第11話 女子ウケするもの
「あ、そうだ。これツブイートしておこう」
凛子はスマホを取り出しさっそくこの風変わりな出来事をお気に入りのSNS「ツブイッター」に投稿することにした。
普段凛子の書き込みは、ネットで見かけた事柄に噛みつくばかりで、あまり自分のことをツブやくことはない。
いやツブやいてはいる、一応は、形だけは。
だが必要以上にトラブルを避け、偽りの、抜け殻じみた人生を喰み続ける日常から、他人の気持ちを揺り動かす素敵な出来事など発信できるはずもなく、飾り立てたショーウィンドウのマネキンがしゃべる言葉の羅列にしかならなかった。
なんとか絞り出していた生身を感じさせる声というのが、ネット界隈で「お気持ち表明」と評される、オタクニュースに様々な、これでもかという不平不満不快感を並べ訴える、要するに因縁をつけるつぶやきだけだ。
元からそうなのではない、元々の凛子は派手な見た目そのままの、表現力の固まりみたいな人間だった。
だったはずなのだが、気がつくと何もかもに不平しか言えないイップス,(心理的な要因によって様々な障害が生じる現象)を抱え込んでしまっていた。
しかし今回は違う。
起こったのだ。
誰も体験したことのないすごいことが。
そうだ!
すごいのだ!
何がすごいかは画像を見ればわかるはず。
「すごいロボットを手に入れました。」
という語彙力ゼロのタイトルで、コクピット内の様子やモニターから見える景色の画像を撮影し、4枚ほど投稿した。
……が、しかし。
いまいちパッとしない気分。
なんとなく、らしくないというか。
やってしまった感がある。
「う~~~~~ん…… なんか……」
思ったほど映えない。
別に高級車みたいにかっこよくもないし、可愛くも綺麗でもない。
しかも凛子は文才など、まるで無くなっていた。心がイップスなのに文才だけ無事なんてことはない。
近頃ではもう、言い返してこない相手に難癖つけるとか、そういうことでしか評価されたことがない。
あとはもう、だれが撮っても美味しそうに見えるメニュー写真通りのスイーツの写真や、どう転んでもきれいに写るイルミネーションの写真ぐらいしか「いいね」をもらったことがないし、そういうもんだと思うようにしていた。
諦めきっているのだ。
それは自分のせいではない、つまらなく写るものが悪いのだと考えることにしていた。
『すごいのだ!』と確かにさっきまでは思っていた。
だがそれがどうだ、なんだこの味気ない操縦レバーやモニターの羅列は。
エンブレムが無い、ブランド名が無い、メーカーが分からない。
ダメだ。
これじゃどのくらいの価値か誰にも分からない。
まったくダメだこりゃ。
「なにこれ……。」
思わず言葉に出た。
いままでこんなさえない物を連続で撮影して投稿したことなんてなかったのに、なんでこんなことしたんだろ。
妙な自己嫌悪。
ダサい。
ダサい。
魔法が解けたような感じすらする。
そう、今の凛子のやせ衰えた価値観ではこうなのである。
スポットライトの焼け付く熱いステージから、いきなり野外に放り出されて寒風に吹き晒されるような経験をしてから、すっかり凍りついて感動や心の動きを伝えられない。
さっきまであんなに高揚した気分だったのに、なんか元の現実、一人ぼっちの部屋でスマホをいじってた時間に戻された気分。
こんなゴチャゴチャした操縦席内の様子を写した画像など、なにも凛子の琴線に触れない。
「ダメだこりゃ」
もう一度口に出して言っていた。
〈凛子、なにか問題がありますか? 〉
カミナギルの支援システムが心配げに訪ねたが、凛子は応えない。
────結局、削除しようかとも思ったが、なんとなくそのままにした。
今日は気分が乗らないわ、きっと面白くない書き込みしちゃったのは、気分が乗らないからだ。
そう思ってスマホを閉じて、すぐさまカミナギルの試運転に興じることにした。
今は上手く行かないSNSなんかより、この確実に力を発揮できるであろうロボの能力を知っておきたい。
これからどうなるか分からないけれど、それでもスマホでしか感情を吐き出せないなんてよりずっとマシだ。大事な場面でまたさっきの弾切れみたいなことにならないように着実にカミナギルの性能を把握しておく。
もう二度とオタクどもに「ざまあw」なんて言わせない!
目にもの見せてくれる。
再び熱いものが、決意が、凛子の中から湧き上がった。
そしてその『仕返し』の相手として彼女の脳裏に浮かぶターゲットはもう、オタクなどという些細なものではなかった。




