第7話 強者のジョーク
彼らの一人は悪びれる様子もなく言う。
「ただのジョークだった」と。
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あの日。
ハワイ州オアフ島沖で研修中の日本の高校生たちが海の底に消えて行った。
深い深い青の闇へと。
アメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンウッド(USS Greenwood, SSN-921)が、愛媛県立 伊予岬水産高等学校の練習船『いよ丸 (35名乗船)』に衝突、いよ丸を沈没させ、教官2名、船員3名、生徒4人を死に至らしめるという、痛ましい事故が起きたのだ。
…………起きた?
…………事故?
…………事故というにはあまりに不自然である。
なぜ?
未熟な生徒だけでなく、教官や船員が何人も犠牲になっているのはなぜ?
見晴らしの良い大海原で。 なぜ突然衝突事故が?
????????
それもそのはずだ。
相手は、はるか水面下から、海中深くから急浮上してやってきたのだから。
なぜ?
なぜこの広い太平洋で小さな練習船に、周囲警戒の塊みたいな潜水艦がわざわざ急浮上してきて命中するの?
???????
~~『ジャップを驚かせてやれ』~~
当時、潜水艦は民間人を体験搭乗させていた。
16名もの『お客さん』を乗せた潜水艦の艦内は、いつもと違って賑やかだった。
そんなところに伊予岬水産高等学校の小さな練習船『いよ丸』が海上を行くのを潜水艦のソナーがキャッチする。
~~『お客さんへのサービス』~~
某ハリウッド筋肉映画でガードマンが客の女性相手に『かっこいいとこ見せましょう!』と張り切るシーンがあったが。
この事件での彼らの行動はまさにそれを連想させる。
潜水艦グリーンウッドは、いよ丸へ向かって緊急浮上した。
『緊急浮上』である。
普段は行わない緊急浮上をわざわざこの時に行っている。高速で界面に突き出る危険な浮上だ。
詳細を書いてて辛い。
見苦しすぎて書きたくない。書くほど胸糞が悪くなる動機でそれは行われた。
ぶつけるつもりまではなかったのだろう。
だが衝突。
練習船『いよ丸』は瞬く間に沈没。生徒も教官も船員も船とともに沈んだ。
深い深い青の闇へと…………。
アメリカ軍の潜水艦は救助作業さえしなかった。
沈んだのは『練習船』で、研修中の子どもが死んだ事件なのにも関わらず、アメリカのメディアの多くは、最後まで沈んだのは『漁船』で、その辺の『漁民』が死んだかのようにミスリードを誘う誤った報道をもし続けていた。
どこの国にもバカは居る。当然日本にも日本の恥と言うべき馬鹿はいる。調子に乗って外国に迷惑をかけることもある。
だがそれは、日本の世論で決して支持されない。少数派だ。
当然、愚行がバレれば叩かれる。日本社会が許さない。例え修学旅行の子どものいたずら書き程度であってもだ。
アメリカもそうだろう。日本と同じだろう。こんな馬鹿野郎は一部のおかしなアメリカ人だけだろう。日本人はそう思っていた。思いたかった。
だが、彼の国から返ってきた反応は真逆だった。アメリカ軍とアメリカ世論は無茶苦茶だった。
日本人の想像し得ない斜め上の主張を喧伝しまくったのだ。
なぜか突然、全く日本とも今回の件とも無関係の、アメリカ黒人やアメリカインディアンの差別問題の対応実績を持ち出したかと思うと、今度はなんと第二次世界大戦での日本軍の蛮行を捏造してまで日本が悪いと報道しまくったのだから恐れ入る。
きっと彼らの頭の中は戦争の時しか時計が動かないのだろう。
日本への知識は第二次大戦の敵で止まっている。
なぜそう言い切れるか。
20年前にも同じように日本の九州のすぐそば、蔵馬島付近で日本船籍の貨物船に向かってアメリカ軍の潜水艦が急浮上し、衝突。沈没させて、まったく同じように救助活動も行わずに現場を立ち去り、船長ら2名の死亡者を出すという事件を起こしている。
さらに同じようにアメリカ軍側は事故発生後1日後に通報するなど不誠実な対応。
