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第45話 ザ・レイディオ・スターの悲劇


 男心が分からない凛子は、

 いったい何に対して人一倍に敏感なのだろうか? ────



 じつは凛子は10年ほど前の一時期、芸能タレントをやっていたことがある。

 持ち前の美貌と外面の良さ、不安を感じない鋼鉄の神経、後先考えない行動力で、街中でスカウトされてからのデビューはトントン拍子というか、さながら弾丸であった。


 思えば芸能タレントこそ、凛子の天職だったのだ。

 もし何事もなければ、確実に凛子は芸能界でかなりの成功を収めたであろう。


 芸能界といっても今どきのスポンサーが逃げ出しているショボいものなんかじゃないぞ。

 ナイアガラ瀑布みたいに世界企業からバンバン広告収入が流れ込み、人権も人命もプライバシーも政治さえも、どうでもよくなるほど、どうとでも出来るほど金が唸っていた時代。


 テレビ界とスポンサーをつなぐ広告代理店そのものが、我が世の春とばかりにデカイ顔して暴利を貪り、有名大学新卒者がこぞって入社を希望し、周りを出し抜いて、とうとうあこがれの大手広告代理店に入ってはみたものの、そこは麻薬取引のように巨額が動き、ヤクザ顔負けの苛烈なパワハラ・セクハラが横行する世界。


 新人女子社員が夜昼無く働かされ「いやなら辞めろ代わりはいくらでもいる」と性の奉仕までさせられたあげく自殺に至ったりしていた。

 将来有望であろう人材が、かくも簡単に馬車馬に扱われ使い捨てられている現実に世間は驚愕したものだ。たいしてニュースにはならなかったが。


 そんな時代の成功という話だ。今の芸能界と比べたら、草野球とメジャーリーグくらい経済価値が違う。そこは勘違いしないで欲しい。



 ────だが凛子の凄まじい成功は叶うこと無く消えた。

  伝説のラジオ番組と共に……。



 凛子がスカウトされ、『グラビア女優タレント的なもの』という、いい加減な、あの当時では流行りなカタチとして売り出していく方針が固まってまもなく、わりと凡庸でのんびりしていた凛子の芸能事務所が仕事を取ってくるより早く、凛子自身が仕事を決めた。


 とあるオーディションで訪れたスタジオの控室で歯に衣着せぬ物言いがプロデューサーの目に止まり、その場で気に入られ、同じく歯に衣着せぬコラムニスト作家の田沼オッキツグ,(42歳)と組んで、関西でラジオ放送番組にレギュラー出演することとなったのだ。


 コラムニスト作家の田沼とは初対面で意気投合、凛子のデッドボールを連発するようなトークが、田沼の下ネタを含むあぶない話と見事に噛み合い、深夜ラジオ放送の話題と人気は怒涛の勢いと化した。


 番組で付けられたあだ名は『ギャア子』

 怪獣特撮が大好きな田沼が付けた、怪獣じみた凛子のイメージにピッタリのあだ名だった。番組とともに『ギャア子』も人気を獲得していった。言動が危なすぎてテレビ出演に繋がるか心配されたが、それでもちょくちょくバラエティに単発で出演し、関西ローカルの『クイズ珍助くん』の次期アシスタント,(超人気となった有名モデル女優Fもこのテレビ番組のアシスタント出身である)にも決定するなど着々とメジャーの階段を登りつつあった。


 凛子には知らされていなかったが、衝撃的内容の社会派ドラマを撮ることで有名な某映画監督が、凛子のキャラクターに一目惚れ、大ヒット間違いなしと言われていた次回作への主演の話さえも、脚本の調整コミで始まっていたほどだ。


 だがあるとき、その深夜ラジオ番組は人気絶頂のまま突然終了する事となる。この突然というのは比喩でもなんでもなく、本当に突然打ち切り終了という意味だ。


 どのくらい突然かと言うと、新聞のラテ欄,(番組表)にちゃんと放送番組名が載っているのに、その日の放送がクラッシック音楽と『番組は終了しました』というアナウンスが時間いっぱいまで流れるだけ。という局始まって以来の異様な事態で幕を閉じたのだ。そして『ギャア子』は干された。干されたというか、抹殺された。芸能界から抹殺されたのだ。


 意味がわからない。

 色々有るであろう業界でも極端な例過ぎて憶測が飛び交うぐらいだ、当時たかが18歳そこそこの『ギャア子』に意味がわかるはずもない。


 事の真相はこうだ。


 ギャア子とコラムニスト作家の田沼コンビによる深夜ラジオ『ゼータ・レチクル幻影団』は、なんというか、『芸能界の〝本当にヤバい〟仕組み』を分かっていないふたりがやっていた。凛子はこないだまで只の一般人であったし、田沼はもともとがマニアックな本を出していた出版畑の作家。なので芸能界的に『言って良いか悪いか』という判断というか忖度というか、そういうものに疎かった。田沼の方は流石にもういい大人なので、世間一般的なそういう常識はもちろん、むしろ人より多めにあったのだが、芸能界は一般的な常識の通じる世界などではない。


 さらに『関西ローカルの』『深夜の』『ラジオ』という3つの要素が花札の『猪鹿蝶いのしかちょう』のごとく揃った状況だったので。

「まぁ、何を言ってもいいだろう!」という思考をぶん投げた結論へと至ったのだ。


 これがまぁ、めちゃくちゃおもしろかった。

 芸能界の言っちゃならんことをズバズバ言いまくっていたから。

 ただ、弁護する訳では無いが、本人らは大スキャンダル、真実をみんなに聞いてもらおうなんて気持ちでしゃべっているのではサラサラ無い。あくまで〝与太話〟である。


 誰も来ないような場末のスナックの末席で、いい加減な面白話を適当に流している。

 そういうつもりであったし。実際チョット前の時代はまだエロ雑誌なんかに嘘かホントかいい加減な、そういう芸能界ルポタージュみたいな記事が、エログラビアの隙間を埋めるためにゴロゴロ載っていた。『面白いネタだが、誰も本気で読んでない』そういう記事のノリである。実際に、業界でも当初はそういう扱いでいちいち目くじらを立てられることもなく、ラジオは順調に回を重ねていったのだが……。

 しかし、問題が。


 ──そう、面白すぎたのである。


『ゼータ・レチクル幻影団』は初回から大好評で、回を重ねるごとに人気はうなぎ登りとなり。『関西のもの好きしか聞かんやろ』という緩みきった想定・思惑を外れ、芸能の本場、東京にもその噂は流れるようになる。


 しかも間の悪いことに番組制作のポスター、これに出ていた『ギャア子』こと凛子がラジオで使うには勿体ないほど美形だった。その辺に転がってる可愛い子などではなく、気合の入った切れ長の目と、ツンとした生意気そうな鼻は今で言うところの『悪役令嬢』を具現化したような人目を引く顔立ちで、あまりにもその発言とマッチし過ぎていた為、イメージキャラとして別人を使って撮ってるんじゃないかと疑われるほど。「こんな子があのデッドボール発言の主か!」「すごい!」「なにこれ!」 いわゆる被虐性癖のある一部界隈に留まらず、タレント性というかキャラクター性というか、そういう性癖の一切ない一般人であっても、ついマゾヒスティックな何かに目覚めそうな、ある種の萌え要素の固まりだったのである。


 ラジオ番組『ゼータ・レチクル幻影団』と『ギャア子』のイメージが強力に結びついた瞬間でもあり、某有名映画監督に『ビビビーン!』とインスピレーションを与え、『この娘で映画を撮る!』と決意させた瞬間でもあった。




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