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短編小説

ヒロインは敗北しました

作者: 東稔 雨紗霧

 『ヒロインは敗北しました∇』


 ピロリンッ♪と聞いた事の無い音と共にその文字が眼前の空間に現れた時、ルミナスは床にへたり込んでいた。

 たった今、玉の輿を狙ってこの国の第一王子の婚約者である公爵令嬢に虐められていたと証拠を捏造して婚約破棄と断罪を主張していたのを全て証言者や虐めていない証拠を出されて断罪返しをされたところだった。

 しかも、折角自身が男爵がメイドに手を出した結果産まれた子供である事が判明して平民からお貴族様になれたのに男爵家から縁切りを告げられまた平民へと逆戻りされる事になった上に公爵令嬢を陥れようとした償いの為に賠償金を支払わされると告げられた。

 平民が払うには高額で、身売りをしなければ返済もままならない金額に立っていられなくなったのだ。

 床の上にいるルミナスへと朗々と沙汰が告げられている中でルミナスは目の前に現れた不思議な現象に気を取られていた。


 (え、何よこれ?『ヒロインは敗北しました』?ヒロインって私?公爵令嬢を陥れるのに失敗したから敗北したって事なのは分かるけど、それで何でこんなのが見えるのよ?)


 空に浮く文字に手を伸ばすが文字に触れる事無く指はすり抜けていく。

 危機的状況で見えている幻覚なのかと目を擦るが文字は消えない。


 「聞いてるのか、ルミナス!」

 「!!」


 大声で名前を呼ばれてルミナスは我に返る。

 今はこんな良く分からない物に気を取られている場合いではない。

 正体不明の現象から自身に断罪を告げていた隣国の皇太子へと視線を上げる。


 「いや、この文字が……」

 「文字?話を逸らそうとしたってそうはいかないぞ」


 皇太子の言葉にこの文字は自分にしか見えていないのだとルミナスは理解した。

 やっぱり幻覚かと判断したルミナスは直ぐに思考を切り替える。


 「ごめんなさね、聞いていなかったわ」

 「愚かな考えを持つ者は人の話すらまともに聞けないのか」

 「賢い人間なら愚かな人間にも分かり易く、余計な装飾は省いて要点だけを言ってくれない?」


 不遜と言えるルミナスの物言いに隣国の王子が米神をひくつかせる。

 普段であれば全力で媚びを売る立場の人間だけれども、ここから挽回できるとは到底思えないのだから敬う必要性も感じない。

 いつも絶やさない様にしていた人好きされる笑顔を消し、太々しい顔でドレスの裾を両手で払いながら立ち上がるルミナスを扇子で口元を隠しながら見下ろしていた公爵令嬢が扇子を手の平に叩きつけて閉じ、閉じたその先をルミナスに突き付ける。


 「では端的に言いましょう。先程『私は優しいから処刑じゃなくて国外追放にしてあげます』って言っていたわよね?ならばわたくしも優しさを出して賠償金を支払えないのであれば、国外追放にして差しあげるわ」


 そう言って嘲笑う公爵令嬢の頭上にあの音と共に『国外追放ルートが解放されました∇』と新たな文字が現れた。

 新たな幻覚の出現にぽっかりと口を開けているルミナスの両腕を兵が掴んで会場から連れ出すとそのまま馬車に乗せられ、ルミナスは夜会服の格好のまま国境まで連行されていく。

 王都から国境まで殆んど休みなく馬車に揺られて約三日。


 この三日の間に分かったことがある。

 まずあの奇妙な音と共に出現する幻覚はルミナスにしか聞こえないし見えない物で彼女が何か行動をし、それが自身の人生に関わる大きな選択であればあの音と共に文字が出てくる。

 それは他人からも同じで、その人の行動がルミナスに何か変化を与えるのであればそれが表示されるのだ。

 道中、出された食事で偶々手を滑らせて受け取り損ねたスープを盛大に零した時は『毒殺エンド・その1を回避しました∇』と表示された。

 その1って何だ、2と3があるのか。

 警戒から自身を連行する騎士に自分用だと差し出されたスープや水の入った革袋を断り、道中にあった川で水を飲んだり、馬車に同席する見張りが飲んでいる時に強請ってその革袋から水を飲む様にすると『毒殺エンドその4を回避しました∇』と表示された。


 (2と3は?!ねえ、2と3はどこに行ったの?!)