あのときとまったく変わっていない。
今回も結果的に、アメリカは相当の賠償と謝罪を行ったのだが。
しかし、そこに至るまでが致命的に不味かった。
さんざんアメリカ社会の汚いハラワタを日本人に見せつけたのである。
それは100年前を思わせる時代錯誤な差別意識がまだアメリカ人に生々しく存在し。
アメリカの大手メディアに至るまで著しく日本を下目に見ているという態度を隠しもしなかったこと。
そう、〝隠しもしなかったこと〟がなにより怖いのだ。
それが無知で無責任なただの一般アメリカ大衆のみならず
日本と密接な軍事同盟であり。本来『お互いの命』『安全』『背中を預け合う関係』であるはずの在日アメリカ軍。それを統括するハワイ州オワフ島に司令部を置くアメリカインド太平洋軍(United States Indo-Pacific Command, USINDOPACOM)の一般兵卒から上層部に至るまで、ことごとく。ごく自然に────。
「日本人が死んだから、だからなんだというのだ」
「ただの事故だ」
「大げさだ」
────という開き直った態度を日本人に開陳したのだ。
それがどれだけ日本人に衝撃を与えたのか、失望させたのか、アメリカ人は想像もつかないだろう。
なぜなら、それはアメリカ社会では日常的に行われてきた日本人およびアジア人全体への総体的な差別であり。価値観であり。
今更それがとりたてて問題になるとは思っても居なかったからである。
日本人というかアジア人の連中は自分たちの立場なんて当然わきまえてるだろ? と思い込んでいるのである。それは一部の州を除いたアメリカ社会、ほとんどにおけるアジア人がその程度の、取るに足らない存在であることも如実に表してもいた。
犬を犬小屋に住まわせてなにが悪い? どこが差別?
てな具合の眩しいくらいに健康的で大っぴらな感覚である。
アカデミー賞の授賞式で有名白人俳優がステージ上でスポットライトの当たる中、多くのテレビカメラの前で、アジア人俳優を堂々と無視して、それが特に問題にもならないくらいに隠す気なんてサラサラ無い。やった本人にも見ている周りの人間たちにも無い。時代劇に出てくる悪者くらいの清々しく身に染み付いた仕草だ。
これが本場の差別だよ日本人。
そう、アメリカが隠していたのではなく、日本人が知らなかっただけの事。
勝手に日本人がアメリカを『自由の国』と勘違いし『黒人差別も少々残ってはいるが消えつつある先進国』と思い込み。まさかその国が世界有数の差別生産工場で、日本人もその対象だとは夢にも思っていなかったという笑い話である。
アメリカの平常運転。
だが、その平常運転は日本人の逆鱗に触れた。
逆鱗に触れたからと言って日本人はアメリカ人のように道端で暴れたり店を襲ったりしない。
その辺を歩いている〝アメリカ人っぽい人種〟を見てもすぐに殴りかかったりしない。
ただその所業は連日メディアや新聞を賑わせた。
識字率がほぼ100%。ホームレスでも新聞を読む日本でだ。
アメリカと違って現代の日本人は軍隊アレルギーである。とくにマスコミは酷い。軍隊が民間人を、それも子どもを殺した。許されざるタブーを犯した。反省どころか逆ギレしている姿を見た。
アメリカ軍が日本人に向けるリアルな蔑みを目の当たりに見た。
決定的な何かは、もうこの時に起きていたというべきだろう。
その後の政治的な判断うんぬんが行われ、見るからに渋々とアメリカからの謝罪と賠償という流れになったのだが。
それは事故から二週間も過ぎる頃までさんざん日本を悪く吹聴し、身勝手な弁明を喚き散らした後でのことだ。
潜水艦の艦長は軍法会議にすらかけられることもなく減俸処分のみ。
当事者らが逃げ回り、匿われ、ろくに謝罪もなく二週間もの間、真摯な態度を見せることも無く放置したのだ。
『後の祭り』
この言葉がこれほど的確な場面があっただろうか。
ちょうどその頃、日本の千葉県 君流市で謎のアニメロボットと久喜条 凜子が邂逅していた。
そしてアメリカはこれから奇妙な体験をすることとなる。
『ジョーク』のようなアニメロボットによって……。