第52話 ジェット粒子ライフル
「あ、こんな事してる場合じゃなかった」
そう言うと踵を返して凛子は再びカミナギルに乗り込んだ。
起動音を響かせ巨躯を立ち上げ、この『風と星の広場』の少し上に連なる高台。烏帽子岳 山頂展望所までヒョイヒョイと登って行った。
頂上のわずかなスペースには自然石とコンクリートで祀られている祠がある。それをまたいでカミナギルがすっくりと仁王立ちすると、大気圏の上層に頭を突っ込んだかと錯覚するような広大な空間感覚に襲われた。
周囲360度遮るものの無いこの高台には、地球上を移動する膨大な空気、高空の息吹が流れている。
それが立ちはだかる巨大ロボットへ衝突して『ビュゥゥゥー、ビュゥゥゥゥー』と恐ろしげな風切り音をたてるのだ。
メインカメラに映るのは、地球の輪郭が丸いと瞬間的に分かる青い海に無数の岬と水平線。あとは空。
佐世保湾を挟んだ向こう側12.62キロメートル先にある、有名な近代遺産『針尾送信所 針尾無線塔』のコンクリートで出来た高さ136メートルの三本柱まで見通せる絶景スポットだ。
昭和16年(1941年)12月8日
対アメリカ戦争の口火を切った真珠湾攻撃の暗号電文
『ニイタカヤマノボレ 一二〇八』も、この無線塔を中継されたともいわれている。
大空を舞う鷹の視点を味わう景色。
下界を見下ろせば見える見える、佐世保湾の全景。ミニチュアセットのようだ。こちゃこちゃと小さな船がちまちまと動いている。
「やっぱり~、だよねー……」
モニターに映し出されたその光景に凛子は独りごちる
『長崎 佐世保 (アメリカ海軍)基地』
そこに停泊していた揚陸艦らがいそいそと岸壁を離れ、逃げ出し始めていたのだ。
そりゃそうだ。
『岩国海兵隊基地 壊滅』の知らせを受けたのだろうから、兎にも角にも出港だ。
海にさえ出れば、謎の攻撃機は別として陸戦兵器カミナギルの脅威からは確実に逃れられる。
正直、アメリカ軍のメンツの問題で停泊していただけであって、船乗りらは元から海に退避する口実を待ち望んでいたのだろう。
海軍のお偉方にとっては、苦労して捻出した予算で作り上げた艦艇を、港で係留したまま破壊されるなんて耐え難い。
やられるにしても海の上でないと格好がつかない。格好が付くか付かないかは命とカネの次に重要な要素だ……。
本来ならば余裕で停泊中の艦船を襲撃できたはずが、お馬鹿な撮影会をしていたおかげで逃げられた。予定が狂ってしまったのだ。
揚陸艦らは、もう数キロメートルも沖に出ている。
カミナギルなら無理をすれば艦艇にまだ直接飛び移れるかもしれないが、そんなギリギリまでスパニア出力を使い切っての攻撃は明らかに悪手だ。不測の事態に対応できない。
────さあどうする?
凛子がメインモニターの揚陸艦をズームしたりしながら眉をしかめていると。
〈ジェットマスターの使用を推奨します〉
カミナギルに搭載されたJJNR32-02 戦闘支援コンピューターシステムの合成音声がコックピット内に響いた。
「え? シエンちゃん、いいの? 鉄砲みたいな武器でしょ? なんかメチャクチャ強いからまだ使っちゃダメみたいなこと言ってなかった?」
〈はい。ジェットマスターは大変強力なビーム兵器です、長い射程内のほぼすべてのものを貫通します。
光子剣ジェットブレードとは違い、一度発射ボタンを押せば攻撃のキャンセルは効きません。
射線上に攻撃不可対象が存在しないか再確認を要します。使用しますか?〉
「しますします! おお~!! とうとうコイツを使うときが来たかぁー! ドカーンと行くわよぉ~!!」
背部にある武装腕が蛇の鎌首を持ち上げるような動作と共に、ズラッと黒鉄色に輝く銃火器然とした武器をコクピット前に差し出した。それは片手持ち武器にしては少し大きいサイズの射出武器。
カミナギルは武器を受け取ると邪魔な大盾を代わりにベヴァフネーターアームへ移す。
そして改めてジェットマスターを両手に構え直した。精密射撃体勢だ。
<ジェット粒子ライフル 右腕エネルギー接続確認。初期起動シークエンス開始。
浮動ライフリング成形開始。粒子核カートリッジ薬室装填完了。ライフリング成形確認。射撃モードへ移行。いつでも発射可能です。>




