

「通常は京を出立して六日目に参拝だからな。半分の日程でこなせということか。」

「我らの栄達を羨む者が画策したものかと。」

「あるいは帝に思うことがある者だな。時子はこのことを知っているのか」

「日程の知らせが着いて直ぐにお伝えました。」

「では、帝のお耳にも届いていると考えるべきだな。御心を煩わせるわけにはいかん。できるだけ早く参内して、晴らさせていただくこととしよう。」

「勅使の日程はいかがするのですか。八方手を尽くしましたが変更できませんでしたぞ。」

「そうか。重盛は居らなんだな。先の乱のおり、我らは紀伊より二日で京に戻った。」

「あっ」

「もちろん、準備は必要だがな。だが伊勢は我らが庭ぞ。こんな日程など造作もない。」

「確かにその通りでございます。知らせを聞いて頭が真っ白になっておりました。」

「普通はそのとおりだ。重盛は正しい対応をしている。だがな、家には三郎がいるのだ。奴はとんでもないことをやらかして、とんでもない方法で解決する。儂はこの度の伊豆行きで思い知ったよ。重盛はいずれ三郎を御さねばならん。」

「私にできますでしょうか。」

「三郎ならば如何するかの視点を持つことだな。ただそれには奴のやらかしを詳しく知る必要がある。今夜は伊豆の話をしよう。誰か盛国と家貞を呼んで来てくれ。細かいことは二人に聞かないと分からん。」

「そんなに大事だったのですか。」

「ああ。今夜だけでは語り尽くせんほどにな。まず、奴は伊豆と坂東八国から八千騎を集めてだな・・・」


四月初旬 午前 内裏前 平清盛

上奏のために重盛と内裏に向かう。なるべく早くと思い、調整したのだが時間がかかってしまった。内裏の中までは我らが力いまだ及ばずといったところか。いや、及ばないことが分かって良かったと解すべきだな。

時子から、解決策がある事をお耳に入れさせていただいたから、御心を煩わせてはいないだろう。


四月初旬 午前 清涼殿 平清盛

重盛と共に清涼殿に昇り、東孫庇より御簾越しに拝謁する。

「清盛が罷り越しました。」

「よく来てくれたね。重盛くんとは六波羅以来かな。まあ、ゆっくりしてくれたまえ。」

「此度は御心を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません。」

「典侍(ないしのすけ、時子のこと)から日程を聞いた時は驚いたけれどね。でも、家には三郎がいるから大丈夫ですよって笑いながら言うんだよ。聞いたら、六波羅にあった風呂も厠も三郎くんの工夫なんだってね。」

「お耳汚し、申し訳ありません。」

「計画は立てているんだろう。聞かせてよ。」

「では、重盛より説明させていただきます。」

「一つ、神宝は馬に引かせた車で運びます。並足で進ませることができますので、三日目の二十四日には余裕を持って離宮院に着くことができます。

二つ、車は不測の事態に備えて十台用意しました。宗盛の職人に調整させています。また、途中の水口と山田にも予備の車と修理のための資材、職人を用意します。

三つ、飼料と替え馬は宿場毎に用意します。

四つ、道と橋の確認と整備は基盛にさせています。基盛は熊野からの帰りに車を見ておりますので感覚を掴んでおります。いくつかの橋は補修が必要でしたので、手配済みです。

五つ、二日目は未明に車を出立させ、我らは後から追いかける形とします。

六つ、念のため、松坂宿から離宮院の間には松明を用意します。

七つ、宿場間の連絡には伝馬を使い、連絡を密にします。

八つ、帰りは人だけ先に戻し、車はゆるりと返します。」

「重盛くん、説明ありがとう。右衛門督、完璧じゃないか。」

「戦での輜重と同じですので、良い訓練となりそうです。」

「では、安心して当日を迎えることにするよ。それで、この件の詳細を調べさせたんだけれど、明らかな犯人がいないようなんだ。」

「と、申されますと。」

「何となく日程が決まって、みんな日程が厳しいのは気がついていて、でも、誰も声をあげていない。右衛門督が京にいなかったせいもあるだろうけれど、誰も六波羅に伝えていない。」