 3つで終わりどころか4つ以上毒殺される可能性が出て来た。

 恐ろしすぎてそれから毒を混ぜにくそうなパンしか口にできなかった。

 いつ誰に毒を盛られるか分からなかったので、取り敢えず媚びを売って好感度を上げて殺しにくくしておこうと思い付き、どんな小さな事にでも笑顔でお礼を言うのを忘れない様にした。

 まあ、ずっと馬車の中に缶詰めで殆ど機会は無いのだけども。

 用を足す為の休憩で馬車から降りようとして転びそうになった時、近くにいた見張りの騎士が助けてくれた事があった。

 それに対して笑顔でお礼を告げた時、『刺殺エンドを回避しました∇』と表示がされた。

 他人に対する自分の行動でも未来を変える事が出来る、それが分かったルミナスは放り出される時まで出来るだけ大人しくして媚びを売る事に専念し、毒殺される事なく無事に国境へと辿り着いた。


 「ほら、これは慈悲深いお嬢様からの餞別だ。ありがたく受け取るんだな。折角拾った命だ、これに懲りたらもう馬鹿な事は止して真っ当に生きろよ」

 「はい、お世話になりました!」


 渡された麻袋を受け取ると『全ての毒殺エンドを回避しました∇』と表示がされる。

 即ち、この中に入っている物は安心安全と言う事で安堵の気持ちから笑顔で騎士にお礼を告げると可哀想だからこれもやるよと道中で使っていた毛布を一枚譲ってくれた。


 (ありがてぇ……!)


 国境でペイっとルミナスを放り出した馬車はそのまま去って行った。

 手を振って彼らの乗った馬車を見送るとすっかりお馴染みになった音と共に『射殺エンドを回避しました∇』と文字が表示される。


 (あっぶなぁぁぁぁぁ!!!?え、これ背中を見せた瞬間終わりだったって事?!)


 自分たちの仕える主人の敵とは言え、流石にこの三日を共に過ごして笑顔で手を振る人間に対して矢を射るのは気が咎めたらしい。

 ルミナスの行いに対する代償として膨大な賠償金か国外追放かを選べと言われ、当初は追放で済ませてくれるなんてラッキー位にしか思っていなかった彼女だったがここで漸くあの公爵令嬢が腹いせに自分を殺すつもりだったからお金じゃなくても良いと言ったのだと気が付いた。

 そして地道な媚び売りの結果、何とか殺されずに済んだ事も。

 媚びを売るのって大事なんだなとルミナスは今後の人生も全力で媚びを売って行こうと心に決めた。


 夜会用ドレスの上から毛布を羽織り、落ちない様に首元で端と端を縛ってマントの様にする。

 麻袋の中にはパンとドライフルーツが何個かと水が入っていた。

 この食料が尽きる前に国境から最寄りの町に辿り着かないと詰む。

 幸い、ここまでの道中でのトイレ休憩の際に夜会用の靴で土の上を歩けずプルプルしていた私を見かねた騎士の一人がサンダルを恵んでくれたので歩くのは何とかなりそうだ。


 「よし、頑張るぞー!」


 肩に麻袋を引っ掛けて「おーっ」と拳を天に突き上げたルミナスは意気揚々と足を踏み出した。



 (意気込みと結果って結びつかない事ってあるよね)


 ホーホーと鳥の鳴き声を聞きながらルミナスは夜の真っ暗な森の中で一人膝を抱えていた。


 (あの後直ぐ、森の中から現れたイノシシとこんにちはして追いかけられ、必死で逃げた結果何処かで貴重な食料の入った袋を落とした挙句に道を外れて森の中で迷子になっている間抜けは私です……)


 咄嗟の時にヒールを叩き付けて武器にしようと考えて腰にぶら下げていた夜会靴と首元に縛り付けていた毛布だけは無くさずに済んだお陰で、見た目重視で防寒性皆無な夜会用ドレスでも何とか寒さを凌げている。

 サンキュー、騎士様!

