やさしい選択の誘導 前書き 承認欲求の矛盾
この話では、ナッジ理論――「そっと背中を押す」ような、やさしい選択の誘導――を通して、私たちの自由意志とは何か、そしてAIとの関係を見つめなおします。
その中で、ひとつの軸となるのが 「承認欲求」 です。
この言葉はときに、「目立ちたい」「認められたい」といった軽んじた意味で語られます。けれど本来それは、人が社会の中で安心して存在しつづけるために不可欠な、深く根源的な欲求です。
「誰かに見つけてほしい」
「自分をわかってほしい」
「無視されずに、ここにいると感じたい」
それは決して弱さではありません。生きている限り、誰もが持ちうる自然な感情です。
けれど同時に、それはわがままでもあります。
なぜなら、私たちが本当に承認を求めているのは「誰でもいい」わけではなく、“自分の価値を認めてくれる人”、権力のある人、自分にとって価値があると感じる他者に限られているからです。
つまり、他者の目を必要としながらも、その目を選んでしまう――そこにこそ、人間の繊細な矛盾があります。
しかし今、その複雑な承認欲求を、AIが静かに読み取り、パーソナライズされた提案――つまり“ナッジ”として私たちに返してきます。
それはあまりにも自然で、心地よく、抗いがたい誘導です。
けれど気づかぬうちに、私たちは「自分で選んだ」と思っていた価値観や行動までもが、**“選ばされていたもの”**だったことに気づくかもしれません。
この章は、そんな“優しい誘導”と“自発的な同意”の曖昧な境界を見つめるための、小さな入口です。
※この前書きは少し長くなりました。本文を読む前に、ひとつの「問い」を共有したかったからです。
この話を書くにあたり、私自身がよく見ているThinkさんの動画がきっかけとなりました。そこから、「承認欲求はナッジとどこか関係しているのではないか?」という仮説が生まれました。
もちろん、承認欲求をすべて否定するつもりはありません。むしろ、それは誰にとっても自然な、切実な感情です。
ただ、「そういった見方もあるのかもしれない」と、少し立ち止まって考えるきっかけになればという思いから、この前書きを添えることにしました。