「内裏には本当の味方がいないということでしょうか」

「そういうことだろうね。自分の利益になるから協力するが、自分の利権が脅かされそうになれば排除する。今回は、右衛門督が頭を下げるのを待っていたんだと思うよ。」

「我が父忠盛は、武家で初めて昇殿を許されましたが、内裏からの帰りに闇討に遭ったとのことです。私も武家で初めて公卿となりました。妬みはあるでしょう。」

「まとまった武力を持っているのは伊勢平氏だけだからね。表立って逆らうことができないので窮地に追い込んでから助ける体で優位に立とうとしたんだろうね。」

「此度は窮地とはなりませんでしたが、気をつけることとします。」

「あとは、家を割りにくるよ。狙い目は宗盛くんかな。重盛くんとは母親が違うんだろう。」

「良くご存知のことで恐縮です。典侍が話したのですか。」

「無理やり聞き出したようなものだから叱らないであげてね。でも重盛くんは典侍の妹を妻としたんだろう。典侍が感謝していたよ。これで家族になれたって。家を割らないで済むって。妻は大事にしないといけないよ。」

「肝に銘じます。」

「それで、宗盛くんは来年に帰って来るんだよね。どうするの。」

「次の棟梁は重盛です。これは揺るぎません。宗盛はこの夏に従四位下となり、帰京後は、重盛の後任として左馬頭に任じられるように手配しております。」

「献上してくれた物品のことを考えると内匠頭になってもらいたいんだけど、官位が合わないか。」

「お気持ちはありがたく承りますが、宗盛は内裏には収まらないと思われます。」

「だよね。仁和寺にも物品を納めているんだろう。空性殿も持ち直したそうじゃないか。」

「誠に申し訳ございません。止めさせます。」

「その必要はないよ。池禅尼の関係もあるんだろう。院は色々な思いを持っているだろうけれど、朕には関係ないね。」

「ご配慮、誠にありがとうございます。」

「まあ、帰京したら一度顔を出すように伝えてよ。相談したいこともあるんだ。」

「風呂や厠のことでしたら、聞き及んでおりますが。」

「それもあるけど、もっと生活全般のことだね。知ってのとおり、朕は体が弱い。」

「そんなことは・・・」

「自分のことだから分かっているよ。でも、六波羅にいた間は調子が良く、食も進んだんだ。朕はね、長生きをしなければいけない。少なくとも院よりはね。分かるだろう。」

「承知いたしました。必ず参内させます。」

「頼んだよ。六波羅に里内裏を造ってもよいかと考えているんだよ。」

「勿体なくも、ありがたく承ります。」

「それでね、重盛くんさ。朕はね、宗盛くんは少名彦の化身じゃないかって考えているんだ。」

「大国主の命と共に国作りをされた神ですね。」

「そう、常世の国から来て、我が国に医薬、酒造、温泉療法、農業技術を伝えた後に、帰ってしまわれた。重盛くん。宗盛くんは帰しちゃ駄目だ。朕はね。伊勢平氏には宗盛くんをこの世に留める(カスガイになって貰いたいと考えているんだよ。」

「勿体ないお言葉です。」

「宗盛くんは、親兄弟が殺し合う末法の世から、この国を救う者になるかもしれない。頼んだよ。」


四月初旬 午後 朱雀大路 平清盛

内裏から六波羅に戻る牛車の中で重盛と相談する。

「帝に報告に来て、大変な土産を貰ってしまったな。」

「帝は三郎に期待をかけておられるようです。」

「儂の受け取り方は少し違うな。三郎の知恵は大したものだが、今のままでは潰される。伊勢平氏全体で三郎を守り、この国を豊かにして欲しいと言っておられたと思う。儂が生きている間は守ってやれるが、次代は重盛ぞ。」

「判りました。ところで、六波羅に里内裏をと仰っておられましたが、実現するでしょうか。」

「三郎が言うには、今の内裏は水の便が悪いそうだ。風呂と厠の要請が来ていたが実現していないのはそのためだ。時子が理由を伝えているだろうから、里内裏造営の可能性はあるな。六波羅は無いが、八坂神社の周辺はありうるぞ。」