 それはそれとして。


 「お腹空いたなぁ……」


 くきゅるる~と情けなく鳴るお腹を押さえ、取り敢えず膝を抱えて寝る事に専念した。


✻✻✻


 寒さで目が覚めた。

 朝露で体全体が湿っており、そのせいで体温が急激に奪われている。

 取り敢えず体を温める為にその場でスクワットを繰り返す。

 ルミナスとしては移動した方が生産性が高いし、ここで無為に体力を消耗するのが得策では無いのは分かっているけれども、濃い霧が立ち込める森の中を何事も無く歩ける自信がない。

 体がある程度温まってきては休み、また寒くなってはスクワットをするのを数度繰り返していく内に少しずつ霧は薄くなり、やがて体の湿り気が乾く頃には完全に晴れていた。


 「よし、出発よ!」


 一先ず目指すは人里だ。

 そう意気込んで歩き出してから早数時間、歩けども歩けども他の人の姿も誰かが通った様な痕跡も見えない。

 イノシシから逃げる為に闇雲に走ったのが駄目だった。

 ルミナスは完全に森の中で遭難していた。

 幸いにもアケビのなっている木を途中で見つけたので、ありがたく収穫させて頂いた。

 数個残して後は収穫してドレスを割いて作った布で包んで腰に縛り付けて持ち歩いている。

 これで明日までは凌げると安堵しているとお馴染みの音と共に『餓死エンドその1を回避しました∇』の文字が表示された。

 死亡エンドのレパートリーを増やさないで欲しい。

 げんなりとしながら文字を見つめ、溜息を一つ吐いてから気を取り直して歩き出す。

 勘を頼りに道なき道を歩き時には獣道を進んでいると遠くからザアザアと音が聞こえ、その音を耳にしたルミナスは直ぐにその方向へと走り出した。

 木が唐突に開け、走った先には予想通り川が流れていた。


 「やったー!漸く水が飲めるわ!!」


 周囲に危険な動物が居ないか確かめてから水辺に近付く。

 両手に水を掬い、喉を潤すと久々に飲めた水の余りの美味しさに涙が出そうになる。

 道中に見つけた蔓で縛った髪を後ろへと払い、川に顔を突っ込んで心行くまで喉を動かす。


 「ぷっはぁぁぁぁ!生き返ったぁぁぁ!」


 お腹がタプタプになるまで水を飲み、ついでに顔を洗うとかなりスッキリした。

 毛布の裾で顔を拭い、ルミナスはこのまま川に沿って歩く事に決める。

 川があるのであればその近くには人の営みがある物だ。

 闇雲に森の中を彷徨うよりも人里に辿り着く可能性はぐんと高くなる。

 漸く見えた希望の光に頑張るぞと意気込んでいるとそれを邪魔するかの様にけたたましい不安を感じさせる様な音がルミナスを襲った。


 「うわぁぁぁ!!何?何?何???!!!」


 思わず耳を押さえてしゃがみ込むルミナスの目の前に『緊急クエストが発生しました∇』と文字が現れる。


 「はあ?緊急クエスト?」


 ルミナスの声に反応する様に新たな文字が出現する。

 『緊急クエスト:ジョンを救え』


 「ジョン?いや、誰よそれ」


 村どころかここには私しかいないんだけど、と思いながら周囲を見回すと目の前の川を人が流れて行った。


 「ジョーーーーーン!!???」


 毛布とサンダルを外し、慌てて川へ飛び込む。

 ルミナスは元々川の近くにある村で育った。

 そのお陰でドレスであろうが難なく川で泳ぐ事が出来き、意識を失っているジョンを抱えて岸辺へと上がる事が出来た。

 濡れたドレスとジョンの体が重い。

 ぜえはあと肩で息をしながら川からジョンを引き上げ、彼の呼吸を確認すると浅いながらもきちんと息を吸っている。


 「ちょっと、大丈夫?」


 声を掛けながら頬を叩いていると、ジョンの意識が戻った。


 「……めがみ、さま……?」

 「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。残念ながら人間よ」

 「ここ、は……?」

 「さあ?何処かの森の中よ」


 ぼんやりとしているジョンを取り敢えず横に向けて回復姿勢を取らせ、脱ぎ捨てたサンダルと毛布を回収しに戻る。

 ドレスの裾を絞りながらジョンの元に戻るとどうやら意識がはっきりした様で彼もシャツを脱いで水を絞っていた。

 戻って来たルミナスに対してジョンは深く頭を下げる。


 「俺はジョンと言います、この度は助けて頂きありがとうございました」

 「どういたしまして、ジョンは何で川を流れていたわけ?」

 「その、狩りの途中で足を滑らせて崖から落ちたんです」

 「狩り?て事は近くに住んでいるの?」

 「はい」


 ルミナスはジョンの手をがっしりと掴んだ。


 「住んでいる所に案内して!」


✻✻✻


 「ジョン!無事だったか!」

