陛下の愛したリリー。
私、もうすぐ死ぬのでしょうね。
ええ、ええ、仕方ありませんわ。
私は貴方の仰るところの【悪役令嬢】なんですものね。
あまり悪さをした記憶は御座いませんけれどーーーああ、昔兄様のお気に入りのカップを割ってしまったことがありましたわね、あれは悪いことですわ。
まあまあ、では私はカップを割ってしまった罪で死罪になるのかしら?
それともーーー貴方のお気に入りのあの子を虐めた罪?
……ふふっ今貴方を虐めた罪かもしれませんね。そんな顔をなさらないで。
仕方がないのでしょう。ーーほら、かの国でもありましたものね。【賢姫】とまで謳われた方が処刑される時は【堕落姫】でしたもの。
えぇ、えぇ、わかっております。今はそういう時勢なのだと。
明確な【悪役】が必要な時なのでしょう。
ーーー【聖女】をより引き立てるには……貴方の婚約者……失礼、“元”婚約者の私が悪なのは実に分かりやすく民衆好みですもの。
……あぁ、でも覚えていらっしゃる?
ほら、窓から見えるあの木。
よく2人で登りましたわね。もう全部嫌だって、投げ出したいって。
ーーーあの時の私がそれでも踏ん張れたのは隣で疲れたとはっきり言ってくれた貴方がいたからだわ。
貴方はまだ、踏ん張らなくてはいけないものね。
……私、どんな夢を見ようかしら。
ーーー色々考えてるの。
貴方と結婚して支え合って国を建て直す夢?
ーーーそれとも2人で何もかも捨てて旅立ってしまう夢?
ふふっ、そんなこと出来ないのにね、貴方も、私も。
手を繋いでくれる?
ありがとう。
眠るまでぎゅっと握っていて。
大丈夫、苦しくないわ。苦しくないお薬を選んでくれたんでしょう?
私の事、犠牲なんて思わないでね?
そう言ってもルークは気にしそうだから……、あ!そうだ!ルークの傍に白百合を生けて置いて欲しいわ。
そしたら私、きっとずっとあなたのそばに居るのよ。
……でも、それは彼女に悪いかしら。
いいわよね、私悪女だもの。
兄様のカップを割った罪。
ルークに意地悪をした罪。
あの子に意地悪をした罪。
んふふっ!これで私立派な【悪役令嬢】ね。
貴方も、あの子も辛いわね。
でもきっと大丈夫よ。貴方たち相性がいいと思うもの。
本当よ?嫌味じゃないわ……そんな顔しないで。
きっと、きっと良いきっかけになるわ。
この国を、見直すきっかけに。
ここまで切羽詰まった時代に生まれた事を恨んでないと言ったら嘘になるけれど……けれど、貴方と婚約できたこの時代に生まれた事、感謝してるわ。
これが名誉の死だとは決して思わないけれど。
……無駄死ににしないで頂戴ね?
ねぇルーク。私きっとあなたの役に立つっていつもずっと思ってたのよ?
なんでって……んふふ、あなたのこと大好きだもの。
だからいいの。泣かないで。綺麗な頬が荒れてしまうわ。
私は大丈夫。
私は大丈夫。
黄泉の国から高みの見物とでもさせて頂きますわ。
ーーーそろそろ、時間ですわね。
ねぇ、ルーク。もっと強く手を握っていて。
私を離さないでいてね。
……おやすみなさい。
ーーご機嫌よう。
少女と淑女の間を何度も彷徨って、彼女は一つ大きく息を吐くともうその綺麗な目を開けることはなかった。
握られた手から、薄紅色の頬から、黄金の稲穂色の髪から、薔薇のような唇から。
全てから彼女はこぼれ落ちていってしまった。
ーーーこの、混沌とした世情。
父王の杜撰な政治に、殺伐とした内政に。
全てを覆す喜劇が必要だった。
俺が、実権を握るための壮大な物語が。
父親を退位させる理由を手に入れた時、または自身の警護をする女騎士が【聖女】として目覚めた時ーーー……全てが、全てが俺にとって都合のいい、舞台が揃った。
……後は、国民の心を震わせ、王家への関心を取り戻し、信頼を勝ち得る一つのピースさえ揃えばよかった。
【聖女】の存在は偉大だ。
【聖女】の存在は民の心を救う。
【聖女】が王家へと連なれば、それは絶大な効果を生む。
ーーー……彼女もそれを、よく分かっていた。
彼女は全てを分かった上でーーー俺が差し出したその劇薬を、まるで甘露かのように優しく飲み干したのだ。
全容を知る【聖女】が忠誠を誓うのは最早俺ではなく、彼女だ。
信仰といってもいい。
【聖女】がこの舞台から降りることは決してないだろう。
ーーー愛しい人。
貴女を愛し、けれど国を捨てる勇気もなく、貴女を捨てたこの俺をどうかどうか見続けていて。
俺は上手に演じ切ってみせるから。
【賢王】と呼ばれる存在にだってなろう。
お願い、そばに居て。
俺を、待っていて。
一緒に奈落の底まで落ちて。
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昔々、悪い魔女がおりました。
魔女は、魔法を使って王子さまを操り結婚しようと考えました。
しかしそこになんと聖女さまが現れたのです。
聖女さまは王子さまの魔法を解くと、2人で悪い魔女を倒しに行きました。
2人の愛の力に勝てるはずもなく、魔女は息絶えたのです。
こうして国には平和が訪れ、王子さまと聖女さまはお城で末永く幸せに暮らしました。
2人が収める国はとてもとても、幸福に溢れていたのでした。
めでたしめでたし。
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「陛下はよほど白百合がお好きなのですね」
「え?」
「ほら、城中の花瓶に白百合が生けてあるので」
来客の何気ない質問に【聖王妃】は微笑む。
「えぇ、白百合は彼の方の唯一ですから」
けれど、特別な特別な一輪の白百合。
それを彼は誰にも見せる気は無いのです。
彼女は国を捨てられない彼を愛しているのです。