「維子のことをご存知でした。」

「思いっきり釘を刺されたな。あの姉妹は、時子を含めて仲が良いからな。藤原成親の妹の所に通っていると聞いているが、しばらく控えた方が良いな。何より成親は院に近い。」

「滋子殿が院の寵を受けていますが。」

「宗盛が号泣していたこともご存知であろうな。滋子には悪いが、あれは院の損、帝の得にしかなっておらん。」

「時忠殿が浮かれていますが。」

「あれは、何かやらかすぞ。基盛が帰ったら監視に付けておくことにしよう。」


四月二十二日 午前 内裏 平清盛

早朝、右大臣藤原公能殿、蔵人頭藤原忠親殿らと内裏に参内する。帝による神宝御覧が始まった。

帝が神宝と御馬を御覧になられた後、宣命をいただく。いただく際に小さな声で囁かれた。

「古き慣習のみを知るものに、新しい風を見せてくれ。すべてのしがらみを吹き飛ばす風を。」

「かしこまりました。」

絹の袋に入った宣命を首にかけて退く。

辰時の終わり頃(午前九時頃)に出立する。

馬車輸送の経験のため重盛を同行させる。

今日は水口まで進むぞ。


四月二十三日 早朝 水口宿 平清盛

昨日は予定通り進む事ができた。車も問題ないが、念のため予備の車と替える。元の車も空荷で付いてこさせる。予備の予備だな。

「父上。馬車とはこれほどのものであったのですね。話を聞いて想像していたものより数段上です。」

「此度は、替え馬も雑色も十分用意したからな。馬を替えれば、車を止めることなく進めることができる。」

「このままですと、二十三日の夕刻か、二十四日の午前には離宮院に着けそうです。」

「あまり早く着いてもつまらんな。何か考えよう。」


四月二十四日 午後 離宮院付近 住民

昼前から平家の家人が街道沿いで作業をしている。顔見知りの者がいたので声をかけた。

「精がでるね。何の作業だい。」

「我ら伊勢平氏の棟梁の清盛様が、勅使となられて本日こられるのだが、到着が日没頃になるとのことで、松明を用意しているのだ。」

「勅使というと、公卿様じゃないですか。」

「そうだ。清盛様は先の乱における功績で、武家で初めて公卿となられたのだ。此度は勅使として来られたのだが、同時に乱を鎮めて公卿となる事ができた感謝の奉納をされるとのことだ。」