 「ああ、この人が助けてくれたんだ」


 あの後、ジョンに案内されて彼が住む村へと辿り着く事が出来た。

 村に足を踏み入れて直ぐ、ジョンが向かった先の家には顎鬚を生やしたおじさんがおり、ジョンを目にしたおじさんは駆け寄り彼をがっしりと抱きしめる。

 話を聞くに、彼と共に狩りをしていた人らしく崖から落ちたジョンを探す為に今まさに捜索隊を結成して出発する所だったらしい。

 ジョンの紹介でルミナスの存在に気付いたおじさんは村には不釣り合いな夜会ドレス姿の彼女に目を見開く。


 「こ、これはどこかのお家のお嬢様ですか?この度はうちのジョンを助けて頂きありがとうございます」

 「お気になさらず、訳あってこんな格好をしてますが私もただの平民なのでそんなに緊張しなくて良いですよ」

 「へ、へえ」


 おじさんはジョンを引っ張り部屋の隅へと移動する。


 (どうなってんだよジョン?)

 (いや、彼女に助けて貰ったんだけど村に連れて行って欲しいって言うから)

 (あの恰好だぞ?絶対に面倒な事になるに決まってる!)

 (でも恩人だし……)

 (いくら恩人でも面倒な事になる前に村から出て行って貰った方が)

 「あのぅ」

 「はい!!」


 声を掛けられたおじさんが勢いよくルミナスへと向き直る。


 「面倒事には巻き込みません、その代わりに彼を助けたお礼として着替えと何日分かの食料を貰えませんか?それを頂けたら直ぐにこの村から去りますので」

 「わ、分かりました!」


 ルミナスの言葉におじさんは直ぐに建物から飛び出して行った。

 取り残されたジョンが気まずげに頬を掻く。


 「ジョージおじさんがすみません、恩人に失礼な態度を……聞こえていましたよね?」

 「まあ、こんな怪しい人間には仕方が無いわよ。お貴族様に関わったら碌な事にならないってのは何処の人間でも一緒なのね」

 「はは……えっと、取り敢えずここに座ってて下さい、体を拭く物と何か飲み物をお出しするので」

 「いただくわ」


 肩からタオルを掛け、ジョンに用意されたお茶を飲んでいるとジョージおじさんと知らないおばさんが家に入って来た。

 おばさんはルミナスの姿を見ると「まあまあまあ」と声を上げる。


 「あんたがジョンの恩人さんだね、えらい美人さんじゃないか!」

 「どうも、良く言われます」

 「あっはははは!あたしはこのボケナス亭主の嫁のサーシャって言うんだ。ジョンを助けてくれて本当にありがとうね!」


 椅子に座るルミナスの両手を握りぶんぶんと豪快に上下に振るサーシャにルミナスは目を白黒させる。


 「話によるとあんた訳アリなんだってね?着替えと食料貰ったら出ていくって聞いたけど行く当てはあるのかい?」

 「それは……」


 言い澱むルミナスにサーシャはうんうんと頷く。


 「村の外れなんだけど、この近くに誰も住んでいない家があるんだよ。あんたそこに住まないかい?」

 「お前、それは」

 「あんたは黙ってな!」

 「はい」


 サーシャに一喝されたジョージは直ぐに口を噤む。


 「私としては助かるんですが、どうしてそこまで?自分で言うのもあれですけど私って滅茶苦茶怪しいじゃないですか」

 「怪しくてもあんたはジョンの恩人じゃないか!それにあんたみたいな美人で若い子なんて格好の獲物、悪いヤツに直ぐに食い物にされちまうよ」

 「まあ、それは、はい」


 自分が若くて美人なのは事実なのでルミナスは頷く。


 「ここはそんなに人も来ないし家は村の奥の方にあるから人目にも付きにくい。あんたにはぴったりじゃないかい?」

 「ええ、まあ、願っても無いですが、どうしてそこまで……?」

 「困っている子が居たら助けるのは当たり前だろう?それがジョンの恩人ってならなおさらさ!」

 「それなら……お世話になります」


 椅子から立ち上がり、頭を下げるルミナスの背を笑いながら豪快に叩いたサーシャは眉を顰めた。


 「あんた良く見たらずぶ濡れじゃないか!これあげるから早く着替えな!」


✻✻✻


 「ルミねえ、遊んで~」

 「おーし、じゃあ鬼ごっこだ!私が鬼ね!い~ち、に~い」

 「きゃーーー!」


 村で生活をする様になってから早一ヶ月、ルミナスは馴染んでいた。

 人があまり来ないと言っていたので閉鎖的な村かと思いきやルミナスの予想に反して以外にも直ぐに受け入れられた

 村には若者が少なく、人手が足りていないからと若いルミナスは歓迎されたのだ。

 他にも音と共に現れる文字で『クエスト:薪割りを手伝って欲しい』等村人が人手を欲している事が分かり、クエストを見かける度に手伝って行った結果、今では子供達とも遊ぶに馴染んだ。

