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第55話 背中のない女の恐怖


 ────ある程度予想はしていたものの、あまりにも直球で当然のごとく語る凛子に、動揺を隠しきれない。


 冬月は今まで、やり手の記者として名を売って来た。

 日本の裏社会を牛耳ると言われるヤクザやフィクサーの連中にさえ動じずインタビューしてきた。

 どんな相手でも取材対象を冷静に捉え、あまつさえ仮面を剥いでやるくらいの自信を持ってやって来ていた。


 その自信には強力な根拠がある。


 それら権力者がいくらどういう風に振る舞っていようとも、人間以上の何者かになれるわけではない。

 教祖様や将軍様と呼ばれる立場は特に現人神として振る舞おうとするが、それがよけいに、悲しいほどに弱さの裏返しにしか映らない。


 権力者とはそういうものなのだと痛感していた。

 極左暴力集団が言いがかりをつけてまで内部粛清をやらずには居られない。

 システム上のどうしようもない矛盾。

 自らの存在自体の矛盾を抱えざるを得ないのだろう。


 むしろその有様を睥睨している心持ちさえあった。

 権力者が一番見透かされたくない部分を、スルメを噛むがごとく味わっている感覚なのだ。


 だがそのアドバンテージは凛子にあっさり打ち砕かれた。


 当たり前といえば当たり前である。冬月はまだ気がついていないが、今インタビューしている相手は10年前、『誰も聞いていない』とされるような関西ローカルの深夜ラジオ番組からデビューし、破竹のスピードで人気と影響力を獲得。弱冠18歳で芸能界の大ボス、オルカニックプロダクションの社長に正面からケンカを売った女。その身ひとつで一歩も引かずに戦った『ギャア子』なのだ。〝怪獣〟とまで揶揄されたその度胸とカリスマ性は、カミナギルを手にしていよいよ覇者の風格を漂わせている。たかだか大手テレビ局、会社組織の一員、報道局記者のちょっと切れるオッサン程度の冬月ごときが何ほどもできる相手ではなかった。


 今まで見てきた相手は、どんなビッグな人物でさえ、いやビッグなんて言葉そのものがすなわち巨大権力の背景そのものを表すわけで、個人の大きさではない。

 すべからく組織・集団・後ろ盾となる力とそれに比例するしがらみが存在していて、それがインタビューで透けて見えてくる。そこに弱みや強がってみせる人間味が出る。出まくる。


 むしろ絶対権力者である独裁国家の主が味方の裏切りに神経を尖らせるが如く、みっともなく虚勢か自己暗示で保たれている、すっかりたるんだ下っ腹の打たれ弱い内面が面白いように見える(最近はSNSで自ら小物臭を撒き散らす自爆例も多い)のだが、凛子の言葉には透けて見える向こう側なんてものは一切無い。どストレートの怪獣だ。


 テロリストにありがちな嘘や夢や誇大妄想の開陳などではなく、ただただ素直な力の理論で展開された話。

「雨が降れば濡れるでしょ? 傘がなければ困るでしょ?」ぐらいのノリで世界の覇者になるゆえを自然体で話すのだ。


 ほかにも凛子は

「ロボットに乗ってから食事も睡眠も取っていない、それでもぜんっぜんなんともない」とも語った。(真偽は不明)


 流石に冬月が、こんな太鼓持ちみたいなインタビューではいかんと思い直し、なんとか振り絞って聞いてみた。

「このような犠牲を伴うやり方には批判も強いかと?」という質問には。

「批判をするのは勝手だけど、口の聞き方に気をつけないと世界中の誰でもいつでも潰せるわよ?」と至極真っ当なお返事が返ってきた。

 冬月は「ですよね~!」と愛想笑いで相槌を打ちそうになって、慌てて口をつぐんだ。

「久喜条さん、本日はお忙しい中インタビューありがとうございました」

「こんなんでいいの? もっといっぱい喋ろうか?」

「いやいや、今日のところはこの辺で、お疲れ様でした……」 

 穏便に回線を切る。


 ふぅぅぅぅぅぅぅぅ~……。

 なんとか危機的状況を乗り切ったぞ、ヤバかったぁ~~~~~~。

 疲労感と恐ろしさのあまり顔を両手で覆う冬月。


『いっぱい喋ろうか?』だと? とんでもない。

 あの女、あのまま喋らせたらどうなっていただろう? 興に乗って何を言い出すかわかったもんじゃない。相槌ひとつで俺が世界の敵にされかねない。そうなる前になんとかインタビューを終わらせることに成功した。正直寿命が縮んだわ。

 ノートパソコンを閉じて事務椅子にもたれかかる冬月は、自分のワイシャツが汗でビショビショになっていることに気がついた。

「うわ~、マジか──。」



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