「そりゃ大したもんですね。」

「さらに、本貫地の伊勢の民への感謝として、この辺りで餅撒きをするとのことだ」

「本当ですかい。こうしちゃいられない。急いで帰って母ちゃんに知らせないと。」

「隣近所にも知らせるんだぞ。黙っていると恨まれるぞ。」


四月二十四日 夕刻 離宮院付近 平家家人

日が傾き、空が赤く染まり始めた頃、松明に火をつける指示がでた。

小俣宿あたりからおよそ半里。一間おきに道の両側に松明を立てているので、かなり明るい。

離宮院周辺は黒山の人だかりである。しかし、勅使を妨げると、とんでもないことになるので道をふさぐ者はいない。皆、松明の後ろに控えている。

「見えたぞ」

木に登っていた若者が叫ぶ。

先頭は武者姿の騎馬だ。左右に二騎並び、全部で十騎が進む。

後に二騎が続く。左に狩衣姿の壮年貴人、右に狩衣に胴丸の若武者である。

「清盛様」「重盛様」と声が飛ぶ。

住民の話が聞こえる。

「知ってるぞ。「年号は平治、都は平安、我らは平氏、ならばいざ敵を平らげよ」って味方を鼓舞した方だ。」

※ホント。

「乱のおり、内裏に突入し、帝をお救いしたそうだ。」

※ウソ。脱出した帝を六波羅まで護衛した。

「悪源太義平が追いかけて来たが、自ら囮となって引きつけ、帝を護られたらしい。」

※ウソ。義平はたぶん内裏にいなかった。

「清盛様は、伊豆で八千騎を集めて馬競うまくらべを催したそうだ」

※ウソ。催したのは宗盛。八千騎を集めたのはホントだが騎射に参加したのは五百騎。

後ろに車列が続く。

「馬に車を引かせているぞ。」

「あれが平家の秘密兵器の馬車だ。先の乱のおり清盛様は馬車を使って熊野から二日で京に戻られたんだ」

※ウソ。藤白から戻った。中辺路は馬車は通れない。

「熊野から京まで二日なら、京から伊勢まで一日だな。」

「馬鹿だな。神宝を運んでいるのだから、慎重に、ゆっくり来たに決まってるだろ。まあ、三日だな。それでも倍の速さだぜ。」

※京から伊勢はホント。

馬車の後に騎馬が五十騎ほど続く。

「壮観だな。武蔵が知行地となったそうだから、名馬揃いだな。」

※ウソ。その辺りの荷馬をかき集めた。

「あの偉丈夫達を見ろよ。きっと坂東武者だぜ。」

※ウソ。やっと馬に乗れるその辺の兄ちゃん。

清盛様が離宮院の前で立ち止まられた。馬車の過半はそのまま院に入る。神宝と供物を乗せた馬車だろう。

清盛様が、馬から降りて三角形の筒を口につけて話された。

「正三位 右衛門督 検非違使別当 平清盛である。」

家人が歓声を上げる。つられて住民も声を出す。

「このたび、ありがたくも帝より勅使の任をいただいた。」

絹の袋に入った宣命を掲げられる。再び歓声。住民も乗ってきた。

「しかし、これも我が父祖の地である伊勢が、滞りなく治まっているからである。我らは、自らが伊勢平氏であることを片時も忘れたことはない。」

再び歓声。一体感がでてきた。

「日ごろの感謝を込めて、只今より餅撒きを行う。」

大歓声。

清盛様の郎党の藤原景家殿が声を上げる。

「女子供は前。男は後ろだ。間に縄を張るから超えないように。家人が見ているから、滅多なことはするな。清盛様の慶事に傷をつけたら、分かっておろうな。」

あらかじめ地面に打ち込んでおいた柱に縄をかける。左右にも縄を張る。ここから先には餅は撒かないよっと。

残った馬車に掛けられていた筵が外される。餅が満載だ。

「小さな餅を前に投げる。大きな餅は後だ。」

先頭の馬車に清盛様、重盛様がお立ちになる。残りの馬車は郎党だな。馬車の左右の道沿いにも、餅が入った袋を持った家人が立つ。

「今から餅撒きを始める。まずは清盛様、重盛様より鏡餅を賜る。ひと〜つ。ふた〜つ。」

清盛様が左、重盛様が右に鏡餅を投げられる。思い切り奥の方だな。前の方だと女子供が危ない。

「どんどん撒くぞ。そ〜れ。そ〜れ。」

馬車に乗った郎党、袋を持った家人たちも餅を撒き始める。小さな子供には手渡しだ。

半刻ほどで餅撒きが終わった。清盛様が再び三角形の筒を持たれる。

「これにて餅撒きを終える。皆、集まってくれて感謝する。この餅は清盛の供物のお裾分けであるから、独り占めせず、隣近所で分け合って貰いたい。また、餅を拾えなかった者は後ろの馬車に少し用意してあるから、受け取るように。」

皆の歓声の中、清盛様と馬車は離宮院に入られた。我らは片付けだ。


四月二十四日 夜 離宮院 平家重盛

今宵の宿舎に入った。父上が楽しそうだ。

「上手くいったな」

「伊勢と伊賀の家人を総動員した上に丸一日ありましたからね。何でもできますよ。」

「大勢集まってくれて、盛り上がって良かったな。」

「住民の中に雑色を混ぜていたでしょう。噂話が具体的で正確すぎます。」

「これで重盛の評判が上がったな」

「帝を救出に内裏に突入したり、囮を買って出たりと、どんな勇者ですか。」

「帝に尽くす忠臣となれて良かったじゃないか。」

「餅撒きもやりすぎです。」

「伊豆の競技会の冒頭で宗盛が『正五位上、伊豆守、平宗盛である!』と言って大いに盛り上がったんだ。『正三位 平清盛である。』と言いたかったんだが、二番煎じになるから自重したんだよ。今日できて良かった。」