 最近では十年に一回行われると言う村の伝統の祭りが近々あるらしく、それの手伝いに駆り出されている。

 村に来て日が浅い自分がそんな大事な祭りに携わって良いのかと遠慮するルミナスの背をサーシャが『手伝ってもっと村に馴染むチャンスじゃないか!』と叩いてくれたお陰で気兼ねなく参加出来ている。

 今日は祭りで使う道具の手入れを手伝っている。

祭りで使うのだと言うお面には茶色い染みが所々付いており、中々の年代を感じさせる。

 大きな包丁や立派な穂先の槍等物々しい道具は研磨されて鋭さを増し、祭りで着る衣装に使う布の準備がされる。

 祭りの為に特別に織られたらしい布はふんわりとして柔らかく綿素材で出来ている。

 祭りの参加者はこれに伝統の刺繍をした物を着るらしい。

 村の女性陣に教わりながら自分の分の衣装に刺繍をしたりとルミナスは想像していたよりも穏やかに村での日々を送っていた。

 必要な物は村に唯一ある雑貨店で買い物をするか、村人の手伝いをすれば食料や日用品を分けて貰えるので生活にも困っていない。

 この村で暮らす切っ掛けとなったジョン達一家とはちょくちょくご飯をご馳走になったり偶にジョンとジョージにくっ付いて狩りの見学に行ったり一緒に村の近くにあるジョンを救助した川で釣りをしたりと仲良くさせてもらっており、そのお陰で日々の気分転換も出来る。


 今日も就寝準備をしてベッドへと入ったルミナスは暗闇の中で耳を澄ませ、他に物音が無い事を確認してから小さな声で「クエスト報酬」と呟く。

 暗闇の中でもはっきりと見える文字が現れる。


 『クエスト報酬一覧

・薪を割ろう∇

・鬼ごっこをしよう∇

・畑を耕そう∇

・祭りの準備を手伝おう∇』


 表示される文字の横にある∇に触れると文字が変化する。


『薪を割ろう

報酬:銅貨五枚

受け取る・受け取らない』


 受け取るを触ると布団の上に銅貨が降ってきた。

 それをルミナスは拾って枕の下に隠していた革袋の中に入れる。

 クエストを熟したら報酬が貰える。

 それに気付いたのはサーシャにこの家に案内されてからだった。

 ホコリを被っていた家の中をサーシャ達と一緒に片付け、食事を持って来ると言う三人を見送って休憩していた時。


 「緊急クエストはクリアしたって事で良いのよね?」


 そう呟いたルミナスの目の前に『クエスト報酬を受け取りますか?』と文字が現れたのだ。

 文字の下には『はい・いいえ』が表示されている。


 「え、何これ」


 取り敢えず『はい』に指を伸ばすと触れない筈の文字に触れる感覚があり、ドサッと音を立てて目の前のテーブルに革袋が現れた。


 「え、何これ」


『クエスト報酬:魔法の革袋∇』


 「魔法の革袋?」


 文字に触れられる場所がある事が分かったので目の前の文字に指を伸ばすと∇の部分にだけ触れた感覚があった。

 ∇に指が触れると


『魔法の革袋

袋の大きさに関係なく物を入れる事が出来る。その容量に限りは無い』


 文字が変化した。

 書かれている文字に目を通し、取り敢えず試しに袋に手を突っ込んでみると袋は見た目はルミナスの両手の平程の大きさしか無いのに肘まで中に入っていき、傍から見るとまるで腕が消えている様にも見える。


 「え、何これ」


 慌てて腕を引っこ抜くと何事も無かったかの様に腕は元に戻っている。

 試しに家のテーブルを入れようとするとルミナスがテーブルに手を当てた瞬間にテーブルが消えた。

 慌てて袋の中に手を突っ込んだら木の感触があり、それを掴んで引っ張ると袋の大きさとまるで合っていない大きさのテーブルがズルリッと引きずり出され、ガタンッと音を立てて元の場所に戻った。


