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第49話 人はそれを枕営業と呼ぶ



 謝罪記者会見などするわけがないのだ。


 スカウトされて間もない頃の凛子ならば、それぐらいの……。

 ひひジジイが鼻の下を伸ばしてしてくる嫌がらせのひとつやふたつ、問題なく対応してクリアできたであろう。

 だが、もうこの頃の凛子には、この手のおやじ共の身勝手な振る舞いを笑って往なす,(いなす:攻撃や追及を軽くあしらうこと)そんな心持には到底なれない事情があった……。



 ──あるとき、凛子が大阪でタクシーに乗ったら運ちゃんに「ギャア子ちゃんのラジオは眠くならなくて良い!」と絶賛されちゃうくらい『ゼータ・レチクル幻影団』は人気が出ていた。だが、いくら人気とはいえレギュラーの仕事がラジオや深夜番組のアシスタントだけではまるで話にならない。

 少しでも早く次の仕事に繋げようと、凛子はタレントの横の繋がりなどにはまったく興味が無いながら、それでも芸能関係者の飲み会的な食事会には、なるべく顔を出すようにしていた。


 一応健全な(?)ものとされていたが、それは西麻布のバーで行われ、必ず『経営者』的な人がやってくるので、そこでお仕事下さいとアピールするというカタチとなるのだ。


 凛子もそれにならって同じようにした。なんかテレビでよく見るイケメン俳優らと、見たこともない聞いたこともないグラビアモデルかなんかの若い女の子がいっぱい来ていて、その場の会の費用を経営者さんが持つという慣習らしかった。


 凛子にはその間柄、損得関係がよくわからなかったが、そういうものかなと、あまり気にしなかった。とにかく芸能界というものがよくわかっていなかった。


 芸能界というか、こういう場は歴然と『タレントになりたがるアホ小娘』か、はたまた『自分は高く売れると信じているおめでたい女』と、『小娘ならなんとかできると鼻の穴を膨らませた小金持ちのオッサン』を引き合わせる場なのだが。


 あ、先に言っておくと、芸能界だの芸能事務所だのアテンドだのマーケティング・コミュニケーションなどいろいろ言い方はあるが、結局『仲介料』だの『紹介料』だのという名目でなるべく労せず、あぶく銭を稼ごう! と誰かと誰かを巡り合わせてカネを得る、そんな商売だ。


 それは堂々と公表できる白いものもあれば、こっそり勝手に行わる真っ黒なサギ的なものもある。白黒比率はどうか? うーんどうだろうねぇ。


 たとえば仕組みはこうだ、


 芸能界の顔役気取りのバーのオーナーが、自分の店の常連客である遊びたい盛りの有名イケメン俳優をセッティング。で、タレントだかシロウトだかあやふやな駆け出しのグラビアアイドルなんかの女たちを、イケメン俳優が来るからと誘う。脂ぎったオッサンには警戒するが、テレビで人気の俳優には弱い。お知り合いになりたい女が集まる。そして今度はその女たちを目当ての経営者らを呼ぶ、と。そこでカネが落ちたり、コネが落ちたり、下半身の謎液が落ちたりというゴールデントライアングルが完成する。


 いやいや…ちょっと脂ぎっててイカ臭すぎるトライアングルであるのだが。

 

 これがたかだかバーのオーナーごときに馬鹿にならないカネや関係性をもたらすのだからコミュニケーション能力と大雑把に言われる何かはアヘンのように油断ならない。


 また、面白いことに売れてる女優なんかはお呼びじゃない。

 あくまでしょーもないイケメンこわっぱ俳優や、小金持ちのオッサンがイキれる相手でないと都合が悪いという、まぁ、なんだろうねこれ。関係者らが納得してるなら良いのか。


 いや、おかしいだろ。

 アプローチのやり方が間違ってるだろう。


 そう、おかしいのである。

 こんなやり方を凛子がする必要などなかった。

 凛子なら、いくら事務所が凡庸でもこれからいくらでもなんとでもなった。

 だが、それは俯瞰で見ているからこその感覚で。

 当時の凛子にはわかるはずもない。


 焦燥感。

 あせったのである。

 18歳の娘を焦らせ、判断を狂わせる。

 むしろ一番熟れた食い時の商品に、まともな判断なんか求められていない世界だ。

 まわりの大人が守ってやるしか無いのだが、凛子は弱みを見せなかった。


 そうこうしていると、すぐに我が社の広告モデルにならないかと声がかかった。元々スカウトされ、すぐにラジオの仕事が決まった凛子なので、特に不思議には思わなかったが「この後ホテルに同行できるか?」と同意を求められて意味がわかった。『そういうこと』なんだと。


 あまりに当たり前に行われる性を前提とした交渉に面食らって凛子は慌てて断ったが、当然広告モデルの話は流れた。

 そしてその頃の凛子はまだ『たまたまそういうこともある』程度に認識していた。


 凛子は人気があった。グラビアモデル関係の女子からの食事の誘いも多かった。

 しかしなぜかその度に知らない男性が合流してくる。

 あるとき途中で帰ろうとしたら男性から「金返せ」と言われて気がついた。


 食事に誘ってた女たちは、男から金を取って凛子との食事をセッティングしていたのだ。

 女子友達に人気があったのではない、利用されていただけだった。


 あるときは有名俳優,(既婚)とセッティングされ、ノコノコ行ったら隠れて待ち構えていた芸能雑誌に写真を撮られて、『話題の美形怪獣娘、略奪不倫デート』と紙面を賑わわせたこともあった。仕組まれた罠……、というかスクープを売られていた。


 いったいこの活動に、この交友関係に何の意味があるのだろう?

 顔が広くなったのか? なにかコネが出来たのか? わからない。

 そりゃ凛子がいくら図太くてもやはり世間に出たての18歳の女子である。

 魑魅魍魎ちみもうりょううごめく芸能界の思惑なんて分かるはずもない。


 砂を噛むような人間関係。

 それまでの凛子を形作っていた何かが、どんどん削り取られるような日々。

 社長やマネージャーに相談すれば、一人で抱え込むことなどなかったかもしれないが。そうしようとは思わなかった……。


 知らず知らずにイジメを誰にも相談できない子どもの心境に近いものへと陥っていた。


 それでも凛子はなんとか大手企業の仕事のはなしを取り付ける。

 ひとりでよく頑張ったと思う。


 それはキャンペーンガールのオーディションを受けてみないかという話だった。

 話が通れば通例としてオーディションという形をとるが、つまり内定するのである。


 なんという大きいチャンスだろう。

 企業の、それも大手のキャンペーンガールともなれば話題性はバツグンだ。露出媒体は多岐にわたり、一気に知名度、ブランドイメージを上げ、ほぼ一定の期間は仕事が継続する。この業界の女の子なら誰しも喉から手が出るほど欲しい案件である。


 …………。


 ──── 打ち合わせは……ホテルを指定された…………。





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