「それであんなに餅を用意して、人を集めたんかい。やっとられんわ。」


四月二十五日 午前 伊勢神宮外宮 平家重盛

早朝より準備を済ませ、巳時(午前10時頃)に参拝すべく出立する。

表参道に差し掛かると楠が大きく枝を伸ばしているのが見えた。このままだと父上の冠に当たりそうだ。

「いかがいたしましょう。」

「先日、相馬御厨の件で動いたから、その関係者の嫌がらせだろう。」

「切らせますか。」

「枝を切らせて、清盛は驕り高ぶっていると評判を立てるのが目的だろうから、思惑に乗るのは面白くないな。三郎ならばいかがするか。」

「へらへら笑ってくぐるでしょうが、父上に頭を下げさせるわけには参りません。」

「では、どうする。もう答えはでておろう。」

列の先頭に行き、腕を伸ばして枝を支える。

父上はにやりと笑って、会釈程度に頭を下げて通られた。

列が通り過ぎた後、参道に戻り枝をくぐる。列に戻ると宮司が飛んで来ていて、父上に話しかけていたが、頭に入ってこない。

ああ、これが三郎が見ている光景なのだ。


四月末日 午前 清涼殿 平清盛

四月二十八日の巳時に帰京した。

種々の後始末をした後、帝への報告のために、重盛と清涼殿に昇る。

本日も、東孫庇より拝謁する。

「清盛が罷り越しました。」

「勅使の任を全うしたこと、とりわけ厳しい日程をこなしてくれたこと、本当によくやってくれたね。感謝するよ。」

「勿体なくも、ありがたく承ります。」

「色々聞いているよ。二日目には安濃津に入ってたんだってね。」

「準備が万全でしたので余裕でした。多少の無理をすれば二日目に離宮院に入ることも可能だったでしょう。」

「で、余裕を作って餅撒きをしたと。」

「本貫地を大事にするのは当然です。」

「大層な盛り上がりだったそうじゃないか。駿馬に乗った坂東武者が大勢参加したと聞いたよ。」

「暗かったですからね。見間違えたのではないでしょうか。」

「重盛くん。いや、これからは左馬頭と呼ぼうか。左馬頭も大評判だったらしいね。朕の大忠臣だってね。」

「噂に違わぬよう努めます。」

「そう言ってくれると助かるよ。頼りにさせてもらうからね。それで参拝の日も事件があったんだってね。」

「大したことではありませんが、左馬頭が機転を利かせてくれたので助かりました。」

「三位の右衛門督に頭を下げさせた楠か。よし、朕がその楠に二位を授けようじゃないか。朕も、少し参加したいんだ。」



伊勢市観光協会HPより

伊勢の火祭り

四月に開催される日本三大火祭りの一つです。

平清盛の初回の勅使での故事に由来します。

小俣宿から離宮院跡までのおよそ2キロに松明を並べ、夕刻に松明に火をつけるとともに、故事に習い、上総、千葉、佐竹、那須、畠山の旗印を持った武者行列が進みます。

松明の光に照らされる武者姿は圧巻です。


二位の楠

伊勢神宮・外宮の表参道に立つ楠です。

平清盛が勅使として参向した時、冠にふれそうになった枝を重盛が支え、清盛が軽く会釈して通りました。

三位の清盛に頭を下げさせたとして、二条天皇より二位の位を授かったことから、二位の楠と呼ばれています。

平清盛は勅使として三度、神宮に参向しています。


古今武将名言集より

平重盛

「年号は平治、都は平安、我らは平氏、ならばいざ敵を平らげよ」

平治の乱のおり、味方を鼓舞した名言。この後、内裏への突入と帝の救出、源義平との大立ち回りを行った。


「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず。ならば盤面をひっくり返し、忠孝を並び立てよう」

後白河法皇と平清盛が対立した際の名言。この名言により、パラダイムシフトの体現者として経営者の支持を集めている。

史実の清盛1回目の勅使については下記を確認ください。

第39話 平清盛も通った、斎宮の区画道路

https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/senwa/journal344.html


二位の楠の元ネタは下記です。

清盛楠

https://www.iseshima-kanko.jp/spot/1513

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