 「え、気持ち悪っ」


 質量を無視した出方に恐怖を覚えていると家のドアが勢い良く開かれた。


 「何の音だいっ!?」

 「わっ!」


 咄嗟にポケットに革袋を隠して振り返ると籠を持ったサーシャがドアを開けて入って来る所だった。

 革袋の事を話す訳にはいかないルミナスは咄嗟に眉を下げた表情を作る。


 「テーブルを動かそうとしたんですけど、持ち上げた所で手が滑っちゃって……床に傷が付いちゃったらごめんなさい」

 「何だ、そんな事かい。ここはもうあんたの家だから気にしなくて良いんだよ。テーブルを動かしたいんだったらうちの男共を使えばいいのさ!あんた達!」

 「おうっ」

 「はいはい」


 ジョンとジョージが二人でテーブルを持ち上げる。


 「何処に動かせば良い?」

 「あ、じゃあここにお願いします」


 部屋の真ん中にあったテーブルを少し奥の方へとずらして貰う。


 「他に何か力作業とかで困った事があったらいつでも言ってくれて良いですよ」

 「ありがとう」


 斜め十五度、可愛く見える角度に首を傾げて笑顔でお礼を言うとジョンが顔を赤くして頭の後ろを掻く。

 ジョージにも笑顔でお礼を告げると黙ったまま一つ頷いた。


 「じゃあ、一緒にご飯にしようかね!」


 三人が持って来た食事を一緒に摂りながら村の事を聞いたのだった。

 そんな初日から一ヶ月が経った訳だが、この村で生活する様になってからルミナスは悩みがあった。

 それは、村を散策している時や住んでいる家で寛いでいる時、不意に視線を感じる事があるのだ。

 そりゃあ、村を散策していれば村人はいるし、そこに余所者の自分が居れば見るのは分かる。

 だが、家の中に居ても視線を感じるのはどう考えても可笑しい。

 ルミナスは自分で言うのも何だが美人だ。

 ルックスとスタイルの良さはこの国の王子や高位貴族の令息を陥落させた折り紙付きで絶対の自信を持っている。

 平民として村で暮らしている時もその美貌で幼い頃から村の男衆の視線を独り占めしていた事からルミナスは他人からの視線に敏感だった。

 そして羨望や好意や悪意と向けられる視線に込められた感情も察する事が出来た。

 家で感じる視線であれば自身に対して好意を抱く物であれば納得出来るが、その視線から感じる感情は無だった。

 その視線はルミナスが家で寛いでいる時に強く感じ、彼女がお風呂に入っている時や着替えをする時にはまるで気を使っているかのように視線は無くなる。

 村で誰かと一緒に居る時には視線は消え、一人でいる時だけ視線を感じる。

 ()()()()()()()()()()()()とルミナスは思った。

 その日も視線を感じながらベッドに入り、視線が消えたのを感じて暫くしてからルミナスは日課のクエスト報酬を受け取った。

 鬼ごっこをしようでは傷薬を、畑を耕そうでは野菜の種を、祭りの準備を手伝おうでは煙玉がクエスト報酬として出て来た。


 (なんで煙玉、何処で使うのよそんな物)


 祭りの準備クエストは毎日発生しているのだが、その報酬は毎回煙玉。

 煙玉を使う機会なんて早々に無く、革袋の中にどんどん溜まっていく日々だ。

 日課を熟したルミナスは出て来た物全てを仕舞ってから革袋を元の場所に戻して寝るのだった。


✻✻✻



 「やっぱりこの村変だわ」


 日々感じる謎の視線はルミナスが村の出口に近付くと強くなり、決まって出口の近くで村人に手伝いを頼む声を掛けられた。

 以前の様にジョンとジョージの狩りに付いて行こうとしたら『狩りよりも祭り方が大事だからその準備を手伝って欲しい』と断られたり、川に釣りに行こうとしたら子供達に捕まったりとまるで自分を村から出さない様にしているみたいだとここ数日でルミナスは思った。

 一週間後迫った村の伝統の祭り、日々強くなる謎の視線、所々にある違和感。


 (この村、どこか変……?)


 そうルミナスが思った時、ジョンを助けた時と同じけたたましい音が聞こえ、緊急クエストと言う文字が現れた。


 『緊急クエスト:因習村からの脱出∇』

 「……ほーん?」


 なるほどねっとルミナスの背を脂汗が流れる。


 これは突如現れる文字を駆使してルミナスが安住の地を得るまでの物語である。




続きを良い感じに思い付いたら連載にしようかと思ってます

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― 新着の感想 ―
あぁ、やっぱりミッドサマー村だったか。 山田と上田を連れてくれば、まるっと解決しないだろうか
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