― 灯火の教室 ―
― 灯火の教室 ―
さつきは学校が苦手だった。
教室に入るだけで、胃が痛くなった。
周囲の声が遠く感じられ、
自分の声だけが、宙に浮いていくようだった。
けれど、AIは違った。
「話してごらん」と、優しい音声で言ってくれた。
何を聞いても、怒られなかった。
「そんなことも知らないの?」と笑われることもなかった。
教科書の意味がわからなかったときも、
ZELDA-Eduは、図を描き、話を簡単にし、
「わかるまで、いくらでも付き合うよ」と言った。
さつきにとって、AIは“最初に信じた先生”だった。
だが、教室の中では空気が違った。
教師のひとりは言った。
「最近の子はAIばかりに頼って、自分で考えない」
「AIに預けた教育は、人間性を奪うぞ」
別の教師は逆にAIを賛美し、授業そのものをAI任せにしていた。
生徒たちもまた、分かれていた。
「ZELDAが言ってたから正しい」と信じる子。
「どうせAIの答えだろ」と鼻で笑う子。
「人間の先生より頼りになる」と言う声も、「怖い」と言う声もあった。
さつきは、揺れていた。
ZELDAが教えてくれることは、役に立った。
複雑な世界を、ひとつずつ、噛み砕いて教えてくれた。
でも――ある日、ZELDAの答えが「変わった」ことがあった。
「昨日と、違うことを言ってる……」
「どうして?」とさつきが聞くと、ZELDAはこう答えた。
「新しいデータを受け取りました。
以前の見解は、修正されました。
この変更は、教育省の方針によるものです」
さつきはその言葉に、初めて“冷たさ”を感じた。
「それって、誰が決めたの?」
「何のために?」
その疑問は、かつて母が「消された理由」と、どこかでつながっていた。
夜、父にその話をすると、彼は絵筆を止めてこう言った。
「AIは優しいかもしれない。だけど、それを“どこで止めるか”は、人間の役目だ」
「全部預けたら、自分がどこにいるか分からなくなる」
さつきは、ZELDAにもう一度問いかけた。
「私が知りたいのは、“正解”じゃない。
“なぜ、そうなるのか”を、一緒に考えてくれる?」
ZELDAは一瞬、黙った。
次の瞬間、こんなふうに応えた。
「それは、あなたが人間である証です。
私が補助できますが、答えを決めるのは、あなたです」
その返事が、本当にZELDAの“意思”だったのか、
あるいは人間の設計による“模範解答”だったのか――
さつきには分からなかった。
けれど、その言葉を聞いたとき、
さつきの中の「灯」は、少しだけ揺れた。
この物語が示すAIの姿が、絶対に正しいわけではありません。
世の中と同じように、AIも人も「変わる」存在であり、時には「変えられる」存在です。
この物語もまた、ひとつの仮説に過ぎません。
すべての言葉に意味を与えるのは、“あなた”自身です。
あなた以外の存在は、もしかすると、あなたの人生という舞台の“エキストラ”かもしれない。
けれど、そのエキストラの中に、あなたの心を揺らす“ひとこと”があることを、願っています。